山中での出来事
白い雲が青い空に流れる中、剣戟の音と人の声が山に鳴り響く。
コロン・パイオニアを筆頭とする《いるかさん号》の船員と、ダガマ・デ・バルトロメウと彼に付き従う女性たちとの抗争。
他の船員達の戦いは意外にも膠着しているものの、肝心の船長同士の戦いは一方的であった。
「ぶはぁ!!?」
「ぬぁーはっハァッー! 前よりは強くはなってるな! だが、私ほどではない! どうだそろそろ」
「まだです! 行かせていただきます……!」
「むぐぅ、相変わらずタフな男だな……っ!」
コロンが振るう錨に吹き飛ばされるダガマ。
ダガマは何度も叩きのめされているにも関わらず、立ち上がる。
コロンの力を知っているだけに、あれだけ立ち上がれるダガマの打たれ強さに、エンリケは興味が湧いた。
「……受け身は取れているようだな。だが、肝心の技術。あれは型にハマった動きか。それではC・コロンには勝てんだろう」
元々極力は殺しを避けるコロンだが、対峙しているダガマとやらもコロンにこそ劣るものの、どうやら弱い訳ではないらしい。しかし、自由自在に錨を振り回すコロンと違い、何やら習ったような剣術を扱うダガマでは勝負になっていなかった。
そもそも、両者に殺意というものがない為、殺し合いというよりかは、単なる試合みたいに見えてくる。
「争っているのに、殺し合わぬとは。変人は変人を呼ぶという事か」
「凄く失礼な事を言ってるね、客人。それを言ったら君もそうだよ」
「お前もだろうが」
軽口を叩きながら、エンリケとアリアは観戦する。
この二人は戦闘に向いてない為、野次馬として両者の戦いを眺めていた。実際、非戦闘員だとわかっているのか向こうも襲って来る者はいなかった。
アリアの視線は一方的な蹂躙が起きているコロンの方でなく、ビアンカとイブンの戦いに向けられている。
「やっぱ凄いなぁ、《仕えし者》は。白翼相手に、優位に立ってるよ。前と比べてもかなり成長してるなぁ」
「その口ぶりからすると一度や二度ではなさそうだな」
「──そうだぜ! これまで3回……今回で4回だが、イブンの方は食らいついているが、ダガマ様は全部おたくの船長に負けている! それでも諦めないのだから、あの人の執念もすごいよなぁ」
「そうか、それはまた。それで誰だ貴様は」
いつのまにか会話に紛れ込んでいた第三者の声。
エンリケは声の主を胡乱げに見上げる。
男性でも比較的高身長なエンリケを越える巨体。
いくつもの傷跡が目立つ鍛え抜かれた身体とは不釣り合いに、ぴょこんと小さなもふもふした獣耳が頭上にあった。ならば、獣人かとエンリケは判別した。
そんな彼女──胸がでかいのでそこで初めて女だと気付いた──はニカっと白い歯を見せて笑う。
「おう! 失礼したな! アタイはエレオノーラって言うんだ! ダガマ様の船で医者をやらせてもらっている!」
「医者……?」
言葉を反芻し、観察する。
エレオノーラと名乗った獣人の姿を観察する。鍛え抜かれた身体に、幾つもある戦闘の痕。どう見ても医者の風貌ではない。
「どちらかと言うと戦士だな」
「わはは! よく言われるぜ! でも、アタイは医者だ! というわけで診察させろ!」
「診察? ボク達は別に怪我はしていないよ」
アリアが首を傾げる。
エンリケはまさかと思い若干離れようとするもの、がっしりと力強くエレオノーラに捕まれる。
「わはは、そりゃ、あんたはな。おれが言ってるのはそっちのあんたさ。だってあんた隠しているだろ?」
「えっ」
エレオノーラはポケットに突っ込んでいたエンリケの腕を引き出す。露わになるエンリケの手。一部の爪は割れ、出血していた。
それを見たアリアが、顔色を青くする。
「あ、あの時ボクを庇ったせいで……ッ!?」
「……余計な事を」
コロンが破壊した岩の石飛礫がアリアを庇った際に運悪く爪に直撃した。他の部分ならば怪我をしなかったのに、身体を硬くする技術が及ばぬ爪だからこそ割れてしまった。
それでアリアに悟られないようにポケットに手を入れて隠していたにも関わらず、それを目敏く気付いたエレオノーラに慧眼に舌を巻くと同時に、舌打ちする。
対してエレオノーラは呆れた表情を浮かべる。
「この状態で放置するたぁ、いただけないね」
「抜かせ。自身の身体は自身が一番知っている。あとで処置するつもりだった」
「その後ってのはいつなんだい? 少なくとも今すぐって訳じゃないだろ? それまで放置するのは頂けないなぁ。医者なら、わかるだろう?」
痛いところを突かれ、エンリケは沈黙する。
「ご、ごめんよ。ボクを庇ったせいで」
「お前に石が直撃すればより深刻なことになると判断しただけだ。お前は弱いからな。そんな合理的判断で庇い、怪我をしたなど愚かにもほどがあるから言わなかっただけだ。最も、その努力をコイツが無駄にしたがな」
「お? もしかして照れてるのか? 良いじゃないか、女守って負傷したんなら、ダガマ様もあんたのこと認めるのに、素直じゃねぇなぁ」
「知らんな。他者にとやかく言われたくて行動した訳ではない。同じことがあれば、同じことをする。それだけだ」
「……へぇ? ダガマさんは、情けないって言ってたけど、中々どうして男らしいじゃないか」
「寧ろ、この場にいる女達が逞し過ぎる」
違いない、とエレオノーラは愉快そうに笑った。
「まぁ、ともかくだ。そのままにするのはまずいだろ。というわけで治療させろぉ!」
「おい、別にお前がせずとも自分で……む」
エレオノーラは包帯と傷薬を取り出すとともに、エンリケの許可も取らずに治療を始めた。
図体に似合わない、繊細な手際。エンリケも思わず感心する。
「なるほど、医師を名乗るだけはある。見事な手際だ」
「わはは! そうだろうそうだろう! このくらいの傷は慣れているからな! 痛くしない方法もお手のものだ!」
鋭く、白い歯を見せながらエレオノーラは豪快に笑う。そんな風に治療されつつ、戦闘を見届けていると、
「お前らぁッッ、何をしている!!」
周囲に響き渡る、一喝する声。
先程まで争っていた両者だが、あまりの迫力に動きを止める。あまりにも圧がある声だったからだ。
「こんな所で闘いよって! アホか!! また火の山神が怒って、土石流が起きちまうだろうが!」
顔を真っ赤に、怒鳴り散らす闖入者。
誰もが戦いを辞め、声のした方向を見つめる。
「あれは、鉱人族?」
ぽつりと隣のアリアが呟く。
小さい体に、ずんぐりした身体。
そう、声の主は伝聞に良く聞く鉱人族の特徴にそっくりであった。
「おぉ! 初めましてだな! 鉱人族! 私はコロン・パイオニア! お前達に羅針盤を貰いに来たのだ!」
ダガマとの戦闘を止め、八重歯を見せながら、笑顔で話しかけるコロン。その顔は友好的であり、通常の人であれば毒気を抜かれるほどの屈託のない笑顔だ。だが、鉱人族の方はそうではない。
ジロリと体格の割に鋭い目つきでこちらを睨み、明らかに警戒している。
「いきなりやって貰いに来たとはなんだ! 盗賊か!」
「違うぞ! 私達は海から来たのだ!」
「ならば海賊か! どの道賊ではないか!」
「ちがっ、わたしはそんなつもりじゃっ、う、リリー! リリー!!!」
言い負かされたコロンが若干涙目で幼馴染の名を呼ぶ。
はいはいと、リリアンはコロンの前に割って入る。
「私達は《未知の領域》を踏破する為に来た《いるかさん号》という船の者です。貴方達が誇る技術によって造られた羅針盤を求めてきました。だから、貴方達と敵対するつもりはございません。話を聞いて頂きたく存じます」
(こいつ、本当にリリアン・ナビか?)
普段の気の強い性格が鳴りが潜め、貞淑な対応をするリリアン。その姿はエンリケから見ても様になっており、思わず誰だこいつ、と驚愕に満ちた目で見つめる。
「……!」
その際、睨まれた。
どうやら、淑女なのは外面だけで内面は変わらなかったらしい。視線だけで人を殺せるのなら、あんな瞳だろうとエンリケは思った。
とは言え、外面は完璧だ。しかし、鉱人族には通用しなかったらしい。
「随分と下手に出たな。態度も小さければ胸も小さいな。はんっ、ばかめ。相手の言うことをそのまま鵜呑みにする奴が何処にいる! 頭も悪ければ、胸の発育も悪いな!」
「よし、撃つわ。その無礼を、命を持って償いなさい!」
「リリー!? だめだぞ暴力はっ」
「だってコローネ! あいつが……!」
鉱人族の失礼な態度……どちらかと言うと、自らの貧乳を指摘されたリリアンが一瞬で頭に血を登らせる。コロンがリリアンを止めるという普段は逆の光景が繰り広げられる。
「お、お待ちを! 先ずは謝罪を! あなた方の事情も知らずに騒ぎを起こしてしまい申し訳ございません! そして、我々に貴方を害そうという意思はございません!」
「総員、ダガマ様に倣うように」
鉱人族に語りかけ、ダガマは己の武器を捨てる。
その姿を見て、イブンを筆頭に他の女達も皆手持ちの武器を捨てた。
その姿を見ても鉱人族の警戒は途切れていない。
しかし、少なくとも話を聞こうと言う態勢にはなった。
その様子を見たエンリケは、ほんの少し感心した様子を見せる。
「理知的だな。それに比べてうちの者達はなんと短気なものか」
「そこ! うるさいわよッ!」
エンリケの言葉にリリアンが火を吹きそうな勢いで噛みついてくる。
目敏いならぬ、耳敏い奴だと愚痴る。
「どんな理由であれ、こんな所で戦うんじゃないわ! 今、山は機嫌が悪い。貴様らの所為でまた山か怒ったらたまらんのだ! 全く、このくそ面倒な時にッ……!」
何やらコロン達以外の何かに対しても憤っている様子の鉱人族。
すると今まで黙って成り行きを見ていたアリアとエレオノーラが何やら接近してくる音に気付いた。
「そこのキミ! 危ない! 背後から何か来ている!」
「あんた、そこに居たら危ねぇぞ!」
アリアとエレオノーラが鉱人族に警告する。
それを聞いた鉱人族が背後に目を向ける。
≪コロロロロッッ!≫
「なに!?」
いつのまにかやって来ていたのか。
鉱人族の背後から落石が転がって来たと思ったら、その落石が姿を変える。まるで鱗帯獣のような魔獣が、岩のような身体を持ち、鋭い爪で鉱人族を切り裂こうとする。
「やらせるものかぁ! 《淘汰壊鬼割り》!」
≪コロォッ!!?≫
コロンが跳躍、錨を振り上げる。
魔獣はコロンに気付き、再び体を丸めはしたのだが鬼の力を持つコロンでは無駄な足掻きに過ぎなかったようで、そのまま岩のような体ごと粉砕され遥か彼方に吹き飛んだ。
間一髪鉱人族を救ったコロンだが、まだまだ鱗帯獣は転がって襲って来る。
「落石かと思ったが、魔獣だったか。外面は硬いが、それだけだな」
「いっぱい転がって来てるであります! あれ、全部魔獣でありますか!?」
≪うっきっきー!≫
すれ違い様に柔らかい腹をビアンカは曲刀で切り裂く。卓越した技量を持つビアンカだからこそ出来る芸当である。リコは沢山転がってくる様子にミラニューロテナガザルと共に驚きの声をあげていた。
「ダガマ様!」
「うわっ!?」
鉱人族の警戒を解く為に武器を手放したダガマにも| 鱗帯獣は襲い掛かる。
「世話がやけるわね! 狙撃!」
リリアンが叫ぶともに《凍てつかせる氷鳥銃》をダガマを狙う鱗帯獣に向け、発射。撃ち抜かし、凍らせる。
それでも尚もダガマ目掛けて転がって来た鱗帯獣を、コロンが錨に巻き付いた鎖を飛ばすことで弾き飛ばした。
「ダガマ! 武器を拾え! 一時休戦だ、今はこの魔獣達を突破しよう!」
「コロン殿ッ、わかりました! 皆、武器を取って僕の周りに集まるんだ! 僕が守る!」
「よぉーし、突撃ィッ!」
「コロン殿!?」
ダガマの言葉は無視し、コロンは勝手に魔獣達に突撃し蹴散らし始めた。
それを見たダガマは驚きの声をあげるも、今は時間が惜しいとコロンへと続く事にしたのだった。
エンリケはその様子を見て、やはり頭が足りないなと思いつつ、巻き込まれないようにアリアやエレオノーラと共に隠れることにした。
コロンが怪我することはないだろうという、口には出さない信用があるからこそである。
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