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嵐は突然に

「コローネ」

「お、リリー! 聞いてくれ、リコがな。私が宝物を落としたことについて怒っているんだ。確かに悪かったかも知れんが謝っているのに一向に許してくれんのだ。だから」

「それよりも、話したい事があるの。今後のことについて相談したいわ」

「? わかった」


 雰囲気の違うリリアンを少し疑問に思いながらもコロンは頷く。その際、ちらりとリリアンはエンリケへ視線を向けていた。無論それに気づかないわけがない。


(なんだ? なぜこちらを見るリリアン・ナビ)

「あら雨?」

「おや、いつの間にか太陽を雲が隠してしまっているね」


 ポツポツと降り始めた雨にアリアとクラリッサが気づいた。

 先ほどまでは晴れていたのにいつの間にか辺りは暗くなっていた。確かに海の上では天気が急激に変化する事があるがこれは少しおかしい。余りにも急すぎる。

 リリアンは嫌な予感がし、コロンとの会話を打ち切り咄嗟(とっさ)に「ビアンカ!」と呼ぶ。 


「なんだ、リリアン。自分は鍛錬するとさっき」

「ビアンカ、それよりも風はどうなっているの?」

「風? そうだな。上空で南から渦が巻いたようになっている」

「クラリッサ、海の様子は?」

「えと、ちょっと待って。……さっきより海流の流れが強くなってる。それにお魚も進む先から大急ぎで退散しているわ」

 急いで海に潜り、確認したクラリッサからの答えを聞きリリアンは考え込む。



 不思議な雲の流れ。

 風のうねり。

 海の中の異変。



 それが示すのは一つしかない。


「リコ、急いで猿達に命じて帆を畳みなさい! バリスタと荷物も急いで閉まって! それと倉庫から山ほどロープを持ってきて! 早く!」

「え、わ、わかったであります!」

「リリー」

「えぇ、コローネ」


 リリアンは真面目な表情で言った。


()が来るわ」





 海上で恐ろしいものは何か。

 海賊や魔魚の襲撃は確かに恐ろしいだろう。飢えや水不足も船乗りにとって恐怖だ。だが最も(・・)という言葉がつけば、ひとえに口を揃えてこう言う。


 ーー嵐と。


 先ほどまでの快晴から一変、分厚い曇天(どんてん)に太陽は隠され轟々とした雨が叩きつけるように甲板に降り注ぐ。

 波も荒れ果て、煽られて揺られるいるかさん号は右へ左へ、上へ下へと右往左往される。立つのも精一杯なほど激しい揺れだ。


「さっきまで晴れていたのに、何て嵐だ。まるで風神の怒りを具現化させたかのようだ。正に世界の終末か」

「口を開く暇があったら手を動かしなさい。今回ばかりはサボるのは許さないわ!」

「分かっているよ、ボクもこんな所で沈むのはごめんだからね」


 海に落ちないように腰に命綱をしながら、アリアも猿たちの手伝いに入る。さすがに事態が事態なので真面目に行なっている。今なお甲板に入ってくる水をかき出している。

 エンリケも同じように腰にロープを巻きながら、バリスタの固定を急いでいた。荒波に叩きつかれ、このままだと船から落っこちる可能性が高いためだ。


 他のみんなも自らの仕事を懸命に果たす。ここでいるかさん号が沈没すれば皆仲良く溺死なのでこの時ばかりは互いの確執も忘れ作業に集中する。

 そんな時閃光が迸った。次いで轟音。


「っ、雷! みんな無事!?」

「しまった、今のでマストに火が!」


 先ほどの光の正体は雷であった。

 それが船の後方、ミズンマストのてっぺんに落ちた。 凄まじい勢いでミズンマストに火が燃える。


「ふぁみり〜たち!」

 近くで帆を畳んでいたミラニューロテナガザルの何匹かが雷に巻き込まれ落下した。それに慌てて駆け寄るリコ。しかし火は止まらない。


「リコっち下がって! 《 いと深き慈愛をもって、優しく包み込みなさい、水海月(オーレリア)》」


 クラリッサが形成した丸い水が火を包み込む。水の球体はそのまま火を包み続け、すぐに鎮火される。


「ナイスよ、クラリッサ! リコ状況は!?」

「い、今ので白毛と赤尻、ゆびながが巻き込まれたであります。みんな気を失って動かないであります……」

「なら船の中に入れときなさい! オリビアが治療してくれるわ!」

「りょ、了解であります。っあ」

 エンリケも診察したかったが今は別の仕事がある。オリビアに診てもらったほうが適任だろう。

 リコが猿たちを運んでいる最中(きし)むような音が鳴るに気づく。


「やばいであります、マストが!」

「嘘でしょ!?」


 先ほどの雷で支柱に衝撃が入ったのか、ミズンマストが音を立てて傾き始めた。

 このままでは一気に重心が寄ってしまい転覆は免れない。

「ふんっ!」

 ガシッとコロンが持ち前の力で折れようとするミズンマストを押さえ込んだ。


「ナイスコローネ! リコ、猿たちを連れてすぐに補強しなさい!」

「了解であります!」


 リコとミラニューロテナガザルは熟練された動きで折れそうになったミズンマストをロープと板で打ち付け補強する。これで転覆は免れた。ひとまずはホッとする。

 だが状況は芳しくない。今も絶え間ない暴風と荒波がいるかさん号を襲う。


「クラリッサ、波を安定させられないのか!?」

「バカ言わないでよ、海の中も大荒れよ! こんなのいくらあたしが水を操れると言っても無理があるわ! (タツ)も頑張ってるけど、船を転覆させないようバランスを取るので精一杯だわ!」

「だろうな、自分も少しばかり風を操れるとはいえ嵐を止める事は出来ん! ノワールと一緒に居ても無理だ!」


 少しでも和らげようとクラリッサとビアンカが水と風で相殺を試みるが焼け石に水の状態で、それ以上の質量で自然の猛威が襲いかかる。それでもないよりはマシと相殺を続ける。


「大変です!」

「オリビア! さっき雷の余波に当たった猿たちはどうなった!?」

「大丈夫よ。気を失っているだけ。それも今はティノちゃんに看てもらってます。それよりも船の一部から浸水しています!」

「なんですって!?」

「こんな時に限ってか!」

 オリビアの報告に顔色が悪くなる。ただでさえ手が足りていないのにこの上浸水とは非常にマズイ。

「仕方ない。俺がいこう。船の修理ならある程度任せろ」

「待っておくれよ、ボクも行くよ。ボクの()なら僅かな水音も聞き逃さない。うってつけだと思う。そうだろう、ナビ女史?」

「……わかったわ、代わりにノワールをたたき起こしてくる。あんた達は今すぐ穴を塞いできて」

 悩んだ末にリリアンは二人に任せることにした。アリアは任されたと頷く。エンリケもついでに後で猿たちの容態も念のため確認しておこうと思いながら、二人はオリビアに案内され船の中に入っていった。




 その後も嵐は止まない。だが確実に、少しずつ変化は訪れていた。


「っ、雨が少し弱まって来た……?」

「リリーあれをみろ!」


 コロンの指し示した先には、遠いが確かに明るいところであった。

 あそこに行けば嵐は止むだろう。


「皆、頑張れもう一息だ!」

 コロンのその言葉に船員たちは「おぉ!」と答えた。





 数十分後。

 嵐の領域を抜けるとあれだけ激しかった嘘のように晴れ渡っていた。多くの損傷を受けながらも《いるかさん号》は無事に海面に漂っていた。


「みんな、生きてる……?」

「な、なんとか……」


 息も絶え絶えになりながらも思い思いに床へ壁へ支柱へと(もた)れ、寝そべる一同。ノワールは嵐が過ぎ去ったとわかるとさっさと部屋に引きこもってしまった。その姿はエンリケは見ていない。


「うえー、体がびしょびしょ気持ち悪いであります……」

「自分も、羽根が水分を吸ってしまっている。これでは飛ぶのに支障が出る……」

「あぁ、ボクの楽器も濡れてしまっている! これじゃ変な風に錆でも出来て音色が変わってしまう!」

「心配するのそっちなんだ……」

 誰もが疲労困憊で身体が濡れたことに不快感を表す(一名別の事を心配しているが)。

 エンリケは一部服が透けている女子らに何か言われてはたまったものではないと既に背を向けて休んでいた。


「皆さん、お疲れ様。体冷えたでしょう? 温かい紅茶を入れたから暖まってくださいねぇ」

「……ん!」

 紅茶を運んで来たオリビアとタオルを山ほど抱えたティノが、疲労困憊のみんなに配る。

 タオルで体を拭いた後、紅茶を受け取る。飲むと冷えた体が暖まる感覚に全員ほっと一息をつく。


「はい、エンリケさんもどうぞ」

「あぁすまん」

「わたしじゃ力仕事ができませんからぁ、これくらいさせて下さい」


 片腕のオリビアでは力仕事には適さない。ティノも子どもなのでやはり期待できないだろう。

 だからこうして何かあった時、皆の労を労うのは自分の仕事だとオリビアは認識していた。だけど、これくらいしか出来ないことに歯がゆさも感じていた。

「いや、こうして紅茶を持ってきてくれるのはありがたい。だからそう悲しそうな顔をするな」

「……ありがとうございます」

「お前も、感謝する」

「……ぅ!」

 エンリケは紅茶を飲みつつ、タオルを持ってきていたティノにも礼を言っておく。相変わらず恥ずかしがり屋なのか顔を真っ赤にさせオリビアの背後に隠れた。


「はぁ、やっと体が暖まった。やっぱりオリビアの紅茶は美味いな」

「コロちゃん、そんなことありませんよぉ。これくらいならリリアンさんもできます」

「オリビアどの、白毛たちはどうでありますか?」

「今はもう大丈夫よぉ。一部毛が焦げちゃった子もいるけど命に別状ないわぁ」

「よかったであります……」

「さて、とりあえず難は去ったんだよな、リリー?」

「まだよ…先ずはここが何処だか把握しなきゃ……」


 嵐のせいで無茶苦茶な軌道を描いてしまった。その為予定していた航路から外れてしまっている可能性がある。

 のろのろと立ち上がり、近くの樽に地図を広げながらコンパスも取り出し現在の居場所を確認する。


「リリアン」

「なによ、ビアンカ。今は忙しいから後に……」

「島が見える」

「はいっ!?」


 ぐりんと髪についた水を飛ばすほど勢いよく振り返る。

 そして望遠鏡で覗くと確かに緑で生い茂る島が見えた。


「おかしいわ、地図にはこの辺り島何て一つも……」

「ならあれは前人未踏の新たな島と言うことか!?」

「リコたち新しい島を見つけたでありますか?」

「待ってよ、早計だわ」

 わーいと喜ぶ二人を窘める。

 一刻前までの険悪さは何処へやら。二人は仲良く喜んでいた。

「とりあえず上陸してみよう! どの道落ちついて修理する為にも停泊は必要だ」


 先ほどの嵐でいくつかの箇所が破損してしまった。応急処置こそしたが目に見えないだけで他にも破損している箇所はあるかもしれない。何処かに停泊して詳しい状態を見る必要がある。

 そう述べるコロンだが、明らかに興味は島にへと移っており、建前である頃がわかる。キラキラとした目で島を見つめていた。他のメンバーも大なり小なり島への興味に目を輝かせていた。








「……あれは」

 そんな中ただ一人だけ、色ない瞳で島を見つめる男がいた。

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