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決闘、それは利己的な


「け、決闘?  どうしてですかビアンカさん!」

「そのままの意味だ。自分はコイツに決闘を申し込んだ。それだけだ」

「そんな、どうしてですか!?」


 顔色を悪くするオリビア。

 ビアンカは少しオリビアに申し訳なさそうにしながらも、理由を告げる。


「コイツは信用ならない。自分達がオリビアを救出出来たのは、自分達がコイツを追った際に《ボンターテ》と名乗る者達に出会ったからだ。そうだな、アリア?」

「……。そうだね、隠す事でもないか。ボク達は確かに客人(まろうも)さんを追った。その時彼らと出会った」


 アリアは肩をすくめながらも肯定した。


「奴等はオリビアを攫った《サルヴァトーレ》と覇を争うマフィアの連中だ。そいつらとコイツは秘密裏に関係を持っていた。何を取り引きしたのか分からんが、心当たりが一つある。《いるかさん号》を修理したあの大工達。奴等もまた、貴様が裏で何かして派遣されたと自分は睨んでいる」

「はっ!?  そうなの!?」


 リリアンがハッとした表情で此方を見るもエンリケは沈黙を貫く。

 そこにイマイチ意味のわかっていないリコが質問する。


「えっと、ならししょーはリコ達にとって良い事をしてくれたのなら、別に何も問題ないんじゃないでありますか?」

「そうではない。何も言わなかった(・・・・・・・・)が問題なのだ」

「えーと、……つまり?」

「奴が裏で何かを企てても我々には知る術がない。コイツが我々を襲おうと島の奴等と結託しても、不思議ではないんだ」

「そんな!  ししょーはふぁみり〜の一員であります!  ふぁみり〜は仲間を裏切らないであります!」

<うきぃ!  うきぃ!>


 同調するようにミラニューロテナガザルが騒ぎ出す。


「うるさい。少し黙れ」


 ミラニューロテナガザルは沈黙した。


「自分は貴様がこの船に来た時から思った。いつか貴様がこの船に何かしら災いをもたらすのではないと。そしてその予感は今尚も微塵たりとも疑っていない」


 射抜くような視線を向ける。


「だが一方でオリビアを助けるのに命を懸けた」


 微かに目元が緩まる。

 しかしそれも一瞬の事で直ぐに厳しい目つきとなった。


「貴様の行動は不可解だ。矛盾した行動ばかりとる。それがどうしてもわからない。だから、こうして貴様に直接刃を向けた。それだけだ」

「ま、待ってよ。確かにコイツは怪しいのは確かよ。仏頂面(ぶっちょうづら)だし、目つきは悪いし、髭も生えてるし、口も悪いわ。けど、今は折角みんな無事に戻って来れたのに。こんな」

「ーーわかっている!!」


 リリアンの声を遮る。

 苦悩に満ちた咆哮だった。


「これが自分のワガママだということも、癇癪だということも、正当性などないことなど!  自分自身がよくわかっている!  だが、自分にはこいつへの猜疑心がどうしても晴れんのだ!  わからない、わからないからこうして戦わねば何も理解出来ない!」

「……そうか、お前は考えていたのだな(・・・・・・・・)


 エンリケはここに来て自らの間違いに気付いた。

 ビアンカは衝動的に、感情的に自らに対して勝負を仕掛けたのだと思った。嫌われる、警戒されていると理解しているからこそ、そう思った。だが違った。

 考えた上で行動したのだ。


「いい加減うんざりなんだ。自分は賢くはない。戦いしか能のない馬鹿な女だ。ならば結局こうやって決めた方が手っ取り早い」


 エンリケの前に剣を突き付ける。


「剣を取れ。今この場で直接確かめてやる。貴様の正体を」


 有無を言わせぬ物言い。

 周囲の誰もがその様子に息を呑んだ。


「待って、待って!  そんな事する必要はないよ!  だってさ、おじさんもしろさんもどっちも大切な仲間、それで良いじゃない!」

「貴様もだ、クラリッサ。何故その男を助けた?  正体不明、それも海洋にただ一人で漂っていたらしい男。同情でもしたのか?  船の皆を危険に晒すとは考えなかったのか?  それとも、貴様にとってこの船の皆は守るに値しないのか?」

「そ、そんなんじゃ」

「やめろ、クラリッサ・ルル。奴の言葉の方が正しい。お前も挑発するなら俺だけにしろ。俺以外の仲間と不和を生む言動は慎め」

「……そうだな、すまないクラリッサ。だが、自分の意志は変わりはしない」


 ビアンカがクラリッサに頭を下げる。クラリッサは何かを言おうとし、それでも何も言葉が出ずに、唇を結ぶ。

 そこにリリアンも待ったをかける。


「ま、待ちなさいよ!  折角オリビアも助け出せたのに、仲間同士で争うとか短絡的としか」

「良いだろう、受けようその決闘」

「ちょっと!」

「直ぐに力で解決しようとするのは確かにそこの奴の悪い癖だが、それでしか解決出来ないことも確かにある。そしてそれは今だ」


 エンリケは今ここで退けば二度とビアンカとの関係修復は不可能だと直感した。

 それではダメなのだ。決定的な船員同士の亀裂は他の人間関係にも亀裂を入れる。そうなれば始まるのは内部分裂だ。


 認められるか。

 この船が、ゼランが死んだ後のように船員同士がバラバラとなって崩壊する様など。


 ちらりとコロンを見る。

 彼女は何も言わずにエンリケとビアンカの見ていた。


「まぁ、俺は剣を扱うのが得意ではない。だから、ある程度加減をしてもらうと助かる」

「無論。弱者を嬲る趣味はない。自分も飛行はしないと誓おう」


 それでは初めから自分が勝つとわかっているのではないか?  とエンリケは訝しんだ。意外と強かな女なのかと。

 しかし、ビアンカがそんな事は考えてはいないだろうとわかった。

 剣を交えればわかる事もあるという事なのだろう。


「ならば私が合図をしよう。任せるのだ」

「……良いのか?  仲間同士の争いはお前が最も嫌なことだろうに」

「なんだ?  喧嘩(・・)なんてよくある事だろう。ならば殴り合えば分かり合えることもある。

「いや、喧嘩など生易しいものでは……まぁ、良いか」


 何とも言えない感情をでエンリケはコロンに対して抱く。


 やがて二人は甲板の中心で対峙する。


「ーーはじめッ!」


 合図が鳴った。

 先に動いたのはビアンカだった。滑るような動きで一気に接近し、曲刀(ショーテル)を振るう。


 エンリケはそれを受け止める。とはいえ最初から先手を取れるなど微塵も思っていなかったので、防御に徹しようと考えていたからこそ反応出来た事だが。


 お返しとばかりに剣を振り回す。ビアンカはあっさりと躱し、再び剣撃を叩き込む。

 エンリケは躱すこともせずにそれも受け止めた。


 戦意の無い攻撃。

 受け身ばかりの態勢。


 ビアンカは確信した。


「やはりそうだ。貴様はに執着していない。オリビアを助ける時もそうだ。あの時、貴様は一人残った。それは勝算があるからではない。もしかしなくても、死んだらそれはそれで良いと思ったのだろう!?」

「……」

「生きる為に最大限努力する事、それこそが人生だと言うのにッ!  貴様は何の為に此処にいる!?  何故だ!?」


 怒りを滲ませ吼えるビアンカ。

 暫し無言だったエンリケだが、ポツリと呟いた。


「そうだな。貴様の言う通りだ。俺は(エドゲイン)に勝てると確証があった訳ではない。正直、あの時死んでも良いと思っていた」


 その言葉にカッとビアンカの目が開かれる。


「死んでも構わないだと!?  ふざけるなっ!!  何故そんなに簡単に生を捨てられる!?  何故そうも諦められる!?」

「知らんな。貴様の価値観を勝手に押し付けるな」

「黙れ!  生きる以上、最後まで生に足掻くのは生者の義務だ!  それを侮辱し、侮蔑し、蔑ろにしているのは貴様だろう!!」

「だから、知らんと言っているッ!」

「ふざけるなッ!!」


 激化するビアンカの攻撃。

 エンリケの服が切り裂かれ、至る所が負傷する。


「ちょっと本当にやばいって!?」


 さすがに事態を重く見たリリアンが動こうとするがそれを止めたのはコロンであった。彼女はリリアンの前に錨を突き出し、制止させる。


「ダメだリリー。二人はまだ決闘の最中だ」

「コローネ!?」

「船長の言う通りだよ、ここは手を出すべきじゃないよ」

「アリア!  貴方まで何を……」

「此処で止めたら両者の間に決して消えることのない火が燻る。そうなれば部外者のボク達が消すことは不可能になる。それにこれは彼らの舞踏曲(タンゴ)。己の意思と理念のぶつかり合い。曲が鳴り終わるまでボク達視聴者は手を出していけないのさ」

「相変わらず回りくどい事を言って!  もういいわ、私が」

「リリー」


 一言、名前だけを呼ぶ。

 コロンは錨を降ろして真っ直ぐリリアンを見た。


「大丈夫だ。だから今は信じてやってくれないか?」

「っ〜!」


 その言葉でリリアンは何も言えなくなった。


「〜っ!  わかった、わかったわよ!  私も大人しく見届けるわ!  これで文句ないでしょう!?」

「あぁ、ありがとうリリー」

「ずるいわ、コローネ。そんな目で見られたら私は何も言えないじゃない」

「あぁ、私がずるい女だ。だけど、信じてくれないか?」

「信じてるわよ。今も、昔も、ずっとね」


 照れ臭そうに言うリリアンにコロンは嬉しそうにする。

 そこに一度船内に戻ったオリビアが戻って来たのをクラリッサが気付く。


「あ、あれオリビアさん?  どうしたの?」

「二人が怪我しても大丈夫なようにぃ〜、たぁ〜くさん薬持ってきたですよ〜。これなら安心ですねぇ〜」

「わた、しも、お手伝い、する……」


 二人とも自分が出来ることをしようとしていた。

 コロンはそれを見て頷き、再びエンリケとビアンカの方へ視線を向ける。


「……キケ、お前の力はそんなものじゃないだろう」


 何処か確信めいた言葉で、コロンは二人の戦いを見つめていた。



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