98.帝都への道
帝国の『中央』に向かう街道はとても賑やかだ。徒歩の旅人や馬車で旅をする一行、様々な荷物を積み込んだ荷馬車。数え切れないくらいの多種多様な人が行き交っている。
街道網は帝国の血管だと誰かが言ったが、それならこの近辺は心臓に直結した大動脈。帝国中を行き交う流通の中心である。
俺は馬車の客室からその光景をゆったりと眺めていた。
いわゆる駅馬車と呼ばれる乗り物で、四頭の馬に牽かれたそれなりの大きさの馬車だ。名前に『駅』と付いているとおり、各駅停車の電車のように宿場ごとに停車しては馬を取り替え、シームレスに長距離移動ができるというシステムで、現代日本でいうと長距離夜行バスのような感覚で使われている。
ファムからの依頼のときに使った馬車も宿場で馬を入れ替えていたが、それとの最大の違いは、こちらは公共交通機関だという点だ。
元の世界での馬車の本場で駅馬車がどんな使い方をされていたのかは知らないが、少なくとも神聖帝国では皇帝の名の下に運営される公共サービスの一環であり、誰でも安価で利用することができる。
「えー、皆様。次の宿場街が最後の停車になります。帝都への到着は明日の昼頃になる予定です」
御者の肉声のアナウンスを聞いて、視線を車内に戻す。最大で八人乗れる客室に、乗客は俺含めて三人。お互い別の用件で乗り合わせた赤の他人だ。
――そう、ここにレオナとエステルはいない。俺だけの一人旅だ。
駅馬車は日が沈む前に宿場街に到着した。ハイデン市を立ってから数日。特にトラブルもない予定通りの日程だった。後はここで一泊して、明日の朝に出発すれば昼過ぎには帝都に到着する。
俺は馬車を降りてすぐに、待ち合わせ場所の小料理屋を探して歩き出した。
帝都まで後一歩の宿場街というだけあって物凄い賑わいだ。ハイデン市の大通りより人が多いかもしれない。これから帝都に向かう人、帝都からどこかへ向かう人、あらゆる旅人が今夜の宿と食事処を求めてごった返している。
「……あった。ここ……だよな」
そこは見るからに洒落た雰囲気の料理屋だった。店の前に立っただけでも上品で落ち着いた空気が伝わってくる。実用性一辺倒の無骨な上着を着込んだ冒険者が入っていい場所ではないような気すらした。
しかし、ここが待ち合わせ場所になっているのだから、入らないわけにはいかない。俺を帝都まで呼んだ張本人がここで待っているはずなのだ。
覚悟を決めて店に入り、店員に待ち合わせ相手の名前を伝えると、あっさりと個室に案内してくれた。
「いらっしゃい。半月ぶりになるのかな」
「ああ、久し振り。元気そうだな」
俺を迎え入れたのは、他でもないクリス・シンフィールドだった。
相変わらず美少年とも美少女ともつかない顔立ちをしているが、冒険者をやっている間と違って、服装がやや美少女寄りだ。それでもやはり全体としては中性的なのだが。
「いきなり実家に帰るなんて言い出すもんだから、レオナとエステルも心配してたぞ。あいつらは事情を知らないんだからな」
俺は上着を脱いでクリスの向かいの席に座った。
グロウスター領で例の事件の事後処理をしている間に、クリスは特務調査員としての報告を持ち帰るため、ギルドの本部がある帝都へ戻ることになった。レオナ達にはその辺の事情を知らせていないので、言い訳のために『帝都の実家に帰らなくてはいけなくなった』と説明してある。
それからしばらく経ち、俺達に協力できることが全て終わりハイデン市へ帰ることになった頃、クリスは俺に『一人で帝都に来て欲しい』という主旨の手紙を送りつけてきた。
詳しいことは何も書かれていなかったが、手紙に込められた意味はすぐに理解できた。特務調査員の特権――《祝福停止》のカードをコピーした件で遂にギルド本部から呼び出されたのだ。
「活躍は聞いてるよ。白い少女達の生命維持に必要な制御薬の量産に成功したそうじゃないか」
「別に活躍なんて大袈裟なもんじゃないよ。あんな形で死なれるのが嫌だから勝手にやっただけだ」
「いいや、見事な成果だとも。おかげで彼女達からゆっくりと話を聞き出せる。特務調査員としてもボク個人としてもお礼を言わせてくれ」
夕食を取りながら半月ぶりの会話を続ける。
話に花を咲かせる……と表現できるような盛り上がる話題ではなく、色気も何もあったものではない実務的なやり取りに過ぎないのだが。
「レオナとエステルはどうしてる? ハイデン市で留守番かい?」
「当面はアルスラン達……『クルーシブル』のメンバーと一緒に依頼を受けさせて貰えることになってるよ。多分、ランクが同じココやアイビスと仕事してるんじゃないかな」
『クルーシブル』のメンバーだとデミラットのドルドとデミラビットのユーリィもDランクだが、二人は気ままにソロ活動するのが好みだと言っていたので、一緒に依頼を受けているであろう相手の想像から除外した。
「で、俺を呼び出した理由ってのは何なんだ?」
「その件なんだけどね」
クリスは水を一口飲んで、口元を綺麗に拭いてから、改めて続きを話した。
「四人のサブマスターが君と面談をしたがっている。ボクはあの人達の仲介役として君に手紙を出したに過ぎないんだ」
「四人? ギルドのサブマスターってギデオンさんの他に三人もいたのか」
気になったことを何気なく聞き返す。知らなかったので驚いたという以上の意味はなかったのだが、何故かクリスは不機嫌そうな反応をした。
「ちなみに言っておくけど、サブマスターが四人に増員されたのは、ほんの数年前の組織再編のときだからね。それまではギデオン・シンフィールドただ一人がサブマスターの肩書を背負っていた。今も他の三人より一段高い地位として扱われているんだ」
なるほど、俺がギデオンに対する評価を下方修正してしまったのではと思ったわけか。相変わらず、クリスは養父のことになるとキャラが変わったようになってしまう。
「それはそれとして、自分が属してる団体の体制くらいは知っておいた方がいいと思うよ」
「返す言葉もない」
俺は『成り上がり』という目標を掲げているが、具体的にどのような形で成り上がりたいのかというのはまだ決まっておらず、今のところ冒険者ギルド内での出世を目指しているわけでもない。
だが、流石に冒険者ギルドの内情について無知なところがあるのは改めた方が良さそうだ。
「念のため強調しておくけど、サブマスター達が望んでいるのは君との面談だ。糾弾でもなければ査問でもない。例の件に関して君を咎めることは一切ないと決定されたからね」
「そりゃあよかった。けど、それならそうと手紙に書いてくれたらよかったのに」
おかげでここまでの道中、ずっと要らない心配をし続ける羽目になってしまった。受け入れられない要求をされたらどこに逃げるべきだろうか、なんてことすら考えていたくらいだ。
「心配させたのはすまなかった。でも正式な召喚状を出すと、サブマスターが一介のDランク冒険者に関心を持っていると広く知られてしまうことになるからね。どうして呼び出されたのか、皆が知りたがるはずだよ」
「確かに……それは面倒だな」
根掘り葉掘り調べられたら、《ワイルドカード》の存在だけでなく《祝福停止》をコピーしてしまったことまで広まってしまうかもしれない。
ちなみに、召喚状と言ってもいわゆる召喚術とは何の関係もない。本来の召喚という単語の意味の通り、偉い人達が誰かを呼び寄せる正式な書類というだけのことだ。
「サブマスター達は君という一個人を見極めようとしているはずだ。人間として、冒険者として信頼がおける人物なのか。《祝福停止》やレジェンドレアのカードを持たせたまま自由にさせていい人物なのか……とね」
「参ったな。気の利いた受け答えでも考えておいた方がいいか?」
「止めておいた方がいいよ。彼等の中にはボク以上に目敏く偽りを見抜ける人がいる。あるがままの君を伝えるのが一番だ」
《真偽判定》スキルを持つクリス以上となると、かなりとんでもない眼力の持ち主ということになる。流石はサブマスター、数少ないAランク冒険者の頂点というべきだろうか。
裏を返せば、これはかなり大きなチャンスだ。ギデオンと同格に近く、ギルドのトップクラスに位置する人達から信頼を得ることができれば、今後のランクアップやこれからの成り上がりに強い追い風が吹くに違いない。
「……分かった、正直にぶつかってみるよ。気が合わなかったとしても、そのときはそのときだ」




