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地下都市アガルタ


 あの後、何とか事態が収集し、ドワーフは不本意そうではあったが命を救われたことに変わりなく、コロン達を自らの住処へ案内してくれることになった。


 ラバス・トーンと名乗ったドワーフの後を追い、コロン達は彼に案内された洞窟の中を歩く。周囲は暗く、ラバスの持っているランタンだけが灯りとなっている。


 そして何よりも、火山の熱が此処まで篭っているのか、暑かった。


「暗いであります、そしてあついでありますぅ……」

「足元を掬われるなよ、リコ。転ぶなどは、戦士の恥だぞ」

「ビアンカ殿は厳しいであります……」

「とはいえ自分もよく見えんな。……ノワールに任せるべきだったか」


 昼で広い空間であればビアンカは空高くに飛ぼうとも、地上にいるゴマ粒ほどの人であろうとその瞳で捉えることができる。しかし、代わりに小回りが効かない。暗くて狭い空間であればノワールの方に軍配が上がる。


 ラバスに案内される最中、洞窟に入ってからかなりビアンカのテンションは落ちていた。


 そんな中、コロンが上を見上げる。洞窟の中には天井を支えるように坑木(こうぼく)があったからだ。


「洞窟……洞窟? と言って良いのか、此処は? 結構人の手が加えられているっぽいが」

「此処は炭鉱だ。此処は元はワシらが鉱石の為に掘っていたからな。今は廃坑となっているが外への出入り口として使っている」


 コロンの疑問にラバスが答える。


「この島はよくも悪くも噴火が日常的に起きる。あのてっぺんの山を見たろう? あれが小規模ながらも時折噴火する。だから地表には住むのは難しい。噴煙も、飛んでくる火山弾も脅威だからな」

「なら、どうしてこんな場所に住んでいるのだ? 危険だろう?」


 コロンの言葉に、ラバスは鼻を鳴らす。


「知れたこと。此処が最も鋼鉄の真理に近しい場所だからだ」

「真理……? うにに、わからないであります……」

≪うききー……≫


 難しい言葉に、リコが頭を悩ます。後ろではミラニューロテナガザルも同じポーズをする。


 するとそこにダガマが説明する。


「ドワーフは鍛治を生業とする誇り高い種族とお聞きいたしました。そんな彼らが居を構える此処はそれだけ良い品質の好物が取れるということです」

「そうだ。さっきも言ったがこの島は小規模でもよく噴火する。だが、同時に地中奥深くからさまざまな恵みを我らにもたらす。だからこそ、ワシらは此処に住む」

「それでも危険なことには変わりないんじゃないか?」

「甘いね、船長。砂糖に蜂蜜をたっぷりとかけたくらい甘いよ。人の情熱は、理屈じゃ止められないのさ。それは世界一周を目指す君ならばよくわかるだろう?」

「む……それは確かに」


 アリアの言葉に思う所があったのだろう、コロンは納得した。


「ワシらは此処で生まれ、此処で死ぬ。それだけだ。いずれ火の神が我らを焼き尽くそうとも、ワシらはその日まで後世に残るモノを造り続ける。……話がそれたな。着いたぞ」


 ラバスがやたらと巨大な黒い壁の開け、中へと案内する。その後、広がった光景にコロンは叫んだ。


「おぉー!!? すごいぞ! 地下の空間に都市がある(・・・・・)!」


 コロンの言葉の言う通り、大きくひらけた空間には平たい家が多数並んでいた。それだけでなく、上を見上げると一部だが空が見えており、自由に開閉できる機構らしきものが備われていた。あれで空気の入れ替えをしているのだろう。


「ドワーフの里だのと外の世界の奴らは言うが、此処の名は《地下都市アガルタ》。ワシらドワーフの創り上げた唯一無二の地下都市だ」

「まさか地下の空間に水路まで張り巡らせられているだなんて……あれ、待って。此処にある建築物ってもしかして……!」

「えぇ。此処にある家々、繋ぎ目(・・・)がありませんッ……!」


 リリアンとダガマがこの《地下都市アガルタ》の異質さに気付いた。


 広がる空間に並ぶ家々、それらには一切何かしら建築の際には必ずあるであろう繋ぎ目がなかった。


「本当だ! これはどうなっているんだ?」

「何って、掘ったが」

「掘ったぁ!? えっ、岩全部くり抜いたのか!?」

「流石に全てではないがな。後から建築した物もある。だが、基幹となる部分は全て手作業で掘り進めた」


 ラバスの言葉に一同唖然とする。


 あれだけの精巧なデザインを寸分のミスもなく出来ることもすごいが、そもそも崩落をさせずに、これだけの空間と家々を掘り進められたことは驚嘆に値する。


 エンリケを除く全員がほえーと、口を開けた間抜けな顔をしていた。


「……懐かしいな」


 その様子に過去此処を訪れた時、親友(ゼラン)も同じ反応をしたとエンリケは懐古の念に駆られる。


 さて、一同が各々に《地下都市アガルタ》を見渡す中、ビアンカは《地下都市アガルタ》を照らす壁に嵌め込まれた石と苔に注目した。


「明るいな。松明ではない……これは石が光っている?」

「"蛍光石"と"照苔"だ。どちらも光る性質がある。"蛍光石"は時間が経つとやがて光を失うが……それまでに"照苔"が光合成出来るだけの栄養を補う。それにより、半永久的に都を照らしている」

「なるほど、暗い洞窟の照らすのに人工物と自然物を利用しているのですね」


 ラバスの言葉にダガマは納得した。


 そんな中、コロンは道中でたむろしている複数のドワーフがお酒を飲んでいるのを見つけた。


「あれはお酒か?ドワーフはお酒が好きだと聞いた! 私もびぃる(・・・)が大好きだ! 一緒に飲み交わしたら楽しそうだな!」

「昼間から酒って、それはまた随分と良い生活をしているようね」

「うむうむ、どんな味なのか気になるなぁ。今度一緒に飲み交わそうではないか! ぬぁーはっハァッー!」


 コロンが機嫌良さげに語るのに対して、


「……ふん、あれのどこが祝い酒だ」


 吐き捨てるようにラバスが呟いた。雰囲気も何から不機嫌さを醸し出す。


 何か地雷を踏んだらしい。それを見たダガマがこっそりとコロンに話しかける。


「コロン殿、確かにドワーフは酒好きとはお聞きいたします。しかし、これは些かおかしいかと」

「お? どういうことだ?」

「よく見てください。確かに彼らは酒を飲み、一見楽しげに見えますが……誰もが無気力や諦観、あるいはやるせなさと言った表情を浮かべてます。何か、ただならぬことがあるのは間違いないかと」


 そこまで言ってコロンも、当初抱いた感想を一度傍に置き、改めてじっくりとドワーフを観察する。

 ダガマの言う通り、酒を呷るドワーフだが何かおかしい。その姿は、何かから逃避するような雰囲気が感じられた。


 流石におかしいと疑念を抱く。


 それはこれまでずっと黙って着いて来ていたエンリケも例外ではない。


(おかしい。十年前と比べても活気が無さすぎる)


 当時は昼であればやかましいほどに聞こえていたハンマーの音が一切聞こえない。不気味な静けさだけがあった。


(何が起きているのか多少気掛かりだが、こいつらに任せれば良いか)


 何が起きているかは多少気にはなるが、エンリケはそれよりもすべきこと……なすべく義務があった。

 それは《スクティア・ボルケーノ》に着いたらと、決めていたことだ。


 問題はいつ抜け出すか、だが。


 やがてラバスがとある家の前で止まった。


「此処がワシの家だ。詳細は中で話してやる。入れ」

「これはまた……小さいですね」


 イブンの言葉通り、案内された家は小さかった。


 入り口、通路、家具何もかもだ。具体的に言うとほぼほぼリコと同じ身長の高さである。コロンは中を覗く。


「確かに小さいぞ! すごい入りづらい!」

「そりゃドワーフの大きさに合わせて作ったのだからそうなるわよね。頭をぶつけないように注意してよ、コローネ。リコ」

「わかった! あいた!」

「了解であります! うぐあ!?」

「言ってるそばから!」


 リリアンの言葉に元気よく答えた二人が、振り返ったことでそのまま頭をぶつける。ビアンカは、そんな事なくきちんと避けていた。


「折角案内してくれたのです。僕達も中に入りましょう」

「いや、ダガマさま。入るのは何も反対はないんですがね。あたしは中に入れないわ」


 先導していたダガマに対して、エレオノーラは頭を掻きながら告げた。


  エレオノーラは、この一団の中で最も背が高い。だからこそ中に入るのが難しかった。


「仕方ないんで、おれは此処で待ちます。まぁ、話自体は耳が良いんで聞こえるんで大丈夫です」

「そうかい? 申し訳ない、エレオノーラ。何かあったら、呼んでくれよ」


 若干砕けた口調でダガマがエレオノーラを気遣った。どうやら身内に対してはある程度気安いらしい。


 その様子を見ながら、エンリケは抜け出すタイミングはここだと決める。


「リリアン・ナビ。俺は暫し席を外す。家に入れん以上、いる意味がないからな。その間C・コロンから目を離すなよ。何をするかわからんからな」

「は? ちょ、ちょっと勝手に出歩くんじゃ……ちょっと!」


 リリアンの静止も聞かず、エンリケは一団から離れていく。


「ふむぅ……? 客人(まろうど)、やけに歩きに迷いがないな。此処は全体的に小さいから入り組んでいるのに」


 その様子をアリアは何やら訝しげに見ていた。








 ドワーフが数多く住む密集住宅から離れた、場所。


 此処には数多くの工房が立ち並び、記憶が正しければ常にドワーフの怒号と金槌の音が聞こえたはずだが、その音が一切しないことにやはりおかしいとエンリケは思いつつ、目的の家へと着いた。


「ん?」


 エンリケはふと視界に入った何やら変な形の土人形を見つける。しげしげと、観察する。


「……こんなのはなかったはずだが」

「それ、あたしの自信作! あのねあのね、ノームを模して作ったの!」


 エンリケの独り言に元気よく答える声。


 自然を向けると、朱色の髪の小さな女の子がこちらをまん丸な目で見上げていた。


 《いるかさん号》最年少のティノよりも小さいが、その肩に背負われたシャベルは見た目相応であればとても幼な子が扱えるサイズで無い。つまりは、ドワーフの子どもだ。


「……お前は誰だ?」

「あたし? あたしはマリン! ねぇ。おじちゃんは、誰?」 

「エンリケ、ただのエンリケだ。此処に住む、灰色の髭を携えた、目つきで人を殺せそうな、如何にも偏屈そうな頑固な爺はいるか」

「おじいちゃんのこと知ってるの?」


 酷い言いようであるがマリンには伝わったらしい。


 きょとんと、エンリケを見上げる。


「そうだ。会いたいのだが、どこにいる?」

「中にいるよ! でも今は不機嫌だよ、入ったらあたしは兎も角おじちゃんは怒鳴られちゃうかもしれないよ」

「構わない。案内してくれ」

「すごい。動じないんだね! わかった!」


 ラピスは元気よく笑顔で案内する。

 そのまま乱雑に力任せに扉を開いた。


「おじいちゃん、お客さんだよ! 珍しい、外界の人だよ!」

「こら、マリン! 勝手に入るなと何度言えばわかる!」

「今ちょうど100回目!」

「覚えてるのなら、何故学ばん!? それで人だと? 一体誰が……ッ!?」


 しかし、その怒鳴り声もエンリケの姿を見た途端鳴りを潜めていく。


 ラバス以上の髭に偏屈さが滲み出ている顔。


 記憶よりも老けたが間違い無く目の前の存在は自らが探していた存在に違いない。


 エンリケは旧友(・・)の名を呼んだ。


「久しいな、アンドライト(・・・・・・)


 その言葉に、アンドライトと呼ばれたドワーフは大きく目を見開いた。




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