太陽の神子は月に祈った
――こんな世界なんかいらない、壊れちゃえ。
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堕ちた聖女が崩れ落ちた。
第二王子の剣が胸を貫き、赤い月光がきらめくように舞い散る。
そして、堕ちた聖女は……自分を倒した第二王子ではなく、その後ろにいた少女へと一瞬目を合わせ、動かなくなった。
「……勝った……のか?」
第二王子が信じられない、とぽつりと呟く。
手ごわい敵だった。
月に堕ちた聖女とはいえ、敵は無限に自己回復を繰り返してきた。
いくら攻撃しようが瞬く間に傷はふさがり、代わりに多種多様な呪いや刺すような痛みが返ってくる。
限界だった。
誰もがそう感じただろう。
異世界から召喚した少女、太陽の神子がいなければ勝ち目はなかった。
彼女が堕ちた聖女の呪いを解き、傷を癒してくれたからだ。
「ようやく……勝った……勝ったんだ!!」
冒険者の一人が叫ぶと、それに釣られたのか残りの二人も歓喜をあげた。
「やったぞ! 俺たちは勝った! 堕ちた聖女を、俺たちが倒したんだ!」
「うわぁぁぁぁぁ! やったぁぁぁぁぁぁ!」
そんな三人を尻目に、第二王子は神子に近寄っていく。
「ありがとう、リン。君のおかげで勝てた。これで君とようやく結ばれることができる。リンも嬉しいだろう?」
「……ええ……そうね」
太陽神から遣われし神子が、なぜか漫然としながら答えた。
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太陽の神子は今から五年前、教会の手により異世界から召喚された。
当時、彼女は十歳。
大勢の男性たちに囲まれていて、恐怖に震えながら泣き叫んでいた。
「お父さんは? お母さんはどこ? ここはどこ? お家に帰りたい!」
王族の代表として、当時十五歳の第二王子も参加していたが、泣き叫ぶ子を見て可哀想に思えて話しかけたのがきっかけだ。
「君の名前はなんて言うんだい?」
「……リン。お兄ちゃん、お父さんとお母さんはどこにいるの?」
「リンって言うんだ。リン、君はね……」
それから第二王子はリンと次第に仲良くなっていった。
ただ第二王子も王族であり、きちんと仕事が与えられていた。
またリンも教会の教育に加え、神子としての力を扱う訓練が必要ということもあり、互いに頻繁には会うことができなかった。
せいぜい二か月に一度、それも一時間くらいだろう。
その時間のために、リンは教育を受けていた。
最初に声をかけてくれた、優しいお兄さん。
次第に恋心を抱いてしまうのも、仕方がないだろう。
そうしてリンが十三歳になったとき、いよいよ堕ちた聖女を倒す旅に出た。
彼女の随伴として、手練れの冒険者三人と第二王子が加わった。
旅の道中、リンはなかなか会えなかった期間を取り戻そうと、第二王子と話しをしまくった。
そして、いつか旅が無事に終われば、結婚しようと約束をした。
そうして旅に出て二年後、ようやく堕ちた聖女の討伐に成功したのだった。
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教会と国は、神子をどう扱うか相談をしていた。
何せ堕ちた聖女を倒したのだ。その功績は非常に大きい。
教会としては、象徴的存在として、枢機卿の地位についてほしい。
国としては、王子の誰かと結婚して、その血を取り込みたい。
会議は難航したものの、最終的に第二王子と神子は結婚を約束していたため、国側が神子を取り込むこととなった。
ただし神子の戸籍は教会所属とし、外部枢機卿とした。
その決定を受けた第二王子は、喜び勇んでリンと会いにいった。
いくつかの連絡事項を持って。
「えっ? 学校に通うんですか?」
「ああ、俺は第二王子だ。どうしても、結婚するとなると貴族としての教育が必要になるし、卒業しないと貴族とはなれない」
「教会で教えていただくことは、できないのですか?」
「教会は神の教えを説く場所であり、貴族の教育を行う場ではないな」
リンは不安だった。
ここに召喚される前までは学校へ通っていたものの、それから五年以上だ。
周りにいるものは教会の大人たちであり、さらに旅に出てからは第二王子と、雇われた冒険者三人のみ。
今さら同世代のいる学校に通えと言われても、不安しかない。
しかし学校に通わなければ、第二王子と結婚できない、と言われてしまえば通うしかない。
仕方なくリンは、貴族たちの通う学校へいくことにした。
第二王子は旅へ出る前に卒業しているので、一緒に通うことはなかった。
一人で学校へ行くものの、やはり周囲から浮いていた。
リンからは話すことがなく、また周りも堕ちた聖女を倒した神子ということで、迂闊に話しかけられない。
互いが互いに接しないまま、卒業式を迎えた。
そしてリンが学校へ通っている間、教会は過去の書物を読み漁り、一つの事実を認識した。
それは異世界から召喚されたものは、この世界で子を成すことができない、というものだ。
過去誰一人として、子を成していなかった。
この世界とリンの生まれた世界、姿は似ているものの別の人種であり、DNAが異なるため子は出来ない。
この事実を国に報告した。
教会の意図としては、子ができないならば、貴族としては致命的だ。だから、教会へ戻してほしい。
それだけだった。
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学校の卒業式で、無事卒業証書を受け取ったリン。
覚えることはたくさんあった。
他の貴族であれば、入学する前に知っておくべき礼儀作法、茶会の作法、言い回しなどを覚える必要があったからだ。
それだけに、ひと際嬉しさが込み上げてくる。
そしてその夜に行われた卒業パーティで事件が起こった。
「すまないリン。君とは結婚できない」
え? なんで?
「俺は第二王子だ。貴族の頂点となる王族であり、次世代の子は必要だ」
結婚するだけならば出来た、と第二王子は言っている。
さらに子どもが必要であれば、第二夫人を迎えればいいとも。
しかし王族には神子の血が必要であり、その血が残らないのであれば、教会所属のまま残すべきだ、と。
これらを第二王子は、リンに懇々と説明をした。
しかしリンはよく分からなかった。
なぜ? 好きな人同士で結婚するのは、当たり前じゃないの?
どうして結婚できないの?
どうして? どうして? どうして?
もしかして、第二王子はリンの事が好きじゃなかった?
だから理由を付けてごまかして、結婚できないようにしているの?
……そっか。
両親と無理やり離れ離れにさせられた。
勝手に神子などと祭りあげられ、家に帰してもらえなかった。
学校で習ってきたことと全く違う勉強をさせられ、あげく二年もの間、旅に連れていかれた。
帰ってからも三年もの間、友達もいない貴族の学校へ通わせられ、全く知らなかった勉強を強いられた。
そして唯一心の安寧だった第二王子とも結婚できない。
何のために、自分はここにいたのだろうか。
何のために、自分は頑張ってきたのだろうか。
ぐるぐると思考が回る。
そして……。
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その日の晩、リンは教会の自室で一人、静かに窓から月を眺めていた。
未だ思考はまとまっていない。ぐるぐると同じことを繰り返す。
そうして暫く経っただろうか、月が完全に天高く昇った時だ。
不意に窓から差し込む月光が、室内へと広がっていった。
それを何の感情も見せずに、リンはぼんやりと眺める。
(ふふっ、あの子も貴女に似ていたわね)
誰かの声がリンの頭に鳴り響く。
あの子って誰だろう?
でも、そんなことはどうでもいい。
(貴女、もうこんな世界なんていらないでしょ?)
うん……いらない。
私が何をしたというのか。
神子として、精一杯努力してきたつもりだ。
それに対し教会は……国は何を私にしてくれたのだろうか?
教皇は私に、枢機卿の地位を用意する。教会のために今後もいてほしい、と言ってきた。
地位? 栄誉? お金?
私はそんなものなんていらない。
(さあ、こっち側へおいで?)
こっち側って、どこ?
(簡単よ、私に……月に祈ればいいだけ)
そっか。
簡単だね。
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それは静かに行われた。
王都にいた人々は、月の光を浴びた瞬間、塩へと変化していった。
リンのいた教会を中心に、屋外、屋内関係なく、それはどんどんと広がっていく。
人々の悲鳴も、叫びも一切なく、ただ静かに。
当然、異変に気が付いたものもいた。
見張りを行っていた兵士、徹夜で仕事をしていたもの、夜勤当番のものなどだ。
彼らは自身の身体が塩へ変化していくのを、目を見開いて驚愕する。
全く痛みはなかったし、声も出せなかったからだ。
そして朝を迎えたとき……第二王子だけを残し、他の人々は全て塩へと変わっていた。
起きた第二王子は周囲の異変に気が付いた。
何せ人気は全くなく、そこら中に塩の塊が散らばっていたからだ。
「……これはどういうことだ?」
どうしてこうなったかは分からないが、原因は推測できる。
堕ちた聖女が使っていた呪いだ。
戦いの時はリンが……神子がそれを未然に防いでくれていた。しかし本来その呪いは非常に強力だ。
いくつもの町や村にいた人々が、堕ちた聖女の手によって塩へと変わっていたのだ。
そして第二王子が、頼れるものはリンしかいなかった。
彼女ならきっと無事なはずだ。
堕ちた聖女の呪いですら、見事に防ぎ切ったのだから。
急いでリンのいる教会へと走っていく。
そして教会へとたどり着いた彼は、そのまま彼女の自室へと駆けていく。
過去何度もリンの部屋を訪れたことがあるため、教会内部は詳しく知っている。
その足取りに迷いはなかった。
とうとう部屋の前に着いた彼は、一息入れたのちドアをノックした。
……返事はない。
彼はドアノブを回すと、鍵はかかってなく、そのまま開いた。
そうして、予想通り部屋の中にリンの姿が見えた。
「リン! 聞いてくれ! 王都が……町の人々が塩に!」
彼女へと駆け寄りながら、大声で事情を説明する。
しかしリンからの返事はなかった。
いつもなら、こちらを振り向いて嬉しそうに返事をしてくれるのに。
もしかして昨日の卒業パーティで、結婚できないと伝えたことを根に持っているのだろうか?
「リン!」
彼女の肩を掴んだ。
――こんな世界なんかいらない、壊れちゃえ。
リンの声が聞こえたと思った瞬間、彼女の身体も塩となって崩れていった。
唖然とする第二王子。
そこへ、リンが持っていただろう紙が床に落ちていることに気が付いた。
それには――。
どうしても第二王子だけは、呪いをかけられなかった。
大好きだったから。
だから貴方もリンと同じように、独りぼっちで生きて欲しい。
そう書かれていた。
ダークファンタジーとか、救いのないお話しって書いたことがなかったので、お試しに。




