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街を守りし兵士

新しく『こちら冒険者ギルド、特殊調査官! 貴方に魔獣の情報をお届けします!』を投稿しています。

よかったらご覧ください。宜しくお願い致します。


「ありがとうございました」


 律儀に頭を下げて店を出た後、リリアンは疲れたように溜息を吐く。


「はぁ、また駄目だったわ。これでいくつ目よ……7つ目?」

「いや8つ目だな」

「もうちょっとで二桁達成ね。全く嬉しくないけど……」


 エンリケの言葉に、またも溜息を吐く。

 暫く歩き回り疲れたので近くにあるベンチへと座る。


「あーもう……私達の船は商船じゃないし、かといって組合に入らないと船は直せないし、組合に入ればめんどくさい義務がめちゃくちゃ発生する上に、ある程度の財宝も取られるし……」


 頭を悩ませるリリアン。

 《いるかさん号》を修理する大工を探しているが、中々うまくいかなかった。


 別に船大工が見つからない訳じゃない。

 彼女を悩ませるのが船の修理する為には、組合に入る必要があるということであった。


《サンターニュ》程の規模の港街、それも《未知の領域》への橋頭堡となれば訪れる商船による物流も膨大で、それで利益を得ようとするのも不思議じゃない。


 だがその組合に入る為に必要な資金にリリアンは目を見開いた。何故ならそれだけで《いるかさん号》をもう一隻買えそうなくらいだったからだ。


 海賊であろうと、この組合に入らねば満足に船を直す事も出来なかった。

 裏で脅せば《サンターニュ》の兵士がすっ飛んで来る。


 リリアンは悩んだ。

 船を直さずに海に出るのは論外だ。海は自らの家であると同時に唯一の人にとっての生存地だ。もし船に何かあれば、クラリッサと(タツ)以外は全員仲良く水底に沈む。


 そんな結果など、させる訳にはいかない。だからこうして何とか組合に入らず大工と直接交渉を頑張っているのだが結果は奮わない。余りにも値段が高すぎる。資金が尽きるのは避けなければならない。


 通った道を自筆で書いた地図で確認し、次の大工は何処かリリアンは確認する。その様子を見ていたエンリケが口を開く。


「お前は得てして一人で悩む癖があるな。相談しようとは思わんのか」

「これが私の役割だもの。みんなにはみんなの役割があるの。だから、私が何とかしないと」


 意固地なのか、プライドが高いのか。

 ともかくリリアンは一人で何とかしようとする。《いるかさん号》で最も教養があるのはリリアンだ。だからこそ、自分が何とかしようとする。


(少し危ういが、俺が何を言おうとも恐らく変わらんな)


 戦闘ならともかく、交渉であればリリアン以上に適任者はいない。エンリケも、ほぼ隣で睨みを利かせているだけで殆ど交渉はリリアンだ。


 疲労の色が見えている事から、エンリケは何か買ってやろうと思う。そのぐらいの気遣いはある。


「少し待て、何か飲み物を買ってやる」

「別にいいわよ。それよりも」

「少しは休憩しろ。これは医師からの警告だ。わかったな?」


 少し強めに念押しすると、「わ、わかったわよ」とリリアンは頷いた。

 その後、リリアンには果実を潰した飲み物を渡す。


「焦るのも仕方ないが、少し頭を冷やすと良い。自身があの船の頭脳だと理解しているのなら、休息も必要だと理解しろ。その程度の頭は残っているだろう?」

「本当一言余計よね……。まぁ、良いわ。ありがと。って、これあまっ。嫌いじゃないけど」


 リリアンは喉が渇いていたのか、一心不乱に飲み物を飲む。

 エンリケは自分用に買った割高だったコーヒーを啜りつつ、思考に耽る。


 確かにおかしいのだ。

 何故ならここ《サンターニュ》は《未知の領域》への橋頭堡。《未知の領域》から帰って来る船だけでなく、これから向かおうとする船もある。


 それなのに、あの暴利な値段では肝心の新規参入の船を殺してしまう。無秩序な海賊どもの活動を抑制させるという面もあるのだろうが、それにしたって余りにも妙だ。


 《地平を征する大魚(メビウス・バハムト)》でここを訪れたのは十年も前だが、それでもこれほどまで値段が釣り上がってはいなかった。


 組合の存在もあるにはあったが、それはもっと規模も小さかった。



 それに一つ気がかりなこともあった。



「……」

「なによ、あの店がどうかした?」

「いや、何も」

「そう? 変なの」


 先程出てきた店を睨む。


(妙だな……ボンターテ(・・・・・)の店が見当たらん。あそこも、奴の店だったはずだが)


 ボンターテとは、エンリケ達が訪れた際に裏で《サンターニュ》を牛耳っていたマフィア(・・・・)の1つだ。

 奴らは、密造酒を造っていてその出来はあらゆる人を魅了した。商人だけでなく、果てには王族貴族にまで影響力を持つ。それ以外にも、造船業や船大工にも影響がある。ここら一帯の船にまつわる仕事は全てボンターテの影響があった。


 何より《地平を征する大魚(メビウス・バハムト)》としても影響色々と因縁深い相手である。

 敵対はしていないが、別に味方というわけでもない。それでもその力は侮ることは出来なかった。


 当時ゼランと共にこの街で()()()()()()を思えば、恩人かもしれない。向こうも向こうで利益があったのだろうが。


 そのボンターテが見る影もない。かつて《サンターニュ》に訪れた時、この辺りにあるのはボンターテ系列の船大工の店ばかりだったが、全くない。


 その代わりサルヴァトーレというもう一つのマフィアの店が多くあった。


 抗争で負けたのか。

 だが、あの爺が簡単に負けるのか?


 しかし姿が見えないのならその可能性が高い。

 その事がエンリケには気がかりだった。


「おーい、リリー!!」

「あっ、コローネ」


 見れば一度別れたコロンを先頭に全員が此方に向かって走ってきていた。手には何やら沢山の荷物を抱えている。


「見ろ、リリー! これは《未知の領域》にあるとある島の伝統工芸の首飾りだ! これはリリーに似合うと思ってな! 買ってきた! 是非とも身につけてくれ!」

「えっ、ちょっ、ちょっと待って。なんかすっごく禍々しい雰囲気が漂ってるんだけど!」

「うむ! なんだかものすごい力を感じるだろう? きっとすごいご利益があるに違いない!」

(それって祝いは祝いでも、呪いの方じゃないの!?)


 心の中でツッコむリリアンは、グイグイおしつけてくるコロンをやんわりと断る。


「むぅ、良いと思ったのだがな……」

「ご、ごめんね。コローネの好意はわかったから……」

「ん? どうしたリリー? 何か元気がないな」

「せんちょーが無理矢理リリアン殿にあれを身につけさせようとした所為だと思うであります」

「何故だ!?」


 珍しいリコの真っ当なツッコミも、コロンは理解できない。彼女は善意と好意から行動しているのだ。


「リリアン殿、リリアン殿。そっちはどうだったでありますか?」

「えっと、ごめんね。船大工の事だけどまだ見つかってないの」

「そうなのか? ふむ……元気を出せリリー! 物事がうまくいかない事などよくある事ではないか!」

「コローネ……!」

「そうだ、それ以外にもこっちも渡すものがあるんだった。リコ」

「はいであります。リリアン殿!」

「えっ、何これ?」


 渡された何やら記された紙の束にリリアンは目を丸くする。


「いやぁ、途中力自慢が集まる催しがあってな! それで、面白そうだから出たら、優勝してな! それでなんか《未知の領域》から帰ってきた冒険船や海賊船の日記をまとめたものがあったから貰ってきた! 凄いぞ! この先にある島についても幾らか書いてあった。何でも一度羅針盤をある島で変えなきゃいけないとかなんとか」

「……!?」


 リリアンは絶句する。自身が空回りしている間にコロンが結果を出してきた事に。


「こんな所で休憩してる場合じゃなかった!! すぐに船大工を探さないと!!!」

「うぉっ!? 待てリリー! 疲れてるのに無理しちゃだめだぞ!」

「離してコロン! このままじゃ私の役割がっ、プライドがー!」

「珍しくリリアン殿がわがままになってるであります!」


 騒ぐ三人娘を放っておいて、エンリケはオリビアに話しかける。


「そっちはどうだった?」

「色んなものがぁ、売ってましたよぉ。包帯や薬草、あとは治療用の道具を売っている所もありましたぁ」

「そうか。なら、後で場所を教えてくれ。道具の方は少し興味がある」

「わかりましたぁ。ところでエンリケさん、ティノちゃんを見て何か言うことありませんかぁ?」

「なに?」

「あ、あう」


 オリビアの後ろから覗くティノの頭には花の髪飾りがあった。


「私がぁ、買ったんですよぉ。コロちゃんが沢山ある中で選ぼうとしていたから、これが良いんじゃないかなぁ〜って」

「なら、あやつ(リリアン)の選ばれるやつにも口出ししてやれば良いだろうに」

「だってぇ、あんまり駄目っていうとコロちゃん拗ねちゃいますしぃ。それで、どうですかぁ?」

「どうと言われても別に」


 どうでも良さげに答えようとするも、ティノが不安と期待を綯交ぜにこちらを見ている。エンリケは眼鏡の位置を直しつつ、仕方ないとばかりに答えた。


「……少なくとも似合わなくはない」

「! あ、ありが、とうっ……!」

「え〜、可愛いとか言ってあげないんですかぁ?」

「知るか」


 不服そうなオリビアとは裏腹に、褒められたティノは嬉しそうだった。


 そんな中、突然怒鳴り声があがった。


「貴様ら! もう許しておけん! 我々《イオニア海賊団》を馬鹿にするとは! 今日こそ根絶やしにしてくれる!」

「そちらこそ、我ら《アクティウム海賊団》を悉く邪魔しやがって! 今夜壊滅すると知れ!!」


 見れば複数の男達が剣を抜いていがみ合っている。

 互いに殺気を放ち、このままでは流血沙汰になるだろう。


「お、喧嘩か? 喧嘩は悪くないが、他人に迷惑をかけるのはだめだな。私が説教してやろう!」

「待て」


 ぐるぐると肩を慣らして突っ込もうとするコロンを止める。その目は海賊ではなく、空を睨んでいた。


「キケ?」

「来るぞ」


 ただ一言。

 次の瞬間にはつんざくような鳴き声が上がった。


≪ギュイィィイィィィンッッ!!!≫

「うわっ」

「っ……!」

「だ、大丈夫ですよ。ティノちゃん」


 突然鳴り響く、甲高い鳴き声。

 アリアが耳を抑え、ティノが怯える中、全員が声の主を探す。


「貴様ら! このサンターニュで暴れるとは良い度胸だな! 捕縛させてもらう!」

≪ギュプルルルッ≫


 屋根を飛び越えて、2メートル以上ある全傾した姿勢の二足歩行の蜥蜴のような魔獣に乗った兵士が海賊を囲むように複数現れた。


「お!? おぉ! なんだあれ! すごいぞ!」

「すごいであります! リコも乗ってみたいであります!」


 無邪気に二人が喜ぶ傍ら、兵士はあっという間に、喧嘩する海賊を捕縛する。その姿に賞賛と蜥蜴に対して憧れの目を向ける。


「手練れか」


 ジッと戦いを見ていたビアンカが呟く。

 必要最小限の動きで、海賊どもを制圧した。あの乗っている魔獣も自分が勝てない道理はないが、あの俊敏な動きには光るものがあるとビアンカは判断する。


 そんな中、見るからに凶暴そうな魔獣にティノが怯える。


「ぁ、ぅ。こ、こわい……」

「大丈夫ですよぉ。彼らはこの港町を守る兵士だから私達の敵じゃありませんから。でもぉ、あれはなんなんでしょうかぁ? 馬じゃありませんよねぇ?」

「あれは《俊走竜(ヴァロニクス)》だ」

「知っているのかキケ?」


 かっこいいー! と目をキラキラさせていたコロンが反応する。


「温暖な気候の平原に住む魔獣の一種であって、俊足で知られている。基本的に群れで狩りをする。単体の強さ自体はそれほど強くない。とは言え、()だ。蜥蜴と違って知能も高く、集団戦法を得意とする奴の危険性は計り知れん。そんな生物を飼い慣らし、警備に利用している場所は此処しかあるまい」

「なるほど、治安が良いのはあの足の速さで隅々まであっという間に現れて、暴漢を捕縛するからなのね」


 リリアンが納得したように頷く。

 事実《未知の領域》の橋頭堡である《サンターニュ》では、海賊も集まる事から争いが絶えない。

 元々、大航海時代になり《サンターニュ》が出来る前にも《ドラゴ国》の内陸の方では《俊走竜(ヴァロニクス)》は使われていたのだ。

 人間にはない咆哮で多彩なコミュニケーションを取れる《俊走竜(ヴァロニクス)》によるその警戒網は折り紙つきだ。


 黙って内容を聞いていたビアンカが、隣で何やら耳を抑えて具合を悪そうにしているアリアに気付いた。


「アリア、何を耳を抑えている?」

「あぁ、白翼。ちょっとあの魔獣の鳴き声が耳にね……」

「そんな耳を塞ぐほどの咆哮だったか?」

「ヴェロニクスは通常人間には知覚できないほどの音の鳴き声を発する。それにより多彩なコミュニケーションを取っているらしいが、恐らくそれが原因だろう。《奏唄人(ハーモミューズ)》であるフィールドには、我々には知覚できない高周波でもあったのかもしれんな」

「こればかりはボクの宿命だね……」


 エンリケの説明に、アリアはかぶりを振って立ち上がる。

 思ったよりもダメージがありそうだ。


「念の為、あとで耳を見てやっても良いが?」

「え、遠慮するよ。客人(まろうど)さんはボクを調べようとする目がマジだから。見てもらうなら女医さんにするよ」

「はぁ〜い、わたしがちゃんと見てあげますよぉ。怖いおじさんはぁ、放っておきましょうねぇ」

「オリビア殿も治療の時怖いであります……」

「リコちゃん何か言いました?」

「ひぃ! 何も言ってないであります! 口が滑っただけであります!」

「ってことは何か言ったんですねぇ?」

「わぁぁ! お墓を掘ったでありますぅぅ!」

「大将、それを言うなら"墓穴を掘った"だよ。……ん? この場合あってるのかな?」


 態とらしくオリビアが怒り、リコがごめんなさいと繰り返す。

 その様子にエンリケを除く全員が笑う。

 その間に海賊は完全に鎮圧され、兵士達にしょっぴかれていった。


「でもぉ、彼らがいるなら安心ですねぇ。これならあーちゃんも、勝手に一人で酒場に行っても大丈夫ですねぇ」

「まぁ、うん。あの鳴き声は勘弁してもらいたいんだけど、安全と引き換えに我慢するよ」

「夜ならノワールが迎えに行く。流石に夜はあの魔獣も寝てるだろう」

 「それより、早く《いるかさん号》を直せる船大工を探さないと。停泊費もタダじゃないのに」


 そう、結局《いるかさん号》を直す船大工は見つかっていない。逸るリリアンをコロンが抑える。いつもとま逆の光景だ。


 それを傍目にエンリケは考えていた。


 暴利な組合に加入せよとする船大工。

 それに妙に幅をきかせているサルヴァトーレ、姿の見えないボンターテも気にかかる。

 船大工を探す上で、恐らく避けては通れないだろう。


 エンリケは一人舌打ちした。

 癪だが、調べる必要がありそうだ。


「さて、俺も少し一人で歩かせてもらう」

「えっ、ちょ、ちょっと」

「リリアン・ナビ。お前もCキャプテン・コロン達と少しは街を回ると良い。時には視点と気分を変えるのも重要だ」

「あ、ならボクも早速広場で演奏してくるよ。それと一緒に楽器も修復出来る所で探したいし」

「アリアまで。あ、ちょっと待ちなさいよ!」


 アリアとリリアンが話している隙に、エンリケはさっさと人混みの中に消えていった。

 その姿を見たビアンカが鼻を鳴らした。


「ふんっ、協調性がないな。奴は」

「別にししょーの愛想が悪いのは今に始まった事じゃないであります!」

「うむ。まぁ、キケらしいと思うだけだな! そうだ、リリー! 案内したい所も沢山あるんだ! 中には《未知の領域》について情報を売っている所もあった! だが、わたしはキチンと相談するまで入らなかったぞ! えらいだろ! えっへん! 早速案内してやるぞ。ついてきてくれ!」

「あ、コ、コローネ」


 さっさと行くコロン。それを追っていたリリアンの目に指名手配の張り紙が目に入る。


「やっぱり海賊も集まるだけあって手配書も沢山あるのね。まぁ、殆どが機能しているとは思えないけど」


 恐らくこの国と海賊の一部は癒着している。中にはこの国が海賊行為を認める私掠船というものがあるので、間違いないだろう。


 リリアンは様々な名前と人相が描かれた手配書を見る。様々な手配書の中で、一際大きく張り出されているものがあった。


「何これ掠れてて全然読めないわね。しかも日付からして十年前の手配書じゃない。……ラン・フェルナン……とこっちはツヴァイク? 姓しか読めないじゃない。……ツヴァイク? どっかで聞いたような……それにこの男、何処かで見たような面影が……」

「リリー! 置いていくぞ!」

「あ、待ってよコローネ!」


 結局リリアンは最後まで読むことが出来なかった。







?ラン・フェルナン?

 別名『兇猛王』

 賞金:7700金貨


??リ?・ツヴァイク

 別名『毒針鼠』

 賞金5000金貨


 理由:トロイにおいての大規模な抗争を引き起こし、大商人組合のルスコールの当主をを殺害及び、組合を壊滅。建物、兵士に甚大な被害をもたらした罪。



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