ダガマ・デ・バルトロメウ
「ほう」
《いるかさん号》の面々の反応から、何か浅からぬ因縁があるのだろうと予想していた所に、ダガマと名乗る若い男からコロンへのまさかの告白。
エンリケは珍しいものを見たと軽く目を開く。さて、我らが船長のコロンの反応はと視線を向ける。
「断る!!!」
即答での拒否であった。
その顔は嫌悪感はないが、絶対に断ると言う硬い意志が見て取れた。ダガマと名乗った男は、眉を顰める。
「何度も言ったであろう! 私には夢があるのだ! お前と私では夢が違う! だから、共に歩むことはないのだ!」
「しかし、この海は危険です! 貴方のような女性に苦難を強いるなどと僕は看過出来ません! 僕達と一緒になればグッと危険はなくなります!」
コロンに一蹴にされたダガマだが、食い下がる。その言葉にはどうにもコロンのことを案じているような意味合いがあるように見えた。
しかし、コロンはその心配を笑い飛ばす。
「ぬぁーはっハァッー! 甘いな! 私は強いのだ! この間も《サルヴァトーレファミリー》を潰したからな!」
「ちょっ、コローネ!?」
コロンは隠すことなく、一国の組織を潰したと公言する。
それは流石にとリリアンが咎めるも、言ってしまった言葉は取り返しがつかない。
「は? えっ、潰し……えっ?」
流石に話の内容が突拍子もなさ過ぎたのだろう。
ダガマは呆けた顔をする。無理もないだろう。エンリケは少しだけダガマが可哀想に見えた。
「ダガマ様」
「ほぶっ!?」
いまだに固まるダガマに業を煮やしたのか、イブンと呼ばれた女性が、手に持つ鞭をダガマの頭に振るった。
目に見えない速度で振るわれ、スパンッと、鋭い音が鳴る。頬を打たれたようだが、一切の傷跡は残らず、ダガマを正気に戻した。
「あ、あぁ、すまないイブン。どうやら固まってしまっていたようだ。考え過ぎたら固まるのは僕の悪い癖だね」
「そうですよ、時にはコロン様のように何も考えずに本能だけで対応するのも……おっと、失礼。柔軟に対応するのもよろしいかと」
「今、バカにしたろう!?」
「本能で動くことの何がわるいんでありますか?」
イブンの物言いにコロンが心底心外そうに叫ぶ。
しかし、《いるかさん号》の面々は、一理あるのか誰も否定しない。唯一、リコだけが言葉の意味がわからず、頭上に?マークを浮かべているくらいだ。
ダガマは咳払いして話を元に戻す。
「貴方のことです。何か理由があってそのような行動をしたのでしょう。しかし、だからこそもう貴方をそのような危険な目に遭わせるなどということを容認できない。それが僕が男として生まれた意味を……男? 男がいる!?」
「おや、確かに言われてみましたら。いらっしゃいますね」
ずっとコロンだけを見ていたダガマがエンリケに気付いた。驚愕に目を見開いた。
ダガマの背後にいた女性達も驚きの声をあげる。
「本当だ! 男の人がいる!」
「でも目つき悪いわ」
「髭も生えてるし」
「何より、怖い」
「しばくぞ。初対面の相手に言われる筋合いはない」
口々に失礼なことを言ってくるダガマの女性達を睨む。それだけで女性達は怯えてしまう。
ダガマはそんな彼女達を守るように、前に立ちはだかり、エンリケを睨みつける。
一方でコロンは態々エンリケの側に寄ってきて、エンリケの肩に腕を回す。
「ぬぁーはっハァッー! 聞いて驚け、この目つきの悪い男は私の新たな仲間で凄腕の医者なのだ! 名はキケだ!」
「その略し方はやめろ。殆ど名の原型を留めていないだろう」
「照れるな! 私とお前の仲だろう!」
「あいにくとそこまで深く知り合った仲ではない」
馴れ馴れしく触れながら、何が嬉しいのか笑うコロン。身長差があるにも関わらず、コロンの鬼としての力のせいで屈まざるを得ず、肩に回された腕を抗えない。
「くっ、貴方が決めたことならば僕がとやかく言う権利はない。しかし、このままどちらの話も平行線です。これでは話が先に進みませんね」
「いや、お前が勝手に言ってきてるだけで私は別に最初からお前の提案を受ける気は微塵もないのだが」
「だからこそコロン殿! 貴方に決闘を申し込みます!」
ダガマは己のつけていた白い手袋を地面に叩きつけた。
そして、叩きつけた手袋を態々回収して砂埃を落とす。
「わぁ、決闘の作法だね」
「態々また回収するとは妙な所で律儀だな。……だが、今のは」
そんな感想をこぼすアリアとエンリケ。
エンリケは先程のダガマの行動に疑問符を浮かべる。
単なる海賊であれば態々あんな作法など必要ない。妙に整えられた衣服といい、装飾のある武器といい、そして、何やら気品の感じられた名といい、ダガマの出自をある程度予想する。
「また決闘か? だが、うむ! どうせ何を言っても意味がないだろう。良いだろう、受けてたってやろう!」
「感謝いたします!」
一方でコロンはダガマの提案を受けた。単にめんどくさくなっただけかもしれないが。それでもコロンに慇懃に礼をするダガマ。
よくわからないのないが、コロンが決めたのなら良いかとエンリケは放り投げることにした。
「後は任せるぞ」
「うむ! 任せておけ!」
エンリケの言葉に、笑顔で答え前に出るコロン。
対してダガマは義憤に駆られた表情を浮かべる。
「君! 男ならば何故前線に出てこない!」
「何だと?」
「男に生まれたのならば! 女性を守ってこそだろう! 女性の影に隠れるとは恥を知りたまえ!!」
会ったばかりの奴に好き放題言われて、元々シワのあるエンリケの眉間が更に顰められる。とは言え、先程の女性達と違い、ダガマの言いたい事はわかる。
「騎士道精神という奴か。貴様はどうやら誉れある精神の持ち主であるようだな。だが、残念だが俺は戦闘員ではない。戦いは、戦える者に任せる」
「何という……! それでも男ですか! か弱き者を守る。それこそが男として生まれたことの意味だというのに!」
「なるほど、お前は崇高な理念を持っているようだな」
若者特有の視野の狭さもな、と思ったが、それを口にはしない。
エンリケとしては人に考えを押し付けるのはマイナス点だが、それ以外は嫌いではない。人の話を聞かないのも些か減点であるが。
「こらァッ! 私の船員を馬鹿にすることは許さないぞ!」
そこへ頬を膨らませたコロンが割って入る。どうやら大層ご立腹らしい。
「キケは船医なのだ! 戦いは私の役目だ! お前にとやかく言われる筋合いはないぞ!」
「うっ、それは……その通りです。ならば、コロン殿! 今度こそ、僕は貴方に打ち勝って見せます! そしてあなたを守ってみせる!」
「うぬぬ、私は手加減が苦手なのだが……。しかぁし! 私の仲間をおばかさんと言ってくれたのだ、ならば相応の痛みは受けてもらう!」
ダガマに対し、コロンは渋い顔だ。
ダガマは意気揚々と剣を流麗な動きで抜き、顔の前で構える。
「問題ございません! 全力で来てください! 貴方の思いを! 僕は受け止めたいッ! さぁッ!」
「ぬわっ!? こっちにくるな!」
「うごはぁ!?」
「あっ」
急に迫り来るダガマに対し、コロンは手加減せず錨の一発でのした。
思わずコロンもまの抜けた声を出す。他人事ながら、あれは気絶してもおかしくない一撃だ。
「ぐっ、ま、まだです。僕はまだ、負けられないッ……!」
しかしダガマは踏みとどまった。
思ったよりもタフなようであった。
「此度の戦いで今度こそ僕は、貴方に提案を呑んでもらいますよコロン殿! 貴方はそんな破廉恥な格好よりも、ドレスを着た方が美しい!」
「だれが破廉恥だ!? えぇい、多少痛くとも泣くんじゃないぞ!?」
しかし、ダガマの言う通りコロンの格好は大柄な外套を羽織ってはいるものの、中身はタンクトップに短パンとかなり露出の多い格好なので間違いではない。
再び戦闘を始める両者。
だがやはり、ダガマが一方的にやられているのを見て、様子を伺っていたビアンカは鼻で笑った。
「ふんッ、彼我の戦力差を理解せんとは。仮にも率いる者としての器が知れているな」
「ダガマ様は物事に集中なさると周りが見えなくなるばか……、いえ、猪……いえ、一直線なお方ゆえ。だからこそ、周囲を良く見る人が必要です」
「確かにな。お前がいなければもっと早く死んでいただろう、なッ!」
ビアンカは今、イブンと呼ばれていたメイド服の女性と対峙していた。
ビアンカは曲刀を、イブンが鞭を構える。
「"突破風斬り"」
「"廻天乱技"」
曲刀が振るわれ、湾曲であることから複雑な不可視の風の鎌鼬が襲いかかる。目に見えぬ斬撃を、イブンは手に持つ鞭を振るい迎撃する。
数多くの鞭が束ねられているにも関わらなず、一本一本意思を持つように振るうことでビアンカの不可視の鎌鼬を防いだ。
それを見たビアンカが猛禽類を彷彿とさせる瞳を、愉快げに細める。
「腕を上げたか、イブン」
「えぇ、貴方を捉えるのにあれだけの鞭では足りなかったので」
ビアンカの言葉に顔色ひとつ変わらずに答える。
かつて《不退転な猛牛》でビアンカと対峙したウィップ。
同じ鞭使いであろうとも、彼はビアンカによって瞬く間に敗北を期したがそれは目の前のメイド服の女性、イブンと戦ったことがあるからだった。
「なるほど、離れれば離れるほど厄介だな。ならばッ、懐に飛び込むのみ!」
「接近したからと油断するのは、軽率ですよ」
ビアンカは低空飛行でイブンに迫る。
イブンは焦らず、くいっと、片手を動かすと地面になだれ落ちていた鞭が生き物の如き動き出し、背後からビアンカを襲おうとする。ビアンカはすぐさまイブンとの鍔迫り合いを放棄し、空へと退避する。
しかしイブンはもう片方の腕を振るうと、鞭が殺到する。ビアンカは回転し、曲刀でそれらの鞭の嵐を捌く。
「ほう、やるな。前ならばあのまま決着を着いたのだがな」
「弱点を弱点のままにするのは愚か者のする事なので」
淡々と告げるイブン。
ビアンカは猛禽類特有の瞳を開かせ、好戦的に笑みを浮かべた。
「貴方はもう、私の側には近寄れない。私の結界を突破出来るとは思わない事です。それと、事実とはいえダガマ様を笑ったこと後悔させてあげます」
「言ったな、見せてやろう。鳥の真髄を」
ビアンカは獰猛な顔をし、突っ込む。イブンもまた、それを迎え撃った。
コロンとビアンカ。
それぞれが戦いを始めたことに、リリアンは頭が痛くなったような表情を浮かべる。
「あーもう! 結局こうなるのよ! 無駄な争いばっかりして……! こうなったら、なるようになるわ! いくわよリコ!」
「よぉーし、合戦でありますみんなー! 勝って褒められるでありますよォッー!」
≪≪≪うっきっきっー!!≫≫≫
「私たちもまた負けないわ!」
「ダガマ様や、イブン姉様に続けー!」
リリアンがやけくそに叫び、わくわくした様子でリコはファミリーを率い、残ったダガマの女性達と戦いを始める。
あっという間に辺りが騒がしくなる。しかし、エンリケは両者の雰囲気が殺伐としたものでないことに気付いた。
(海賊同士の戦いは命の奪い合い。勝てば全てを手に入れ、負ければ全てを奪われる。それが世の常、理だ)
しかし、両者の間に殺意といったものは感じられない。それどころか互いに笑みを浮かべている。
どう見ても戦争といった類ではない。
ダガマを圧倒するコロン。
次元の離れた戦いをするビアンカとイブン。
リリアンとリコらと戦う多数の女達。
あっちを見ても、こっちを見ても戦っているのは女ばかり。
しかも、皆が皆武器を振るい男顔負けの気迫で競い合っている。
「女は、強いのだな」
男女差別でも何でもなく、エンリケはそんな感想を抱いた。
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