異音
不本意ではあるが、アリアを背負って山頂目指して歩くことになったエンリケ。
アリアは何が楽しいのか、軽く鼻歌を歌いながら素直に背負われている。
「お? なんだアリア! 楽しそうな事してるじゃないか!」
「何を言っている。これの何処に楽しそうに見える」
「ボクは楽しいよ?」
「喧しい」
そんな時、目敏いコロンが先頭から駆け降りてきて、エンリケの前まで来る。
彼女はキラキラとした目で、背負われているアリアを見上げる。
「いいな、いいな。なぁ、キケ! 今度私もおぶってくれ!」
「阿呆が。お前の持つ錨ごと持てるわけないだろうが。さっさときりきりと歩け」
「ぬぅ! 私は船長だぞ! 贔屓はよくないぞ!」
「船長だと言うのであれば、少しは自制心を身につけろ」
「ぬぎぎ……」
コロンは歯を食いしばりながら、粘る。
エンリケとしても、誰も持てない錨を持つコロンを背負うなど腰が抜けるどころの騒ぎではない。間違いなく圧死する。
そもそも、アリアと違い負い目もないのだから背負う理由もないと言うのがエンリケの見解だ。
しかし、コロンは納得しない。こうなったコロンはしつこい。如何に誤魔化すかと考えていると、
「せんちょー! みんなー! 見て見てー、であります!」
リコが呼ぶ。視線を向けるとゴロゴロと並ぶ岩の中でも一際大きな四角い岩の上にリコと数匹のミラニューロテナガザルがいた。
「おぉ、おっきいなぁ!」
「へっへーん、此処をリコの基地とする! であります!」
「むぐぐ、私はもっと大きい岩を見つけてやるからな!」
リコに触発されたのか、駆け足で登り始める。
どうやら気が逸れたようだ。エンリケはため息を吐いた。その様子を背負われながら見ていたアリアはくすくすと笑う。
「懐かれてるねぇ、客人」
「知るか。向こうが勝手にまとわりつくのだ」
「ふっふっふ、女の子に懐かれてるんだ。英雄色を好むとも言うだろう? 少しは嬉しそうな顔をしたらどうだい?」
「……お前俺よりも親父くさいな」
「本当、きみは失礼だな!?」
流石に頭に来たのか、グリグリとアリアはキツく抱きしめつつ、エンリケの頭を腕で締めにかかる。
その際に、意外と。
そう普段から厚着をしている為わからなかったが、意外と大きいアリアの胸がエンリケの背中に当たるも、この男まるで気にしていない。どちらかと言うと、アリアの楽器が先ほどから、ゴスゴスと歩くたびに当たるのでそちらの方に気が取られている。
なので、アリアも気付かずその度にぎゅむぎゅむと胸が当たる。
「あんた達、緊張感っていうものがないの?」
「ほっておけ。どうせ、言っても意味がない」
その様子を冷ややかな視線でリリアンとビアンカが見つめていた。
何故自分まであんな目で見られなければならんと、エンリケは若干アリアを背負ったことを後悔する。
「……ん?」
そんな時、アリアが何かに気付いたように、身じろぎをする。
「おい、変に動くな。バランスを崩して転けたら俺もお前も怪我をする」
「あぁ、ごめんよ客人。ねぇ、何か聞こえないかい?」
「なに?」
「わからないかい? ……おーい、みんなー! 何か聞こえないかー!?」
アリアが先行く《いるかさん号》の面々に呼びかける。
「何の話よ、アリア」
「何も聞こえないでありますが」
「鳥の声のことか? ならば、先程から聞こえているだろう」
「いや、違うよ白翼。聴こえるんだよ、何かこう、滑るような音が」
「んー?」
アリアの言葉に皆足を止め、耳を澄ませるもアリアの言うような音は全く聴こえない。
(……音?)
エンリケもアリアの言葉に疑問を浮かべ耳を澄ます。しかし何も聞こえない。
その時、コツンと足に小石が当たった。視線を向けるとパラパラと足元をごく僅かな砂が足元を転がっていた。
周りを見る。無意識に歩き易い所を歩いていたが、この道だけまるで窪みのように緩やかなカーブを描いていた。
その事に気づいたエンリケの表情が変わる。
「音の発信源は何処からだ!?」
「わ、何だい客人。いきなり身体をを揺するなんてびっくりし」
「御託は言い! さっさと答えろ!」
「ごたっ!? ……上の方からだよ。でも、それがどうしたのさ」
あまりの剣幕に、アリアもいつもの長ったらしい語りをせずに伝える。己の語りを御託と言われ、ほんの少しムスッとしているが。
そんなアリアの様子など気にも留めず、音の出所を聞いたエンリケの顔色が変わる。
「退避だ! 今すぐこの場から退避しろ! 高い所へ登れ!」
「ちょっ、いきなり何なのよッ!?」
突然叫んだエンリケにリリアンがびっくりする。
「足元を見ろ! 微かに砂が流れている」
「お? 確かにそうだな。ぬぁーはっハァッ! 不可思議なこともあるものだ!」
「愚か者。これはそんな生優しいものではない。これは前兆だ。直ぐに現象が起きる。とびっきり不味いのがな」
「……まさか!?」
その言葉の意味に真っ先に気づいたのはリリアンであった。
流れる砂。
近付いてくる音。
その正体は一つしかない。
「土石流が来る」
その言葉を待っていたかのように徐々に流れる砂の量が加速度的に増えていく。
「ビアンカ!」
「承知!」
一刻の猶予もない。
そのことを悟ったコロンは直ぐにビアンカの名を叫び、意を汲んだビアンカも直ぐ様空へと飛び上がり、周辺の地形を把握する。
「右側であれば、比較的傾斜が緩く登りやすい!」
「わかったわ、私が道を作るわ!」
カチャッと背負っていた《凍てつかせる氷鳥銃》を構えるリリアン。この銃は鉛弾の代わりに凍らせる弾を撃つことができる。
銃口が太陽光に反射し、きらりと煌めく。
リリアンは冷静に、地形を見定める。
「射撃!」
ダン、ダン、ダンと。
発砲音が鳴り、先程まで険しい道のりはあっという間にリリアンの《凍てつかせる氷鳥銃》
によって舗装される。
「さっさとアンタ達はこれで上に上がりなさい!」
「器用な事だ」
「でも助かるよ」
エンリケ達は、リリアンによって作られた氷の階段を登る。
「よぉーし、みんなー! 梯子をつくるでありますよぉー!」
≪≪≪うっきっきー!≫≫≫
一方、リコ達ミラニューロテナガザルは器用なことでそれぞれが縦に重なり合い梯子のような物を作り、高い所へと登っていく。
「よくもまぁ、咄嗟に思いつくことだ。普段の様子からは想像もつかん」
相変わらず、連携においては光るものがあるファミリーであった。
そしてやがて皆が、谷の地形から脱出した次の瞬間。
本格的に砂と石の量が多くなり、僅か一瞬で先程までいた箇所が砂と岩の流れに飲み込まれた。
「お、おぉぉ……すごい光景だなこれは」
「あれに巻き込まれたらと思うとゾッとするわ」
流石のコロンも目の前の光景に冷や汗をかく。しかし、助かったと安堵の息を吐く。しかし、そんな安堵も束の間であった。
「あー!」
「なんだ、リコ!」
「リコの基地が! 押し流されそうであります!!」
リコの指指す先。
先程乗っかっていた大きな岩が徐々に動き、流れに巻き込まれそうになっていた。
「むむ! あれはまずいな! もしかしたら下にいるクラリッサ達の所まで落下するかもしれない。それはダメだ!」
「銃を、いや駄目。こっちの位置からじゃ動きを止めさせられない!」
コロンが焦り、リリアンが悔しげに告げる。
彼女達がいるのは土石流の上側、ここで凍らせても直ぐに流れる大小の石に氷は破壊されてしまう。
「皆! 伏せていろ! ビアンカ! 私を放り投げろ!」
「良いだろう! ぐぅぅっっ!」
コロンの指示は単純明快、ビアンカに飛ばしてもらうことだった。
確かにビアンカは人一人ならば抱えて飛べる。だがコロン本人は兎も角、持っている錨が重たい。
コロンを抱え、空へ羽ばたこうとするビアンカは、あまりの重さに力む声をあげる。血管が浮き出て、額から脂汗を流す。
「自分を、舐めるなァッッ!」
裂帛の雄叫びとともにビアンカは飛んだ。
とは言え、流石にいつものように高度は稼げない。それでも、ある程度の障害物は無視できる程度の高さは飛べた。ビアンカはそのままコロンを放り投げた。
「行ってこいッ!!!」
「うむ! ありがとうビアンカ! さて! それ以上、転がって来るな! 向こうに帰れ、大岩よ! そぅら、ホームラァァンッッ!!!」
投げられたコロンは気にすることなく錨を構え、掛け声と共に振りかぶった。
錨が大岩にめり込み、そのまま遥か彼方に吹き飛ばされた。しかし、脆かった部分が砕け、噴火の如く周囲に石飛礫が飛び交う。
「ちょっ!? こっち来たんですけど!?」
「ちっ」
一部の石飛礫がエンリケやリリアン達の元にも飛んで来た。リリアンが己の銃で迎撃する。
しかし、小さな破片が撃ち漏れる。
それを見たエンリケはアリアの前に立った。
《灼熱帝》と呼ばれる大陸に存在する"五武"という体術の一つ、硬金拳。その効果は体を鋼の如く硬くするというもの。これにより通常よりも遥かな硬さを手にすることができる。
拳すら使えないアリアでは小さな石が当たるだけで致命傷になりかねない。その点、かつて《不退転の猛牛》のブラジリアーノの攻撃を受けて尚、骨を折ることすらなく耐えたエンリケであれば、問題はない。
「あ、ありがとう」
「ッ……、何も問題はない」
アリアからの礼に、エンリケはぶっきらぼうに言い、すぐさま己の手をポケットに突っ込む。
一方、流石のリリアンもコロンに苦言をする。
「コローネ! もうちょっと考えて飛ばしてよね!」
「すまん、リリー! でも、咄嗟だったのだ! ふぅ、だがこれでオリビア達の所にあの石が落下する心配はなくなったな! ぬぁーはっハァッー!」
錨を掲げ、いつもの豪快な笑い方をするコロン。
確かにあの大岩があのまま転がればどうなったかわからない。そのことに関してはエンリケも同意である。だから、文句はない。何かを隠すようにエンリケはポケットに手を突っ込み続けていた。
「先程轟音が聞こえましたがご無事ですか!?」
そんな時、若い男の声が聞こえた。
コロン達よりも、坂の上から現れたのは整えられた金の髪をもつ若い男。精悍な顔つきに、細身で身なりの整った格好をし、腰には装飾の凝った剣が携えていた。
彼の背後には沢山の女性も居た。
そんな若い男は、コロンを見るなり目を見開いた。
「コロン殿!?」
「うげっ!?」
お互いに驚いた表情を浮かべる。
だが、コロンはどちらかと言うと嫌そうな顔だ。
「まさかこんな所で出会うとは……まさに僥倖! 運命! この広い海の旅路の中で再びあい見えることができるとは!」
「いや、まぁ、あの方々の目的を考えるとかなりの高確率で此処に来るのは想像出来ましたよ。《サンターニュ》もあの有り様でしたから、羅針盤を手に入れるには此処に来るしかございません」
何やら感動した様子で打ち震えている若い男に、側にいた艶のある銀の髪をポニーテールとした女性が冷徹に呟く。
背後にいた女性たちもうんうんと頷いていた。
「……知り合いか?」
「知り合いと言うか、腐れ縁と言うか……」
その両者の反応に何やら理由がありそうだと尋ねたエンリケに、何とも難しそうにリリアンが眉を寄せる。
「まさか、こんな所でまた会うとはな。意外と海は狭いのか?」
「何処でも出てくるであります!」
≪≪≪うききー……≫≫≫
「悪い人ではないんだけどねぇ……何というか、うん」
他の面々のその微妙な反応は何なんだと、エンリケは思った。
だが、その理由は直ぐにわかった。若い男は、身なりを手で整えるなり、コロンに向かって真摯な顔で、
「このダガマ・デ・バルトロメウ! 貴女と再び出会えたこと! 運命だとしか思えません! 故に! コロン殿! どうかこれからの旅を! 僕の隣で一緒に歩んでもらいたい!」
一切臆することなく、そう言ってのけた。
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