第三十話EX2 虚構と現実の狭間で揺れる想い
「……えっと、次はどうする?」
そう陽太が口にする。
先のメイド喫茶から少し廊下を歩いていたのだけれど……。
今の私はピンチなのかもしれない。
なぜなら、陽太のメイド喫茶での反応を見るに、酷く落胆していたように思える。
それはつまり……陽太は実はメイド好きで、学生のおままごとであるメイド喫茶を見て、そのギャップにがっかりしてしまったに違いないわ!?
となると……困ったわね……。
私が男装メイドになったらどう反応するか気になっていたのだけど、もし、男装メイド喫茶なんて見せたらさらに落胆させてしまうかもだわ……!?
どうにかして私のクラスには近づかないようにしないとね!!
「じゃあさ、息抜きで心愛のクラスとかって―――」
―――っ!? ナンデェ!?
「―――そっ……れは……大丈夫……。わ、私のクラスの出し物は……別に、いい……かなって、思ってる、から……」
ま、まさかいきなりそう来るなんてッ!
いや、そうよね? そりゃ私のクラスの出し物も気になるわよね!?
で、でもぉ……。
「……それじゃ、違うところ行こうか! どうする? あ、体育館でライブとかやってるみたいだよ? 行ってみる?」
……え??
「い、いいの? あ、いや、気になったりとか……」
「いやいや~、笹草さんが嫌なら行くもんじゃないっしょ~! 文化祭って別に全部回らなくても楽しいし、何より笹草さんといるだけで僕はすごく楽しいよ!」
そん……な……い、いや、そんな嫌っていう理由ではないのだけれど……。
いえ、そうね。陽太はそういう人だったわね……。
あ~~あ、陽太を気遣うつもりだったのに……本当に陽太には敵わないわね……。
でも、本当にこういうところが好きなのよね~~~~。
「……ありがとう。やっぱり陽太は――いえ、少しトイレに行ってくるわね!」
はぁ……ちょっと心を落ち着けないと……か、顔に出ていなかったかしら????
◆
はぁ~~~~……心を落ち着けようと思っていたのに、どうしてこんなにも胸の鼓動が収まらないのかしら。
なんならさっきよりも早くなっている気もするわ?
でも、あまり陽太を待たせるのも悪いものね!
そ、それに、あまり戻るのが遅いと、違う勘違いも生まれちゃうもの!
……それだけは絶対に嫌よね……。
さて、気を取り直して!
そうね、次は一年生の階の縁日とかどうかしらね?
はぁ~~~楽しいなぁ……って、え―――。
私がトイレから戻り、陽太のもとへ向かおうとしたそのとき。
視線の先に、思わず足を止めてしまう光景が飛び込んできた。
なんであの三人組がここに……!?
ていうか……どうしてあの人たちが、陽太と話してるの……?
よ、陽太になんの用があるっていうの……?
――咄嗟に私は近くの柱の陰に身を隠す。
って、私はなんで隠れて……いや、でも、な、何を話しているのか気になるし……。
すると、少し距離があるせいで声ははっきりとは聞こえないけれど、それでも断片的な言葉が耳に届いてきた。
「―――ってか、お兄さんて笹草の彼氏?」
「―――そんなわけ――‐てかあの中二病やばく―――? ――知ってます?」
「―――あいつの言動―――気にな――?」
そう話しながら薄ら笑いを浮かべる三人組。
……あぁ、なるほどね。
あいつら……陽太を狙ってるんだ……。
だから私を貶して……陥れようと……。
―――やめてよ……。
……私から、陽太を奪うのはやめてよ……!
痛い、黒歴史、こじらせ、アニメ脳、現実逃避。
今まで言われてきたこれらの言葉を、私は否定しない。
その通りだと客観視できているし、自分が変だということも自覚してる。
だから私は私の中で自分の好きに表現しているだけで、相手にそれを強要したことはないわ。
ただ自分の世界で、自分なりの表現してきただけなのに。
それなのに、どうして私という一人の人間を嘲笑って、下に見て、優越感に浸っている方が普通の人間だと言えるの?
嫌ならば関わらなければいい。
けれど、いつまでも関わってきたのはそっちでしょう?
ふざけないでよ……っ。
私のことをバカにしてもいい。
でも、陽太を巻き込まないでよ!
――‐私がやっと出会えた、唯一の……たった一人の、救いだったのに。
──あぁ。
怒りが、悔しさが、恥ずかしさが、ぐちゃぐちゃになって。
私は、顔の見えない陽太の言葉を、ただ、静かに待った。
心臓の音だけがいやに大きく響き、この音が陽太に届いているのではという錯覚まで感じてしまう。
鼓動はさっきの比ではないほどに早く、巡る血液の速さに思わず眩暈が起きる。
――陽太……っ。
「―――彼氏じゃないけど―――特に僕は気にしないよ」
「え? マジ? お兄さん趣味悪いよ~!」
「てか、偉大なる天使とか言ってんの見て引かないの? 一緒にいて恥ずかしくない?」
―――‐えっ。
「え~? 僕はかっこいいと思うけど?」
……えっ?
「は?」
「何を……?」
「だから~、僕はああいう、かっこいい女の子がタイプなんだけどな~?」
……えっ???????
「え~? 君たちはそうじゃ……ないの?」
「え……と、いや、まぁ……? 私も? 青海の歌姫って呼ばれてるんだけど……?」
「あっ、ズル!? わ、私だって、えっと……だ、断罪の雷番だし?」
「え、えと、私は、その、えーっと、紅蓮の……妖狐……だから!」
えええええええええええええぇ!?!?!
な、なに????? どういうこと?????
え、うまく聞き取れなかったわけじゃないわよね!?!?
い、いや、この際陽太からかっこいいと言われたことはさて置いちゃうわ!?
どういうこと!? な、なんであの三人組があんなこと言ってるのかしら!?!?
私のことさんざん馬鹿にしてたわよね!?!?
え、な、え、も、もしかして……。
「え~~? カッコいい~~!! でも、なんかさっきは笹草さんのこと悪く言ってなかった~?」
「……えっと、そんなことないよ? あっ、ほら! ね、ねぇ! 笹……グラスさん!? 私たちは今、契約を結んだものね!?」
―――あ。
あまりに驚きすぎて身を乗り出しちゃってたわ!?
え、っと……その……。
「……な、何が起きたの?」
「あ~、えっと……」
――と、陽太が答えようとしたとき、三人組のうちの一人―――リーダー格である佐藤さんが慌てて口を挟み――。
「あっ、あ~~、私らちょっと用事あるから! あ、あの! 笹……グラスさん! ちょっと後で一緒に話そうね~!?」
――えぇ……なに、それ……。
いや、あの、どういうことかしら……?
本当に……。
「……よ、陽太? なにがあったのかしら……?」
「いや~、ちょっと話してただけだよ?」
……そ、それは知ってるけど……。
う~ん……まったくよくわからないことばっかりだけれど……。
これだけはわかるわ。
――また、私を助けてくれた、ということね?
……でも、私にそれを返せる何かなんて……。
……あ。
「……ふーん、まぁいいわ! じゃあ、そろそろ行きましょうか?」
「えっ? どこに行くの?」
恩に対してはあまりにも少ないかもしれないけれど……。
私のことをかっこいいと、タイプと言ってくれるのなら……見せてあげようじゃない……!
「決まってるじゃない!!! 私のクラスによ!!」
私の最高のかっこいい男装姿を―――!!!!




