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第五十話 進むべき道



高校の学園祭から始まり、水仙祭に勉強会、ハロウィンを楽しむという、陰キャと呼ぶには些か無理があるような充実した生活をした僕は、しかしそれらを楽しんだ者とは思えないほどどんよりとした表情を浮かべていたことだろう。


……原因は当然、笹草さんの件だ。


あれから三日。

携帯のアプリには僕から送ったメッセージ以降、既読すら付くことはなかった。


でも……。


……以前の僕ならば仕方ないと割り切って、早々に人間関係を諦めていたことだろう。

けれど、こっちの世界にきて半年以上が経ち、今までよりも濃い日常を経験した今の僕には……この状況を見限ることなんて到底できなかった。


「ってもなぁ、どうすればいいんだろうか……」


この世界はどうやら一人間の感情の波なんてのは些細なことで。

否が応にも一度眠りにつけば、明日が来る。


誰かにとっては特別な日かもしれないけれど、誰かにとってはなんてことのない日。


「……あ、今日は一限取ってたんだった……はぁ~~~、大学行くか……」


さながら強制スクロールのゲームのような人生に、僕はため息を吐きながら今日も大学へと足を運んだのだった―――。




◇◆◇





時期はまだ十一月。

冬の入り始めだというのにも関わらず、すでに風は冷気を帯び、見渡せばもう厚手のコートを着ている人もちらほらと見かける。


まぁとはいえ世界は相も変わらず狂っていて。

冬だというのに太ももまで露出している()()を見て、僕は瞼を擦る。

何度見ても夢ではなく、そこにあるのはさながら生足魅惑の半魚人といったところだろうか。

……いや、別に顔が魚顔なわけじゃないけどね……。


そういえば、よく暑い日と寒い日、どっちがいいかと聞かれることがあるけれど、僕は正直迷わずに冬を選ぶかなぁ。

寒ければ厚着をすれば対策できるから、というのはそうなんだけど、普通に寒い日にモコモコの服を着るのが心地がいいというのが一番の理由かな。

冬用の布団が気持ちがいいのと同じ理由だね。


……とまぁ嫌なものを見てしまったのを忘れようと、そんなどうでもいいことを考えつつも思考は一つの物事へと収束していく。


(……あの時、僕の本当のことを言わなかったら違う未来があったんだろうけど……)


いまだに連絡がつかない彼女―――笹草さんの件について、僕は今一度振り返っていた。

ただ、もしこれからも笹草さんと接していくのならば、隠すことは僕はしたくないと思ってしまうし……なにより、今、連絡が取れないからって諦めることが正しいとも僕は思わない。


―――あの時、あの別れ方をした以上、彼女としても僕にもっと伝えることはあるだろうし、僕にとっても伝えたいことは山ほどあった。


願わくば……クリスマスまでに連絡が取れたら一番いいんだけどなぁ……。


「はぁ……」


なんてことを考えていると。


「―――あっ、陽太君! おはよ!」


―――と、僕が白い息とともに願いを吐き出した途端、後ろから可愛い声が聞こえてきた。

もはや振り向かずとも分かるその声の主だけど、顔を見るために僕は振り返って名前を呼んだ。


「っ、唯か~! びっくりした~。おはよう……って、唯も流石に冬服にしたんだね! 可愛いじゃん」

「~~~~っ!? えっ、あ、あぁ! そう! そうなの! 陽太君も冬服に、似合ってるね!」


なんだかんだ、今まで色々あったからだろうか……。

一番最初にこの世界にきて緊張していた相手だったはずの、相変わらずの美少女が一番安心するなんて誰が想像できただろうか?

しかもお世辞とは言えど、こんな可愛い人から褒められるのはかなり嬉しいもんだね~。

ってそうだ!


「あ、そういえば、あれからちゃんと話せなかったけれど、ゲーム研究部とはどうなったの?」

「あぁ! 確かに言ってなかったね! いやぁ、本当はあれっきりにしようと思ったんだけど、流石に最優秀個人賞とっちゃってるからさ……あと一年ちょっとは続けてみようかなって思ったんだよね!」


確かに、あの時のあの場面を見届けた身としては、あれ一回で終わってしまう才能や、おそらく積み上げてきたであろう努力が勿体ないと思ってたからね。うん。


……けど。

やっぱり少し寂しくなるなぁ……。


笑顔でゲーム研究部のことを語る藍原さんの表情は曇り一つなく、まるで太陽のように見えた。

陽キャのことを眩しいと表現するのならば、今の藍原さんは間違いなく陽キャだと言えるほどに輝いていて。


これからいつものように過ごすことは少なくなるんだろうなぁ……。


……なんて、柄にもなくそんな彼女に少しの寂しさを覚えてしまった自分に、しかし藍原さんは、でも、と続けた。


「でも……こんな私があるのは本当に、陽太君のお陰だよね!」

「……え?」


僕の? といわんばかりの表情を察してか、彼女はなおも笑顔で話した。


「あはは、なにその顔~? だってそうでしょ? 陽太君が居なかったらゲーム研究部に入ってなかったと思うし……多分、こんなにゲームも続けてなかったと思うし!」

「え、そうなの?」


藍原さんは僕の驚いた声にくすっと笑った。

その笑いは、どこか懐かしくて……どこか、初めて出会ったあの日のような……。


「そうだよ! だって……」


―――と、何かを言いかけた彼女の言葉がふと途切れる。

その瞬間、僕の心臓が少しだけ、確かに跳ねた。


「……だって?」


思わず問い返すと、藍原さんは目を泳がせながら、手をぶんぶん振って否定してきた。


「あっ、い、いやぁ~! なんでもない! これはほんとに! 気にしないで!」


え、いや、あの、気になるんですが……??


「でっ、でもね、陽太君が居たから今の私がいるのは本当なの! だから、本当にありがとうね!」


そう言って、彼女はぱっと笑顔を咲かせた。


……なんていうか、美少女、というのはやはりずるいと思う。

その笑顔一つですべてが済ませられるのなら、きっと世界平和も夢物語ではないだろう。


だから当然。

世界が抗えないのに僕が抗えるわけないだろう?


僕が何も言わずに苦笑いを浮かべていると、再び矢継ぎ早に言葉を繋げた。


「さっ、早く大学行かないと席埋まっちゃうよ~! 今日の一限はあの教授だからね!」


そう言うやすぐに藍原さんはくるりと踵を返し、軽やかに歩き出す。

その背中は、どこか楽しげで、幸せそうで。


僕はその後ろ姿を見つめながら、ふと思う。


――確かに、自分の言葉や行動が、人との関係をぎこちなくしてしまうこともあるだろう。

自分でも意図していない言葉が、相手の心に棘を刺し、距離を生んでしまうこともある。


でもその一方で、自分の言葉や行動が誰かの心を救うことだって勿論ある。

何気なくかけた言葉が誰かの背中をそっと押すこともあるし、無意識の優しさが誰かの心に響くこともある。


何が正しくて、何が間違っているのか。


あれからずっと考えていたけれど、藍原さんのお陰でなんとなくこうだろうという気持ちから確かな革新が持てた気がする。


何が正しくて、何が間違っているのか。

まったく、何を難しく考えていたのか……。

そんなこと……誰にも分かるわけがないんだから考えても無駄じゃないか。


だって、もし正解がひとつしかないのだとしたら、世の中はもっと簡単に生きられるはずだから。


でも現実はそうじゃない。

人の数だけ価値観があって、感情があって……過去がある。


だから、人は悩む。

言葉を選び、行動を考える。

どうすれば、誰かを傷つけずに済むのか。

どうすれば、少しでも優しくなれるのか。

どうすれば、ほんの少しでも良い方向へと進めるのか。


ただ……結局いくら悩んだところでその答えは相手次第。

それこそ人によっての価値観は違うんだから。


悩んだ先に何があるかなんて誰にも分からない。

でも……それでも、自分自身が歩かなければ道は進めない。

立ち止まってばかりじゃ、何も起こらないからね。


……こういう時、僕はつくづく思う。

些細な人の言動や思いで僕が悩んだとき、必ず傍に人がいて、答えをくれる。

あれだけ悩んだことがこうして簡単に解決できる自分は本当に恵まれていて。

なによりも単純だな、と。


その時、思わず笑みがこぼれてしまったことに少しの恥ずかしさを覚えつつ、単純な僕にできることを考える。


そうしてやがて、僕は先を行く彼女の背を見ながら、冷たい手で携帯を取り出し、ポケットの熱でわずかに曇った画面をなぞる。


これは、たとえ彼女との関係において間違いだったとしても。

僕自身が今、確かに前に進むために、必要なことを――――。







―――――――――――――――――――――――


―笹草 心愛 (グラス)


  今日の午後、時間空いてる?- 8:15

  もし空いてたら少しだけ話したい- 8:16


8:16 - 分かった。十七時ぐらいからなら大丈夫


   じゃあ十七時ぐらいに、駅前でいいかな?- 9:42


9:50 - 分かった


―――――――――――――――――――――――


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― 新着の感想 ―
あなたのおかげで今の私がある。そこで満足して感謝するだけなら良いんだけど。それでは済まないから難しいんですよねえ。 さて、関係の修復成りますかね。
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