第四十九話 灯は消え、白が来る
ヨウタノコトガ、スキダカラ。
うん。
目の前の可憐な少女は確かに今、そう言ったはずだ。
いや、こんなカタコトとは少し違ったかもしれないが、間違いなくこう言った、と思う。メイビー。
……なんて。
その言葉の意味を、冴えない陰キャながらに誤魔化そうにも、目の前の少女の赤らめた頬と、まっすぐにこちらに向ける視線は、こんな僕でも間違いないと確信できるほどに言葉通りの意味が込められていることを示していた。
ただこの時。
告白された事実があるというだけで内心踊り狂ってしまうほどの陰キャな僕が、こうして冷静に今の現状を見つめられているのは、既に他の女の子から二度も同じような好意を受け取っていたからだろうか。
……いや、まぁ先の出来事からこうなることを予期していたから、ということも大きな要因としてあるけれど、やっぱり一番の要因は―――。
「……ねぇ、心愛? 少しだけ歩かない?」
「……え?」
―――もう、以前のような臆病な自分はいない、ということだろう。
◆◇◆
未だ明るさを残す街並みは、行き交う人々や出店に並ぶ人々の喧騒で大いに賑わっていた。
そんな中、ただ黙々と歩く僕らの姿は、傍から見れば深刻な話をしているカップルにでも思われるだろうか。
……いや、まぁ確かに今しているのは深刻な話ではあるのだけれどネ……。
「……え、っと……それは、あの……現実的な話、なのかしら……?」
歩きながらも首を傾げ、こちらを覗き込む姿は可憐で、まるで小動物のような彼女が僕に向かってそう問いかける。
そんな愛くるしさに痛む心の臓を、心の中のリトル陽太に支えてもらいながらもしかし僕は冷静に答えた。
「うん。僕が違う世界から来たことも、多分、心愛が勘違いをしているだろうってことも、全部本当だよ」
それもこれも、まるで夢物語である異世界転移について、嘘ではないと理解してもらうために――。
―――あれから少しだけ歩いた後、僕は、僕自身の過去について、笹草さんにすべてを話した。
当然といえば当然なんだけど、笹草さんも日向さんと同様の疑惑の目を向けてきていた。
そして改めて僕がそう告げた時も、少しだけ俯いて、やがてすこしばかり考えるような仕草を見せた。
……ただ、そこはやはり笹草さん、と言うべきだろうか……。
やがて顔を勢いよく上げ、僕を見上げながら彼女は言った。
「なるほどね! つまりは並行世界……パラレルワールドの世界から陽太はやってきたってことかしら!?」
いやほんと急に理解が早いね!? 助かるけど!!!
「まぁそう、いうことになるかな? だから―――」
と、僕が話を続けようとした時、しかしすかさず彼女は興奮したかのように口調を早めた。
「そ、それなら納得だわ! 普通の男の子が、その……わ、私なんかに構ってくれるわけないものね!」
「……え? いや―――」
何を言っているのだろうかと思い、思わず口を挟もうとするも、彼女は止まらない。
「な~~んだ! それならそうって早く言ってよね! わっ、私だけが盛り上がってなんかバカみたいじゃない? 恥ずかしいな~!」
「いや、そういうつもりじゃ―――」
「いいのよ! わかってるってば! だって……えっと……あれ……? 私……なんで……」
―――そう口にしている彼女を見て。
僕は、思わず伸ばした手を、止めてしまった。
彼女は確かに僕を見つめていたけれど、その瞳はどこか遠く。
わずかに目じりに浮かぶ煌びやかな水は、オレンジ色の淡い光を反射しながら地に落ちた。
笹草さんはそのまま涙を拭うこともなく、ふらりと踵を返して歩き出した。
まるで何かを振り切るように……いや、まるで僕自身から逃げるように。
「待って……!」
思わず発した声とともに僕は一歩踏み出そうとした。
けれど、祭りの喧騒や無数の人の背が僕の前に壁のように立ちはだかる。
やがて人混みの中で彼女の姿はすぐに見えなくなってしまう。
……過信だった。
ここが貞操観念が逆転した世界ならば、僕自身の行動はこの世界の女性にとっては正しいものなんだと、そう思ってしまっていた。
だから、笹草さんはこの話をすぐに理解してくれて、なんなら少しノリ良く話を返してくれるんじゃないかと。
ただ……なぜ、考えが及ばなかったのだろうか。
この世界にいる女性の多くは、それこそ僕と同様の貞操観念や思考を持っているだろう。
けれど、元の世界でだったとしても、人の性格や想い、認識や感覚というのは違うこともある。
だから当然、僕自身のこの現状を話すことが必ずしも正解だとは限らない。
―――一体僕は何を驕っていたのだろう?
日向さんから好意を寄せられ。
あまつさえ燕尾先輩からも告白を受け。
そして笹草さんからも同じ言葉を貰ったことで、内心で調子に乗っていたんだろう?
以前のような臆病な自分はもういない?
……違う。
ただ、自分を認めてもらったことで自分に価値があると思い込んで慢心しただけの臆病者じゃないか。
今だって、空を切った手は震え、記憶には彼女の涙が焼き付いている。
彼女は何を思って立ち去ったのか。
僕はどうするべきだったのか。
――――しかしそんな僕の思いを時は待ってくれることはなく。
僕にとっての運命を決める冬が、静かに、冷たく始まった―――――。




