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第三十一話 芸術の秋、出会いの秋、気まずい秋……



う~~~ん。

秋、だねぇ~~~。


僕は、周囲に色づいた秋の象徴――イチョウの樹を眺めながら、大学への道を歩いていた。


いやぁ、秋は涼しくて過ごしやすくていいよなぁ……。

まぁ、ちょっと毛虫が多いのが嫌だけど、そこに目を瞑ればまぁ悪いことはそうないよなぁ。


――と、道を歩いていると、ふと、イチョウの葉がふわりと空から落ちてくるのが目に入った。

それはまるで、誰かが僕の目の前に差し出してきたかのように、ゆっくりと回転しながら落ちてくる。


「……よっ、と!」


柄にもなく僕は思わず立ち止まり、それを掴む。


おわ~、奇麗だなぁ~。


小さく、でも形の整った黄金色の葉を眺めながら、道を歩き始めた僕は―――前方の気配に気づかず、一歩を踏み出した拍子に。


「わっ……!」

「きゃっ!」


がっちりと何か柔らかくも確かなものにぶつかる感触があった。


いってぇ~~~~~!

な、なんだ……?


慌てて顔を上げると、そこには小柄なおばあさんがいた。

手にしていた紙袋を片手で抱え直しながら、驚いたように僕のほうを見ている。


「うわぁ!? ご、ごめんなさいっ! 大丈夫ですか!?」


お、おばあさんじゃん!?

うわぁ、申し訳ねぇ!!!?


「ほんとに、すみません……! 怪我とかありませんか?」


やば……よそ見してぶつかるなんて……うわぁ、うわぁ!!


……と、しかし、おばあさんは慌てふためく僕の様子を見て、一瞬驚いたように目を丸くしていたけれど、すぐにふわっと笑ってくれた。


「まぁまぁ、大丈夫よ。びっくりしただけ。いやぁ若い人なのに、ちゃんと謝れるのねぇ」


ひんっ……いい人だ……。


「い、いえ……本当にすみません。僕がよそ見してたせいで……」

「あら、それも季節のせいかしらね~。イチョウ、綺麗だものねぇ」


おばあさんはそう言って、僕の手の中にある葉を一瞥して、優しく目を細めた。


あっ、こ、これは……葉っぱに見惚れてるのバレてるよな!?

うわぁ~恥ずかしいな???

あ、あ~~~~っと、そうだ、話を逸らそう!


「え、っと、その、おばあさんは散歩ですか?」

「そうねぇ、実は私の孫娘が通う学校に行きたいのだけれど……道がわからなくてねぇ?」

「お、どこの学校ですか?」

「えっと……たしかねぇ、ほ……ほーせん? って学校なんだけど……」


ほーせん……?

ほーせん……って、鳳仙のことかな?

この近くにはほーせんっていうと、鳳仙大学しかないもんな。


「あ、じゃあ僕案内しますよ! 丁度僕も鳳仙大学の近くに用事があったので!」

「あら! 本当? 助かるわぁ! 貴方、本当にいい人ねぇ? 私の孫娘の婿にならないかしら?」


む、婿入りて……。

いや、こんな陰キャには勿体ないお話ですけど……。


「いえいえ、きっと僕には勿体ないほどの娘さんでしょうし……それに……」


って、いや、おばあさん相手に何を言おうとしてんだか……。

こういうのは自分で考えるもんでしょうに―――。


「あら? 恋の悩みかしら? 私も、今のおじいさんを射止めるのに色々悩んだもんだわぁ」


って、察し良すぎじゃない?

僕、全然そんな感じ出してなかったと思うんだけど??


「へぇ! そうなんですね! どんなきっかけだったとか聞いても大丈夫ですか?」

「いいわよ? 少し恥ずかしいんだけどね、おじいさんはちょっと内気なもんだから、私が思い切ってキスしちゃってね?」


―――っ!!!!!

そ、れは……。


「へ、へぇ……や、やっぱいきなりキスするのは、やっぱり好きだから、ですか?」

「当り前よ~! おじいさん、顔がいいから女の子にモテモテでね? すーぐナンパされちゃうから取られないようにしないと、と思ってね? って、貴方も中々可愛い顔してるわね~! モテるんじゃないかしら?」

「い、いやいや、ぜ、全然……だと、思いますよ」


そういって僕は思わず、おばあさんから目を離してしまった。


突然のキス……ねぇ……。


――先週。

笹草さんに招待された秋桜文化祭の帰り際。

僕は視界を遮られていたから確信は持てないけれど、あの時頬に感じた感触は間違いなく……。

唇……だと思う。


いや、だと思うってなんだよって話なんだけど、あの、僕、童貞ですからね????

最近ずっと女の事たちと出かけてたから勘違いしてるかもしれないけど、そもそもキスすらしたことないんだよ????

唇の感触とか知らないし……なんとなく柔らかかったしちょっと温かったような気がしたからそうかなって思ってるだけだけど……。


あれから笹草さんは何も特に言ってこないし……。


けれど、もし、この世界でのキスの基準が、明確な好意の現れ……笹草さんからの好意なのだとすれば、僕は今、日向さんと笹草さんの二人から好意を受けていることになる。

……愛原さんは微妙だから除外するとだけど……。


うぁ〜〜~贅沢な悩みと言えばそうだけど、選ぶという選択肢がある以上、どちらかは必ず傷つける訳でェ……。

なんでこの世界、一夫多妻制導入してないんですか???(二回目)


そういえば……水族館以降、燕尾先輩とは話してないな……バイトにも来てないみたいだったし……。

やっぱりあの人はミナトくんとやらと仲良くしているのだろうか……。


なんかあれだな? 多分僕のほうが後から燕尾先輩の魅力に気が付いたと思うのに、なんでネトラレみたいな感覚があるんだ?


はぁ~~~、もっと早く燕尾先輩が女性だって気が付いてたら何か変わってたのかねぇ……なんて、僕には勿体ないほどの二人から好意を寄せられておいて、どの口がそんなこと言えるんだって感じだよな。


っと。


「意外と早く着きましたね! あとはお孫さんと連絡はとれそうですか? 急いでないですし、僕も来るまで待っててもいいですけど……」

「あら? いいの? 本当にいい子ね~~~! 孫娘がもったいないって言ってたけれど、寧ろ孫娘には勿体ないぐらいだわ~?」


意外と思ったより早く着いちゃったな。

ここから学館までも近いし、これじゃまだ美研の人らとの約束の時間には早すぎるから……僕もちょっと待ってたほうが邪魔にならないよな。

その間は世間話でもしておくか~って、なんか、前の世界の僕だったら絶対できなかったよな……。


「そういえば、お孫さんって、どんな方なんですか? 鳳仙ってことは頭良いんじゃないですか?」

「えぇ! 昔っから頭が良くて要領も良くてねぇ? 小学校のころとかから、絵のコンクールでたっくさん賞を取ってたりしたのよ?」


へぇ~~~~!

すごいな!

僕なんて小学校は、適当な本のレビューを真似た読書感想文で賞に出されそうになって本当のことを話して怒られたことしかないのに……。

って、比べるのも烏滸がましいぐらいゴミだな、当時の僕……。


ん?というか、今、絵って言った?


「あれ、絵っていうと、じゃあもしかして美術研究部だったりするんですか? 今日、学際ですし……」

「あぁ! そんな名前だった気がするわね! よくご存じで……って貴方ももしかして?」

「あぁ、いや、僕は鳳仙じゃなくて水連大学なんですけど、縁あって鳳仙大の美術研究部によくしてもらってるんです」


良くしてもらってる、というより、よくしてあげてる、が妥当な気もするけど……。

まぁ、このおばあさんの前で言えることじゃないよな……。

いやしかしそうか~! こんな運命的な出会いもあるもんなんだな。

美術研究部の誰なんだろう?

もしかして森先輩だったり?

こういうのって聞いてもいいんだろうか?


「失礼なんですけど、お名前って―――」


と、僕がそう口を開いたその時。

鳳仙大の正門の奥から、一人の男性……いや、女性が現れた。


「あっ、おばあちゃん! 来るの早かったね! えっと、君が案内……して……くれ……た―――」


僕の視線の先にいた人は、僕を見て大きく目を見開く。


「あら司ちゃん! 少し大人びたんじゃない? 恋でもしたのかしら? ふふ、そうなのよ! この男の子が案内してくれてね? って、知り合いなんだっけ? いい男よね~!」


―――おばあさんの言葉に耳を傾けつつ、僕は、喉の奥から声を絞り上げた。


「え……燕尾先輩……のおばあちゃんだったんですね……! よ、よかったです……!」


いや、え、なんで?????

おばあさん、お孫さんは美術研究部の人って言ってたよね???

な、なんで燕尾先輩が?????

燕尾先輩、美研で一度も見たことないよ???????


「あ、あぁ、ミ……よ……遠野君、ありがとう。……と、あ、あの……」


う、うわぁ~~~~気まずそう!!!

そりゃそうだよな……。浮気とは違うかもしれないかもだけど、それに近いことした人におばあちゃん送ってもらってるんだから……。


ウン、ここは早々に立ち去ってあげよう……。


「それじゃ、あの、僕はこれで……」

「あら? 何か話したいことでもあるんじゃない? ほら、私はこれから受付とかあるみたいだから、二人で話してきなさいな!」


お、お、お、おばあさん????????


「あ、いや、でも……」


そうだ燕尾先輩!!! 

こうなったらなんか僕から断るのはちょっと気まずいから先輩から言ってやってくださいよ!!!


「わ、かったよ、おばあちゃん……あ、あとで迎えに行くね?」


それを聞くや、燕尾先輩のおばあちゃんは大学の入構証を受けとるために、中に入っていった。

……僕らだけを取り残して。


うぐ……でもそうか……いや、まぁ、僕もおばあちゃんからそんなこと言われたらたぶん断れないと思うよ……うん……。


けどまぁ、正直聞きたいこともあるにはある。

……聞けないこともあるけども。


「あの、燕尾先輩って……美研所属だったん……ですね? 何回か来た事あるんですけど、会ったことがなかったので……知らなかったです……」

「あぁ、僕はあんまり学館で活動してなかったからね……作品を書くときはいつも家でやるんだ」


なるほど、道理で……。

そりゃ会わないわけだ。


「あれ、でもじゃあ僕と藍原さんが美研に行ってたことも知らなかった感じ、ですか?」

「……いや、それは聞いていたから……あの、というか、その……」


あ~……。まぁ、そう、だわな。

おばあちゃんの手前そうは言ったけどあんまり長居はしたくないか~~。

ま、僕としても気になることは聞けたから早々に退散しよう……。


「それじゃ―――」


と、僕も大学内に入ろうとしたその時、いきなり腕を掴まれた。


ひんやりとした細く、小さな手の感触は……笹草さんとの一件を思い出してしまって心臓が急激に跳ね上がる。


「うぇっ!? な、なんでしょうか!?」


思わず反射的に敬語になっちゃったよっ、は、恥ずかしい!


「あ、あぁいや、ごめん……その……今まで連絡、できなくて……しようとは思ってたんだが……」

「……? あぁ、まぁちょっとだけ気になってましたけど、燕尾先輩が美研だったなら納得ですよ」


なんだ、連絡しようとはしてくれてたのか。

まぁでも本当に美研だってんならあんなに忙しいのを見てきてるからな……そりゃ連絡も取れまいよ……。

あんな綺麗な森先輩が、僕が顔を出すたびに誰でもいいから人手をここに連れてきてくれって~~~って、死にそうな顔でせがんでたぐらい荒んでたからな……。


あ、そうだ。


「そういえば、燕尾先輩って昔、絵のコンクールでめちゃくちゃ賞取ってたってほんとですか?」

「なっ……お、おばあちゃん、そんなことも話していたんだね……」


あら、イケメン女性の照れ顔。

こいつぁ、テロレベルだぜ?


「あぁ。ほんとだよ。まぁ昔の話だけどね……今は……」

「いやいやすごいっすよ~……って、そういや美研所属ってことは燕尾先輩も作品を?」


おぉそうだ、忘れてた!

美研所属で絵描いてるってことは、今回の学際にも参加するんだろうな。

……けど、なんか浮かない顔してる?

僕といるのが気まずいって表情ではなさそうだけど……。


「あぁ、えっと……そう、だね……描くには描いたんだけど……見せられるほどのものじゃないよ……」


おや?

表情が曇った……?

ってことは作品がらみ……なのかな……?


う~~~ん、励ましてあげたいけど、僕には絵はさっぱりだしなぁ……。

あ! そうだ! 燕尾先輩も美研なら、あのことは言っておいた方がいいか!


「そうなんですね、あとそういえば燕尾先輩、今回のゲーム研究部との戦いの賞品知ってます?」

「あぁ、毎年やってるあの……。例年通りなら、言うこと一つ聞かせられるんじゃなかったかな?」

「いやぁ、これが酷くてですね……実は、僕のサークル入部がかかってるんです!!」


「そう、なんだ……って、えっ……遠野くんが――――!?」



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