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紅い桜  作者: 道豚
87/151

インストラクター交代

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。

 赤い胴体に白いストライプ、ラダーに白い菱形が縦に三個並んだ塗装の「ピッツ S-2S」がキングシティの「メサ・デル・レイ」空港に降りた。

「やれやれ……やっと帰ってこれたな。 さて……ベンが離脱して……スクールは、どうなってるのやら」

 小さな貸し格納庫の前に機体を止め、独り言を呟きながら男が一人スクールの方に歩き出した。




 サクラ達は、スクールの事務所の片隅に陣取ってランチ……アンナが買ってきたテイクアウトのハンバーガー等……を食べていた。

「エンジン、調子良かったですね」

 フィッシュバーガーを持って、サクラは森山を見た。

「ああ、そうだな。 まあ、自信は有ったけどな」

 森山は、チーズバーガーを齧るのを止めて顔を上げた。

『ねえサクラ、二人で何を話してるの?……』

 イロナは、ダブルチーズバーガーを潰して口に入れている。

『……英語かハンガリー語で話をして頂戴』

『あ、ゴメン。 んじゃ、ハンガリー語で話すね……』

 サクラは、バーガーを一口齧った。

『……んぐ……エンジンは、調子が良かった。 午後からは、試験飛行が出来る。 そうですね、森山さん』

『ああ……そうだ。 大丈夫……飛ぶには問題ない』

 森山は、それ程ハンガリー語は上手くない。

『お帰りなさい、ユウイチ』

 そこにジェーンの声が聞こえた。

「え?」

 名前を呼ばれて、森山は振り返った。

『ただいま。 やっと帰ってこれたよ……』

 そこにはジェーンに向かって、片手をあげる男が居た。

『……外にある「エクストラ300L」が、話に聞いた日本の機体かい?』

『ええ、そうよ。 そこにいる……』

 ジェーンは、片手をサクラ達に向けた。

『……サクラの機体だわ』

『……ハイ……』

 名前が出たので、サクラは右手を振った。

『どうも……始めまして。 ここでインストラクターをしている、ユウイチ・タカツキです』

 高槻は、サクラ達の所に来た。

『始めまして、サクラです。 そして……』

 サクラは、仲間達を順番に指した。

『……秘書のイロナ……』

『……はじめまして……』

『……メカニックの森山……』

「……はじめまして……」

『……クルーのマールクとアンナです』

『……はじめまして……』

「ん? チョッと待ってくれ……」

 高槻は、森山を見た。

「……日本人? 日系じゃなくて」

「ええ、日本人です。 高槻さんもですか……ユウイチってのが、俺と同じ名前だ」

「おお、そうか。 因みに、どんな字を書くんだ? 俺は「オス・メス」の「雄」の字だ。 勇ましい、って事だな。 名前負けしてるがな」

 高槻は、苦笑して見せた。

「俺は「勇気」の勇です。 同じように勇ましい、って事ですかね。 俺も名前負けしてますね」

 森山も苦笑を浮かべた。

『……サクラ……二人は何を話してる?』

 イロナが、小声でサクラに尋ねた。

『名前が同じだから、って……それに使ってる漢字を教えあってる』

 サクラも小声になった。

『そう……んで? 違ったの?』

『うん。 高槻さんは「男」を表す漢字で、森山さんは「勇気」を表す漢字だって』

『そうかー 森山は勇気があるのね。 素晴らしい名前だわ』

『そうだね。 でも森山さんは、そんなことはないって……謙遜だね』

『日本人の美点だけど……欠点でもあるわね。 それこそ勇気を持って、必要な時は主張するべきだわ』

『ま……名前だから。 今はどうでも良いけどね』

『そ、そうね。 変なことで熱くなったわ』

 サクラとイロナは、顔を見合わせて笑った。




「森山さん、本当に良いんですね」

 サクラは前席の森山に、インカムで話しかけた。

「勿論だ。 俺がチューンしたエンジンだから、責任を持って確認しなくちゃな」

 そう……午後になってサクラが「エクストラ300LX」のテスト飛行をしようとしたら、森山が乗ってきたのだった。

「分かりました。 落ちても恨みっこなしですよ」

「そりゃ、俺のセリフだ」

「ふふ……そうですねー それじゃ……」

 サクラは、マイクのスイッチを切り替え……

{『KICトラフィック JA111G RW29より離陸』}

 ATCに離陸を宣言した。




「(……んー 110ノット、2300フィート……540よりは、少しパワーがあるけど……580までは無いかな?……)」

 サクラは「ルクシ」を上昇させながら、計器盤を見ている。

「どうだ? 調子は」

 森山の声が、インカムから聞こえた。

「良いですよ。 変な音もしないですし……」

 サクラは、エンジンの計器を見た。

「……全てグリーンです」

「パワーは?」

「オリジナルの540よりは、少し有るみたいです。 残念ながら580には届きませんね。 もっともここカリフォルニアは、日本より乾燥してるから……日本での580位のパワーは出てます」

「それは仕方がないさ……」

 森山は、特に気にしてないようだ。

「……キャブをインジェクションに替えて……後はポート研磨したぐらいだからな。 つまり吸気の効率を上げただけなんだ。 排気系は弄ってないし……圧縮比なんかも変わってない」

「でも「ルクシ」が久しぶりに飛べたんですから……森山さん、ありがとうございました……」

 サクラは、スティックを左右に小さく揺すった。

 「ルクシ」は、軽快に左右に主翼を振る。

「……「ルクシ」も喜んでますよ」

「いいって事よ。 これが俺のヴェレシュでの仕事だから……サクラちゃんの……いや『サクラ様』の為のメカニックだから」

 ちょっとおどけた声が、インカムから返った。

「なんか、森山さんから『様』なんて言われると……くすぐったいですね。 日本語の時は、以前の通り「ちゃん」でお願いします」

 そう……ヴェレシュの中では、森山はサクラの使用人でしかないのだから……身分に厳しいヨーロッパでタメ口はおろか「ちゃん」等と付けようものなら……何といわれるか。

 そしてそれは、サクラの評判にも返ってくる。

 でも……日本語なら……どうせ殆どの者には分からないのだから……何となく面映おもはゆい「様」でなく「ちゃん」でいいわけだ。

「OK。 これからどう飛ぶのかな? サクラちゃん」

「エンジンの確認と慣らしを兼ねて……この辺りをぐるっと……2時間ほど飛んでから帰ろうと思います」

「分かった、遊覧飛行だね。 ゆっくり楽しませてもらうよ」

 森山は、肩ベルトを緩めてキャノピーの外を眺めた。




 格納庫に仕舞った「ルクシ」のカウリングを外して、森山はエンジンをチェックしていた。

「(……ん! 何処も問題は無いな。 特にヒートしている所もないし……ハーネスの固定も問題ない……)」

 ハーネスの取り回しに関して……エンジンメーカーは、森山が以前おこなった改造を高く評価していて、改造部品を純正部品として販売するようになっていた。

『森山さん……』

 機体構造を点検していたマールクが、森山の所に来た。

『……機体各部に異常はありません』

『そうか、エンジンも 問題ない……』

 森山は、ウエスで手を拭いた。

『……これでサクラ様も 心置きなく 練習 出来る』

『そうですね。 大会まであと一ヶ月……』

 マールクは、頷いた。

『……良い成績を取られるといいですね』

『サポートを しっかり頼む。 俺は、エンジンメーカーに 行く……』

 森山は、エンジンヘッドを「ぽんぽん」と叩いた。

『……マールクが頼みだ』

『任せてください。 絶対ヘマはしません』

 マールクは、親指を立てた。




 ーーーーーーーーーーーーーー




 夜明け前……ようやく空が明るくなり始めた頃……イロナは「アウトバック」の運転席に居た。

『安全運転で行ってよ、イロナ』

 サクラは、横に立っている。

『大丈夫よ。 任せて頂戴……』

 イロナは、ドアに肘を乗せて顔を出した。

『……ユウイチを乗せてるんだから』

『森山さんも、気をつけて行ってね』

 サクラは、イロナの向こう側……イロナが邪魔で見難いが……助手席を覗き込んだ。

 そう……これから森山はサンフランシスコ空港に行き、エンジンメーカーの有る東海岸まで飛行機で行く事になっていた。

『ありがとう 大丈夫……』

 森山は……イロナの胸をかわす為……体を前に倒してサクラを見た。

『……向こうに 着いたら  直ぐに 作業に取り掛かって……』

 森山は、ハンガリー語の単語を探した。

『……3週間で 帰る。 大会に 間に合うよ』

『そう……でも無理はしないで。 今のエンジンで飛べるから』

 サクラは、頷いた。

『んじゃ、行くわね。 サンフランシスコで少し買い物をしてくるから……』

 イロナは、ギヤを入れた。

『……帰るのは夕方になるわ』

『はい、行ってらっしゃい』

 サクラが離れ「アウトバック」は走り出した。




 森山が置いていった「パネルバン」の助手席にドーラと二人で座って、サクラは飛行場に向かっていた。

『申し訳御座いません、サクラ様。 私ごときが同じ席に座るなんて』

 フルサイズのキャビンなので、十分二人が……特に女性が……並んで座れるのに、ドーラは小さくなっている。

『そんな事、気にしなくて良いのよ。 車がこれしかないのだから……』

 そう……イロナが「アウトバック」に乗っていったので、飛行場に行く足が「パネルバン」しか無くなったのだ。

『……そんなに小さくならなくていいから』

『あ!』

 サクラに肩を抱かれ、ドーラは小さく声を上げた。




『今日から彼が、担当インストラクターになったから』

 スクールの事務所に入った所でサクラはタッカーに呼ばれ、改めて高槻を紹介された。

『よろしく』

 高槻は、右手を出した。

『こちらこそ、よろしくお願いします……』

 サクラは、差し出された手を握った。

「……日本語でも大丈夫ですよ」

「お! 話せるのか? その容姿は、日本人じゃないだろ?」

 あまりに流暢な発音に、高槻は眼を剥いた。

「詳しくは話せませんが、国籍は日本です。 生まれはハンガリーですけど……」

 サクラは、ウインクをした。

「……高槻さんの、お好きな言葉でどうぞ」

「あ! いや……そうだなー……」

 高槻は、タッカーを横目で見た。

『……タッカーの居る地上では、英語で話そう……』

 サクラに視線を戻し、高槻は悪戯っぽく微笑んだ。

「……空の上では、日本語で構わないかな?」

「うふ……はい、それで構いません」

 釣られて、サクラも微笑を浮かべた。




後書き

 高槻が「ルクシ」を見て「エクストラ300L」だと思ったのは、「ルクシ」がエンジンを強化しただけの「エクストラ300L」だからです。

 つまり「ルクシ」は見た目は「エクストラ300L」と同じです。


 サクラの言う「540」や「580」はエンジンの名前で、正確には「Lycoming AEIO-540」と「Lycoming AEIO-580」です。

 それぞれ300馬力と315馬力の出力です。

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