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第四十話 結果発表



―――三日間にも及ぶ、水連大学と鳳仙大学の合同学園祭である水仙祭の終了を告げる鐘の音が、構内に響き渡る。


そして、それを聞いた私は、冬が近づく暗がりの空を仰いだ。

と、同時に強く背中を叩かれ、私が振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた先輩の姿があった。


「藍原さん! 今日はお疲れ様! お陰様で大盛り上がりだったよ!! いや~これなら美研のやつらに今年こそは勝てるかもしれねぇぜ!!! そう!! この《零距離の未来視》と《百華繚乱の制圧者》がいればね!!!」

「うっ……内藤代表……それ、私が決めたんじゃないので言わないでくださいよ……」

「あれ? でも試合中はノリノリだったよね?」

「筒井副代表まで……そんなんじゃないですよ!」


そんな雑談をしつつも、私たちは今回使用した機材を車に載せていく。


結果で見れば、圧倒的な盛り上がりを見せて、先輩方の感覚では過去一の来場者数だったらしい。

これはゲーム研究部に所属する私としてもかなり嬉しいことではあるんだけど……。


陽太くん……最後のほう、いなかったな……。


成宮さんと水無瀬さんとの試合終了後、ふと客席を見たら、熱狂の最中に会場を後にする彼の後ろ姿が見えた。

おそらく時間的に美研のほうに向かったんだろうけど……。

もう少し見てくれて、感想とか聞きたかったのにな……。


まぁ、どの道この後会う予定あるし、いいんだよ? いいんだけどね??


はぁ……あとは燕尾さんとの勝負……どれだけ評価がもらえたかだけど……。


正直、一日目に見たあの絵はすごかった。

まるで燕尾さんが描く彼岸花の中に取り込まれて、それこそ自分が彼岸へと足を踏み入れているんじゃないかって思っちゃうほどに、没入感は途轍もなかった……。


けど、盛り上がりという面で見れば私は負けていないよね!

結果的にプロの人たちにもなんとか勝ちを取ることができたことも含めて、私の中ではベストを出し切ったと言っていいでしょ!


だから……これで負けたらそうね、文句なんてあるわけない。


「さて、荷物も全部積み終えたし、業者に積み下ろしも頼んでるから、私らも閉会式に向かおうか!」


―――そうして、私たちは……いえ、私は、運命の結果発表がある閉会式へと足を運んだ――‐。





閉会式は、第一会館と呼ばれる鳳仙大学キャンパスで一番大きなホールで行われる。

規模でいえば私たちゲーム研究部が使用した第三会館の三倍はあるんじゃないかな?

数千人を収容できる……まぁ学会とかでしか見ることのないようなホールで、この三日間における、各賞を発表していく。

賞はいくつかあるけれど、私たちが望むのは、来客者からの評価が最も多く、高いサークルに贈られる、最優秀サークル賞というもの。

そして、私個人として望むものに、最優秀個人賞というものがある。


――と、先に着いた私たちが席に座っていると、やがてぞろぞろと各サークルの人らが入ってきて、そこには、燕尾さん擁する美術研究部の姿もあった。


……そして、陽太くんの姿も。


陽太くん自身はサークルには入っていないけれど、美研の代表の森先輩含め、燕尾さん……副代表とも知り合いであることから、今回は仮で美研所属という形をとっているため、美研として定められている席に座っていった。


……うん。

しかし、気になる点が一つ……いや、二つある。


まず一つ目。

……どうして燕尾さんの隣の席が陽太くんなの!!!!???

おかしくない!?

仮にもあなた副代表だよね!?

その隣に仮入部の男の子を座らせるなんて職権乱用もいいところよ!!!!!


そんで二つ目ェ!!!

なんだそのニヤケ顔はァ!!!!!!!!!

どう考えても何かあったでしょ!!!!!????

最終日でしょ!? なにもあるわけないよね!?

そ、それとも抜け駆けとか……いや、ああ見えて燕尾さんはちゃんとして……。

いや、してないか……?

そういえば一昨日もよくわからない理由でなんか言ってたし……。

けど、そのしがらみは当日中に解けてるだろうし、となるとやっぱり今日に何かがあって――‐!


――‐と。

私が燕尾さんの姿をにらみつけていると、唐突に室内の電気が落ち、ホール内に静寂と暗闇が広がった。


これは……。


そして、その静寂を切り開くように、ホール内に響き渡る活発な声が聞こえてきた。


『皆さん、こんにちは! アナウンス研究部の杉岡です!

まずは皆さま、三日間に及ぶ活動、本当にお疲れさまでした!

それでは早速、ただいまより水連大学および鳳仙大学合同の学園祭――第百二十六回水仙祭閉会式を執り行います! それでは、実行委員会の麻生さんより―――』


と、そこから先はまぁ形式的な感謝だったり、来場者、地域住民からの総合的な所感、教授からのアドバイスや改善点などの講評があったが、いよいよ待ちに待った言葉が聞こえてきた。


『――ありがとうございました。それでは続いて、水仙祭各賞の発表に移ります!

今年の賞は五つあります!

一つ目が、教授からの評価が最も高かったサークルに贈られる、審査員特別賞!

そして二つ目が、最も環境に配慮したサークルに贈られる、環境保護特別賞!

三つめが、学生による評価が最も高かったサークルに贈られる、優秀賞!

そして!! 四つ目が、今回の水仙祭において最も優秀な評価を得た生徒だけに贈られる最優秀個人賞!!!!

そしてそしてぇ!!!!! この場に集うサークルに所属する誰もが欲する最高の称号!!! 今回の水仙祭において、最も優秀な評価を得たサークルだけに贈られる賞!!! その名も!!! 最優秀特別賞です!!!!!!』


最優秀個人賞……!

これを、燕尾さんに取られなければ、私は陽太くんと後夜祭に行ける……!

最終日に何があったかは知らないけど……私だってすべてを出し切ったんだから……!


『――それでは、まずは一つ目の賞から発表していきます!』


司会者の杉岡さんの元気な声がホール内に響く。


『まずは――教授陣による審査において、最も高い評価を得たサークルに贈られる審査員特別賞です! 今年の受賞サークルは――――‐美術研究部!!』


と、発表と同時に美研からは歓声、そして周囲からは拍手が送られていた。

会場に拍手が湧き起こる中、しかしまぁ私は特に驚いてはない。


というのも、事前に内藤代表が口にしていた言葉では、去年時に美研……というよりもまぁ、森先輩や燕尾先輩らの代は環境以外のすべての賞を独占してたらしいし、そう一年で教授が変わることもないから、ここはほぼ美研で間違いないだろうと目されていたから。


……とはいえ、実際に美研を見に行った身としては、納得せざるを得ないクオリティだから文句もない。


そして流れるように二つ目の賞である環境保護特別賞が、自動車研究部に贈られた。

自動車研究部はどうやら、電気自動車の前面に風力発電を取り付ける構造で電気を賄う研究をしていたらしく、近々車両開発の企業と研究して実現に向けて動き出すらしい。


いや~、あんまり他のサークルを見たことがなかったからすごく新鮮で面白かった!

こうなってくるとほかのサークルが何してるかって気になっちゃうよね~!


っとと、浮かれてる場合じゃない……いよいよ次からが本番なんだから!


『さて……では三つ目の賞です!!

学生による評価が最も高かったサークルに贈られる……優秀賞!!! 今年の優秀賞はゲーム研究部!!!』


え、今、なんて!?

ゲ、ゲーム研究部って言った!?


「っっっっしゃあああああああああああああ!!!!!!!!!」


と、私が理解すると同時、内藤代表の絶叫が、拍手の海に突き刺さるように響いた。

それもそのはず。

これが指し示すのは、今年はあの美研よりも、私たちのほうが生徒からの評価が高かったということなのだから!!


「~~~~~っ!!!」


けど。

私のゴールはここじゃない。

喜びきるのはまだ早い……!


『さあ、ここからがいよいよクライマックス!!

続いて発表するのは――最優秀個人賞!! わかりやすく言えば、この祭中に最も評価を得た人物だーーーッ!!!!』


その言葉が放たれた時、ざわついていたホール内が再び静寂に包まれた。


最優秀個人賞。

それはつまり、水連大学と鳳仙大学の生徒総数一万人を超える中の頂点。

誰よりも優れ、誰よりも目立った生徒でしか得ることができない最高の称号。


鳳仙大に所属する者はそれだけで将来が約束される知名度を得ることができるために、誰もが欲する称号でもある。


……でも私は水連大だから、ここで賞を取っても単位に響くことは全くないし、知名度は上がることはあっても将来が約束されることもほとんどない。


だけど、絶対に譲る気もない。

――‐そのために、私はすべてを賭けてきたのだから……!


盛大なドラムロールが響き渡る。

緊張で視界が歪み、心臓の鼓動が早まる。


そして、ついに――‐。


『第百二十六回水仙祭! 最優秀個人賞が贈られるのはッ!!!! ――――――」









結果が発表されるたび、そこに所属するサークルの人たちはまるで狂気に陥ったかのように歓声を上げる。

美術研究部に、自動車研究部。


もちろん気持ちがわからないわけじゃないから何も言わないけれど、それは何も思わないというわけじゃない。


私、波多野 亜美は、この手芸研究部で三年間活動してきた普通の人間だ。

なんとか三浪の末に憧れの鳳仙大学に入学した、どこにでもよくいる大学生。


しかし、三年間の苦難の末に合格し、感動で泣き喚いたのもつかの間。


――‐現実はそう甘くはなかった。


よくよく考えてみればそれは当然だけど、芸術家というのは努力以前に、才能がものをいう世界だ。


よく世間では努力不足だという人がいるけれど、ここに来てみれば、努力は当然の義務。

後に残るのは、生まれ持った才能と、開花する才能。そして、一握りの運だろうか。


そして、そんな中で三浪の末になんとか入学した私が、この大学の一年目に洗礼を受けるのは必然ともいえるだろう。


同時期に合格した友人たちが企業や個人依頼を受ける中―――私一人だけが何もないことなどは日常。

サークルによって格差があり、私が得意とする手芸を活かすために入った手芸研究部は小さな部室。


悔しくて何度も泣いた。

けれども、泣いたからと言って現実が好転するわけでもないし、なにより三浪までさせてくれた両親の期待を裏切るわけにはいかず。

友人たちは、みな、この鳳仙大学に一発で合格をしてる優秀な芸術家の卵だから仕方がないことなのだと必死に自分に言い聞かせながらも私は私なりに技術を磨き続けた。


今でこそ、細々とSNSで仕事の依頼を受けることも多いけど、正直、私はこの時に夢を諦めていればよかったのかなと思う。


――‐二年目の秋。

一年目ではただ見ているだけだった学園祭である水仙祭で、はじめて自分たちで主体的に動き、売り上げも上々。

先輩方と、新しく入ってきた優秀な後輩とともにいい調子で三日間を走り抜けたことで、ここで初めて自分に自信が持てた。


自分でもやれている!

私が作ったものはちゃんと売れるんだ!

もしかしたら、今年は最優秀賞も取れてしまうんじゃないのか!

意外と最優秀個人賞だったりして!


鳳仙大学に入った学生なら誰しもがこう思う時があると思う。


そして、楽しみを抱えて挑んだ二年目の結果発表は――‐。


『最優秀個人賞は――‐美術研究部所属! 鳳仙大学二年 経済学部 燕尾 司さんです!!!』


―――あっという間に終わりを迎えた。


この年の環境保護を除くすべての賞を、美術研究部が手にした。


正直、それ自体はまだよかった。

確かに鳳仙大学の中では美術研究部はかなり大きく、実績も多いから、そういうこともあるだろうと納得できた。


けれど、最優秀個人賞だけは……これだけは、決して同学年の人には取ってほしくなかった。


三年生ならいざ知らず、同じ二年の学生が鳳仙の頂点となることは、それはつまり、私と同じ年月を歩んでいても、才能の差がハッキリとあるということをまじまじと突きつけられているようだったから。


――‐「亜美はまだ続けるの?」


この言葉を、鳳仙大学を辞めていく友人が別れ際に必ず口にする。

そしてそのたびに私はこう答えるようにしている。


「うん。同学生でも頑張れているのなら私にもできるはずだから!」と。


いつしか、私の中では同学年の美術研究部の燕尾さんは、目の敵ではなく、目指す先にするようになっていた。


同学年でもあそこまでやれるのなら、私にだってできる!

努力の質と数は負けてないはず!


今思えば、私にはもう、こんなものしか残っていなかったのかもしれない。


手芸をやるのも、楽しいからではなく、いいものを作るために。


―――そして迎えた三年目の水仙祭。


今年は去年よりも数を増やし、質を上げ、営業の理念も頭に入れた。

部員数は……もう、私と何人かしか残っていなかったけれど、それでもできることを限りなく突き詰めた。


四年生になるとインターンや就職活動、論文や成果報告などがあり、水仙祭にはほとんど参加できないため、実質これが最後の学園祭。


せめて、最優秀ではなくとも、特別賞や優秀賞をと思ってはいたけれど。


『―――今年の優秀賞はゲーム研究部!!!』


その名が呼ばれた瞬間、ゲーム研究部の代表……内藤が叫びをあげた。

彼女と直接話すことはそう多くはなかったが、去年の水仙祭では惜しくも美研に次ぐ票だったことからリベンジに燃えていることは知っていた。


だから、あんなに喜んでいる姿を見て、私も嬉しくなってしまった。


……そう。

嬉しくなってしまったのだ。


私にとっては次のない祭。

後悔のないようにと挑んだはずが、悔しさよりも先に喜びが出たとき、私は気が付いてしまった。


―――‐あぁ、私には結局、何もなかったんだ、と。


そして、無情にも流れる時の流れは、ついに最優秀個人賞の発表へと移ろうとしていた。


『第百二十六回水仙祭! 最優秀個人賞が贈られるのは――――‐」


今回、噂によると、美術研究部の燕尾さんは、なんと描いた絵の落札額が三百万だったらしい。


手芸として制作したグッズを一個あたり三百円で売っている私からすれば、想像もできない金額。


当然、今年も彼女が選ばれるのだろうと、きっと誰しもが……。


……いや、違うか。


『――‐ゲーム研究部所属! 水連大学一年 心理学部 藍原 唯さんです!!!』


水連大学。

それに、一年生。


あまりの驚きに放心状態の私だったが、周囲は当然のように拍手を贈る。



――彼女の名も、功績もしらない私は、この世界では既に取り残されていたのだろう。



……そして、私は今、最優秀個人賞を取った名も知らぬ一年生の少女に感謝をしている。


今まで同学生が頑張っているからと、無理にしがみついていた私に、諦める理由をくれたから。


―――鳳仙大学は、卒業生に有名なアーティストを多数輩出している大学だ。

でも、そんなのは当然。

私のように才能がないものはここを立ち去り、才能に溢れた芸術家だけが生き残れる世界なのだから。


「波多野さん! 今日、この後みんなで飲みに行くんすけど来ます?」


――‐私は、パソコンで仕事をする手を止め、声をかけてくれた先輩社員に向かってこう答えた。


「いいですね! これ終わらせたらすぐ行きます!」


私は鳳仙大学を辞めた後、そこそこの知名度のある中小企業に就職した。

今では手芸は趣味の範囲でやって、結婚もして、何不自由ない穏やかな生活をしている。


あの時、諦めるきっかけがなければ今がなかったというのなら、今の私はこれでよかったと思う。


ただ……。


「そういえば、波多野さんって手芸めっちゃ上手だよね? 今度教えてよ!」


先輩の言葉に、私は笑顔で答える。


「えぇ、いいですよ。少しだけ得意なので!」


すべての頑張りが無駄ではないということは、これから夢を持つ人、すでに夢を持っている人に伝えたいと思う。


何かを諦めるということは、今までの全部を否定しなきゃいけないわけじゃない。


あの時ああしていれば、こうしていればと思うことは多々あるだろう。

だけど、生きているのはどうしようもなく今だ。


だから私はこう思う―――‐。








諦めた先にも未来がある。

だからせめて願わくば、その先の未来が明るくありますように――――‐と。




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― 新着の感想 ―
芸術家志望はつらいなあ。普通の四大なら、研究に挫折したとしても就職活動して会社勤めって、むしろそちらが普通なんだろうけれど。 道をあきらめることと退学が同義になるほどに… それでも、きっちりと引導渡さ…
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