第三十五話 伝説の始まり
水仙祭、最終日。
僕は目撃した。
――――水仙祭の歴史に刻まれた、二人の軌跡を。
伝説、あるいは革命。
生まれ持った才能と磨き抜かれた努力。
時間にして、一日にも満たないものだったけれど、僕は生涯、忘れることはないだろう。
――ひとつは、勝利を渇望する者たちが織り成した、熾烈で誇り高い伝説の戦い。
――そしてもうひとつは、変わりたいと願った一人の女性が描いた、美術界に革命を起こした名画。
情熱と静寂。
絆と孤独。
天才と秀才。
相反するその二つが、しかし確かにそこにあった。
だから僕は今一度語ろうと思う。
波乱を呼んだ最終日に、何があったのかを―――。
◆
雲一つない頭上にいくつかの花火が上がり、僕は思わず天を見上げ、その眩しさに目を細めた。
「うわ~~~! もう三日目最終日かぁ~! 早いなぁ!」
水仙祭、最終日。
僕は開催初日にもらったパンフレットと、二日目に藍原さんからもらったゲーム研究部の観戦チケットと、そして、燕尾先輩と森先輩からいただいた、美術研究部の観覧チケットを握りしめ、今日もまた、鳳仙大学へと足を運んだ。
ん?
なんで初日からじゃなくて最終日なんだって?
そんなの……。
そんなの僕が聞きたいよ!!!!!
はぁ……。
まったく、初日でまさか美術研究部のチケットが取れずに見ることすらできなかったなんて……。
だからとりあえずで茶道や華道、盆栽サークルやらに足を運んだら、まさかここで大幅な時間をとってしまって、ゲーム研究部の参加型イベントに参加することができないだなんて!!!!
くぅ……行ったサークルには失礼かもだけど、散々な一日目だったヨ。
そして反省の二日目。
が、しかしなんとも有名な美術研究部……チケットが取れないッ!!!!
仕方なくゲーム研究部へと向かうと、なんとこちらも入るには観覧チケットがいるのだというッ!!
当然、そんなことを知りえない僕は入ることは許されず……。
しかしまぁコネにモノを言わせて……というか、最早慈悲に近い施しを受け、なんとか僕は最終日のチケットを得ることができたというワケだ……。
「はぁ~~~~ちゃんと見るのが最終日になっちゃったけど、二人に連絡したら結果的にそのほうが良いって言われたから良いのか……? まぁそれ言われると何があったのか逆に気になるんだけど……」
まぁしかし、幸運だったのはチケットをもらえたことは勿論だけど、ゲーム研究部が午前から午後にかけて行われ、美術研究部の展示はちょうど昼下がりから見れるチケットだということ。
まぁ、二人が僕の知り得ないところで実は繋がってたみたいだし、この辺は織り込み済みだろうケド、どちらも見に行くことができるのは非常に助かる。
やはり悲惨な一日目、絶望の二日目ときて、今日は最高の三日目になることが確定しているのは非常に嬉しいものだね。
……いや、ほんと予約、大事……。
っと、話に聞くところによると、ゲーム研究部はどうやらゲーム研究部が制作した格ゲーでトーナメント戦を行っていたという情報がある。
一日目に行われた来場者参加イベントにて勝ち上がった猛者が、二日目でゲーム研究部と戦い、その勝者はどうやら最終日にサークルの代表である内藤先輩と、なんと藍原さんと戦うことができるという催しらしいのだが……。
一日目で勝った人が遠方からの参加者だったら最終日も参加しなくちゃいけないなんて悲惨だよな……と、思ってしまうのは少し現実主義すぎるだろうか。
しかしまぁそんな規定がある中でもなにやら大盛り上がりなのは、それだけ内藤さんや藍原さんと闘いたい人がいるということなんだろう。
というか、サークルの代表の内藤先輩がプロゲーマーになるほどにすごい人というのは藍原さんから聞いていたから、最終日に残されるのはわかるんだけど、藍原さんもしれっといるあたり、あの人も相当な人外なんだろうか……??
まぁ、一緒にゲームしたとき、ありえないぐらい強かったから納得できなくもないけど……。
えーっと、そろそろかな?
と、歩くこと数分。
僕はゲーム研究部の展示があるという二階建ての大きな会館にたどり着いた。
そして―――。
「え、えぇえええ!? ナニコレ!?!?」
一般的には、ゲームイベントの会場やらライブ会場というのは、一番前にステージがあって、そこから段々と席が用意されているものだと思っていた。
だがしかし、会場に入った僕の目の前にあったのはそれではなく、異様な配置のステージだった。
中央に置かれた対面する二つの机やゲームのモニター。
そしてそれらを取り囲むように等間隔に椅子が配置されている。
間隔は意外と広く、お互いが両腕を広げても多分ぶつからないほど。
それだけに席数がかなり少なく見えるが、二階席に見える席は一階とは違って多くの人が見れるように割ときつめに配置されているから、推算では一階が百人程度、そして二階が四百人ほどは入るんじゃないだろうか?
……って、今までチケット取れなかったってことはこれ全部埋まってるってことだよな???
いやヤバ~~~~~~。
「あっ、陽太くん!!」
っと、聞きなれたかわいい声に耳を澄ますと、そこにはゲーム研究部と大きく書かれたTシャツを着る可愛い女の子――藍原さんがいた。
「あぁ! ごめん、来るの最終日になっちゃって……チケットもありがとう!」
「ううん! むしろ私もこの二日間はほとんど何もしてないから結果的に良かったよ!」
「そっか……っていうかすごい会場だねこれ……。ステージが真ん中にあって、それを囲む感じだなんて……なんか格闘技の試合会場みたい……?」
と、僕が会場をキョロキョロと見渡していると、藍原さんは嬉しそうに笑った。
「ふふっ、やっぱりそう思う? 今回、会場設計は内藤先輩が主導だったんだけど、私も配置と照明の調整を担当したからそういってくれると嬉しいな!」
「えっ、じゃあこの配置は藍原さんが? これどうなってんの?」
「うんっそうだよ! 実は一階席は特別席でね? ふふ、これは陽太くんに実際に体験してもらいたいな!」
えぇ~~~なにそれ気になるんですケド。
「あ、と、そろそろ時間かもだから、私のこと、ちゃんと見ててよね!」
そう言うや、腕時計を見た藍原さんがピョンと一歩後ろに跳ねるようにして軽く手を振った。
オイなんだそれ可愛すぎだろ?????
「う、うん! がんばってね……!」
そうして藍原さんが立ち去った後、再びステージを見る。
格闘技のリングのように観客席に囲まれた会場。
徐々に人が入ってきて、それらの席があっという間に埋め尽くされていく。
――それはまるで、これからここで大きな闘いが始まるような、そんな予感を想起させた。
藍原さん……何を見せてくれるんだろう。
えっと、僕の席は……あの辺かな?
そうして僕は一階席の指定された席に腰を下ろし、静かに息をついた。
◆
暫く経ち。
会場に流れていた音楽が、徐々にボリュームを上げ始めた。
うわ~~~めっちゃ人いんじゃん!!
見渡せば、最初は控えめだったざわめきは増し、一階席はすべて埋まり、二階席ですら空席が目立たないほどになってきていた。
すげぇな~~ほんと、大学の学祭舐めてたわ……。
――そして。
段々と盛り上がる会場の音楽はやがて終わりを迎え―――。
しばしの静寂の後、バンッ、という大きな音とともに、会場全体が暗転する。
そして、二階席に置かれた四つのライトが、中央のステージに向かって光を示した。
浮かび上がるのは、対面する二つのモニターと椅子。
その瞬間、場内の歓声が爆発した。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
「来たーーー!!」
「はっじまるぞーーーー!!!」
うわ!? すっげぇ~~~!!!
凄まじい熱量に耳がビリビリと痺れる。
そしてその熱気を受け止めたかのようにステージ上方のスクリーンが点灯し、色鮮やかなタイトルロゴが映し出された。
あれは……。
《Project: Narcissus》
――水連・鳳仙大学ゲーム研究部制作 完全オリジナル格闘ゲーム?
なんだそれ、と僕が思うよりも早く、男女一組の声が会場スピーカーから響き渡る。
「――Ladies and Gentlemen! 本日はお忙しい中、《水仙祭》ゲーム研究部ステージにご来場いただき、誠にありがとうございますッ!!」
「ついに来ましたっすね! 三日目! 最終日! そして決戦の日っす!! そんな中!!! この伝説の激闘の実況を担当いたしますのは、前田と――」
「解説の橋本ですっ! よろしくお願いしますっ!!」
観客から再び大きな拍手と歓声が巻き起こる。
実況と解説!?
そんなのもいるの!?
いや、てかこの熱気、マジで学園祭の規模越えてない????
「今から行われるのは、我がゲーム研究部が一年をかけて開発したゲーム《Project: Narcissus》を用いた、トーナメント優勝者VS部員選抜戦っす! つまり―――ッ」
「―――総参加数なんと一万人ッ!!!!! その一万の激戦を潜り抜け、勝ち残ったのはなんと二人だけッ!!!―――そんな挑戦者が挑むのは……言葉は要らず、戦場が彼らを語る、最強と最恐のこの二人――ッ!!!」
実況解説の口上と同時にスポットライトが中央の椅子に向けて強く照らされ、そこから白い煙と爆炎が放たれる……っていや、規模ヤバいって、マジで。
ん? 煙の中から誰かが……。
そうして、中央のリングに現れたのは……え、あ、藍原さん!?




