63.指名依頼―交戦
馬車から降りてすぐさま敵の戦力を確認する。崖上に弓を持った盗賊が一人。進行方向上、崖面に挟まれた狭い道に盗賊が十人ほど。こちらは全員白兵戦用の武器を持っている。
どちらも《遠視》で見えた範囲の数なので、伏兵がいる可能性もある。それにあくまで前方にいる盗賊の話だ。
「ファムと御者の人達は馬車の中に! 俺とレオナで前の奴らを片付けるから、エステルとクリスは後ろを頼む!」
奴らも冒険者が護衛に付いていることくらい予想しているはずだ。奇襲を見抜かれた後に取るであろう一手は、恐らく挟み撃ちだ。
俺の予想通り、エステルとクリスが後方の警戒に付くなり、岩の陰から男達がぞろぞろと姿を現した。俺達が前の連中に気を取られている間に馬車を襲う予定だったが、気取られたので強硬手段に切り替えたのだろう。
これで合わせて二十人程。レオナ達と出会ったときに戦った盗賊団の二倍くらいの規模である。
「逃してくれそうにないみたいだけど、どうする?」
「決まってるだろ。全員斬り捨てて道を開けるだけだ。俺が切り込むから、レオナは討ち漏らした分を頼む」
「弓の奴は放っておく? 厄介になりそうだから嫌なんだけど」
「そうだな……先に片付けるか」
《ワイルドカード》を具現化させ、適切なスペルカードに切り替える。距離が空いているので速度の遅い攻撃では避けられるかもしれない。なのでスペルを速度重視で選択する。多少魔力消費が大きくても、確実に仕留められるものを。
「《ライトニングボルト》!」
手先から放たれた稲妻が崖上の弓持ちに直撃する。この呪文は高速広域大威力。魔力消費が他のレアスペルよりも極端に大きい代わりに、それ以外の性能がとても優れている。
俺の魔力でもあと一、二発は撃てる。今度は前方の十人に腕を向け、もう一度スペルを発動させる。
一直線に飛んでいった雷撃が、先頭の盗賊が構えた大盾の直前で拡散し、地面や崖面に飛び散った。
「何だ……?」
人間がすっぽりと隠れる大きさをした長方形の盾だ。雷撃を盾そのもので防いだのではなく、盾の前に見えない壁があって、それにぶつかって受け流されたように見えた。
「アンチスペル・シールド! 輸送中に強奪された商品です!」
馬車のファムが大声で盾の正体を口にした。
なるほど、以前の襲撃の戦利品ということか。盗賊の持ち物にしては凄いと思ったが、対魔獣兵器が大好きな貴族の積荷を奪ったのなら納得だ。崖上の盗賊が無防備だったあたり、あの一個しかない装備なのだろう。
「何回くらい防げるんだ?」
「今の威力なら後二回か三回は……! スペル以外にはただの盾です!」
「大したもんだ。まぁ、やることは一つだけどな」
俺は《ライトニングボルト》を《スプリンター》に切り替えて、盗賊の集団めがけて駆け出した。
盗賊達は粗末な長槍を一斉に構え、先端を前方に突き出した。
どうやら相手は集団戦にこなれているらしい。何メートルもあるような長い槍は集団で陣形を組んで真価を発揮する。レオナの《フレイムランス》くらいの槍とは使い方が違う武器だ。
手作り感溢れるあんな槍でも、狭い道に密集して構えれば強行突破は難しくなる。そのままじりじりと前進して追い詰めるもよし、こちらに苦労している間に後ろの伏兵で馬車を襲撃するもよし。地形を活かした厄介な戦術である。
だが、地形を活用できるのはあいつらだけじゃない。
「ふっ――!」
十分な加速を付けたところで《スプリンター》を《瞬間強化》に切り替え、瞬間的なブーストを掛けて崖面へ跳躍。《軽業》に物を言わせて突き出した岩を足場に更にジャンプし、空中から盗賊達に襲い掛かる。
連中も馬鹿じゃない。すぐさま長槍を高く掲げ、自由落下してくる俺を串刺しにしようとする。
俺は空中で銅色のカードを具現化させ、銀色の装備カード《巌の大盾》をコピーして足元に発動させた。
岩肌を切り出したかのような大質量の盾に乗って落下し、突き出された槍をへし折り、真下にいた盗賊を押し潰す。初めてギルドハウスのショップを覗いたときにストックしたカードで、双剣との相性の悪さから今まで使わなかったが、どんなカードも応用次第だ。
「よう。それと――じゃあな」
盗賊達の混乱に乗じ、アンチスペル・シールドを持っていた奴を背後から双剣で斬り捨てる。
陣形を前提とした長槍は、懐に入られると長さが災いしてまともに戦えなくなる。盗賊達は槍を手放して剣に持ち替えようとするが、そんな時間を与えてやるほど、俺は犯罪者には甘くない。
片っ端から斬りつけ、切り伏せ、瞬く間に街道を血に染める。馬車の方に逃げ出した奴らはレオナがあっさりと始末し、逆方向に逃げた奴はすぐに追いついて叩きのめす。
数分も掛からないうちに十人ほどの盗賊が全て息絶えた。我ながら、この手の連中が相手だと妙に熱くなりすぎてしまう。
「こっちは片付いたな……」
返り血を拭いながらエステルとクリスの方を見やる。あちらも一方的な戦いになっているようだ。エステルの《アイスショット》が敵の並びと構えを崩し、そこにクリスが切り込むスタイルであっという間に制圧してしまった。
「……あっちも終わってたか」
これで戦闘終了だ――安心して馬車に戻ろうとした矢先、どこからともなく投げつけられた小石が馬車の馬に直撃した。
「なっ……!」
石の飛んできた方を見上げる。崖の上に二、三人の男がいてがむしゃらに石を放り投げてきていた。あそこにいた盗賊は弓持ちだけではなかったのだ。嫌がらせでしかない投石だったが、馬を興奮させるには充分すぎた。
暴走しそうになる馬を御者が見事に落ち着かせる。しかしどういうわけか、馬車からファムが飛び出して、見当違いの方向に走っていった。
「お、おい!」
俺は《ワイルドカード》を《スプリンター》に切り替えて駆け出した。
道の片隅でしゃがみこんだファムに落ちてくる石を、俺は間一髪で割り込んで、右手で払い除けた。
みしりと鈍い痛みが走る。素手で対処しようとせずに、双剣を再展開するべきだったか。後悔は後回しにしてレアスペルをコピーする。
「《ストーンジャベリン》!」
石の棘を斜め上方に撃ち出し、放物線を描いて崖上の盗賊達に攻撃する。
直撃したかどうかは分からないが、崖の上にいても安全ではないと分かれば尻尾を巻いて逃げるはずだ。
そして案の定、あの盗賊達は二度と姿を見せなかった。
「どうしたんだ、ファム。何かあったのか」
《ヒーリング》をコピーして右手の負傷――骨にヒビでも入ったかもしれない――を治療しながら事情を尋ねる。
「ご、ごめんなさい! 腕は大丈夫ですか!」
「気にするなよ。あんたの護衛も依頼の内だ」
負傷程度、冒険者として依頼を受けた時点で承知の上だ。ましてやこれは荷馬車隊の護衛依頼で、ファムはその先導役。危険から庇うのは当然の行動だ。それに、これくらいの傷なら《ヒーリング》ですぐに治せる。
「その……大事な物を落としてしまって……」
ファムの手には小さな薬瓶が握られていた。夜にこっそり飲んでいた薬の瓶だ。馬が暴れたせいで懐から転がり落ちてしまったんだろう。
それをあんな必死になって拾おうとするなんて、やはり普通の薬ではないのかもしれない。
「……よし、そろそろ出発しようか」
傷も癒えたので再出発の準備を整える。進行方向にある盗賊の死体も邪魔になるので避けておかないといけない。
放置していたら疫病の元になりかねないので、ちゃんと火葬なり埋葬なりする必要があるのだが、今は脇に避けておくのが精一杯だ。適切な処理は後でグロウスター卿にでも要請すればいい。この道を使うのは彼らだけなのだから。
作業が一段落したところで、クリスがこっそり話しかけてきた。
「ちょっといいかな。依頼主には聞かせられない話なんだ――」
再出発した荷馬車隊はほんの一時間程度でグロウスター領に到着した。種まきの終わった小麦畑の横を通り、城壁で囲まれた街の中へ入る。後は荷物を引き渡せば依頼完了。ギルドに帰って報酬をもらうだけだ。
レオナとエステルはホッとした表情を浮かべているが、俺は胸の奥にもやもやとした不安を抱えたままだった。
それというのも、クリスがあんなことを言うからだ。
『彼女、盾を強奪されたものだと言っていただろう? あれは嘘だったよ』




