第十話 宵闇に堕ちる通話記録……とか言ってますけど、ただの夜の通話です
――少し時は遡り、陽太がサークル活動の見学を終えた日の夜の事。
僕には、二つの楽しみがあった。
一つは、美人の先輩の森先輩の連絡先が手に入ることに加えて、藍原さんと連絡を取ることができること。
そしてもう一つは、昨日の夜に約束していた、自称天使のグラス―――こと、笹草さんとの通話があること。
ここまではかなり順調に逆転生活を謳歌しているように見えるが……だがしかし、ここで重大なミスがあったことに僕は気が付いた。
「……なんで……! どうして、通話の時間を決めておかなかったんだッ……!」
そう、問題というのは、笹草さんとの通話を約束したは良いものの、その時間までを指定しなかったことにある。
そのため、現在時刻は既に二十二時を回り、深夜へと足を踏み入れ始めていた。
……わかる。
言いたいことはわかるさ。
……そんなに通話したいならばこちらから連絡すればいいだろうと、君は言うだろう。
―――……おめでとう。そう思える君は立派な陽キャだ。ここから立ち去ると良い。
そして、そう思わなかった者達……いや、同士よ。
君たちならばこの気持ちが分かるだろう?
自分から連絡をすることの難しさが!!!!!!!!!
異性と話すことの緊張が!!!!!!!!!
確かに約束はしたさ。
でも、その約束を相手が覚えていなかったら??
もしくはお風呂中かもしれないし、ご飯中かもしれないし、もう寝てるかもしれないし……。
な、なんか気まずくなったりするかもしれないだろ!?!?
あとは正直、電話を掛ける文化がなかったせいで、本当に掛けていいのかわかんないし……。
え、犯罪とかにならないよね? セクハラとか最近厳しいよ???
でもさ……!
このすべての悩みも!!!
相手から連絡が来ればそれですべての問題が解決するんだよ!!!!!!
くっ……しかし悩んでいる時間ももうない……明日も一限からだから早く寝たいし……!
―――行くか?
そうだ。約束してるんだから大丈夫に決まってるじゃないか!
だってこの世界は逆転世界なんだよ???
逆で考えてみて、女の子から電話を掛けられて嬉しくない男の子なんている?????
……。
――うん、もう少し。
もう少しだけ覚悟がいるかもなぁ~?
まぁ、もしかしたら向こうからかかってくる可能性だってまだ全然あるし??
あと五分!!
あと五分したら絶対に掛ける!!!! マジで!!!!!!!!!!
―――して、三十分後。
「……おっかしいなぁ……? あれ、夢??」
僕は天井を見上げ、スマホを胸の上に置いたまま苦笑いを浮かべていた。
当然だが、通話ボタンには指一本触れていない。
通知も……もちろん、ない。
……いやさ、笹草さんから連絡がないのは百歩……いや二歩ぐらい譲っていいよ??
何か都合があったのかもしれないからね??
でも、藍原さんからも連絡がないのはどういうことですか?????????
僕の森先輩の連絡先はどこに行ったんでしょうか?
……まぁ貰ったところでその先に繋がるかは微妙なところなんですけどもね……。
藍原さんも後で送るねって言ってたよな???
……ぐぅ。
これは、非常にマズイ事態です。
由々しき問題と言ってもいい。
なんでって……ここで僕が森先輩の連絡先を藍原さんに催促しようものなら、それはもう森先輩を狙ってますよって言ってるようなものじゃない???
いくらそれが本当の事だとしても知られるのは恥ずかしいし、何より藍原さんに知られてしまうと、僕の大学生活は終わりを迎える可能性がある。
……だって僕、藍原さん以外に友達いないし。
……アレ?
よくよく考えたら、もしかして僕って、この大学で"藍原さんに依存してる陰キャ枠"じゃないですか????
あっはは……やだな~、こんないい世界に来てまで友達の一人も作れないワケないじゃないですか~?
……あれ、なんか視界が滲んできたような。
いやいや、だってしょうがないじゃん!
あんな美少女の藍原さんが最初に話しかけてくれたんだよ? えっ、あの藍原さんが!?!?
性格も明るくて、ノリもいいし、ちゃんと人の話聞いてくれるし、笑うとちょっとだけ目がくしゃってなるあの藍原さんだよ……???
え、もはや神だよ???
しかもそんな子が僕に普通に話しかけてきて、こっちの挙動不審な返事にも笑ってくれて……って、そりゃ友達もいらないぐらい満足度も高いってもんよ!?
僕にとってはもう、SSR確定演出レベルの神展開だし!!!
……んでも藍原さんには僕以外にも何人か知り合いいるらしいし……。
一方の僕は藍原さん頼り……アレ、マズくねぇ?
―――やっぱりサークル入っておくべきか―――?
そう思うのと同時――ピコンッと手元のスマホが小さく震える。
「……ハッ!? これは!?」
画面を見ると、そこにはどこから拾ってきたのか自作か分からないイラストのアイコンの――。
―――――――――――――――――――――――
―笹草さん(グラス)
汝、夜の帳が落ちる刻、我が盟友に告ぐ - 22:48
今、時の狭間にて通話の儀を執り行う準備はあるか? - 22:48
用事があったら明日でも全然だいじょうび - 22:49
大丈夫だ。 - 22:49
―――――――――――――――――――――――
……いや、確かに僕は連絡を待っていたよ?
でもさ、これは、何????????
いや、わかるよ!?
わかるけどそういうの、実際に送ってくる人ほんとにいたんだ!?!?
いくら逆転世界でもここまでガッツリな人いたかなぁ????
……いない、よな???
これ返事間違えたら地獄とかに連れていかれる感じじゃないよね? 大丈夫??
あ、でもその後にちゃんと"用事があったら明日でも全然大丈夫"って来てる……。
なんか隠しきれてない真面目さが……いいな。
この"ちょっと性格に難があるかと思えば、根は常識人”感、めちゃくちゃズルい。
ほんで可愛いんだから、もう強い。無敵。存在がバグ。どうしてこうなった大賞優勝もんですわ。
……いや、にしてもなんでこんな通知ひとつで、僕の鼓動は全開になるんだろうね??
さっきまで僕って藍原さんしか友達いなくない? とか凹んでたのに、別の人の通知一発でこのテンションの上がりようって、僕の感情チョロすぎないか???
自分でも思うけど陰キャ過ぎない??
ただ、困ったことがまた一つ生まれてしまった……。
……どう返せばいいのかが全然わからん!!!!
こんな厨二病全開の連絡にどう返すのが正解なんだ!?
真面目に返したら、なんだこいつって思われそうだし、ノリで返したら空回りしそうで怖いし……。
いや、でも待てよ。
逆にここで無理にカッコつけずに、素直に返した方がいいのかも?
通話の儀、準備万端だぜとか、ちょっとだけ厨二病乗っかってみるとか?
それとも、意外と普通に今から通話できるよって返信しちゃうのが無難か……?
ああ~~~~、眠気と困惑で頭の中がグルグル回ってどうにもならん……!!
けど、これ逃したらもうチャンスはないかもしれないし……やっぱり勇気出して返信するしかないよな!?
よし、深呼吸して、送るぞ……!!
スーーーーーーハーーーーーーーッ!!!!
フンッ!!!!!!!!!!!
―――――――――――――――――――――――
―笹草さん(グラス)
22:51 - (・ω・)b
―――――――――――――――――――――――
えっ……なにか??????????
いや、別に手は滑ってないが??????
むしろ狙って(・ω・)bを送ったが???????
これには深い戦略と心理的計算があるが?????????????
ほら、笹草さんだってすぐ返信を……ないな?
……いや、ごめん、これは正直ちょっと滑ったかもしれんです……。
で、でも、これは通話してもいいよ、とか、楽しみだよの意味を限界まで圧縮した高度な陰キャ表現だから仕方ないんだよ!!!!!
言葉にしたら照れるじゃん!?
(・ω・)bならさ、そこに感情を込められる余地があるじゃん!?
見る側の解釈に委ねられる、ミステリアスな余白がさ!!!!
……いや普通に会話しようよ……。
大学生にもなって僕は一体何をしてるんだ……。
でも、可愛い子に返信するときって、誰でもちょっとポンコツになるよね?
はぁ……こんな気持ちになるのならもうちょい真面目に考えて送っておくべきだったなぁ……。
うわ~~~~~!!! 戻れ! 送信前の自分に!!!
やっぱり一回、文章メモに書いて3回見直してから送るべきだった!!
陰キャはそれぐらい注意してようやく文章を送るべきだったんだ!!!
なに勢いに任せて「フンッ!!!!!」してんだよ!!
僕は馬鹿だ~~~~~!
でも……。
笹草さんなら……笑ってくれる、よね……??
―――――――――――――――――――――――
―笹草さん(グラス)
すまない。我が叡智をもってしてもその真意は霧に包まれている - 22:58
―――――――――――――――――――――――
いや、まぁ、それは、そう。
ていうか、むしろそこを叡智をもってしてでも解析しようとしてくれるの、君だけなんだよ。
ありがとう、笹草さん……。
いや、ほんとに……。
っていうか、こんなことしてる時間じゃない!!
早く通話しないと……!
せっかく向こうから話しかけてきてくれたチャンスをフイにするなよ遠野陽太!!!!!
……ええい、もうこうなったら乗るしかねぇ、この“通話の儀”ってやつに!!!!
返信するぞ! 内容は……こうッ!!!
―――――――――――――――――――――――
―笹草さん(グラス)
22:59 - 貴殿の御心、確かに受け取った。
22:59 - 今より、時の狭間へと接続を試みる。
―――――――――――――――――――――――
よし……よしッ……僕にしては……頑張った……ッ!!
って、いや待て待て!?
これで“通話の儀”に入る流れになるんだよな……?
そうだよな?? 今から僕、美少女と、通話……マ!?
ヤバいヤバいヤバい!!!!
心の準備!?!? まだ出来てないが!?!?
ていうか声、今日なんかガラついてない!?!?!?!?!?!?
……はっ、こういう時こそ深呼吸だ。
スーーーーーハーーーーー。
いける。いけるぞ陽太!
これは僕の“一大イベント”だ!!
……携帯の画面を操作し、通話開始の直前まで持っていき……!
―――通話を開始しますか?
「――――い、いざ、時の狭間へ―――っ!」
◆
あれから三十分が経つ。
時刻は既に二十三時を回ろうとしていた。
普段なら一人寂しく寝ているところだが、今は違う。
「でっ、では次の議題に移ろうかしらっ。えー、えーっと、わ、我らが世界に仮想の名を与えるとしたら、ニュート……あっ、いや、この世界ではよ、陽太って言うんだったな……よ、陽太は何と呼ぶのだ?」
「え~、えっと、マ、マギステリア……とか、かな?」
「――ほぉ、いい響きね。即興にしては悪くないわ」
―――僕は今、めちゃくちゃ楽しい。
いやマジで。ちょっと意味わかんないくらい笑ってる。
今でもこんな変な会話ばっかしてるけど、数分前も汝の魂の属性は何かって訊かれて、真面目に風か闇かも知れない……って答えた僕もどうかと思うが、そのあと笹草さんに、月の系譜だと思ってたのに……裏切り者めって言われた瞬間、なんか脳内で謎のエフェクトついたよね。
今まで誰にも言われたことないワードなのにね???
月の系譜て何?? けど、それが、イイ!!!!
なんかこう、語彙がいちいち魔法書みたいで、通話なのに想像力試されてる感すごい。
てかマギステリアって何? どこからその言葉引っ張ってきた?
いやでも正直笹草さんの、いい響きねって満足げに笑ってたのがスマホ越しに伝わってきて、正直内心めちゃくちゃガッツポーズしたし、かなりテンション上がる。
あとシンプルにこの人声がいい。可愛い。好き。
ずっと通話していたい、マジで。
……けど、睡魔が限界なのもマジ。
……ふふ、やばい、ほんと、やばい。
たぶん僕、今、半分以上意識が夢の国に片足突っ込んでる。
うう~~~切りたくない!!!
この通話、絶対に、まだ終わらせたくない――――が――――。
◆
「……あ、あれ……? よ、陽太?」
陽太からの返事が途絶えてから、すでに五分が過ぎていた。
声での通信が阻害されている可能性を考慮し、幾つか文書を送信したが、それすらも反応はなし。
ここで私の脳裏に二つの可能性が現れる。
一つは、本能のまま宵闇に囚われ、意識が深淵へと堕ちたか。
そしてもう一つは……。
も、もしかして私ばっかり話していたかしら……!?
初めて長電話するからどれぐらい話していいのか分からなくて永遠に喋っていたような気がしてきたし……!
まさかつまらなかったとか!?
えっ、引かれたとかないわよね!?
いや、そもそもこの電話も私からだったし、本当は最初から乗り気ではなかったのでは……!?
えぇ、一体どっちの―――。
「――すぅ……」
―――え??
今のは、えっと、え。
「―――すぅ……」
こ、これってもしかして―――!?
え” ッ !? 寝 息 ! ?
「……ふ、まさか我が声が、かの盟友を安寧の世界へ誘うとは……罪深き響きよ……」
そう絞り出すように呟いたが、正直内心はそれどころではない。
可愛い男の子の寝息―――そんなのあまりにも無防備で……しかもこれ携帯越しだから余計に近く感じて……!
(ちょ、ちょっとこれはやばいわね……なんか……可愛すぎて、変な声出そうだわ……!?)
い、一旦落ち着くために携帯を置いて……。
……。
も、もう一度だけ……。
「―――すぅ……」
んは~~~~~~~~!!!!!!
え!? なにこれ!?
こ、こんな快楽を、無償で享受していいというの……!?
というかこれってもはや魂の同衾じゃないかしら!?
エ”ッ”!!!!!!!!!!!!??
って、違う! 落ち着け我が内なる理性よッ……!
こ、これはその、不意打ちの夢魔の囁きに過ぎなくて……!
だから! 断じて! 違法行為などではない……はず、よね?
「―――んんっ……」
―――――おっ。
ちょっと今のはマズイわ!?
こ、このままでは私は禁断の境界線を踏み越えてしまう―――!
で、でも……今日、この瞬間を逃したらもう二度とこの音には辿り着けないかもしれない!
私の中の天使と悪魔が、魂の主導権を巡り死闘を繰り広げている。
だがしかし。
「――……ん」
……そうね、これは不可避の因果律なのよ。
すべては天命によって定められているの。
―――思春期の女にとって、男子の寝息という無垢なる甘音の前では、光の使徒は敗北を喫するのが理。
……ていうかそもそも天使である私に悪魔の思考が侵食してきた時点で敗北するのは決まってたのよ。
ゆえに今、我が耳を彼の深淵に傾け、その微細なる吐息と共に眠りに堕ちること。
それもまた、選ばれし運命に他ならな―――。
―――プツッ。
「……え?」
私が覚悟を決めてそのまま眠りに付こうとしたその時。
画面が一瞬だけ淡く光り、すぐに――闇に包まれる。
……ふむ、この状態を、世間ではこう言うらしい。
――充電切れ。
「っ……は?」
いやいやいやいやいや、え????
私は思わず飛び上がり、携帯の電源を何度も押してみる―――が、当然携帯は微動だにしない。
「う、嘘……あ……あぁ……あぁ―――」
最早、彼女の脳内ではいつもの厨二病の言葉は思いつかず。
「こんなの……ぜっっっったい運命なんかじゃ、ないんだから〜!!!」
―――彼女は力なく枕に倒れ込むようにして……再び静寂の世界に沈んでいったのだった―――。
【応援お願いします!】
「続きはどうなるんだろう?」
「面白かった!」
など思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
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更新は"不定期"【AM1時】更新予定です!




