第五十話EX 知らないことを恥る日
『―――実は僕……違う世界から来たんだよね―――』
生者と死者との饗宴の夜に、私の憧れた彼は確かにそう言った。
言葉だけで考えれば、宴の熱に当てられた世迷言のようなものだと言い切れるのだけれど……。
あの真剣で静謐な顔は……多分、これが虚偽の宣告ではないことを示している……と思っている。
確かに考えてみれば、彼の行動にはいくつか世の理に反することが多々あった。
だから……。
あの時、その今までの全てが、偽りの彼のように思えてしまい……怖かった。
……なんて。
そんなのは、全て言い訳に過ぎない。
だって、自分でもわかっているんだもの。
もし彼がこの世界に転移してきたとして、だからと言って私を助ける道理があるわけじゃない。
少なくとも、彼が私を救ってくれたことは彼の意志で。
そして、私が好きになったのも―――。
「はぁ~~~~~~~……」
―――と、私が大きなため息をつくのと同時に、午前の授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴った。
私はいつものように父が作ってくれたお弁当を机の上に出すと―――。
「な~に悩んでんの?」
「うわっ! な、なに!? って、はぁ~~~びっくりした、いきなり話しかけてこないでよ~!」
「いきなりじゃないよ? グラ……っと、ささみんってば全然上の空なんだもん」
―――突然私の背後から現れたのは、過去の遺恨を残した陽属性モンスター……いえ、今では私の同胞とも言える彼女―――元、闇の干渉者にして現、青海の歌姫である村井 陽花里は近くの机を借りて私の机に合わせて目の前に座った。
「いやいや、そんなはずは……って、そのささみんてなに?」
「笹草さんだから、ささみん。良くない?」
「……まぁ……イイ、ケド……」
あの火の祭典での一件以降、彼女を含むグループからの小賢しい挑発は一切消え、それどころか、彼女らは私を見下していた他の者たちを制止する働きを見せていた。
良くも悪くも陽属性の彼女らの言葉や態度は瞬く間に伝播し、今ではもはや過去の陰りを感じさせることはないほどに多くの間者たちが私を腫物扱いするどころか、積極的に話しかけてくるようにもなっていた。
……もちろん、それで過去の清算が済むわけではないと思うわ。
けれど、彼女らからの正式な謝罪と……理解されるわけがないと一線を引いていた私にも否があったのは事実であるし……だから私たちは和解の契りを結んだ。
それからというものの、彼女は同じ階級であり同室の存在であることもあってよく話す仲になり、今では私にとっての大切な仲間と言えるようになっている、というわけ。
「……で、悩みっていうと、やっぱりあの人のこと?」
ぐっ……しかしこうして共に過ごしていると分かってくることがあるけれど、陽属性の彼女らは人との距離感を掴むのが上手く、そして何より察しが良すぎるわね。
この間だって―――。
「あ、また違うこと考えてるでしょ? 話逸らさないの~!」
「……なんで分かるのよ、本当にすごいわね……超能力者みたいだわ」
「当然じゃん? だって超能力者だもん」
そういいながら自慢げにする彼女の言葉は、まぁ正直嘘だと分かるわ。
それはこの場の雰囲気だったり、発言の仕方だったり、表情にも出ていたりするから。
……でも……。
「……じゃあさ? もし、もしこの世界に本当に異世界から転移してきた人がいたら……超能力者の貴方ならどうするかしら?」
「なにそれ? あの人、異世界転移者なの?」
「~~~~~っ、い、いえっ、た、例えばの話よ!!? べべ、別に陽太がそうだとはっ―――!」
……まさか本当に超能力者なのではないかしらとも思うほどの察しの良さを見せた彼女は、私の姿を見て微笑みながら、自分のお弁当箱の中からおにぎりを出して食べ始めた。
「まぁ、ひひけほ(いいけど)……そうだなぁ、わたしならまず……話を聞きたいかな~?」
「……話? なんの?」
彼女の言葉を受け、私もまたお弁当を食べ始める。
「いやほら、ここに来た理由とか、他の世界はどんなところだったかとか? ……後は、もし、その話を向こうからされたなら、どうして私に言ってくれたのかを聞いてみたい、かなぁ?」
そう言って目線を合わせてくる村井さんに、私は思わず目を逸らしてしまう。
……うん、訂正する必要があるわね。
この人は超能力者に違いないわね。でなければこんなに言い当てるなんてできるわけがないもの……。
……にしても。
確かに、彼女の言う通りではあるわね。
私はあの時、何も知ろうとはしないで、一方的に逃げてしまった。
……陽太は、私のことを知ろうとしてくれていたというのに。
「……確かに。一理あるわね……」
私は自分が発した言葉を何度も、何度も心の中で反芻させる。
そうよ。何も知ろうとしないでいるのはいつも自分自身。
誰にも理解されないと塞ぎ込んで、いつか理解してくれる誰かが現れることだけを待つだけだった。
……でも、私が好きで、憧れる人はいつも自分から行動を起こしていた。
知ろうとしなければ知ることはできない。
目の前に座る彼女が友と呼べるほどに親しくなれることも、お互いを知らなければなかった事実だから。
だから―――。
「……じゃあさ、まずはえっと……村井さんのことを教えてくれないかしら……?」
まずは一歩ずつ。
「え、いいよー!? 勿論! あ、あと別に名前で呼んでもいいよ? 友達はみんなそう呼んでるし!」
「そ、そうね! じゃ、じゃあ陽花里のこと……教えてくれるかしら?」
いつか同士が現れることを待つのではなく。
自分自身で探しに行けるように。
「ふふ、いいよ! その代わり……後であの男の人とどうなったか、ちゃんと教えてね?」
「うっ……善処シマス……」
――――なんて、格好つけたはいいものの。
結局その日は人生で初めて未読スルーしたことが恥ずかしくて連絡することができず……後日来た連絡に返すことになるのだけれど……。
それでも。
今度は同士として、彼が私を救ってくれたように。
彼が悩んでいるのならば救ってあげよう。
大切なものを見失わないように。
私はもう、迷わないと決めたから―――――。




