襲来
一方でラバスの元で、人間用には小さい椅子にきゅっとした体勢で座りながらダガマ達と一緒に話を聞いていたコロン。
「もう少しそっちをつめられないのか?」
「無理であります。せんちょーの足が太いからきついであります」
「太くないぞ!?」
上記のような一幕がありながらも、大人しくラバスの話を聞く。そして彼女は語られた内容に、目を丸くする。
「羅針盤が、造れない?」
ラバスの言葉にコロンはキョトンとした顔をしていた。
その様子に、かっと燃え上がるほどの怒りを露わにする。
「馬鹿野郎! 造れるわ! オレァを誰だと思っておる!? 舐め腐るのもいい加減にしろッ!」
「いや、今無理だって言ったのはそっちなんだが!? 私が悪いのか!?」
「い、いえ、そうではないかと」
理不尽な怒りに流石のコロンも狼狽する。ダガマがフォローするもラバスの怒りは収まらない。その勢いは正に焚火に油を注いだが如くだ。
「おじい様、あまりそう怒鳴らずに。彼らは、外から来たのです。我々が仔細を語らなければ知る術はございません」
「パーシン。それは、むぅ……」
「それに、あたり散らすのはいかがかと思います。お気持ちはわかりますが、我々の事情を知らない人に怒るのは八つ当たりと変わりありません」
ラバスのことを慎める声。更に若く見える赤茶の髪のドワーフの言葉には、ラバスは怒りを収めた。
「あれだけの怒声に身震い一つせず、物怖じもせずに意見を述べられるとは」
「肝が据わっているな」
イブンとビアンカが、賞賛した。ドワーフは見た目より若く見える種族でもあるが、それにしてもパーシンはかなり幼く見えた。
にもかかわらず、冷静にラバスを宥めてみせた。
その光景にとりわけ、リコが目を瞬かせる。
「すごいしっかりしているであります……」
「そうね。リコ、少しは見習いなさい」
「うぅ……リリアン殿はいぢわるでありますぅ……」
しょんぼりするリコ。しかし、言ってることは正しいのでリコは反論出来ない。他のファミリーから慰められるようにあちこちを撫でられる。
「貴方様の腕に問題がないのはわかりました。でしたらこの里の活気と何か関係があるのでしょうか?」
「ふん、その通りだ。里では今鉱物が圧倒的に不足しておる。お前らの求める羅針盤を作り上げる鉱物も含めてな」
「不足? 貴方達程の発掘技術を有する種族が、鉱物を採るのに不足するとは何があったのですか?」
「それは」
ダガマの言葉にラバスが答えようとした瞬間、大きな音が《地下都市アガルタ》を包み込む。それも一度や二度ではなく何度もだ。
「何の音だ!?」
「これは、警鐘の音です。都市に侵入者が現れたと……!」
パーシンの焦燥に駆られたその言葉を聞くや否や、すぐさまコロンが立ち上がった。
「出るぞ、皆ッ! 早く外に、うぐあっ!」
「せんちょー! あぶちっ!」
「だから、頭に気をつけてと言ってるでしょう!?」
「ぬぐぅ〜……ふ、不覚。危うく帽子が取れるところだった……」
外に出ようとしたコロンが頭をぶつけ、追いかけようとしたリコもそのまま頭をぶつけた。コロンは頭の痛みに悶えつつ、帽子が外れなかったことに安堵する。
「ダガマさま、わたし達も外に急ぎましょう。エレオノーラが心配です。ですが、慌てて頭をぶつけませんように。あと足の小指もぶつけないように。それに、屈みすぎて腰を痛めたり、あと、膝を擦ったりしないでください」
「わかったから、そこまで心配しなくて良いよ! 赤ん坊か何かかい、僕は!?」
そんな一幕がありつつも、彼らは外に出る。
≪ウッホウッホ≫
芸術的なドワーフ達の住む《地下都市アガルタ》。そこを我が物顔で占拠するのは、燻んだ灰色の体毛を持つ大猿であった。胸を大きく叩き、特徴的な低音を鳴り響きさせる。
「なんだ、こいつらは!?」
「うるっさ……! 地下であんな音鳴らすんじゃないわよ!」
「うぁぁぁぁっ、み、耳が揺さぶられるッ……!」
あまりの大音量に一同が顔を顰める。特に耳が良いアリアにはダメージが大きかった。
≪ウホウッ!≫
その時、音に紛れて一匹の"太鼓大猿"が建物の上から、外に待機していたエレオノーラへと襲いかかって来た。
「エレオノーラッ!」
≪ウホウッ!?≫
「ダ、ダガマさまっ!」
「無事か!? 怪我はないか!?」
エレオノーラに接近していた大猿を、ダガマは剣で退けた。そして、辺りを見渡せば"太鼓大猿"による被害が見えてくる。
「だぁー! それはおれの道具だ! 返しやがれ!」
「ワシの秘蔵のつまみがぁッー!」
「おいおい、勝手に持って行くんじゃない!」
≪≪≪ウホホホッ、ウホッ!≫≫≫
ドワーフの手の届かない位置に陣取り、彼らを翻弄する。
その光景は、かつて港町を占拠したブラジリアーノが率いる《不退転の猛牛》。それらを翻弄したリコ達ミラニューロテナガザル達がとった戦法と非常によく似ていた。
「それにしても。こんな洞窟の中にも猿がいるの!?」
「"太鼓大猿"だ! 奴らめ、また来よったか!」
リリアンが驚きに、ラバスが大猿の名前を答える。
「こんな所にまで侵入してくるだなんてっ、おじい様やっぱり状況はかなり悪いようです」
「わかっとる! くそ、奴等めワシらの手の届かないところでおちょくりよって……!」
パーシンの言葉にラバスは舌打ちをした。
"太鼓大猿"は家の上に乗ったり、建築物を足場にしたりと縦横無尽にドワーフの里を荒らし回る。手には沢山の食料を持ち、食べてはその場で捨てていた。
「数が多いな。これは骨が折れそうだ」
「大丈夫であります! ふぁみり〜同士の争いなら負けないであります! いくであります、みんな!」
≪≪≪うっきっきー!≫≫≫
リコの号令にミラニューロテナガザル達は一斉に手を挙げ、"太鼓大猿"へと向かっていった。
「リコ!? あぁ、もう初めて見る魔獣なのに無茶して!」
「同じ猿同士なのが災いしたな。リコ達の、闘争本能が刺激されたらしい。縄張り争いう訳か」
自らも獣人なだけにその感覚に覚えがあるビアンカが納得するも、リリアンとしては到底許容できる事ではない。
「ダガマ、言っておくがわたしを庇うよりも戦えない者達を優先しろよ」
「当然です、無辜なドワーフの方々に被害が出るのは望みません。エレオノーラ、それに他の皆んなも戦えない人はさがっておくんだ」
「わ、わかった」
「ラバス! パーシン! お前達も下がれ。奴等は私達が片付ける!」
「なにぃ!? よそ者のあんたらが戦おうってのに、ワシらが臆病者として下がるなどとッ」
「おじい様! 邪魔になるだけですから下がりましょう!」
ダガマの言葉に、エレオノーラがラバスらと共に下がる。
「優先すべきはドワーフの安全だ! それ以外は、各自奴等の相手をするぞ! 油断するなよ!」
コロンの号令に、全員が動き出した。
◇
ある一部の区画では、イブンがビアンカと共に"太鼓大猿"の相手をしていた。
「おいたは厳禁です。"躾け鞭"」
≪ウホォッ!!?≫
凄まじい速度で振られた鞭が、的確に"太鼓大猿"の頭に直撃し、意識を刈り取る。
その様子を見ていたビアンカが、珍しく引いた顔をする。
「躾どころか、最早矯正だろ。しかも強制的に」
「言葉で言ってわからない輩には、痛みでわからせる必要がありますゆえ。動くな、と言ったはずですが?」
≪ウギャギャギャッ!?≫
澄まし顔でこっそり逃げようとした太鼓大猿を鞭で締め上げる。間接ごと、しごきあげた。
「やれやれ。しかし、変だな。こいつら、殺気というものがない」
直に刃を交わしたビアンカは、"太鼓大猿"に殺意がないことに気付き、首を傾げていた。
◇
"太鼓大猿"との戦闘を始めたコロン達。何処に居たのかと疑う数の"太鼓大猿"が襲い来る。だが、それに対して一歩も引かずに戦い続けた。
リコのファミリーを除き、人数は少ないが一人一人が精強なコロン達。
個々人の強さこそ、《いるかさん号》の面々に劣るも連携の息がぴったりなダガマら。
この二つが合わされば、大抵の相手はひとたまりもない。
≪ウッホゥ……≫
やがて全ての"太鼓大猿"が捕らえられたのだった。
「リコ達の勝利でありますよー! みんなー! だい! しょう! り! であります!」
「リコー! あんた、危険があるのに勝手に飛び出してー!」
「あひぃっ! リ、リリアン殿が怒ったでありますぅー!」
「待ちなさいッ!」
逃げ出すリコをリリアンが追いかける。
その光景を、コロンは愉快そうに見つめていた。その横で、ダガマは顎に手を当て襲われた箇所と"太鼓大猿“を見る。
「やはり、妙ですね」
「何がだ?」
「この魔猿達、どうにも襲いに来たというよりも奪いに来たような気がするのです。見てください、彼らは痩せています。更には荒らされているところはどこもかしこも食料のあるところばかりです」
「ぬぅ、確かに。なら、お腹が空いていたのか? でも、態々人がいるところを襲うか普通?」
「わかりません。ですが、そうしなきゃならない理由があるとするならば──」
ダガマが今回の"太鼓大猿"の目的について探ろうとしたその時。
ドワーフの里の門が突然破壊されて、轟音が鳴り響いた。
≪ヌルゥゥゥゥ≫
そしてそこから、巨大なミミズとでもいうべき生物が里へと侵入してきたのだった。
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