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決着

約2年ぶりに更新致しました。

お待たせいたしました。

 ビアンカとノワールは獣人の国で生まれた。


 そこはとある諸島の小さな集落だった。獣人といえども周りには強力な魔獣が存在し、身を寄せ合って協力していかなければ生きていけない、そんな環境だった。


 そんなある日だ。

 別の場所から武器を取った獣人達が襲いかかってきた。


 父は殺された。母も殺された。負けたから全てを奪われた。

 弱いからいけないのだ。


 ビアンカの国は数多くの獣人が存在していた。ゆえに争いは絶えなかった。その抗争に、巻き込まれた。


 何も奪われない為には強くならなくてはならない。強くなければ奪われる。僅か7歳にてビアンカはそう理解した。


 その後、殺されそうになったノワールの代わりにビアンカは自らが戦うことを申し出、


 だからこそ、手に持った刀を振るい、立ちはだかる者を殺し続けた。


 穢らわしい者(ノワール)の姉妹だとして、汚されはしなかったが、それでも屈辱的な扱いを受けた。


 しかし年数が経つにすれその実力は認められていくようになった。ノワールもまた、その隠密能力から当初の穢れた者としての扱いは鳴りは潜めていった。


 やがて、その力が認められ真の意味で仲間と認めてやろうと傲慢にも獣人は言った。


 そして幼き頃に嵌められたビアンカの鎖が外されると同時に。


 全て殺した。


 ビアンカは反旗を翻し、獣人の直ぐそばにあった曲刀(ショーテル)で首を切った。

 激昂する他の獣人も同様に、全て。それは純白の身が、赤い血に染まるほどに凄惨な光景だった。

 



 そこにあったのは生への執着。

 死にたくないという純粋過ぎる願いだった。




 それ以来ビアンカは強さに執着した。それこそが己の存在証明であるからだ。


 コロンに従うのは彼女が賞金稼ぎとしていた頃、勘違いで襲いかかるも、自身を打ち負かせだからだ。


 ……自ら飛ぶのではなく、力で空へ飛ばされたのは初めての経験だった。


 あれ以来、ビアンカはより負けぬように努力を重ねた。


 彼女が生き様(・・・)に拘るのは、彼女にとって生き様(・・・)こそ己の人生の積み重ねの集大成だからだ。


 彼女は己が歩んだ道を間違いとは思っていない。家族を殺した獣人達への自由になる為に殺したが、それ以上恨みもない。あの時があるからこそ、今のビアンカがある。


 だから生き様(・・・)とは誇りを持っているべきなのだ。


 なのにエンリケは今までの人生をまるで無価値だったというように捨て身でいる。それが我慢ならなかった。


 エンリケを初め見た時ビアンカは気付いた。




 こいつは()()だ。

 生きようとする()()がない。

 人が生きるための()()が欠如している。




 反りが合わないとかではない。

 単純にお互いにとって真逆の存在なのだ。


 だから、だからこそ、こんな死人みたいな奴に負けられない。


 何故こんな簡単に命を投げ捨てる奴といなければならない。

 何故こんな生きる気もない奴と同じ船に乗らねばならない。


 そんな思いが募り、今ビアンカはエンリケと対決している。そして押されていた。その事実は、ビアンカの心を乱す。


 何故こんな生きる気がない奴に自分は押されている?

 こいつに負けたら私は何になる。生を望む者が死を望む者に負けるなど道理が通らないではないか。


 片や純粋なまでに生を渇望し、片や取り憑かれたように死を望む。

 ビアンカとエンリケはある意味対極的な二人だった。


「<切崩きりくずし>」


 肘を下から突き上げ、ビアンカの曲刀(ショーテル)が弾かれる。冷静でない精細を欠いた動きなどエンリケであっても見切ることが出来る。


 拳がビアンカの腹に入ろうとした。


「自分は負けてなるものかぁ!」


 意地とプライド。憤怒と焦燥。

 自らが言った事も忘れ、ビアンカはその羽根を広げ、飛行した。


「……飛ぶのは聞いてないぞ」


 ふて腐れたようにぼやく。実際それをされたら、エンリケは手の出しようがない。


 優雅に、力強く羽ばたき、太陽を背にしたビアンカは周囲の風を自らに集め始める。


「<竜巻旋風刃>」


 周囲の風を纏い、両手に剣を持ち回転して行うビアンカの奥義。


 それはさながら一本の穿つ槍。全てを穿つ低空の竜巻が船の横から接近する。


 ビアンカが持つ最大最強の一撃である。その一撃はいるかさん号に匹敵する船すら粉砕することが可能だが放った後は多少動きが鈍る正に奥義であった。


 最も曲刀(ショーテル)の一本はエンリケにより折れてしまったので威力は下がるがそれでも普通であれば死を免れない一撃だ。


 当然静止の声が上がるが頭に血がのぼったビアンカは止められない。


「エ、エンリケさんっ!」

「近寄るなッ! 奴の狙いは俺だ。ならば俺に近づけば巻き添えを食らうぞッ!!」


 エンリケは迫り来る縦の竜巻を真正面から見据えつつ、過度な運動で最早動けないことに気付く。


 エンリケもまた、既に限界だった。激しく体力を消耗していた。


「やれやれ、歳か。受け切れんな……だがやるだけやるとしよう【超硬化】」


 防御だけを硬め、真っ正面から受け止め当然の如く吹き飛ばされ船から海に落ちた。







「生きてる? おじさん」

「……残念ながらな」

「二度も海に落ちるなんてよっぽど海が好きなのね」

「皮肉か?」

「あははっ、それだけ喋れるなら大丈夫そうだね」


 再びクラリッサに甲板に引き揚げられたエンリケは動く事なく甲板に仰向けになっていた。


 最大に防御を硬めて尚、ビアンカの攻撃を完全に防ぎきる事が出来なかった。意図も簡単に船外に放り出された。


 仰向けの身体が軋み痛みを訴える。骨も痛めたかも知れない。歳を取ると痛みすら中々取れんのにな、と愚痴る。


 立ち上がる気力さえないエンリケのあちこちを猿たちが触れて悪戯する。グニグニと頰を、髪を、髭を引っ張る。エンリケは何処をどの猿が引っ張ってるのか把握して後でお仕置きすると心に決めた。


「こらぁー! 怪我人にそんなことしたらダメであります! 」

「リコっち、そうよ止めてあげ」

「自分も混ぜるであります!」

「リコぉ!?」


 その様子に惹かれたリコが近寄ってくる。

 どかっとエンリケの腹に乗っかり、思わず呻くとリコのまん丸の顔が視界いっぱいに広がる。


「ししょーは強かったのでありますな! リコは鼻高々であります!」

「いいや、俺は弱いさ。あいつが冷静に武術を使っていれば負けていた。それにあくまで模擬だからこそだ」


 文字通り命の奪い合いとなると当然の如くビアンカに分配が上がる。口の中、目、脇下、関節などいくら硬化しても意味のない箇所はいくつかある。仮にもう一戦してももうあのような善戦は不可能だろう。


 死に物狂いで薬品を使いまくれば、後遺症くらいは傷跡を残せるだろうが。


 そんな事を考えている自分に気付き、苦笑する。

 仲間に傷を残す馬鹿が何処にいる。俺は医者なのだ。


「というかいつまで乗ってる。降りろ、この阿呆」

「阿呆じゃないであります! リコはお利口なのであります!」


 エンリケの言葉にリコが怒る。

 やがてミラニューロテナガザルを押しのけてコロンがやってきた。


「キケ。大丈夫か?」

「逆に聞こう。大丈夫に見えるか?」

「うむ! いつも通りのように見えるな。眉間に皺の寄った気難しそうな顔だ!」

「それは褒めているのか?」

「ぬぁーはっハッー! 照れるな照れるな。私はキケの顔は好きだぞ! 味があるからな」

「喧しい」


 頭を叩いてやろうとするが手が動かない。重苦しい溜息を吐く。何故かコロンはニコニコしていた。


「ビアンカ、こっちに来るんだ」

「……あぁ」


 頭が冷えたのか、しおらしい態度でビアンカが現れる。その様子は先程までの同一人物とは思えないほどだ。


 ふと、ノワールに初めてあった時の事を思い出した。あの時の壁に追い詰められた彼女に似ていたのだ。道理で既視感があるわけである。


「さて結論を言うぞ。決闘としてはビアンカの勝ちなんだが、ビアンカは飛んでしまった。これは約束とは違う。正直に言おう。ビアンカ、誓った約束を破るのは恥ずべき行為だ」

「あぁ」

「だがしかしとて、あのまま戦ってもビアンカに勝つ事は出来なかったのはキケ、直接戦ったお前ならわかるだろう?」

「無論」

「ぬぁらば! 此度の決闘は引き分けだ! しかし、しかぁーし! ビアンカは少々やり過ぎだ! 見ろリリーを! 落ち込んで現実逃避しているぞ!」

「直したのに……お金かかったのに……もうこんなに壊れるなんて……私、頑張ったのに……」


 膝を抱えてぶつぶつと呟くリリアン。あまりにもいたたまれないのか周囲のミラニューロテナガザル達がよよよと憐れみの涙を流している。


「キケだから無事だったものを、下手をしたら死んでいたかもしれない!! よって、ビアンカ! お前には罰として船の修繕を命令する!」

「わかった」


 粛々と受け入れる。

 コロンに服従しているビアンカとしては異論もない。


 とはいえそれはコロンの決定に対してだ。

 ビアンカはくるりと振り返り、エンリケに話しかける。


「私はお前が嫌いだ。相変わらず何を考えているのかわからないし、その瞳も気に入らない」

「ビアンカ!」


 コロンが咎める声を出す。


「だが、一度決闘をした以上これ以上私怨は持ち込まない。それがケジメだ。……少なくともこの船の仲間であるとは認めてはやる」

「ふん、偉そうだな。俺はお前より歳上だぞ」

「だが強いのは自分だ」


 ビアンカはイヤイヤだが、それでも握手をしようと手を伸ばす。対してエンリケはただその手を見るだけだ。


「いや痛みで動けないのだが」

「む、それでも男か。私が悪いがあれくらいでそんなへばるとは情けないぞ。もっと鍛えろ。素体は悪くないのだから」

「お前ほど人間の全盛期は長くはない。いや、失礼。先程俺のが歳上だと言ったが、獣人は一定の年齢から年を取るのが遅くなるはずだったな。もしかすれば、俺より歳上か? ならば敬語にしよう」

「私はまだ20だ! そんなに老けてはいない!」


 馬鹿にしてるのかっ、と全身の羽根を逆立てる。

 力では勝てないのだ。なら。口でくらい馬鹿にしても良いだろうとエンリケは憎まれ口を叩いたのだ。


 やがて話がついたと判断したのだろう、オリビアがエンリケを支え起こす。


「エンリケさん、大丈夫ですかぁ? 今治療しますねぇ」

「あぁ。ぐっ、もう少し優しく起こす事は出来んのか」

「ビアンカさんを挑発するからですよぉ。もう、怒らせたらダメですよぉ?」

「あれはそうしなければ勝負にすらならなかったからだ」

「そうだとしてもぉ。……心配、したんです」


 後半の声は震えていた。

 仲間同士の争いなどオリビアは望んでいない。特に二人は自分を助ける為に敵の本拠地に乗り込んでくれたのだから。


 その様子にエンリケは沈黙し、ビアンカも「すまない」と謝罪した。


 そんな時、ミラニューロテナガザルの人混みならぬ猿混みをかき分けてティノが現れた。


「えっとね……これ、返す」


 ティノがおずおずと眼鏡をエンリケに渡す。

 震える手で受け取ろうとするがうまくいかない。それを見かねたのか、ティノはかけてくれた。


 礼を言っていると、コロンが声を上げた。


「それはそうとビアンカ! お前には船長として命令すべき事がある! 決闘などという手段に出たことだ」

「そうよ! 折角船を直したのにこわ」

「お互いに思う所があるのはわかった。だからこそ、私は決闘を認めはした。だが、それは最後の手段であるべきだ。お前は私に対して何の相談もしなかった! 言ってくれたら、二人の仲を取り持つくらいしたのにだ!」

「えっ、あの、コロ」

「だかビアンカ。お前はキケにするべきことがある!」


 リリアンの声が虚しく掻き消え、コロンはビアンカの前に立つ。何を言うつもりなのか、エンリケは様子を見守る。


「ごめんなさい、だ」

「はっ?」

「過程はどうであれ、お前はキケに迷惑をかけた。それは謝らなければならない。それは、人としての礼儀だ」

「む、むぅぅ……」


 見るからに苦悩しているビアンカ。まぁ、その気持ちはわかるがなとエンリケは内心思う。


「すまなかった」


 キッチリと頭を下げて謝罪した。


「うむ! これにて一件落着! 此度の件はこれにて終了!! ぬぁーはっハァ……」

「コローネ!?」


 どてーんと仰向けに倒れたコロン。

 慌てるリリアンとゆっくりとアリアとクラリッサが覗き込む。


「寝てるね、これは。すごいよ、爆睡だ」

「思えばずっと戦い通しだったものね。お疲れ様、コロっち」


 満足げに眠るコロンの顔があった。

 それを見た船員達は何処からともなく全員が笑い始めた。




「ふふふ、さてさて、風は吹き始めた。その風に乗り、船は進む。風が吹く先は、誰も知らない。この世の果ては何処にある。蒼穹の空の果てには何がある。それを知る為に彼女と彼の航海は漕ぎ始めた。……また一つ、詩が進んだね」


 アリアの鳴らすイリアンパイプスは爽やかな音色を奏でた。

よろしければポイント評価、ブックマークの程よろしくお願い申し上げます。

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