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第四十一話 後夜祭の夜空に咲く紅い華



「いや~~~残念だったね……まさか最優秀個人賞があの子に取られるとは……」


閉会式終了後、外に出てきて開口一番に森先輩は軽い背伸びをしながら言葉を零した。

そしてそれに僕が答えるよりも早く――‐。


「まぁ、藍原さんはすごい人だから驚きはないけどね。……それに、なんていったって最優秀特別賞はこの美術研究部が獲得したんだから、ゲーム研究部との勝負には勝っただろう?」


そう燕尾さんが答えた。


――燕尾先輩の言う通り、結果から言えば、今回の最優秀特別賞は美術研究部の名前が呼ばれた。


ということで、当初の決め事でいえば、いくらゲーム研究部の藍原さんが最優秀個人賞だったとしても、賭けの結果は美術研究部の勝利となる。


と、すればだ。


「じゃあ、もしかして僕は一週間美術研究部……ってことですかね……?」


ゲーム研究部との賭け。

その景品として乗せられたのは、僕を一週間サークル員として入れる権利。


正直、もうみんな忘れるぐらいに集中して祭りに取り組んでたと思うけど……。


「そうだね! まぁ無理強いはしないけど……せっかくなら一個ぐらい作品を描くのも面白いぞ!」

「そ、そうだね。なにかあったら僕も手伝うから……」


と、まぁこのように森先輩と燕尾先輩は非常に乗り気でして……。

そしてまぁ、美術研究部はどうやら――‐。


「イヤイヤ、折角なら着ぐるみ作ってみル????」

「映像作品のほうが手軽だしどうかな!」

「デザインに興味ありそうだし将来役に立つよ!!」


――‐意外と乗ってくれる人が多い。

やんややんやと騒ぎ出す美術研究部だけど、そんなお祭り状態を許すまじとする人間もいてですね。


「やいやい!!!! 美術研究部!!!! 最優秀特別賞如きで騒ぎやがってヨォ~~~~~!! こっちにはな!! 最優秀個人賞の《零距離の未来視》がいるんだぜ!!?」

「ちょっ!? まだそれ擦ってんですか!? こっちも言えるんですからね!?《百花繚乱の制圧者》って!!!!」


騒がしい口上とともに、ゲーム研究部の代表の内藤先輩と藍原さんがやってきた。


こうしてみてみると、普通の女子大生……よりも少し騒がしいような気もするけど、今朝の伝説を打ち残したすごい人という印象はあんまりないんだよなぁ。


……今朝の雑念がなくなったからそう見えるんだろうか。


「藍……あ、えっと、唯、最優秀個人賞おめでとう! ……伝えるのが遅くなっちゃったけど、めっちゃすごかったよ! 感動した!」

「えっ!? あっ、あぁっ! も、もちろん! 私なら余裕よ!?」


そういいながら、同時に僕と藍原さんは笑いあった。


――気が付けば、森先輩と燕尾先輩、そして内藤先輩と筒井先輩も笑いあっていた。


そして、そこで僕は気が付く。


―――‐今年で三年生の先輩らにとっては、これが最後の学園祭であることを。

そしてそれは、僕や藍原さんにとっても、もう、先輩方とは祭りに出れないということで……。


……僕は、今日の出来事が今まで生きてきた中で、一番楽しかった日と胸を張って言える。


僕を認めてくれて、しがらみから解き放ってくれた森先輩。

藍原さんに聞いた話では、僕を美術研究部に紹介してくれたという、燕尾先輩。

そして、こんなにも盛り上がるイベントを作り出してくれた、内藤先輩と筒井先輩。


僕らは先輩方の気遣いがあって、今日という最高の日を迎えることができている。


だから。


「先輩方! 一緒に写真撮りませんか!」


―――いつ、僕が元の世界に戻るかはわからない。

戻らないかもしれない可能性もあるかもしれないけれど……。

仮に戻ったとして、みんなの記憶には僕は残らないかもしれない。


けれど。


「お~! いいじゃん折角だし撮ろうよ! ほら! 内藤も筒井もこっちに寄った寄った!」

「オイ森ィ! 身長高いんだからもっと縮め!!! 写らないだろ私が!!!」

「代表、それ代表が小さいだけなんじゃ……っていたたたた! おい! 燕尾! 頭に腕を乗せるな!!」

「え~? 筒井の身長が丁度よかったのに。ねぇ美鈴?」

「そーだそーだ~!」


手を伸ばせば届く現実。

要するに今を楽しむのも悪くない。


たとえみんなが忘れても、写真に残らなかったとしても、僕の心にはちゃんと刻みついているのだから。


「ほら! 先輩方揉めないでくださいよ! 唯もこっちこっち!」

「えっ、あっ! うん!」


波乱だらけの祭りが今、終わる―――。


「じゃあ撮りますよ~! はいっ、ちーずっ!!!」







閉会式も終わり、秋空に煌めく星々が浮かび上がった頃。

しかし大学の構内は未だに賑わっていた。


―――後夜祭。


三日間に及ぶ水仙祭の後に行われる正真正銘の最後のお祭りは、料理研究部が主導で屋台や出店を興し、水連大、鳳仙大の両校で同時に開催する。

この瞬間だけは、両校の垣根なく交流し、サークルの隔てもなく、教授との間の確執なんかも取っ払われる。

校内で起きた事件はあくまで自己責任という今のご時世でも驚きの後夜祭は、しかし大学生徒たちの民度によって今の今まで特に問題なく続いているらしい。

……まぁ、鳳仙側は文化系のサークルが多い関係上、落ち着いた人が多いから問題はないらしいけど、水連の方はやはり運動系のサークルが多いためにたまにハメを外しすぎる生徒もまぁいるのだとか。


そしてそんな後夜祭で今僕は何をしているかというと―――。


「えっと、この角を曲がった先に階段があるはず……おっ、あったあった!」


鳳仙大学の構内を散策し、ようやく見つけたお目当ての階段を上って、その先のドアを開け―――。


「うわっ、涼しくて気持ちいい~~~~!!」


屋上の少し下に位置している展望テラスに吹き抜ける風を受けて思わず声を漏らした。


……で、なんでこんなところに来たかというと。


「あ、よ、陽太君。来てくれたんだね」

「すみません少し遅くなって……どうしたんですか? 燕……つ、司先輩!」


そんなむず痒いやり取りをしながらも僕は燕尾先輩が座るベンチの隣に腰掛ける。


が、実はここに来たのは、燕尾先輩からの連絡ではなく、藍原さんから連絡があったからだ。

何か燕尾先輩が話したいことがあるそうだからここに来てくれって連絡だけが来たというワケ。


「それで、話ってなんですか?」

「えっと……あ~、あ、そうだ、水連大にはさ、こ、こういう場所はあるのかい?」


……え、それだけ?


あ~でもそうか。燕尾先輩って、一年のころから一応美術研究部だから、水連大に来ることなかったのか。


「いや、それが水連大は結構運動施設が多いからこういうお洒落な場所はないんですよね。めっちゃ羨ましいですこれ」

「あはは、そうなんだ。……ら、来年は水連大にでも行ってみようかな?」

「おー! いいじゃないですか! じゃあその時は僕が案内しますよ!」

「っ……、それは、来年が待ち遠しいね」



……。



……。



……。



この空気感はなんなんだろうか。

なんかさっきから妙にしんみりとしてるというか……。


秋の夜空の真下の奇麗なテラスで男女二人きり。


……しょ、正直、名前呼びを始めたから余計に燕尾先輩を意識してしまう……って、いや、そんなこと考えるよりも、先に燕尾先輩に言っておかなければいけないことがあったんだった。

こんな時によくないかもしれないけど……僕は先輩に謝らなきゃいけないことがあるから……。


「あの、燕尾先輩……?」

「なっ、なんだい……?」


本当は、燕尾先輩が僕を二次元のキャラに当てはめて申し訳ないと謝罪した時に言おうとは思っていた。

……燕尾先輩は、それを伝えることで僕に嫌われるかもしれないという覚悟を持って伝えてくれたというのに、しかし僕は嫌われることを恐れて言い出さなかった。


……今、言わなければきっと一生後悔する。

ふと、そんな予感がした。

だから―――。


「すみません……燕尾先輩は、自分が最低だと言っていましたが……実は僕も最低な人間なんです」

「……えっ、なにを……ん、どういうことだい?」


僕は、燕尾先輩の顔をしっかりと見て、口にした。


「実は……燕尾先輩と出会ったとき、僕は、燕尾先輩のことを男性だと思ってたんです……。それも、僕も水族館の時まで……」

「え、えぇ!? そ、そうだったのかい?」

「……はい……それに、そのことについて、僕は燕尾先輩に嫌われないようにと黙っていようとも思ってしまったんです……。もっと早く謝るべきだったのに……」


僕の言葉に、燕尾先輩は驚き、目を大きく見開いていた。

そして……。


「……そうか……って、ん? 僕に嫌われないように……って、よ、陽太君が? どうして?」


―――なぜか笑みを浮かべた。


……そして遅ればせながら僕は気が付いた。


―――あれ? これ、ギリギリ告白じゃね????? と。


「あっ、いや! そうじゃなくはないんですけど! えっと―――!」


あまりの動揺に言葉を詰まらせていると、しかし燕尾先輩は優しく微笑みなおした。


「あはは、わかってるよ。……だって、僕もそれを伝えたかったから……」


はぁ、よかった……特に気にしないでくれて……って、え、今なんて?


「僕も……って、え、どういう―――?」


そう言いかけた口を、燕尾先輩が人差し指で抑える。


「ねぇ、陽太君、本当はもう気づいてるよね……?」


んな!?

そ、そんなことは……ある、か。


「~~~~っ、いや、その……まぁ……なん、となくは……ですけど……」


僕が目を泳がせながらもそう口にしたとき、燕尾先輩が立ち上がって、テラスの柵に腕を乗せたので、僕も同じように立ち上がって柵に腕を乗せる。


いや、こうして並ぶと燕尾先輩、本当に身長高いよな……僕と変わらないぐらいで……顔が同じ位置に―――って、僕は何を想像してんだ……まったく……!


「ねぇ、陽太君。……答えは今出さなくてもいいから、僕の言葉を聞いてくれるかい?」


……。

その言葉を聞いて……僕は頷いた。


何が言いたいかはわかっている。

そして、多分燕尾先輩も僕がどう答えるのかもわかっていたからこその言葉だろう。


なら、ちゃんと聞いてあげるべきだ。


「……最初は、ミナトくんに陽太君を当てはめて、一人で盛り上がっていた。……けれど、そうじゃないって気づいたとき、僕の中である疑問が浮かんだんだ。陽太君がミナトくんでないのなら、どうして今も僕は陽太君のことが気になっているんだろうかと。……よくよく考えればすぐにわかることだったんだけど、かなり遠回りをしてしまった……」


そういいながら、燕尾先輩は、僕の方に向いた。


―――身長が同じだから、今にも近づけば、互いの唇がついてしまいそうな距離に、しかし先輩は言葉を続けた。


「……ねぇ、陽太君。僕が描いた花を覚えているかい?」


……燕尾先輩が描いた花。

それは、決して忘れることのない、記憶。


「……彼岸花……」

「そう、そして、紅い彼岸花にはね、こういう花言葉があるんだ―――」


燕尾先輩がそう口にしたと同時。

構内から一筋の白煙と、甲高い音が放たれた。


そして。


「……想うは、あなた一人、って」


燕尾先輩の一言と同時に盛大な紅い華が空に咲き誇った。

しかし僕らはそれを見ることなく、お互いの顔だけを見ていた。


思いをちゃんと伝えるために。

或いは、想いをちゃんと受け取るために。


そして、燕尾先輩は、少しばかりの深呼吸の後。


「陽太君……僕は……どうしようもなく、君が好きだ」


風が頬を撫でる。

煩いはずの花火の音は一切聞こえず、燕尾先輩の言葉と、息遣いだけがやけに鮮明に聞こえる。

互いの心臓の音が聞こえそうな距離に、しかし目は決して逸らさない。


「付き合ってほしい、なんてすぐには言わない。……陽太君が何を思っているかはなんとなく検討がつくし、僕も事情を知っているから。……けれど、僕は三年生で、陽太君は一年生。……僕には時間がないから、どうしても伝えたかったんだ」

「……はい」


僕には返事しかできない。

……でも、それでも燕尾先輩は言葉を続けてくれた。


「……ちゃんと聞いてくれて、ありがとう……そして、その代わりといってはなんだけど……」

「……?」


と、気になることを言って燕尾先輩は耳を近づけるようにジェスチャーをしたので僕は耳を傾けた。


「―――――――――に、―――――と、――――――ほしいんだけど……どうかな」


―――っ!


「……なるほど……そういうことだったんですね……。それならもちろん、わかりました」

「ふふ、わかってくれるなんて、さすが陽太君だね……あ、それともう一つ―――」


「――――ん?」










































夜空には、星が静かに瞬いていた。

しかし、次の瞬間。

その星々の光をも凌ぐほどの閃光が、空のあちこちで一斉に咲き乱れた。


それはまるで誰かがこの空間を、この時間を祝福しているかのように、夜の帳が色とりどりに染まっていく。


遠くで歓声が上がる。

けれど僕の耳には、それは届くことはなかった。


――――ふと、何かが頬に触れた。

柔らかく、温かく、けれど信じられないほど儚い感触。


そしてその感触を、僕はすでに一度経験している。


―――すぐに視線を先輩に向けると、先輩は既に顔を背けていた。

けれど、光に照らされたその頬は、花火の火照りでは説明がつかないほどに赤く染まっていた。


ただ黙って、空を見上げている。


――まるで何もなかったかのように。


……だから僕も、同じように空を見上げた。


――きっとここから見る花火は綺麗だったんだろうけど。


僕は、この時の花火を一切覚えていない。













夜風は涼しく、気温も低くなってきた。


あぁ、夏はもう終わったっていうのに。


しかし僕の頬は、熱いままだった――――。



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― 新着の感想 ―
ついにみんなから告白。って、藍原さんはきちんと言葉で意思表示していないんじゃないかなあ。果たしてだれが選ばれるんでしょうね…
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