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紅い桜  作者: 道豚
33/151

スティープターン

 ここでは「」で括られたセリフは日本語 『』で括られたセリフは日本語以外です。

 { }で括られたものは無線通信を表します。


 下を見るとやや波だった海。

 上には真っ青な空。

 周りを見渡すと……やや低い位置の所々に小さな雲の塊が浮かんでいた。

 水平飛行に入ってから5分ほど……

 サクラ達は練習空域に着いた。

「さあ、始めよう……」

 インカムから室伏の声が聞こえる。

「……先ずは、サクラちゃんのレベルを見たい」

「はい。 何をします?」

「バンク60度のスティープターン。 左右に180度」

 簡単に言えば、左右に急旋回するものである。

 通常、バンク角(主翼の傾き)は30度程度までで飛ぶのであるが、それを60度まで傾ける。

「分かりました。 始めます(……回転数 2400……)」

 サクラはプロペラピッチレバーを「LOW」方向に動かし、回転数を2400rpmに合わせた。

「(……ミクスチャー リッチ……)」

 パワーが欲しいので、混合気を濃くする。

 ここでサクラはスティックを左手に持ち替えた。

「(……フューエル センタータンク……)」

 右手で使用燃料タンク切り替えコックを回す。

 「エクストラ300LX」の燃料タンクは、左右の主翼の中と胴体に付いている。

 巡航時は左右のタンクを交互に使うのだが、アクロバットをする時はセンターのタンクを使うのだ。

 このセンタータンクは背面飛行や急降下等、正常な姿勢でなくても、安定してガソリンを送ることが出来るようになっている。

「(……ゼロリフト トリム……)」

 そしてスティックに力を加えないと主翼が揚力を出さない、そんな位置にエレベータートリムを動かした。

 サクラは再びスティックを右手に持ち替え、左手はスロットルレバーに添えた。

「クリアリング ターン」

 宣言すると、サクラは右に90度旋回する。

「ライトサイド クリアー」

 直ぐに左に切り返し……

「レフトサイド クリアー」

 そして、夫々の位置で大きく首を回し、周りを確認した。

 これは何をしているのか……

 要するに、これから激しい機動をするので……その間は周りを見張る事が出来ない……近くに他機が居ない事を確認しているのだ。

「ヘディング270度でスタートします」

 再び右に旋回して、サクラは機首を真西に向けた。




 「エクストラ300LX」は、高度4500フィートを水平飛行している。

「(……遠くを見て……水平線はこの位置……)」

 サクラは、気を抜くとすぐに高度を変えようとする「エクストラ300LX」を、スティック操作で……遠くに見える水平線をキャノピーに付けた印に合わせる……水平に保っていた。

「(……ヘディングOK……よし!……)」

 チラリとジャイロコンパスを見て、コースを確かめ……

「スティープターン!」

 サクラは宣言をしてスティックを少し……数センチ……右に倒した。

 スティックをフルに倒すと「エクストラ300LX」は、1秒で一回転以上の横転ロールをしてしまう。

 今サクラが操作した程度でも、旅客機等とは比べ物にならない速さで「エクストラ300LX」はバンクをした。

「(……ラダー!……)」

 エルロンを操作すると、それと反対側に機首が向こうとする。

 それを「アドバンス ヨー」と言うのだが……それをそのままにしておくと「内すべり旋回」と言って、内側に落ちていくような不細工な旋回になる。

 そこでエルロンを操作するのに合わせて、ラダーペダルを蹴る。

 特に曲技機の様にロール速度の速い飛行機は、文字通り「蹴飛ばす」ように操作する必要があるのだ。

「(……くっ!……)」

 目測で60度バンクを計り、サクラはスティックを左に一瞬倒すとニュートラルにした。

「(……んっ!……)」

 直ちにスティックを手前に引く。

 遠心力が掛かり、サクラはシートに押し付けられた。




「(……ぅん!……)」

 体を押さえつけるジー……60度バンクなので2G……体重が2倍になる……に耐えながら、サクラは首を上に向けて水平線を見ながらスティックを引き続ける。

 約15秒後……開始速度154ノットで60度バンクの旋回は半径380メートルになり、360度旋回に30秒掛かる……サクラはスティックを左に倒した。

 「エクストラ300LX」は左にロールする。

「(……スティック押して……ラダー!……スティック引いて……)」

 水平飛行を一瞬で通り過ぎ、今度は左に60度バンクの旋回に入った。

 課題は180度旋回であるが、サクラにそれ……180度回ったか……を計器を見て確かめる方法は無い。

 なぜなら、計器板に付いているジャイロコンパスや磁石は、安定した水平飛行状態でなければ正確な方角を示さないのだ。

 そのため、サクラはクリアリングターン中に目標となる雲を見つけていた。

 15秒掛かる事は分かっているので、旋回開始からその時間経過した頃に雲を探せば良い。

「(……よし! 此処だ……)」

 再び15秒旋回して、サクラは右にスティックを動かした。

「(……スティック押して……引いて……)」

 主翼が水平になった所で、サクラはスティックを少し押し引きして機体を水平飛行で安定させた。




「うん……まあ、そうだな……」

 機体が安定した水平飛行を始めたところで、室伏が口を開いた。

「……それなりに飛ばしているが……ん~……パワーが足りないのかな?」

「パワーですか? ちゃんと2400で回ってましたよ」

 インカムから聞こえる言葉に、サクラは首を捻った。

「いや、エンジンのパワーじゃなくて……サクラちゃんの腕力? 腕だけじゃ無くて、背筋力や脚力……要するに、スティックやペダルを操作する力が弱いんだと思う。 だから機動にキレが無い」

 室伏は前席の中、身振り手振りで説明をする。

「……そうですか……」

「ただ、その代わりと言っては何だが……各操作の正確性は有るね。 60度バンクも正確だし、ヘディングもちゃんと180度変わっていた。 そこでだ……」

 バックミラー越しに、二人の視線が交差した。

「……そこで?……」

「……今はパワーを付けることを優先しよう。 ジムに通ってるって言ってたよね。 それは続けて……フライトでは新しい事を覚えるのでなく、反復練習をしよう。 それによって持久力をつける事と、フライト時間を稼ぐ事にしよう」

「分かりました」

「よし……ではさっきのスティープターンを連続10回。 小休止して再び10回。 これを予定時間まで繰り返そう」

 左右180度のスティープターンは、一回でおよそ30秒掛かる。

 10回繰り返すと全体で5分だ。

 小休止を1分取るとして、予定練習時間30分で5回になる。

 つまり2Gの掛かる急旋回を50回することになるのだ。

「……は、はい……(……無事帰れるかなぁ……)」

 返事はしたものの、サクラが不安になるのも仕方が無いだろう。




{『高知タワー エクストラ111G 高知の南10マイルを着陸のため飛行中 情報Nノーベムバーを確認済み』}

 管制に連絡する室伏の声が、インカムから聞こえている。

「(……はぁ……つ、疲れた……)」

 それを聞きながら、サクラは後部座席でへバッていた。

 既にスティックから手を離していて、ラダーペダルにも足を乗せていない。

{『エクストラ111G ダウンウインドレグに45度エントリー ベースレグで連絡してください』}

{『高知タワー エクストラ111G ダウンウインドレグに侵入 ベースレグで連絡』}

 そんなサクラをミラーで見ながら……

「サクラちゃん、トラフィックパターンから着陸は代わるからね。 もう少し休んでて良いよ」

 室伏はインカムに切り替えて言った。

「はい、すみません。 もう握力が無いです……」

 さすがに女性の細腕には、50回のスティープターンはキツかったようだ……サクラは左手で右腕をマッサージしていた。




『ユーハブ コントロール』

『アイハブ コントロール』

 室伏の操縦によりダウンウインドレグに入った所で、サクラは操縦を代わった。

「(……ミクスチャー フルリッチ……回転数2400……スロットル 少し下げて……)」

 アプローチに備えて、エンジンの調整をする。

「(……トリム 少しアップ……フューエル センター……)」

 パワーを下げたためエレベータートリムを調整して、そしてここでも燃料タンクをセンターに切り替えておく。

 これで、どんなアクシデントが起きても、エンジンには必ずガソリンが送られる。




 左に見えていた滑走路が、だんだんと後ろになる。

「(……そろそろかな?……)」

 サクラがベースレグに入ろうかと思ったとき……

{『エクストラ111G 高知タワー 接近する航空機あり 11時の方角 DHC8-Q400 視認できますか?』}

 管制から連絡が入った。

「(……ん? あ、あれかな……)」

{『高知タワー エクストラ111G 視認した』}

 サクラがそれを認めたと同時に、室伏が答えていた。

{『エクストラ111G 高知タワー あなたの着陸は2番目です Q400に続いて下さい』}

 どうやら、定期便の方を先に着陸させるらしい。

{『高知タワー エクストラ111G 了解 Q400に続く』}

 さすがに離陸のときから2度続くと、室伏の口調も荒くなった。




 サクラ達の左下側を、双発プロペラ機が通り過ぎていく。

「さあ、ベースレグに入ろうか」

「はい。 レフトターン」

 室伏の声に応えて、サクラはスティックを左に少し倒した。

 「エクストラ300LX」は左にバンクを取ると、ゆっくりと向きを変える。

{『高知タワー エクストラ111G ベースレグ』}

 ターンが終わる頃、室伏は管制に連絡をした。

{『エクストラ111G 高知タワー 了解 ファイナルレグで連絡してください』}

{『高知タワー エクストラ111G 了解 ファイナルレグで連絡』}

 サクラはスロットルレバーを少し手前に引いた。

 エレベータートリムはそのままなので、速度は変わらずに「エクストラ300LX」は少しづつ高度を下げ始めた。




 スロットルレバー、ミクスチャーレバー、ピッチレバーは操縦席の左側に付いていて、エレベータートリムレバー、燃料コックは右側に付いています。

 そのため、基本的な飛行では右手にスティックを持ちますが、左手に持ち替えないと調整できない事が出てきます。

 この辺、如何なんでしょうね?

 旅客機では持ち替えなくても大丈夫なようです。

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