第十七話 陰キャと先輩と無自覚と自覚と。
「あ、あの、先輩って、どうして今日僕をここに誘ったんですか?」
そう僕が問いかけたとき、燕尾先輩は、僕が見てもわかりやすいほどに、動揺して目を逸らしていた。
……もしかすると、燕尾先輩は女の人で、ありえないかもしれないけれど、僕のことが好きでこの水族館に誘ったのではないかという疑問を定かにするためにした質問。
そしてその問いに対する答えは、ついに燕尾先輩の口から放たれた。
「あ、あ~、そうだね、実は……すっ……」
……す……?
「すっ……水族館に、来てみたかったんだ……その、い、行ったことがなくてね……」
……ン?
えーっと、つまり……ただ、水族館に来てみたかった、ダケ???
え、えぇ~……。なにそれ……?
"すっ"まで言ったから、ガチで"好きだから"とか来ると思って妙に身構えちゃったんですけど……。
てことはあれですか?
もしかして。
「水族館に一人で来るのが恥ずかしかったから、とかですか?」
「あぁ、まぁいや……うん、そう……いうことになる、かな……?」
えぇ~……。
なんだよそれぇ~~~~~~。
それなら僕じゃなくて大学の友達とかと行けばいいのに……って、あれか、この世界だと女の人は別に友達とわざわざ水族館に行くような感じじゃないのか……。
……ってことはやっぱり先輩って……。
女の人、だよな?
「あの、それで、先輩って……」
「……なんだい?」
あれ? いや、待てよ?
もしここで僕が燕尾先輩に女の人だって聞いたら、それは今まで燕尾先輩のことを男だと思ってた奴ってことにならないか?
勿論それは事実ではあるんだけど、それってつまり印象的には悪いワケで……。
もし先輩が女の人だっていうなら……。
「ん? どうかしたかい?」
フム。
僕を覗き見る済んだ瞳、整った顔、揺れる髪の毛……。
……うん、やっぱり先輩が女の人だと今更確認する必要もあるまいよ。
あくまで僕だけがこの状況を知っていればいいのだ。
「っいや、なにもないですよ! ほら! つ、次行きましょ!!!?」
「え、あ、うん……」
今回のことで、燕尾先輩が女の人だとしても、僕に好意がないことは理解した。
僕とはただ、水族館に行くために誘ったという関係。
でもさ。
燕尾先輩が女性だとしたら……嫌われたく……ないよね?
顔が良い。頭も良い。要領も良い。
……そんな人に好かれているかもという事実があるのなら、わざわざ嫌われに行く必要はないわけだ。
……よしっ。
このことは一生黙っていよ~っと!
◆
「すまないね、イルカショーのチケットはどうやら売り切れているみたいで取れなかったんだ……」
「あっ、いえ、いや、全然いいですよ!? ははっ」
燕尾さんが女の人かもしれないと疑いの目を持ってから次の展示を見ること数十分。
正直、僕の心にもはやイルカなど存在していなかった。
ふぅむ……おかしいな?
僕は今、燕尾先輩と水族館に来ているはず。
いくら燕尾先輩が実は女の人だったとしても、いきなり関係が変わる、なんてことはないはずなんだ。
「できれば君と見たかったのだが……まぁそろそろペンギンの餌やりの時間になる。これも意外と人気らしくてな……だからこっちを楽しもうか!」
――が、そういって笑顔でこちらをみる燕尾さんに僕は思わず顔を逸らしてしまう。
なんで顔を逸らすのかって?
いや、あの、その……なんか、意識した途端にその人のことが良く見える現象ってありますよね……。
わかりやすく言うと、ラベリング理論や感情誤帰属みたいな……。
今まで同性の先輩だって思ってたのに実は異性だってなったら皆さんならどうしますか?
そんなん普通に異性として意識しませんか????
……しかし、だ。
所詮、元々男性だと思っていた人物。
これが感情のバグだと仮定するのなら、燕尾先輩を再び男の人だと思いなおすことも僕には変幻自在――。
「あれ……もしかして、ペンギン、嫌い、だったかな……?」
「――いや? 全然好きですよ?」
い~や、全然無理だよ?
女の人だって思い込むだけでこんなに人の見え方って変わるんだね???
普通にって言い方は失礼かもしれないけど、普通に可愛いよ???
……まずいな……燕尾先輩はすごく良い人だ。
だけどそれを僕があまり意識しなかったのは、偏に先輩が男だと思っていたからだ。
……だが、これが女性、異性ともなれば……。
「ふふっ、それならよかった。それじゃ、ペンギンに会いに行こうか!」
――ン"ッ"
健気で可愛い先輩……そんなの……そんなの……!
うわぁああああ~~~~~~―――!!




