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12.初仕事

 ハイデン市と隣の市を結ぶ街道から少しばかり外れた場所。薬草の収集場所として指定された森はそんなところにあった。


 隣の市は大戦期に破壊されて以来ずっと再建されていないので、そこに通じる道もすっかり廃街道と化している。


 人が近付かなくなったことで自然が回復していて、役に立つ植物もたくさん生えているのだが、色々と危険なので一般人はどうしても近寄りにくい。そこで冒険者の出番というわけだ。


 道なき道を歩きながら、木が少なくて日当たりの良い場所を探す。依頼を受けたときに貰った情報によると、満月草はこういう場所に群生しやすい薬草らしい。


「さてと。やりますか」


 条件に合った場所を見つけたので、《森渡り》スキルに変化させていた《ワイルドカード》を《採集》スキルに切り替える。


「えーっと……見分けるポイントは葉っぱの形と大きさだっけ。これと、これと、こっちにもあるな」


 大当たりだ。立派に育った満月草がざくざく採れる。調子に乗って集めていたら、三十分と経たないうちに目標数を越えてしまった。


 集めた後は毒草が混ざってないか確かめる必要があるわけだが、それも《ワイルドカード》があれば楽勝だ。


 俺は《ワイルドカード》のコピー対象を《採集》から《鑑定》に変えた。

 このスキルの効果のお陰で、手にした草が満月草なのか毒草なのか一目で判別することができる。


 [満月草][満月草][満月草][痺れ草][満月草][満月草]――


 頭に「痺れ草」と浮かんだ草を除外し、満月草だけを籠に詰めていく。最終的な収穫は満月草が六十二株とハズレの痺れ草が七株。目標の五十株を十二株も上回る大収穫だ。

 偽物がもっと混ざっているかもしれないと考えて、少し多めに収集しておいたのだが、要らない心配だったらしい。


 それにしても、満月草とハズレの毒草は本当にそっくりだ。しかも混ざり合って生えているという完全なトラップ仕様。見分けるためのスキルを持っていなければお手上げだ。


 収穫した満月草を観察していると、《鑑定》スキルの効果によって、より詳しい情報が頭の中に浮かんできた。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


【満月草】

 鑑定難易度:1


 月の魔力を吸収して葉に蓄積する植物。

 魔力の回復を促す丸薬の材料になる。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―



「へぇ、そういう薬になるのか。余った分は自分で《調合》してみるかな」


 依頼の報酬は一株四ソリドで最大二百ソリド。つまり五十株で報酬の上限に到達するので、余りは自分で消費するのも有りだろう。ルースが《調合》を引き当てたのを見たので、《ワイルドカード》でスキルを得ることもできる。


 売り物になるなら小銭稼ぎに使えるかもしれないし、売れなくても自分で使えば節約になる。

 日本で生きていた頃の(おれ)なら「素人の作った薬を売っていいのか?」と思っていたかもしれないが、この世界では事情が違う。


 カードによって与えられるスキルはそれだけでプロ並だし、薬を買い付ける側も鑑定系のスキルでちゃんとした薬かどうか確かめる。むしろそういう才能(カード)がなければ、その手の仕事に就くことも難しい。


「……もう少し、使い方を練習しておくか」


 《ワイルドカード》を使って稼ぐなら、ちゃんと使いこなせるよう練習しておいた方が良さそうだ。


「まずはスキルカードから……《投擲》でいいかな」


 具現化させた《ワイルドカード》の表面を撫で、コモンのスキルカード《投擲》をコピーしてみる。それをセットしてから、適当なサイズの石ころを二個拾って、順番に空へ向かって放り投げた。


 一個目は木の幹に当たってより高くへ跳ね上がり、二個目は別の木に当たって跳ねてから、一個目の石に空中でヒットした。


 どちらも狙い通りの軌跡を描いて落ちていく。このスキルも問題なくコピーできている。


「次はスペルカード。とりあえず《ファイアボール》あたりでも」


 さっきと同じように《ワイルドカード》のコピー状態を切り替え、レアスペルの《ファイアボール》をセットする。流石に森の中で火の玉をぶっ放すわけにはいかないので、実践はおあずけだ。


「にしても、いちいちカードを具現化させて表面撫でてまたセットするのって、流石にちょっと面倒だな。省略できたらいいんだけど」


 《ワイルドカード》の効果を使うには、カードを出して、変えて、戻す三工程が必要となっている。これを短縮できたら効率アップ間違いなしだ。

 物は試しだ。やってみるだけならタダである。

 アンコモンスキルの《遠見》を頭に思い浮かべ、それをコピーしようと強く念じてみる。


 すると、急に視界が開けたように感じて、遠くの枝に付いた葉の色や形がハッキリと見えるようになった。間違いなく《遠見》スキルの効果だ。


 ノーモーションでコピーできることに気を良くして、今度はレアスペルの《ヒーリング》をコピーしてみようとする。が、一向に視界が変わらない。遠くがよく見えるままだった。

 スペルはダメなのかと思って、レアスキルの《双剣術》を試してみるが、結果は同じ。カードを具現化させてみても《遠見》をコピーした状態のままだ。


「レアより上のレアリティだと手順が省略できないのか……」


 残念だが、分かりやすい基準だ。それに《遠見》や《鑑定》みたいな頻繁に使うスキルをノーモーションでコピーできるだけでも便利なので、ひとまずこの結果で満足することにした。


「後は……これも試してみるか」


 あまり気分のいいものじゃないが、アデル村を襲った盗賊のリーダーが使っていた《飛斬撃》とやらを頭に思い浮かべる。カードは見ていないので、イメージするのはスキルを使った瞬間の様子。


 《遠見》をコピーした《ワイルドカード》の表面を手でなぞる。コピー可能ならこれで変化するはずだったが、カードは依然として銅色のまま。


「やっぱりカードそのものを見なきゃ駄目か。残念」


 上手くいったらラッキーという程度の考えだったので、失敗しても大して気にならない。

 そろそろ切り上げてギルドに帰ろうとした矢先、甲高い悲鳴が聞こえた。


「きゃあああっ!」

「な、何だ!?」


 驚きながらも、声のした方へ走る。殆ど条件反射のような行動だった。お節介な行動のせいで刺されて死んだというのに、(おれ)という男は全く懲りていないらしかった。

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