〈コミックス3巻発売記念SS〉ひとときの休息
「16.エピローグ」の合間、アレクシス視点のお話です。
ある秋の午後。
私はサラと一緒に馬車に乗り、伯爵夫妻として収穫祭の打ち合わせに出席するためシアフィールド教会を訪れた。
この教区の大司教は厳格で気難しい人物として有名だ。
だが、大司教が出した教義に関しての質問にすらすらと答えたサラのことは気に入ったようだった。
彼女が提案した収穫祭での慈善バザーの規模拡大についても、スムーズに了承が得られた。
帰りの馬車で、私の隣に座るサラは胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「……本当に良かったです。あなたから事前に大司教様の学派と教義を教えていただいてなければ、どうなっていたか……ありがとうございます、アレクシス様」
彼女にあらかじめ、大司教の所属する学派や主な教義について教えたのは私だ。
それは教会での打ち合わせに臨むための、ごく基本的な情報だったのだが。
「いや、あの難解な質問に答えられたのは、君が遅くまで城の図書室にこもって神学書に目を通していたからだろう。君の努力の賜物だ」
「そ、そんな……私はただ、刺繍小物売り場を広げたかっただけです」
サラははにかんで謙遜した。
だが私は、それだけではないことを知っている。
領民たちは、慈善バザーに出品されるサラの特別な力のこもった刺繍作品を待ち望んでいる。
だから優しい彼女は昼夜を問わず刺繍にいそしみ、神学書を読み込んでまで大司教に掛け合ったのだ。
そのせいで、よけいに彼女と過ごす貴重な時間が減ってしまっているのだが……よき伯爵夫人になろうと励む姿を見ると、何も言えない。
シアフィールド城へ向かう馬車はガタゴトと小さく揺れながら走り、窓からは明るい光が差しこんでいる。
すぐ隣に座るサラの体温も感じられ、秋も深まっているが馬車の中は暖かい。
ちらりと横に目をやると、彼女の両手は膝の上で上品に重ねられていた。
皆のために《守護》の魔法をこめた刺繍を生み出す、繊細な手。
それを今は、私だけのものにしてしまいたい。
美しい栗色の髪を見下ろしながら、彼女へ手を伸ばし、名前を呼んだ。
「サラ」
すると、栗色の頭がこてんと私の肩に乗った。
驚きに鼓動が速まる。
日頃は淑やかな妻が、いつになく大胆だ。
私は愛しい妻の顔をのぞきこんだ。
「……サラ?」
私の肩に頭を預けたサラは、すやすやと眠っていた。
「…………………………」
馬車の揺れは眠りを誘うものだ。
それに伯爵夫人としての仕事の傍ら、刺繍と神学書の読解もして疲れが溜まっていたのだろう。
無防備なかわいらしい寝顔から無理矢理視線をはがし、腕組みをして前を向く。
それからは彼女の枕に徹することにした。
✧✧✧
伯爵夫妻が帰ってくる馬車の音が聞こえた。
シアフィールド城の執事のジョンソンと侍女のクレアは、正面玄関から外へ出て、主人を出迎えようと待ち構えた。
だが馬車が停まって御者が扉を開けても、誰も降りてこない。
ジョンソンとクレアは顔を見合わせ、客車の中をのぞきこんだ。
「……おやおや」
「まあ」
二人は顔をほころばせ、小声で囁き交わした。
「ジョンソンさん、私、旦那様がうたた寝をしているところなんて初めて見ました」
「私もだ。しかも、あんなに安心しきったお顔で」
秋の昼下がりの馬車の中で、アレクシスとサラは互いに寄り添い合い、気持ちよさそうに眠っていた。
お読みいただきありがとうございました!
収穫祭のシーンも収録されているコミックス3巻は、本日発売です♪





