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第二十六話 二度あることは三度ある。じゃあ三度あったことは?



おかしい。

どう考えてもおかしい。


僕は昨日、こ……笹草 心愛 さんと祭りに加えて花火大会も見に行ったはず。

……いや~こういう心の中で思うときってなんか"さん付け"しちゃうよね――ってまぁそれはいいとして。

とにかく僕は、女の子と二人きりで夜のデートみたいなことをしたわけなんだが……。


ふむ、なかなかどうして何も進展しなかったのだろうか???


僕の見立てでは笹草さんは僕に少なからず好意があると踏んでいたんだけど……あの花火大会ですら告白がなかったあたり、もしかして本当にただの盟友にしか思っていないのではなかろうか???

元の世界基準で考えるのなら、花火大会に誘ってきた時点でそういう形があってもおかしくはなかったはずなんだけどナァ……ううむ。


―――ただまぁ、これは今の僕にとっては些細な出来事で。


真におかしいのは――――。


「ねぇ陽太君見て~? これエイだよね~? 私初めて見たかも~!」

「……確かに、エイなんてあんまり見ないよね……」

「エイってさ~、目は上なのに口が下だったらご飯食べるとき見えなくない~? 大丈夫なのかな~?」

「あぁ……っと、エイは視覚じゃなくて、電気感覚でご飯を探し出せるらしいから―――」


―――僕が、四回目の水族館に来ていることだろうか……。

相手は、つい最近僕に告白をしてきた日向 雪乃さん。

で、その告白を僕は保留にしていることから、正直会うのが気まずかったのだが……。


うむ、事の始まりは確か―――。


「ねぇ陽太君~! 次のエリアは熱帯魚だって~!」


あっ、ちょっと? 回想に割り込まないでもらってもいいですか???

今からここに至ったわけを整理するんだから……まったく……。


とはいっても、彼女と水族館に来た理由はいたってシンプル。

夏季休暇も大詰めとなるこの日に、彼女はこの水族館に僕と二人で来たかったということらしい。


無論、彼女は僕のすべてを知っているので、すでに三回も水族館に行ったことも把握しているが、そのことについて聞いてみると、どうやら"他の三人が行って私も行かないのは不公平じゃん~?"とのこと。


まぁ彼女の気持ちは僕も理解できる。

そりゃ好意を寄せている人が他の異性と行ってたらそこに行きたくなるよね。

……まぁ僕は逆張りだから遊園地とかがよかったけども……。


ま、でも僕としても日向さんとは大学が違うからこれからあんまり時間が作れないだろうし、そういう意味では今日、日向さんの行きたいところに一緒にこ出かけられているだけで十分ありがたい。


それに。

もうすでに同じ水族館に四回も足を運んでいるからか、景色に感動するということはないものの……。


「うわっ、見て見て~! ピラルク? でっか~!」


相手が違えば感じ方も変わるもので、藍原さんや燕尾さん、笹草さんとはまた違った雰囲気で、結構楽しめている気がする。

たまにみんな同じ反応する魚もいるけど、それはそれで共通点を見つけるゲームみたいな感覚で結構面白い。

……ほかの女と比べてるって言ったら絶対良い気にはならないから言わないケドネ。


「そういえばさ、水族館全然関係ないけど、そろそろ学際の時期だよね~?」

「あぁ~確かに。僕はサークル入ってないから何もしないけど……雪乃は?」

「私は演劇サークルに入ってるんだけど~やるのは照明だから表立ってやることはないかな~」

「え、そうなの!? 演劇サークルなんだ……なんていうか、ちょっと意外というか……」


高校時代のイメージというより、今のゆったりとした落ち着いたイメージのほうが強いからなんか違和感あるな。

まぁでも照明って言われるとなんか納得するような気もする。

日向さんって縁の下の力持ち的なところあるもんね。


「ふふ~そうでしょ~?」


日向さんはそう言いながら、水槽の中をゆっくり泳ぐカラフルな熱帯魚たちをぼんやりと眺めながら、ふわっと笑った。


……あ。


その時の表情を見て、僕は思わず日向さんに声をかけてしまった。


「……雪乃の学際って、いつやるの?」

「えっ……え~っと、九月初週の金曜日からだよ~……って、よ、陽太君、来てくれるの……?」

「あぁ~、まだ日程の空きがわからないけど、行けるなら行きたいなって―――」

「―――本当~!? え~~嬉しいな~~~! 楽しみにしてるね~!」


と、僕の言葉に食い気味の日向さんを見て、僕も思わずつられて笑ってしまう。


……今まで僕は、会話をするときも、人の顔を見て話すことができなかった。

特に女の子相手には緊張して目も合わせられないぐらいだったけれど……。


この世界に来て、色んな女の子と話すうちに、顔を少しづつ見れるようになってきて。

……さっきの日向さんの表情から、何が言いたいかを理解できた。


なるほど。

これが日向さんの言う、元の世界に戻ってもなくならない経験だとするのなら……。

確かに、何もかもが無駄になることはないね!

僕はこの世界で、確かに変わっている。

だから、以前なら決して言えなかったこんなことも言える!


「……もし行けるってなったら、雪乃がちゃんと案内してね??」


今の気持ちに正直に、そして、一人一人とちゃんと歩んでいく。


「うん~っ! もちろんだよ~っ!」


―――たとえそれがどういう結果になろうとも、きっと僕はもう、前を向いていけるから―――。





いや~、それにしても、この水族館って意外と広いんだよな~。

外観的にはそんなに大きくなさそうなのに、淡水魚から深海魚、爬虫類や両生類、イルカにペンギン、クラゲエリアといった様々なものがある。

それにめちゃくちゃ綺麗で幻想的なんだから、そりゃデートスポットにも向いてるってもんだよな~。


まぁさすがに四回目ともなるとこの大きさでもルートや景色も完全に頭に入ってるけどね。

もはやガイドレベル。非公式スタッフって言ってもバレないんじゃない?

さっきなんか飼育員さんに水族館お好きなんですか?って言われたけど、あれ絶対僕のこと覚えてる人だよな……。

いや、まぁ後ろめたいことがあるわけじゃないからいいけど、ちょっと苦笑いしかできなかったよネ……。


ってもまぁ何かあったのはそんぐらいか。

なんだかんだ四回目でも楽しめるもん……って、あ、そういえばここって……。


「あれ~っ? ぬいぐるみがもらえるくじ~? だって! ねぇ陽太君、思い出にやってみない~?」


あれは確か藍原さんの時にやったぬいぐるみくじ!!!

燕尾さんや笹草さんといったときはやってなかったからもう終わったもんだと思ってたけどまだやって……って、あれって……ホタテ……だよな……?


「え、いや、やるのはいいんだけど……アレでいいの……?」


イルカとか、アザラシとかならわかるけど、なんでホタテ……?

えっと、特賞は……あぁ、なるほど!


「もちろん~っ! 目指すは特賞のラッコだからね~!」


特賞にいるラッコの激デカぬいぐるみだから他がホタテなのか……!

いや、にしても引く人いる?

ここにいるんだけど、あまりにも引かれなさ過ぎてめちゃくちゃくじあまってんじゃん!

イルカの時は結構減ってたから当たったみたいなもんだし……。

ま、いっか。これもこれで思い出、だな。


そうして僕は受付の人になけなしのお金を渡し、透明なボールの中に風で舞うくじを一つ掴み取った。

僕が引いたあと、すぐに日向さんもくじを引き、二人で見合う。


同時に開いたそのくじは―――。


「はい! C賞お二つですね! こちらの棚から好きなのを選んでくださいね!」


見事にまぁ二人とも外れた。

これだけくじがあったらそりゃ当たらないだろと思わんでもないけど……。


「……特賞じゃないけどいいの?」


彼女が欲しがっていたのはあくまで特賞のラッコのぬいぐるみ。

こんな小さなホタテのぬいぐるみとは天と地ほどの違いがあるだろうに……。

いや別にホタテが劣っているというわけではなく、あくまで当人の希望からしたらホタテの優先順位が低いというだけであって―――。


「うん、これがいいんだ~っ!」


そう言いながらも本当にうれしそうな笑みを浮かべてホタテを抱える日向さんは、まるで。


「なんか、そうしてるとラッコみたいだね」


小さなホタテを抱えるように持つ日向さんを横目に、僕も適当に一番上にあったホタテを手に取る、と。


「えぇ~? 陽太君もそうしてるとラッコみたいだね~! ふふ、お揃いだね~!」


……あぁ、なるほど。

と、そこで僕は彼女の意図を理解した。


特賞がなんであるかはどうでもよかった、ってワケね……。

お揃いのもの……そういえば、藍原さん、燕尾さん、笹草さんともお揃いのものを買ったんだっけ……。


ウム、そう考えるとやはり本当に僕は言い方は悪いけど、ビッチのようなことをしているな???

色んな女の子にお揃いのものを買って……。

い、いつか殺されたりとかしないよね??? ね????


「それじゃ最後にお土産見に行こ~!」

「あ、うん、はい!」

「……? なんで敬語なの???」





水族館の出口を抜けた瞬間、僕はふと深いため息を吐いた。

……というより、感嘆の吐息と言うべきか。

いや~、なんだかんだで今日もめちゃくちゃ楽しかった!

何回行っても楽しめる水族館として売り出していいレベルだねホントに。


「……ん~! 外、ちょっと暑いね~!」

「ホントだよね。中が涼しかったから余計にそれを感じるわ……」


日向さんはそう言いながら、ホタテのにぬいぐるみを片手に、日差しを遮るように手をかざして空を見上げる。

改めて見ると、やはり日向ぼっこをしているラッコにしか見えないのだが……。

うん。とはいえその横顔はどこか嬉しそうだからまぁいいか。


……うん? ちょっと待てよ?

僕は今、完全にデート後の雰囲気を味わってないか???


っていうか、告白されてそれを保留してる女の子と四回目の水族館に来るとか、マジでどういう立ち位置なんだ僕……?

元の世界だったら完全にアウトなのでは???

……いや、この世界でもややアウトな気がするけど? うん??


「ふふ~陽太君、なんかすっごく考え事してた顔してたよ~?」

「え? あ、いや、なんでもないよ? ただちょっとした……罪悪感と反省かな……自分の中で完結してるけどね!」

「え~? なにそれ~っ? ……まぁそう思うのも分かるけどね~」


日向さんがくすくす笑いながら僕の方に体を寄せてきて、まるで付き合ってるカップルみたいな距離感で歩いていく。

……いや、否定できないほど近くないですか???

な、なんか思いを伝えたからって距離感おかしくないですか???


し、しかもちょ、ちょっとだけこれはむ、胸が当たって……いや、多分下着の感触なんだけどそれでも、その、お、お胸が当たるのは緊張すると言いますか、僕だってこの世界に来たとはいえ未だに童貞ですしっ!? ど、童貞にはちょっと刺激が強すぎると言いますか!?


くぅ~~~~~罪な女だぜ……!!!


……って、だから罪なのは僕だってば……。


と、しばらくそんなふうにゆるゆると歩いていたとき、不意に日向さんが少しだけ僕と距離を取ってバッグの中をごそごそと探りはじめた。


……あぁ、もう少しだけくっついててもよかったのにな……?


「……そういえば……はいっ!」

「―――え?」


差し出された小さな紙袋―――見覚えがある水族館のお土産コーナーで貰える袋。

それを覗いてみると、そこにはつぶらな瞳をした――ラッコのキーホルダー。


「え、なにこれ!? 買ってたの!?」

「うん~! ほら、くじではホタテだったでしょ~? だからこっそりラッコ買っておいたの~! それに~、ほらっ、わたしとお揃い~っ!」


そう言って日向さんの手に掲げられたラッコは、つぶらな瞳でこちらを一直線に見ていた。


……だから、だろうか。


僕も、まず、一直線に彼女に言うべきだと思ったのは。


「……ねぇ、雪乃」

「ん?」

「この間の……雪乃が好きだって言ってくれた時からずっと考えてた。……だから、少し長いかもしれないけれど……年内には、答えを出したいと思ってる。……これは、自分自身のためにも、絶対に」


静かに、でも誓うようにそう言った僕に、日向さんはしばらく黙っていた。

まぁ正直怒ってもおかしくないし、これで嫌われることもあると思う。


だって、夏に告白をしたら年内のいつかまでわからない日まで待てと言われて普通待てるか??

い~や、待てないね。

……だけど。これは、優柔不断の僕が、しっかりと決めるまでの最低限の執行猶予だ。


……日向さんは、雪乃はどう、思うだろうか―――。


そうして、ほんの数秒だったはずなのにずいぶん長く感じた時間が経った後。

やがて、ほんの少し拗ねたような表情で日向さんは口を開く。


「……年内って長すぎじゃない? 普通そんなに待たせないよ~?」

「そ、それは……ごもっともです……」


やっぱり……まぁそりゃそうだよな……。

僕がしてるのはキープっていう最低な行為だし―――。


「―――……でも」

「……え」

「まぁ……いいよ~。……私は待つ。ちゃんと陽太君が悩んでから答えを出したいって思ってること、ちゃんと知ってるからね~」

「雪乃……」

「あ、でも~その代わり~! 休みが合うときは私ともちゃんと遊んでね~っ? ほっとかれたら嫌だな~っ!」

「……うん、もちろん。ちゃんと遊ぼう。雪乃と過ごす時間は本当に楽しかったからね。……今日は本当にありがとう!」

「~~~っ、うんっ! こちらこそ~っ!」


そう言いながらラッコのキーホルダーを手の中で転がしている彼女の方を見ると、本当に幸せそうに笑ってくれている。


年内。

……あと半年。


その間に、僕は自分の気持ちとちゃんと向き合う。

向き合って、誰が一番好きなのか。


それを、ちゃんと伝えるんだ―――。






そうして、僕の長く濃い夏季休暇は終わりを迎えた。


それは、新たな希望と.


(そういえば……燕尾先輩、あれから連絡一回もなかったし、バイトでも結局出会わなかったな……どうしたんだろう……)


一縷の不安を残して。

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― 新着の感想 ―
天丼四本目。こりゃ超豪華天丼だw まだ自信が持てないから、淑女協定が足を引っ張ってるなあ。自信がある俺様キャラなら、みんな自分に惚れていると想いこむのだろうけど。これはトンビに油揚げも十分ありえるか…
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