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太陽の神子は月に祈った

作者: にしはじめ
掲載日:2026/02/11


 ――こんな世界なんかいらない、壊れちゃえ。


====


 堕ちた聖女が崩れ落ちた。

 第二王子の剣が胸を貫き、赤い月光がきらめくように舞い散る。


 そして、堕ちた聖女は……自分を倒した第二王子ではなく、その後ろにいた少女へと一瞬目を合わせ、動かなくなった。


「……勝った……のか?」


 第二王子が信じられない、とぽつりと呟く。


 手ごわい敵だった。

 月に堕ちた聖女とはいえ、敵は無限に自己回復を繰り返してきた。

 いくら攻撃しようが瞬く間に傷はふさがり、代わりに多種多様な呪いや刺すような痛みが返ってくる。

 限界だった。

 誰もがそう感じただろう。


 異世界から召喚した少女、太陽の神子がいなければ勝ち目はなかった。

 彼女が堕ちた聖女の呪いを解き、傷を癒してくれたからだ。


「ようやく……勝った……勝ったんだ!!」


 冒険者の一人が叫ぶと、それに釣られたのか残りの二人も歓喜をあげた。


「やったぞ! 俺たちは勝った! 堕ちた聖女を、俺たちが倒したんだ!」

「うわぁぁぁぁぁ! やったぁぁぁぁぁぁ!」


 そんな三人を尻目に、第二王子は神子に近寄っていく。


「ありがとう、リン。君のおかげで勝てた。これで君とようやく結ばれることができる。リンも嬉しいだろう?」

「……ええ……そうね」


 太陽神から遣われし神子が、なぜか漫然としながら答えた。


====


 太陽の神子は今から五年前、教会の手により異世界から召喚された。

 当時、彼女は十歳。

 大勢の男性たちに囲まれていて、恐怖に震えながら泣き叫んでいた。


「お父さんは? お母さんはどこ? ここはどこ? お家に帰りたい!」


 王族の代表として、当時十五歳の第二王子も参加していたが、泣き叫ぶ子を見て可哀想に思えて話しかけたのがきっかけだ。


「君の名前はなんて言うんだい?」

「……リン。お兄ちゃん、お父さんとお母さんはどこにいるの?」

「リンって言うんだ。リン、君はね……」


 それから第二王子はリンと次第に仲良くなっていった。


 ただ第二王子も王族であり、きちんと仕事が与えられていた。

 またリンも教会の教育に加え、神子としての力を扱う訓練が必要ということもあり、互いに頻繁には会うことができなかった。

 せいぜい二か月に一度、それも一時間くらいだろう。


 その時間のために、リンは教育を受けていた。

 最初に声をかけてくれた、優しいお兄さん。

 次第に恋心を抱いてしまうのも、仕方がないだろう。


 そうしてリンが十三歳になったとき、いよいよ堕ちた聖女を倒す旅に出た。

 彼女の随伴として、手練れの冒険者三人と第二王子が加わった。


 旅の道中、リンはなかなか会えなかった期間を取り戻そうと、第二王子と話しをしまくった。

 そして、いつか旅が無事に終われば、結婚しようと約束をした。


 そうして旅に出て二年後、ようやく堕ちた聖女の討伐に成功したのだった。



====


 教会と国は、神子をどう扱うか相談をしていた。

 何せ堕ちた聖女を倒したのだ。その功績は非常に大きい。


 教会としては、象徴的存在として、枢機卿の地位についてほしい。

 国としては、王子の誰かと結婚して、その血を取り込みたい。


 会議は難航したものの、最終的に第二王子と神子は結婚を約束していたため、国側が神子を取り込むこととなった。

 ただし神子の戸籍は教会所属とし、外部枢機卿とした。


 その決定を受けた第二王子は、喜び勇んでリンと会いにいった。

 いくつかの連絡事項を持って。


「えっ? 学校に通うんですか?」

「ああ、俺は第二王子だ。どうしても、結婚するとなると貴族としての教育が必要になるし、卒業しないと貴族とはなれない」

「教会で教えていただくことは、できないのですか?」

「教会は神の教えを説く場所であり、貴族の教育を行う場ではないな」


 リンは不安だった。

 ここに召喚される前までは学校へ通っていたものの、それから五年以上だ。

 周りにいるものは教会の大人たちであり、さらに旅に出てからは第二王子と、雇われた冒険者三人のみ。

 今さら同世代のいる学校に通えと言われても、不安しかない。


 しかし学校に通わなければ、第二王子と結婚できない、と言われてしまえば通うしかない。

 仕方なくリンは、貴族たちの通う学校へいくことにした。


 第二王子は旅へ出る前に卒業しているので、一緒に通うことはなかった。

 一人で学校へ行くものの、やはり周囲から浮いていた。


 リンからは話すことがなく、また周りも堕ちた聖女を倒した神子ということで、迂闊に話しかけられない。

 互いが互いに接しないまま、卒業式を迎えた。


 そしてリンが学校へ通っている間、教会は過去の書物を読み漁り、一つの事実を認識した。

 それは異世界から召喚されたものは、この世界で子を成すことができない、というものだ。

 過去誰一人として、子を成していなかった。


 この世界とリンの生まれた世界、姿は似ているものの別の人種であり、DNAが異なるため子は出来ない。


 この事実を国に報告した。

 教会の意図としては、子ができないならば、貴族としては致命的だ。だから、教会へ戻してほしい。

 それだけだった。


====


 学校の卒業式で、無事卒業証書を受け取ったリン。

 覚えることはたくさんあった。

 他の貴族であれば、入学する前に知っておくべき礼儀作法、茶会の作法、言い回しなどを覚える必要があったからだ。

 それだけに、ひと際嬉しさが込み上げてくる。


 そしてその夜に行われた卒業パーティで事件が起こった。


「すまないリン。君とは結婚できない」


 え? なんで?


「俺は第二王子だ。貴族の頂点となる王族であり、次世代の子は必要だ」


 結婚するだけならば出来た、と第二王子は言っている。

 さらに子どもが必要であれば、第二夫人を迎えればいいとも。


 しかし王族には神子の血が必要であり、その血が残らないのであれば、教会所属のまま残すべきだ、と。


 これらを第二王子は、リンに懇々と説明をした。

 しかしリンはよく分からなかった。


 なぜ? 好きな人同士で結婚するのは、当たり前じゃないの?

 どうして結婚できないの?

 どうして? どうして? どうして?


 もしかして、第二王子はリンの事が好きじゃなかった?

 だから理由を付けてごまかして、結婚できないようにしているの?


 ……そっか。


 両親と無理やり離れ離れにさせられた。

 勝手に神子などと祭りあげられ、家に帰してもらえなかった。

 学校で習ってきたことと全く違う勉強をさせられ、あげく二年もの間、旅に連れていかれた。

 帰ってからも三年もの間、友達もいない貴族の学校へ通わせられ、全く知らなかった勉強を強いられた。


 そして唯一心の安寧だった第二王子とも結婚できない。


 何のために、自分はここにいたのだろうか。

 何のために、自分は頑張ってきたのだろうか。

 ぐるぐると思考が回る。


 そして……。


====


 その日の晩、リンは教会の自室で一人、静かに窓から月を眺めていた。


 未だ思考はまとまっていない。ぐるぐると同じことを繰り返す。

 そうして暫く経っただろうか、月が完全に天高く昇った時だ。

 不意に窓から差し込む月光が、室内へと広がっていった。


 それを何の感情も見せずに、リンはぼんやりと眺める。


(ふふっ、あの子も貴女に似ていたわね)


 誰かの声がリンの頭に鳴り響く。


 あの子って誰だろう?

 でも、そんなことはどうでもいい。


(貴女、もうこんな世界なんていらないでしょ?)


 うん……いらない。


 私が何をしたというのか。

 神子として、精一杯努力してきたつもりだ。

 それに対し教会は……国は何を私にしてくれたのだろうか?


 教皇は私に、枢機卿の地位を用意する。教会のために今後もいてほしい、と言ってきた。

 地位? 栄誉? お金?

 私はそんなものなんていらない。


(さあ、こっち側へおいで?)


 こっち側って、どこ?


(簡単よ、私に……月に祈ればいいだけ)


 そっか。

 簡単だね。


====


 それは静かに行われた。


 王都にいた人々は、月の光を浴びた瞬間、塩へと変化していった。

 リンのいた教会を中心に、屋外、屋内関係なく、それはどんどんと広がっていく。

 人々の悲鳴も、叫びも一切なく、ただ静かに。


 当然、異変に気が付いたものもいた。

 見張りを行っていた兵士、徹夜で仕事をしていたもの、夜勤当番のものなどだ。

 彼らは自身の身体が塩へ変化していくのを、目を見開いて驚愕する。

 全く痛みはなかったし、声も出せなかったからだ。


 そして朝を迎えたとき……第二王子だけを残し、他の人々は全て塩へと変わっていた。


 起きた第二王子は周囲の異変に気が付いた。

 何せ人気は全くなく、そこら中に塩の塊が散らばっていたからだ。


「……これはどういうことだ?」


 どうしてこうなったかは分からないが、原因は推測できる。

 堕ちた聖女が使っていた呪いだ。

 戦いの時はリンが……神子がそれを未然に防いでくれていた。しかし本来その呪いは非常に強力だ。

 いくつもの町や村にいた人々が、堕ちた聖女の手によって塩へと変わっていたのだ。


 そして第二王子が、頼れるものはリンしかいなかった。

 彼女ならきっと無事なはずだ。

 堕ちた聖女の呪いですら、見事に防ぎ切ったのだから。

 急いでリンのいる教会へと走っていく。


 そして教会へとたどり着いた彼は、そのまま彼女の自室へと駆けていく。

 過去何度もリンの部屋を訪れたことがあるため、教会内部は詳しく知っている。

 その足取りに迷いはなかった。


 とうとう部屋の前に着いた彼は、一息入れたのちドアをノックした。


 ……返事はない。


 彼はドアノブを回すと、鍵はかかってなく、そのまま開いた。

 そうして、予想通り部屋の中にリンの姿が見えた。


「リン! 聞いてくれ! 王都が……町の人々が塩に!」


 彼女へと駆け寄りながら、大声で事情を説明する。

 しかしリンからの返事はなかった。

 いつもなら、こちらを振り向いて嬉しそうに返事をしてくれるのに。


 もしかして昨日の卒業パーティで、結婚できないと伝えたことを根に持っているのだろうか?


「リン!」


 彼女の肩を掴んだ。


 ――こんな世界なんかいらない、壊れちゃえ。


 リンの声が聞こえたと思った瞬間、彼女の身体も塩となって崩れていった。


 唖然とする第二王子。

 そこへ、リンが持っていただろう紙が床に落ちていることに気が付いた。


 それには――。


 どうしても第二王子だけは、呪いをかけられなかった。

 大好きだったから。

 だから貴方もリンと同じように、独りぼっちで生きて欲しい。


 そう書かれていた。




ダークファンタジーとか、救いのないお話しって書いたことがなかったので、お試しに。


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