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闇に舞う暗い影

所変わっているかさん号の場面へ


 夜になり、港は静けさを取り戻していた。


 そんな中、港から離れているゆったりと《いるかさん号》へ近付く複数の小舟があった。


「間違いない、あれが奴等の船だ。貧乏海賊らしい見窄らしく小さな船だな」


 男の名前は、オーロ。

 サルヴァトーレ直轄の商会を任せられた男である。

 元は高利貸してあり、その弁舌、辣腕は悪逆と知られていて《サルヴァトーレ》がバックについてからはこれまで以上に相手に高圧的になり、《ボンターテ》に従おうとする店を悉く潰してきた。逆らう者は金に物を言わせて潰してきた。


 オーロは自他共に認める守銭奴であり、珍しいものに目がない男であった。


「しかし、港から離れるとはめんどくさい事をしてくれる。おかげで態々追いかける羽目になった」

「オーロ様、何故このような小船で? 貴方様ならばもっと巨大な船であっという間に制圧することが可能ではないですか」

「それが出来ればな」


 忌々しげに顔を歪める。


「あの船の下には巨大な魔魚がいる。奴のせいで大きな船ではすぐに気付かれ、逃げられる。だからこうして気付かれないように小船で接近するしかない」


 タツの存在が、オーロ達にとって大きな障害となっていた。タツは近寄る大型船から《いるかさん号》を牽引し逃げ回り、時には水ブレスを吐いてきて帆を濡らして追いかける事を不可能とさせてきた。

 そのせいで、コロン達が《サルヴァトーレ》を攻めた明るい内には《いるかさん号》を制圧するのは不可能となり、夜を待ってこうして小船でバラバラに乗り込むしかなくなったのだ。


「オーロ様、あの船に沢山の魔猿がいるというのは本当なのでしょうか?」

「確かだ。だがモンティーズ様の所を責めるのに全て率いられたらしい。だから奴等の船には最小限の人員しかいない。あの魔魚には手を焼かされたが、乗り込めさえすればこっちのものだ」


 如何に強力な魔魚とはいえ船に乗り込まれたらどうしようもないだろう。護衛も殆どいないに違いないし、その護衛も女であれば問題ない。


「君たちは船を包囲しなさい。小船で近づき、一気に乗り込んで制圧しろ。魔猿がいようとも所詮は下等生物。最悪死んでも構わない。だが、女は殺すな。あの船には人魚がいる。人魚は無傷で捕らえるのだ」


 普段は部下に命令を出すだけで現場になど足を運ばないのオーロだが、この日は違った。


 人魚がいるという情報があったのだ。


 サディコとは別口に《未知の領域》からあらゆる種族の奴隷を己のコレクションとして揃えてきたオーロだが未だに人魚を手に入れた事はなかった。


 理由は人魚達は海の中に済むので会える機会がないからだ。それに捕らえたとしても大体が手元に置いたりして出回る可能性が低いし、その後仲間が攫われたとして魚人族に追撃をしてくることが多かった。


 それが今この港町にいる。

 サルヴァトーレとは既に話をつけ、人魚を貰うことは契約済であった。


「あぁ……良い。どんな水槽に入れて飼ってやろうか。どんな風に躾けてやろうか。どんな風に鳴いて貰おうか。想像するだけで興奮する。貴方達! 必ず捕らえるのだぞ! 逃せばどうなるか覚えておけ! だが捕らえた暁にはそいつには金貨10枚くれてやる!」


 滾るオーロが部下に鼓舞をかける。

 その後も人魚をとらえたらどうするか妄想するオーロだが、ふと違和感に気付いた。


「……何故、誰も返事をしない?」


 振り返ると、一緒に乗っていたはずの奴まで誰もいない。


「ば、馬鹿な。何がっ」

「最早この場で生きているのは汝だけだ。我が聖域を土足で荒らそうとした闖入者よ」


 その時、船頭に音も無く着地して佇む一つの影。


「誰だ貴様!?」

「我は闇。全てを飲み込む漆黒の翼。断罪者。汝らは我が領域に不躾にも土足で上がり込もうとした。なればこそ、その深淵に呑まれることも必定。今宵の生贄は汝らである」


 ノワールであった。

 彼女の手には貫通に特化し、握り手がHの形をしている刺突刀剣(ジャマダハル)"と呼ばれるものが握られていた。

 "刺突刀剣(ジャマダハル)"の特徴として、その握り手から切るのよりも突く事に特化した刀剣である。ビアンカの"曲刀(ショーテル)"のように大多数を一度に相手にするのではなく、対象の首、頭、心臓を確実に貫き命を奪う暗殺に特化した武器であった。


 ノワールはオーロの部下を声を出す事を許さず、全て喉を貫いたのだ。


「私の部下を何処にやった!?」

「貴様の仲間なら、母なる海へと全て還った」

「な!?」


 どういうことだ。

 オーロは混乱するのだった。





「ごめんね……」


 水中では、クラリッサがノワールが倒したオーロの私兵達を海を操る事で溺死させていた。ノワールに喉元を斬られ、海に落ちそうになった所を水を操り音もなく海に引きずり込み、窒息させ完全にトドメを刺す。


 水中でもがく私兵を哀しげにクラリッサは見ていた。


 クラリッサは人を殺すのは好きじゃない。寧ろ嫌いだ。戦うことも好きじゃない。

 だけど仲間を守る為には自分だけ手を汚さない訳にはいかないと覚悟していた。


 クラリッサは人魚だ。その身を狙われたことだってある。その為に身を守る為の手段として、水を操ることも覚えている。


 けど大抵はそのまま水で追い返すだけで殺さなかった。

 しかし、《いるかさん号》に乗って旅をするとそうは言ってはいられなかった。時には相手を殺す事がある。

 特に賞金稼ぎであったビアンカとノワールは容赦がない。


 この人達は《いるかさん号》の仲間を害そうとした。クラリッサはそれを許す事は出来なかった。


 だけど、それでも命を終えようとする者を憎む事はできなかった。

 せめてもの慰めにと、海の中で死に逝く人々の為歌を歌っていた。

 幸か不幸か、私兵達は皆そんなクラリッサに見惚れながら暗い海の底へ沈んでいった。





 オーロは狭い小船で少しでもノワールから離れようとした。

 

(くそっ! 逃げ場がない!)


 自ら小舟に乗って来たのが仇となった。何時もなら自らの屋敷から出ないのに、少しでも早く人魚を見たくて前線に出たのがアダとなった。

 オーロの焦燥とは裏腹にノワールは月を眺めながら落ち着いて話す。


「蝋燭が最も美しいのはいつだと思う?」

「何の話だ? 生産性のない会話など無意味にすぎませんな」

「それは火が消える時だ。蝋燭は最後の一瞬、これまで以上に激しく、大きく、美しく燃える。自らの証をとした、最後の輝き。それがなんと美しいことか」


 オーロの返答を気にしていないのか、ノワールは自己語りを続ける。


「我が姉妹は生き様(・・・)に拘るが、我は死に様(・・・)が最も美しいと思う。死とはあらゆる存在に平等であり、不変に起きる。勇ましき者、臆病者、強き者、弱き者であろうが死だけは避けることは出来ない。生前にどんな者であろうがそれが訪れた時の人は世の無常を表して何と美しい」


 自らの身体を抱き、陶酔した様子で語るノワール。


 その姿を見て気付いた。オーロは金で何とかなると思っていた。

 これは違う。


 奴は死に魅入られている。

 生き物に訪れる死を見て、人生の集大成というものを感じている。


 なら、こんな所で無様に死ぬのが自分の人生なのか。

 自分は成功者のはずだ。他者とは違う。なのに、自分は死ぬのか。認められるか、信じられるか。


 闇が蠢く。

 全てを飲み込む闇が。


「闇に飲まれよ」

「ま、待ーー」


 ヒュンッと首が貫かれた。

 オーロは体勢を崩し、海へと落下した。


(ふざけるな。死んでたまるか。まだ生を謳歌していない。美味い飯を食べて、美しい女を抱いて、もっと金を集めて、更には名声も名誉も……)


 だがそんな欲望が叶うことはない。

 オーロは深い水底へと沈んでいく。その時、視界の隅に彼の恋い焦がれてやまない人魚(クラリッサ)がいた。


(人魚! 人魚だ!! あぁああぁぁ! くそ、くそ。もう少しで届くのに! もう少しで手に入るのに! 体が、動かない……ッ! くそおぉおぉぉぉ!)


 彼にもまたクラリッサによる鎮魂歌が唄われるも、彼にとって何の慰めにもならなかった。


 ノワールは小舟で佇む。

 後に残ったのは静寂と波の音だけだった。


「後は指導者(コロン)が決めること。我はそれを闇より見届けるのみ」


 風が吹く。

 血の臭いを磯の香りが上書きする。


 しかし、"刺突刀剣(ジャマダハル)"についた血が洗われる事はない。


「ふっ、血に濡れた我が身をこの風が全て洗うのはいつなのだろうな……」


 何処か陶然とした表情でノワールは呟く。


「……それにしても断罪者よりも、執行人の方が良かったかな? いや、断罪者も捨てがたいし……」


 そんな呟きは風に紛れて消えた。


 悪名高い高利貸しの商人オーロ。

 彼の亡骸は発見されることはなかった。


 彼の死に喜ぶ者は居れども、悲しむ者は皆無であった。

いるかさん号の襲撃は全てノワールによって迎撃されました。

続きが気になると思った方は是非ともブクマと評価の方をお願いします!

コロン達の航海を完遂させるには皆様の力が必要です。是非とも船員として力を貸してください。

よろしくお願いします!


作者の他作品「こちら冒険者ギルド、特殊調査官! 貴方に魔獣の情報をお届けします!」と「

【連載版】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した」もよろしくお願いします。

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