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紅い桜  作者: 道豚
63/151

航空局

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 無事にデモ飛行を終わらせたサクラは、ホテルでシャワーを浴びて、イロナの持つドライヤーの風を髪に受けていた。

「(……ふぅ……こんなに範囲が狭いんだ……)」

 その手には、坂井から借りた「フォックス」のフライトマニュアルがある。

「(……ループのエントリーが190~210かー……これってキロだから……)」

 サクラは手を伸ばして、テーブルの上からスマホを取った。

『ちょっと! 動かないで』

 頭がいきなり動いた事で、イロナはドライヤーの向きを彷徨わせた。

『あ、ごめん……』

 サクラは、言いながらスマホの電卓機能を呼び出した。

『……ちょっと計算したいんだ』

『まあ、いいけど……何を計算するの?』

 イロナは、再びドライヤーを構えた。

『ん……このマニュアルはキロで書いてあるから、何だかんだピンッ、と来ないんだよね。 だからノットに直そうかなって……』

 サクラは、スマホの画面をポンポンと叩く。

「(……キロからノットにするには、0.536を掛ければいいから……190キロは102ノットで210キロは112ノット……)」

『終わったわ。 で? どうなったの?』

 髪は乾いた様で、イロナはドライヤーを止めた。

『うん……出来たよ。 ループのエントリーは、102ノットから112ノットの間だね。 その差は10ノット。 僅か10ノットなんだ』

 サクラは、後ろを振り仰いだ。

『ふ~ん……私はキロメートルで言った方が分かりやすいわ。 ドイツのアウトバーン並みの速度って事よね』

『ま、まあそうかもね。 イロナは地上で生きる人だから』

『なにそれ……』

 イロナは呆れた様子で、ドライヤーのコードを巻き始めた。

『……その20キロって、そんなに難しいの?』

『難しいよ。 飛行機には……特にアクロ機にはブレーキなんて付いてないんだから……』

 サクラは、ファイルとスマホを持ったまま立ち上がった。

『……速くなりすぎたら、上昇して速度を落とさなきゃならないんだ』

『速くならないようにすればいいじゃないの?』

 イロナは、ドライヤーをトランクに仕舞った。

『そうなんだけど……』

 サクラは、ベッドに座った。

『……演技によっては、それが難しい事もあるんだよね』

『そう……私には分からない事ね。 んじゃ、シャワー浴びるわ』

 イロナは、パンツ(ズボン)のベルトを外した。




『無事届いた? ん、宜しい』

 日付けが変わったころ、イロナはスマホに向かって小さな声で話していた。

『直ぐに交換して……そう……いえ、今付いてるハーネスは取っておいて……見られて困るなら、何か木箱にでも入れて』

 そう……アメリカから取り寄せたハーネスが、飛行場にいるクルーのもとに着いたのだった。

『いいこと、ミスは許されないわよ……もうデモ飛行は終わったけど、帰りがあるんだから』

 金曜日の深夜には届くだろう、と言っていたのだが……やはりそれは無理だったようで……それでも異例の速さでは届いたのだった。

『(……ふぅ……この遅れの原因は、後で調査させるべきかしら?……)』

 イロナは、スマホをサイドテーブルに置いた。

『(……良く寝てるわね……)』

 隣のベッドには、サクラがブランケットに包まっていた。




 朝になってホテルを引き払ったサクラとイロナは、飛行場に来た。

『それじゃ、私はこの件について調べるから』

 イロナは、駐車場でサクラに手を差し出した。

『うん。 イロナの予定より、ハーネスの届くのが遅かったんだよね……』

 サクラは、車のキーをイロナの掌に載せた。

『……んで、ハーネスは交換済み、と』

『ええ。 こんな事は、滅多に無いのよ。 ちゃんと原因を調べておかないとね』

 なるべく早く帰るから、とイロナは「フォレスター」のエンジンを掛けた。




『……ん! 交換ご苦労様。 ちゃんと付いてるね』

 クルーから報告を受けたサクラは「エクストラ300LX」のエンジンカウルを開けて確認していた。

『はい。 森山様の作ったブラケットは、外させて頂きました……』

 メカ担当のクルーが、ブラケットの付いていた場所を指差した。

『……一先ずマニュアル通りにするという事で御座いましたので』

『あら? 誰の指示?』

 そんなことは、サクラは一言ひとことも言ってない。

『イロナ様で御座います。 どうも嫌な気配がする、と仰ってました』

『嫌な気配、ねー どういう事?……』

 サクラは、首を捻った。

『……ま、とりあえず良いわ。 それじゃ、カウルを付けて』

『はい。 畏まりました』

 サクラは踏み台から降りて、ヤスオカのテントに向かった。




 正午を過ぎ、サクラは博美達のタープの下で一緒にお昼御飯を食べていた。

「後はアンノウンの2回目が残ってるだけだよね……」

 サクラは、テーブルの中央に置かれたジャッジペーパーを取り上げた。

「……でもさ、これを見ると……結果は分かってるんじゃない?」

 そう……そのジャッジペーパーは、殆どが10点にチェックが入っていて……それ以外を探すのが難しいぐらいだった。

「そう思うよな。 現実に、3ラウンドとも博美がトップだったからな」

 弁当に箸を突き立てて、加藤が頷いた。

「んーー 確かにそうだけど……そこで慢心しちゃいけないと思うんだ……」

 博美は、出汁巻き卵を箸で切り分けた。

「……4ラウンドとも1000点、なんて誰も成し遂げた事が無いんだから、挑戦したいよね」

「そうだな。 その為にも、演技を覚えて作戦を立てないとな」

 加藤の視線の先には、アンノウン第2ラウンドの演技が描かれたプリントが在った。

「凄いねー 最後のラウンドは私も見たいな……」

 サクラは、サンドイッチにかぶりついた。

「……ん? ウチのクルーかな」

 場違いな姿に注目を浴びながら、メイド服を着た女性が歩いてくるのが見えた。




『サクラ様、航空局の者だと言う男性二人が、来ております』

 来たのは、やはりサクラのクルーの一人だった。

『ご苦労様。 航空局? 用件は聞いた?』

 途中まで食べたサンドイッチを、サクラはバスケットに戻した。

『はい。 「エクストラ300LX」の耐空検査の事だそうです』

『そう……不備なところは無いはずだけど……』

 サクラは、首を傾げた。

『……イロナは、まだ帰ってないよね……仕方ない……いいわ、合いましょう。 貴女は、機体の書類入れからファイルを持ってきて。 何処に居るの?』

『ひとまず、移動リビングに案内致しました』

『分かった。 それじゃ、ファイルの事お願いね』

うけたまわりました』

 メイド服をひるがえし、クルーは早足で戻っていった。




 サクラが移動リビングのドアを開けて中に入ると、ソファから親子のように良く似た男達が立ち上がった。

「戸谷サクラです」

 近寄り、サクラは右手を出した。

「どうも……鈴木です」

「伊藤です」

 男達も、それぞれに手を出した。

「どうぞ、座って下さい……」

 握手が終わり、サクラは二人にソファを進めた。

「それでは……失礼します」

 二人は、揃って腰を下ろす。

「っで? どういった用件でしょうか?……」

 二人が座ったのを見て、サクラはソファに腰を下ろした。

 長い脚は、揃えて横に流している。

「……耐空検査の事だと聞きましたが」

「えっとですね……」

 年上の方の鈴木は、ポケットから名刺入れを取り出した。

「……私は、こう言う者です」

「あ、ありがとうございます……」

 サクラは、両手でそれを受け取った。

「……安全部航空機安全課?」

「はい。 戸谷さんは、詳しくないかもしれませんが……航空機に関する安全基準の策定、型式証明や耐空証明の実施……等を行う部署になります。 こちらの伊藤も同じ部署です」

 鈴木は、掌で隣を指した。

 それを受けて、伊藤も名刺を出した。

「はぁ……それで、何か機体に問題でも有ったんでしょうか?」

「いえ、機体そのものに問題は報告されてません。 ただ、私達は補修部品の耐空証明にも関わっているんですよね……」

 伊藤が、バッグから書類を取り出した。

「……それでですね……先日から此処で飛ばして見える「エクストラ300LX」に、耐空証明の無いパーツ……正確に言うと、高圧コードが使われているのではないか? という通告があったんです」

「え! そんな事を……誰が?」

 まさかの密告たれこみに、サクラは耳を疑った。

「ま、出所が何処か? なんてのは、正直どうでも良いんです。 間違いなら、それならそれで良いんですから……」

 鈴木は、サクラの顔を真っ直ぐに見た。

「……調査の協力、お願いできますね?」

「は、はい。 分かりました」

 サクラは、取りあえず頷いた。

「ありがとう御座います。 それでは、機体やエンジンの書類は在りますか?」

『ファイルは持って来た?』

 鈴木の言を受けて、サクラは部屋の隅に居るはずのクルーに声をかけた。

『はい。 此処にあります』

 間髪をいれず、返事が返る。

『ここに頂戴』

『はい』

 テーブルにファイルが置かれた。




「これですか? 綺麗なラッピングですね」

 サクラは、鈴木を「エクストラ300LX」に案内していた。

「ありがとう御座います。 それで……カウルを開けるんですよね?」

 そう……リビングに残った伊藤が書類を精査している間に、機体の状態を鈴木が調べることになったのだ。

「そうですね。 お願いできますか?」

 手袋を嵌めながら、鈴木は頷いた。

「分かりました 『エンジンカウルを外して』」

 サクラの指示で、二人のクルーが機体に取り付いた。




 カウルが外され、むき出しになったエンジン……その周りを、鈴木が各部に触りながら回っていた。

 サクラは、その後ろを付いて歩いている。

「(……しかし……いつ磨いたんだろう?……)」

 そう……エンジンは、まるで新品の様に光り輝いていた。

「……ふむ……特に問題は見当たりませんね……」

 鈴木は、ハーネスを一本ずつ辿っている。

「……しかし、綺麗なエンジンですねー これほど手をかけているのは珍しいですよ」

「そ、そうですか? やはり重要な物ですので、いつも綺麗にしてますが」

「いや、なかなか出来ないことですよ。 オイルの沁みもどこにも無いし、熱で変色した様子も見えないですから……」

 鈴木は、サクラを見た。

「……これでは、ハーネスの新旧は分からないですよね?」

「な、何のことでしょう?」

「いや、通告の内容がね……自作のハーネスを付けてるんじゃ無いか? というものだったっんですよ」

「ま、まさか……そんな事をする訳ないじゃないですか」

「そうですよね。 いま付いてるのは、純正の物に見えます……」

 鈴木は、ハーネスがマグネトーに付いている部分に、顔を近づけた。

「……ここに刻印が有るんですよ」

「は、はい。 そうですね」

「それでね……実は一昨日、この番号の部品が無理やり通関した様なんですね」

「そうですか」

「そう……それはもう、何処かからの圧力でね。 普通なら一週間は掛かるだろうところを、一日で通せってね……」

 鈴木は、再びサクラを見た。

「……これ、昨日付けたんじゃない?」

「……し、しらない……」

 蛇に睨まれたカエルの様に、サクラは動けなくなった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 突然の調査。 キナ臭い流れですね。ドコカカラ(クルーか)から情報漏洩か。
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