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解体者

打って変わってエンリケ視点です。

時間は丁度コロン達が乗り込んだ辺りです。

 オリビアは部屋で一心に皆の無事を願っていた。

 初めこそ何とか抜け出せないかと部屋を物色していたが、窓は閉められ、扉も外側から施錠されている。ナイフといった武器もないのに、女性、その上片腕のオリビアがどうにか出来るはずもない。


 だからこそ、自らを助けに危険を犯すであろう仲間の無事を願っていたのだ。


「……? 何の音?」


 そんな時微かにだが、何かが倒れるような音がした。

 部屋の外からだ。コツコツと歩く音が聞こえ、オリビアの部屋の前で止まる。


 やがてガチャガチャとドアノブを動いた。だが、開く様子がない。

 音が止み、今のは何だったのだろうとオリビアが疑問に思っていると


「きゃっ!?」


 ドアノブのすぐ横を破壊して手がヌッと現れた。そのまま律儀に部屋鍵を開ける。現れたのはいつもの眉間に皺の寄った男、エンリケだった。

 信じられず、目を見開き口を開ける。


「エンリケさん……?」

「何だその目は。お前の目は一日経たずとも耄碌(もうろく)するほど衰えていたのか?」

「あぁ、その憎まれ口。間違いなく、貴方ですね。幻覚じゃないようです」

「何か飲まされたのか? ならば幾つか解毒剤がある。これを」

「違うますよっ! もう」


 冗談の通じないエンリケにオリビアは頬を膨らませて怒る。

 何がおかしいと不機嫌になるエンリケだが、ふと見ればオリビアの足が微かに震えているのに気付いた。

 エンリケは何も言わず、自らのコートを脱ぐとオリビアに被せる。


「……よく、耐えたな」


 たった一言。

 それだけでオリビアの心は決壊した。


「う、うぅ。うぅぅ……!」


 エンリケの胸のシャツを握りしめてくぐもった泣き声をあげるオリビア。

 エンリケはオリビアの好きにさせておいた。




「オリビア!! 無事だったか!!」

「ビアンカさん! その、ご心配をお掛けしました」


 オリビアは近寄って来たビアンカに頭を下げた。

 気にするなとビアンカは安堵した表情を浮かべる。


 エンリケはビアンカの背後で倒れ伏している構成員を見る。


「そちらも済んだようだな」

「当たり前だ。この程度の輩、曲刀(ショーテル)を使うまでもない。素手で十分だ」

「頼もしい事だな。ではさっさと抜け出すとしよう」

「そうですね。私も、あまり此処に居たくありませんし。何より、ティノちゃんが心配です。泣いてないと良いのだけど……」


 歩き出す一同。

 その時廊下の角で動く影があった。すぐさまビアンカが前に出て構える。


「待っておくれよぉ〜。その女ぁ、逃したらオイラが怒られちゃうんだな〜」


 現れたのはやつれながら爛々とした剣呑な瞳を持つ男。エドゲインであった。

 速攻でビアンカが倒そうと近寄り殴りつけるが、するりとエドゲインは避けた。そのまま手に持つナイフでビアンカに反撃する。喉笛をかっ切ろうとしたナイフをビアンカは躱すも薄皮一枚程度を斬られてしまった。


「貴様……出来る奴だな? だが、そんな事関係ない。速攻で倒す」

「ひ、ひぃ〜。む、無駄なんだなぁ。さっき警鐘を鳴らしたんだなぁ。時期に首長(ボス)の部下達が集まって来るんだなぁ」


 エドゲインの言葉を裏付けするように鐘の音が聞こえてきた。


 これで隠密に行動していた事は全て無駄になった。すぐに脱出する必要がある。だが背を向ければエドゲインは追ってくるだろう。ビアンカですら負傷したナイフ捌き、只者ではない。

 何よりも最優先はオリビアを此処から脱出させる事。そしてそれはエンリケではなく、ビアンカの方が勝算が高い。

 ならエンリケのすべき事は一つだった。


「行け」

「エンリケさん!?」

「庇いつつは無理だ。それに奴の増援が来ないとも限らん。挟み討ちだけは避けねばならん。奴は俺が抑えといてやろう」

「貴様に任せるくらいなら自分がっ」

「お前の曲刀はこの場所では敵さんだろう」


 狭い廊下は、曲刀を使うに適さない。ビアンカが拳で対応したのは確かに相手が弱かったのもあるが場所が悪かったのもあった。

 だが確かにそうだが、それでもビアンカは強い。反論しようとするビアンカにエンリケは更に告げる。


「それにもうじき夜が来る」

「!」


 ビアンカは窓から空を見る。夕焼けが沈みかけていた。

 夜になれば自分は戦えなくなる。いや、戦闘自体は出来るがその力は大幅に減退する。その状態でオリビアを守れるかと言われると厳しかった。


「今ならば、まだ外に出られる。こっちは止めといてやるから、お前らはさっさと船へと退避しろ。俺も後で追いかける」

「ひっひぃ〜、む、無駄なんだな。お前らの船はもうじき襲われる手筈となってるんだなぁ。もう何処にも逃げ場はないんだなぁ」

「……だそうだ。さっさと行ってお前の姉妹にでも伝えて来い」

「ッ〜〜!! 行くぞッ、オリビア」

「エ、エンリケさん!」


 苦渋の表情を浮かべオリビアの手を引っ張る。

 オリビアはエンリケを見るが彼は振り返らない。


「……貴様にはまだ問い詰めなければならない事がある。だから此処で死ぬ事は許さんぞ。だから生きて戻って来い」

「それは激励か? 随分とまたお優しい事だな」

「黙れ。貴様の望みが何であれ、こんな所で果てるなど許さん」


 ビアンカなりの激励の言葉を受ける。

 オリビアはというと真っ直ぐとした瞳でこちらを見ていた。


「……待ってますから」


 それだけ言って二人は去っていった。

 エンリケは黙って様子を見ていたエドゲインを睨む。奴は歪な笑みを浮かべていた。


「かっこいいねぇ、女を守って殿とはなぁ。オイラには出来ない事だぁな」

「勝算が高い方にかけただけだ。あのままだと、ビアンカが万一にも負ければこのサルヴァトーレの支配する地域から逃れられなくなるからな。空ならば貴様らとて追いつけまい」

「まるでお主だけなら逃げられると言ってるようなだ〜なぁ?」

「裏町の事は一通り頭に叩き込んでいる」


 ロレンに抜け道、脇道、通り道、夜道、軒道、その他複雑に交わり合う道すじを全て聴いている。エンリケ一人ならば抜け出すことも容易かった。


「まぁ、良いかぁ〜な。あの女の皮をオラのこの装束にも使いたかったんだがなぁ。また捕らえた時にでもするかなぁ」

「……人の皮(・・・)で作ったマントか。些か趣味が悪いとしか言いようがないな」

「お? わかるんだなぁ? そうなんだぁ」


 嬉しそうにエドゲインは自慢し始める。

 エンリケが看破したエドゲインの継ぎ接ぎだらけの黄色のマント、それは人の皮を剥いでつなぎ合わせたものであった。


「人にはねぇ、一人一人皮の食感が違うんだなぁ。オイラはぁ、それをこうやって指先で確かめるのが趣味なんだよなぁ。ふひ、ふひひ、見ろよぉ。特に此処の部位なんてお気に入りなんだなぁ。親子の皮膚を繋げてみたんだけど、これが予想以上に良い肌触りだ。あぁ、惚れ惚れするなぁ。こうして触っていると今でも思い出せる。ひっひっひぃ〜」


 エドゲインが醜悪に嗤う。


 彼はモンティーズに拾われる前幾多もの人の皮を解体してきた。男、女、子ども、老人、全てを。

 そんな中に若く仲睦まじく母娘がいた。彼は親子を裏路地に連れ込み、皮を剥ごうとした。


 母親は震えながら娘を抱きしめ懇願した。

 どうか、娘だけはと。


 エドゲインはそれを見て言った。

 ずっと一緒にいたいか? と。

 母親は困惑しながら頷いた。それがどんな結果を生み出すと知らずに。


 こうして二人は一緒になれた。

 継ぎ接ぎの皮として。


「医者の皮はまだ剥いだ事がなかったなぁ。女でないのが、残念だけれども、お前の皮も貰うんだなぁっ!」


 エドゲインがナイフを持って接近する。

 見た目の割に機敏な動きで、エンリケには一切動きが見えなかった。

 迫る刃。強靭な一撃によって、エンリケは皮膚を剥がれる筈だった。


「あれぇ?」


 エンリケの皮膚を剥ぐ事が出来なかった。

 ガギィンとおおよそ人を切りつけたとは思えない音が鳴って、剣の方が皮膚を斬ろうとして弾かれた。


 理解が及ばず、思わず唖然とする。


 その隙を見逃さないエンリケはそのままエドゲインの頭を鷲掴みにする。その手にはいつのまにか手袋がつけられていた。そのまま目玉を親指で潰そうとしたがその前に弾かれ、距離を取られた。


「へ、へへ。何やら掴んでオイラの目んころを潰そうとしたけどそうはいかないんだなぁ〜。残念だったなぁ」

「いいや、もう目的は達している」

「あ?」


 何の話だと訝しげになるエドゲイン。

 だがその言葉の意味はすぐに現れた。


「あ、ぁぁぁぁ! イデェ!イデェよおぉぉぉおぉ!」


 顔面を抑え蹲る。

 エドゲインの顔の皮膚は灼け爛れ、異常な発汗をしていた。


「お、まえぇぇ! オデに何をしたぁぁ!!?」

「何をだと? 単にキノコのエキスを垂らした手袋で掴んだだけだ」


 態とらしく緑色のやたらと艶のある手袋を見せる。その手袋には何やら液体がついてあった。


「まぁ、手袋といっても《地獄茸(じごくたけ)》のエキスを塗りたくったものだがな」


 触れるだけで皮膚に炎症を起こし、灼け爛れさせる超危険種の毒キノコ。

 《彷徨い蠢く植物島(プラント)》でエンリケはそのキノコを採取していた。危険性のあまり、エンリケ専用の個室にしか栽培しておらず、エンリケ以外誰も入れない。それほどまでに厳重にしなければならないほど、この茸は危険であった。


「やれやれ。あの食虫植物の葉が液体を弾く効果があるのは嬉しい誤算だったな。外側に布を巻いて《地獄茸》のエキスを塗ってもその下にある食虫植物の葉で作った手袋で、俺まで届かない。これがなければ俺の手も酷く焼け爛れただろう」

 

 エンリケのはめている手袋は例の自身を食べた食虫植物のだった。あの後食虫植物を調べた所、あの呑み込んだ葉の内部がかなりの疎水性であることがわかった。それこそ、水の中に入れても弾く程だ。


 元より自身の酸で解けないための機能なのだろうが、その効果にエンリケは目をつけた。いずれ手術をする際に手を血から守れないかと思ったのだ。結果はパルダガスで証明している。


 僅かだが種らしきものも採取出来ているのでうまくいけば手術にも利用できる手袋が出来るだろう。


「さて、お喋りもここまでにしてそろそろ決着をつけようか」

「ぐ、ぐぅ、この藪医者めぇ!!」


 ナイフを振るうエドゲイン。

 その全てがエンリケには見えていない。

 しかし何度やっても衣服は切れども皮膚には傷一つつかない。【硬化】により、皮膚が鋼鉄並みに固くなっているので通じないのだ。


「な、何でだ!? 何で剥げない!? ぬげらぁっ!?」


 更にはエドゲインは不用意に接近した事で巴投げされてしまった。

 エンリケは錠剤のような物を取り出すとエドゲインの口に突っ込んだ。エドゲインは指を噛もうとするも、硬く噛みきれない。

 そのまま飲み込んでしまう。


「慢心、油断、観察不足。争う力を持たぬ弱い相手ばかりに戦い、己を強者と勘違いした大馬鹿者。救えんな」

「だ、誰がぁ! い、いないのかぁっ!? うっ」

「無駄だ。あの女(ビアンカ)が外に出たのならば、そちらを優先する。奴を追おうとするか、外に出たのならば全て奴に倒されたのかの二択だ。どのみちここにいるのはお前だけだ」


 エンリケに腹を蹴られる。

 腹痛もだがやはり顔が痛い。水で洗う為にも逃げ出そうとする。だが足腰に力が入らず転けた。


「か、からだがぁ。うごかないぃぃ……いでぇよぉ……!」

「《昏睡オシドリ花》、効果を限りなく薄め麻痺性の花粉とあわせれば相手に行動の選択を与える事なく身体機能を奪える。これもまた、成功だな」


 呼吸困難になり、身体中が弛緩する。もはや立つ事すら出来なかった。

 コツコツと足音が近づいてくる。

 エンリケがエドゲインを無機質に見つめていた。その手にあるのは、エドゲインの持っていたナイフだった。


「お前が皮を剥ぐ(・・)が得意なら。俺は人を捌く(・・)のが得意でな。丁度良い、いったいいつまで意識があるのか試してみるか。麻酔なしで手術した際、人の意識が何処まで保てるのかを知るのもまた必要な事だ」

「……! …………っ!」

「そう怯えるな。貴様も、こういうのが好きなのだろう?」


 猟奇的な行為を平然と行ってきたエドゲインだが、この時初めて恐怖という感情が湧いた。


 その目にあるのは実験体を見るような無感情、無関心。

 より苦痛を与えようだとか、そんな考えは一切ない。ただただ、探究心と知的心、好奇心があるのみ。


 きっとこの男は、今まで何十何百人とそうしてきたのだ。


 たかだか九人で誇っていた自分はまだ、井の中の蛙だったのだ。









 


 エドゲインはのちに発見された時、マントを被っていた。それを退けると、彼の身体は割かれ、内臓が露出していたという。更には恐ろしいことに一つ一つのあらゆる内臓が並べて分けられていた。まるで仕分けられたように。


 それだけでも驚愕だが驚いたことに、発見当時はまだ生きていたという。


 しかし手の打ちようがなく、彼はこれまで剥いできた犠牲者以上に長時間に渡り苦痛を味わった上で失血死でなく、衰弱死した。

実際にカエンダケというものが存在します。ほんの少し粉を吸っただけでアウトらしいです。

続きが気になると思った方は是非ともブクマと評価の方をお願いします!

コロン達の航海を完遂させるには皆様の力が必要です。是非とも船員として力を貸してください。

よろしくお願いします!


作者の他作品「こちら冒険者ギルド、特殊調査官! 貴方に魔獣の情報をお届けします!」と「

【連載版】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した」もよろしくお願いします。

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