第二十七話 来たる芸術の秋! 勝負の秋!? 賞品は……僕!?!?
長い夏季休暇は終わりを告げ、徐々に涼しさを世界が取り戻してきた季節。
多くの人が消去法で好きになる季節がやってくる。
春は花粉症。
夏は猛暑。
冬は極寒。
秋の嫌なところといえばあまり思いつかない人もいるんじゃないか?
かくいう僕もその一人。
っていうか、近年は温暖化の影響であまりにも秋が短すぎることも起因してるけど、正直秋の嫌なところは何かと問われれば特に思いつくこともない。
し、しいて言うなら夏季休暇が終わった後の喪失感……とか?
とまぁそんな秋だけど、秋にはいろんな名称があるのがご存知のだろうか?
有名なものだとスポーツの秋、食欲の秋、ゲーム三昧の秋、寝過ごしの秋など結構挙げられるけど、とりわけ一番有名なものといえば、芸術の秋だろう。
芸術の秋と呼ばれるのには明確な記述がないものの、所以となったものがある。
それが、秋に開催されるという日展、二科展、院展の三つの展覧会。
正確に秋と呼べるのは二科展と院展の二つ……なんて詳細はややこしいので省くけど、こと、芸術を嗜む者からすれば、これらの展覧会に出展することは一つの指標として挙げられるほど有名……なんだとか。
……なんで芸術のげの字もない僕がそんなことを知っているのかって?
それはーーー。
「あ、森先輩、これはどこに置いたらいいですか?」
「あぁそれはこっちで貰うよ! ありがとう! ……それにしても、いきなり手伝いをお願いしちゃったけど予定があったら無理しないでいいからね?」
「いえいえ、一年なんでまだやることもないですし、それに新鮮で楽しいので全然いいですよ!」
現在、僕は……いや―――。
「馬場先輩~、これここに置いておきますね!」
「ウォ~! 藍原氏~~美少女の手も借りたいと思ってたんじゃ~!! 感謝するヨ!!」
僕と藍原さんは、再び美研へと訪れ、その手伝いをしていた。
きっかけは夏季休暇が終わってすぐ、森先輩と偶然遭遇した僕らにお手伝いをしてほしいと頼まれたのが始まりだった。
僕にはまだあまり想像がつかないけれど、どうやら美研でありながら三年生という就活を見据えた立ち位置だと寝る時間すらないほど厳しく、もはや二徹までは常識という考えのもと活動しているらしく、その名の通り猫の手も借りたい状態なんだとか……。
芸術は爆発だと誰かが言っていた気がしたけど、まさかその爆発が比喩ではなくてそのまま自分の体のことを言っているものだとは……。
けど、それだけ熱中するものがあって、それを成すために努力しているのを聞いてしまうと、かっこいいなと思うから応援したくなってしまうよね~。
まぁ……これを見て美研に入ろうとは絶対に思わないケドネ……。
―――と、僕が再び荷物を運ぼうと腰を下ろしたとき、同時に美研の扉が勢いよく開かれて二人の女性が現れた。
「よォ美術研究部! 今年も忙しそうだなぁ!!」
「つっても私らは来ちまうけどなぁ!!」
……なんだあれ。
いや、マジで、なんだあれ、不審者……?
いきなり現れ、どっかのやんちゃ少年みたいなカチコミをしてきた二人の女性に対し、森先輩がその女の子二人に相対する。
そして―――。
「やっぱり、そろそろ来る頃だと思っていたよ、万年二位の……あ~、なんてトコでしたっけ?」
……あ、あれ、森先輩?
なんかさっきと人が違いませんか???
「あ!? オイ、森! そりゃ喧嘩売りすぎだろ!? ライン越えだよ今のは!!」
「そうだよ……私らゲーム研究部だって毎年頑張ってはいるんだ、頑張っては!!!」
ウン、これはいったいどういう状況だろうか。
藍原さんは何か知って……いや、あの顔はマジで知らなそうな顔だな……。
ち、近くにいる人に聞いてみていいかな……?
「あ、あの……」
「ん? んぇ!!? え、なに、私!?」
うわびっくりした!
なんでそんなに驚いて……って、そういやこの世界は貞操観念逆転世界だから、向こうからしたらあまり話したことのない女子大生から話しかけられたことになるのか。
そりゃその反応になりますわね……失礼……。
「……すみません、あれはなんなんですか? ゲーム研究部? って言ってましたけど……」
「え? あ、あ~そっか、と、遠野君?だっけ? は一年生だしまだ知らないよね。えっとね、あれは毎年恒例の行事みたいなもの……っていうか……」
毎年恒例の行事???
それは一体どんな……。
「えっとね、あ、でも多分もうすぐ彼女らが説明してくれると思うよ?」
そう言われて僕は再び件の彼女らに視線を向けると、彼女らは森先輩に向かって人差し指を向けながら叫んだ。
「美術研究部!! ゲーム研究部の我々は今年もまた学祭にて勝負を申し込む!!! 条件は変わらず、負けたほうは勝ったほうの言うことに一つ従うこと!!! ただ、それだけだ!!」
おおなんと簡潔で分かりやすい!
けどこれ毎年やってんの??? エンタメ性すごいなゲーム研究部……。
「よ、陽太くん、なんかすごいことになってるね?」
「あ、唯……ほんとだね、いやぁ大学ってすごいところなんだなって実感してるよ……」
「あはは、確かに!」
いやほんとにこんなのは高校生活では絶対起こりえないだろうな……。
って、あれ? そういえば。
「そういえば、唯ってゲーム好きだったじゃん? ゲーム研究部には入らなかったの?」
確か藍原さんはゲームがめっちゃ得意だったはずだし……ほかのサークルに入ってるって話も聞かないけどこういうのには入らないんだろうか?
「あ~……うん、ちょっと気にはなって見学には行ったんだけど、時間が無くなっちゃうからね……」
なるほど、まぁ確かに大学生活の中でサークル活動は必須ってわけじゃないしな。
入っておくに越したことはないけど、確かに家でゲームしたいとかだったらわざわざ入る必要もないか。
あ、見学に行ったってことは、あの二人のことも知ってるのかな?
「じゃああの二人のことも知ってるの?」
「もちろん! あの二人はサークルの代表の内藤さんと副代表の筒井さん。内藤さんはプロのスカウトが来るぐらいだし、筒井さんはもうすでにゲーム制作会社に就職が決まってるっていう、二人ともすごい人だよ!」
「……マジ?」
僕もよく知らないけど、ゲームのプロってそうなれるものじゃないんじゃ?
それにゲーム制作会社もピンキリだけど難しいってよく聞くけど……。
え、いや、すごくね??? そんな人が今あんなことしてんの???
「はっはっは! 今年のゲーム研究部を舐めるなよ森ィ!! 去年とは一味違うぞ!!」
「そーだそーだ! 一味どころか七味違って七変化しちゃうぞ!?」
……いや意味わからんし……藍原さん、それ本当?????
―――と、そう思っていた時、ふと、彼女らと視線が合った時、おそらく筒井さんっぽい人が僕と藍原さんのもとに近寄ってきた。
……え、いや、僕何かしましたか……?
「おやおや、藍原さん。ゲーム研究部の誘いを蹴って美研で彼氏とお楽しみですかな?????」
……ん? なんて?
「筒井先輩……いや、べ、別にそんなつもりじゃ……それに、ま、まだ彼氏じゃ……」
おぉ、あの藍原さんが少し申し訳なさそうにしてる!?
こんな藍原さん見たことないぞ!?!?
……って、いや、筒井先輩、なんか圧が強いんすケド、圧が……。
「ほォ……? あくまで美研に魂は売っていないと??? ……ふむ……そうだな……ねぇ、君って、美研の子?」
「えっ!? あ、ぼ、僕、ですか? い、いや、違いますけど……」
うわびっくりした~~~。
いきなり会話の矛先こっちに向けてくるとは思わなかった……。
ん? なんだ? なんか笑ってないですか???
あれ、な、なんか嫌な予感が……。
―――そして、その嫌な予感は見事に的中し……。
「代表!!! こりゃおもしれぇことが出来ますぜ!」
「お、なるほどなぁ??? さすがは筒井!! 面白いぜ! おい森ィ! やっぱり今年の勝利報酬は変更だ!!! 今年の勝負に勝ったら、この二人を一週間サークル員に入れる権利を手に入れるってのはどうよ!?」
「「え、えぇぇ~~~~!?」」
僕と藍原さんの声が重なった。
いや、え、なにそれ!?
一週間とはいえ、こ、これで僕らの人生決まるんですか!?
ちょ、ちょっと面白いと思ってしまった自分がいる! けど!
「いやいや、流石に私らの一存じゃそれは決められないでしょう……? ねぇ? 君たちもこんなの嫌だろう?」
おぉ、さすが森先輩……冷静な判断だ……。
とはいえまだサークルには入ってないし、一週間ぐらいなら別になんだっていいとは思うけど……。
藍原さんはちなみにどう思って……って、あれ? 思ったより……嬉しそう……?
「わ、私はいい、ですけど……よ、陽太くんは、どう?」
ワオ、意外と前向き???
え~~~ってことは僕の一存で決まるのか……。
ウ~~~~ン、正直どっちでもいいし……。
うん、それなら―――。
「あ、いいですよ。僕もそれで」
「マ、マジ???? うおぉ~~~!!! 盛り上がってきたな、筒井!? それじゃそういうことだからな、美術研究部! 約束は守れよ!? 首を伸ばして待ってるんだな!!!!」
「代表!! それ首を洗ってと混ざってるよ!? って、逃げ足足はっや!? そ、それじゃ、精々首を洗ってな!!!」
ーーと、僕の答えを皮切りに、まるで嵐のように颯爽とゲーム研究部の二人は立ち去って行った。
……本当に二人とも優秀なんだよね????
「遠野君、藍原さん……本当にいいのかい? まぁ、彼女らもあくまで権利と言っていたから流石に無理に引き入れないとは思うけど……」
お、おぉ、さりげない優しさ……これが先輩の包容力てやつか……危ない……覚悟を決めた僕でなければきっと耐えられなかっただろう……。
「あ、私は全然……」
「僕もまぁ……美研の人は優しいし、それにゲームも好きなんで、どっちに入っても得かなって」
「そ、そう……? ……いや、ありがとう。そう言ってもらえると私も少しは気が楽になるよ」
森先輩はそう言うや、少しほっとしたように微笑んだ。
しかしまさかこんなことになるとはだれが思っていただろうか……。
元の世界でもそうそうおこるイベントじゃないと思うんだけど??
「って、そういえば毎年恒例って聞きましたけど、何の勝負なんですか?」
「あ、確かに……私もそこまでは知らなくて……」
「そうだよね、うーん……ちょっと難しい話になるんだけど、この学館って、君らの通う水連大学と私らの鳳仙大学の二つで共同で使ってるんだけどね? 学祭ともなるとさすがに大学が違うから共同で作品を出すわけにはいかないんだ。要は同じサークルとはいえ別大学名義で作品を出展しなければいけないってこと。……と、それに目を付けたゲーム研究部がね? 各大学で出した提出物が得た評価数が多いほうが勝ちってゲームを持ち掛けてきて、そこからそういう勝負が続いているって話なんだ」
ほへ~~~なるほど!!!!
うんうん、つまり……どういうこと????
「あれ? それじゃ、水連大学と鳳仙大学の勝負で、美研とゲー研の勝負じゃないんじゃないですか?」
うん? あ、おぉ、確かに!
藍原さんの言う通り、さっきの言い方じゃ大学の勝負ってことになるじゃん!?
どういうことなんだ?
「ふふ、まぁそこはお祭り仕様でね……? 今は私たち美研のメンバーは鳳仙大所属が多いから鳳仙側、そしてゲー研のメンバーは水連大所属が多いから水連側、という風に分けて勝負をしているんだよ」
おぉ~~~なるほど!
ようやく理解ができた!
結構大雑把だけど、面白そうなことしてるな!!! と、思う、けど……あの。
「だから……君たち水連大には悪いけど、美研に入ってもらうために鳳仙大を応援してもらうからね!!!!」
ちょ、ちょっと顔が怖いです、先輩―――。
◆
「いや~まさか手伝いに来たらこんなことに巻き込まれるなんてねー?」
「ほんと……にしてもゲー研の人らのテンションすごかったな……前もあんな感じだったの?」
「あはは、内藤さんらはいつもテンション高いんだよね……」
手伝いがあらかた終わった後の帰り道、僕らは今日起こった出来事で盛り上がっていた。
まさか実際に私を取り合うのはやめて!?状況が起こるとは……人生何が起こるかわからないね!
……まぁこの世界に来てる時点でもはや驚くことでもないけど……。
と、そんなことを考えていると藍原さんがふと立ち止まった。
「ねぇ、陽太くん」
「うん?」
「……もし、美研とゲー研でさ、どっちに入るか選べるんだったら、正直どっちを選んでた?」
え~~~? 急だな??
美研かゲー研?
うーん、正直僕に美的センスはそんなないと思ってるからゲー研かなぁ?
っても、ゲーム開発言語とかその辺詳しくないし、教われるならいいけど……。
あ、でも美研の人たちもみんないい人なんだよな~~~。
まだゲー研のことはよく知らないし……。
う~~~ん、さっきまではとりあえずの軽い気持ちで、どっちでもいいかなって思ったけれど、いざ選ぶとなると思ったよりも難しいナ?
美研か……ゲー研か……。
うん、でもやっぱりこっちかな。
「僕はゲー研かな~? 面白そう、ってだけだけど!」
「そ、うなんだ! へ~! ゲー研、ねぇ~?」
あれ? なんだろう、含みのある言い方だな?
何かあったんだろうか?
「なにか―――」
と、ぼくが藍原さんに問いかけようとしたとき、藍原さんはこちらを見ながら、言葉を遮った。
「あっ、陽太くんごめんね!? ちょっと忘れ物してきちゃって……今日は先帰っていいからね!」
「え、あ……うん……」
そう言うやすぐに藍原さんは学館への道を走り去っていった。
どうしたんだろう……?
という問いの答えを……しかし僕はまだ、知りえなかったのだった―――。




