〈コミックス2巻発売記念SS〉ささやかな反撃
「07.ミドルトン家の秘密」の後ぐらいのお話です。
私、セラフィナ・アーチボルドは、シアフィールド伯爵アレクシス・ミドルトンと「白い結婚」をした。
けれどなぜか、契約結婚のはずの夫がいつも優しい。
優しすぎる。
先日もこんなことがあった。
「おかえりなさいませ。遅くまでお疲れさまでした」
領主の仕事で遅く帰ってきたアレクシス様を玄関ホールで出迎えると、彼はほほえみながらこう言った。
「ただいま。君の笑顔を見たら疲れが吹きとんだ」
「……っ!」
見目麗しい彼が発した甘いセリフに、私は真っ赤になってあわあわとうろたえるばかりで、ろくに返事もできなかった。
お飾りの妻の私にあんな言葉をかけるなんて、アレクシス様は一体どういうつもりなのかしら?
何にせよ、こんな風に一方的に翻弄されるばかりではいけない。
これは対等な契約結婚なのだから。
彼がそのつもりなら、私も相応の態度を取らなければ。
ある日、私はささやかな反撃をこころみた。
執事のジョンソンを手伝ってシアフィールド城の使用人の給与計算を終えた私を、通りかかったアレクシス様がねぎらってくださったときだ。
「もうそんなことまでできるのか。サラは刺繍だけでなく色々な才能を持っているのだな。本当に助かる」
うれしくも恥ずかしくて頬が火照る。
けれど、ここで目をそらしてはいけない。
私は自分を奮い立たせながらほほえみ返し、ひそかに練習していたセリフの一つを口にした。
「あなたの優しいお言葉があれば、いくらでも頑張れます」
「……」
言えたわ!
アレクシス様は切れ長の美しい目をさまよわせ、口元を片手で覆うと、そうか、とだけ呟いて立ち去った。
私はその後ろ姿を見送りながら、これでよかったのかしら……と胸の中で自問自答していた。
それ以降。
「ロージーが君に作ってもらったドレスをとても喜んでいた。君は本当に天使のように優しいな」
「食器の発注までしてくれたのか? サラは愛らしいだけでなく敏腕な伯爵夫人ということか」
「使用人たちも皆、君が来てくれて喜んでいる。もちろん一番喜んでいるのは私だが」
「……かわいい」
なぜか、アレクシス様はことあるごとに私をほめ殺すようになった。
どうしてなのかしら? とても困る。
これは契約結婚。
こんなに胸を高鳴らせてはいけないのに──
のどかなシアフィールド城で、私は今日も心臓の休まらない契約結婚生活を送るのだった。
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コミックス2巻は本日発売です♪





