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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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ダンジョンマスターvs武技の使徒①


 頑丈な鉄格子が、蹴りひとつで破られる。

 たとえ身体強化術を使っても、そう簡単に壊れる物ではなかったはずだ。

 非現実的な光景を前に、メィアは身動きひとつ出来なかった。

 けれど、お付きの騎士たちは違う。咄嗟にメィアの前に立つと、盾役となって鉄格子を蹴り返した。


「メィア様を連れて下がれ! エキュリア様に報せを―――」


 騎士の言葉は途切れる。護衛として前に出たのは二名だったが、ほぼ同時に膝を折り、そのままがっくりと倒れ伏した。

 何が起こったか分からない。

 メィアも、残った一名の騎士も、目を白黒とさせる。


「ははっ、こいつは凄えや。無敵じゃねえか」


 倒れた騎士たちを見下ろして、ジュタールは哄笑する。その手にはいつ奪ったのか、騎士の腰にあったはずの剣が握られていた。

 何かをして、ジュタールが騎士二名を打ち倒したのは明らかだった。

 けれど、その“何か”が分からず、メィアは息を呑んで硬直してしまう。


「さすがは神の力……さて、そっちのお嬢ちゃん騎士を渡してもらおうか」


「ふざけるな! メィア様には指一本―――」


 またも言葉は途切れ、騎士は床に転がる。

 しかも場面がいきなり飛んだみたいに、メィアから離れた場所で倒れていた。


「安心しな、殺しちゃいない。女の子に血を見せるのは趣味じゃないからな」


 優しげな笑みを見せるジュタールは、その胸元から仄かな光を放っていた。

 魔力光に似ているが違う。

 そこに聖痕があったのは、メィアもエキュリアから聞いて知っていた。


 だけど消したはずで―――復活したのか?、と思い至る。

 そうであれば相手は使徒で、どれだけメィアが楽観的でも、とても自分一人の力では対処できないと悟る。


「な、何が目的なの!? 暴れたって無駄だよ! この砦には大勢の兵士がいるし、エキュリア様だって……」


「とりあえずは、そのエキュリア様に逆襲だな。いまの俺なら、ここからの脱出だって難しくねえよ。制圧だって出来そうだぜ」


「む、無理に決まってるでしょ! それに……私だって戦えるもん!」


「そっちこそ無理するなよ。そんなに震えて、剣だって握れねえんじゃねえか?」


 ジュタールが指摘した通り、メィアの膝はがくがくと震えていた。

 満足に後ずさりすることさえ難しい。だから―――。


「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」


 叫んだ。声の限りに。助けを求めるために。

 騎士の行為としては誉められないが、有効な“戦い方”なのは確かだ。


「んなっ、ちょ、いきなり……」


「変態ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 誰か来てぇぇぇぇーーーーーー!!」


「誰が変態だ! ああくそっ!」


 忌々しげに舌打ちをしながら、メィアの口元を押さえる。

 ジュタールの動きは素早かった。けれどすでに絶叫は発せられた後だ。


 すぐに見張りの兵士が駆け込んでくる。

 牢の外でも異常は察知されて、幾人かの騒ぐ声が聞こえてきた。


「なるべくなら静かに済ませたかったんだがな……まあいい、まとめて蹴散らしてやるぜ」


 凶悪な笑みを浮かべると、ジュタールは全身から仄かな光を溢れさせた。







 砦中央の広場に人垣が出来上がる。

 不敵な笑みを浮かべるジュタールを、大勢の兵士が囲んでいた。全員で掛かれば簡単に取り押さえられそうだが、そうならないのは人質がいるためだ。


 メィアは縄で手足を縛られ、地面に転がされている。

 大きすぎる甲冑のために起き上がれもしない。


「下手な真似すんなよ。こっちだって余計な犠牲は避けてえんだ」


 騎士から奪った剣を構えながら、ジュタールは周囲へ注意を向けていた。

 口調は軽いが、油断はしていない。

 まとめて蹴散らせると豪語したものの、さすがに何千もの兵を相手にしては体力が続きそうもなかった。


「俺の望みは、ラヴィと一緒に帝国へ戻ることだ。おまえたちが捕らえた魔術師だ。無事なんだろ? さっさと連れてこいよ!」


 要求を告げる声は高らかに響く。

 けれど四方を囲む兵士たちは、それに応えられる立場にない。ジュタールを逃がさないよう見張っているだけだ。


 緊迫した睨み合いは続く。

 兵士たちの中には、このまま相手の疲れを待てばよいのでは?、と囁く者もいた。

 けれど砦内の兵士を指揮するのはエキュリアだ。

 そんな消極的な、メィアを見捨てるような選択はしない。


「帝国騎士は潔いと評価していたのだがな」


 包囲の一部が割れて、エキュリアが歩み出る。


「約定を違えるのが帝国の流儀か? 騎士の誇りがあるならば、大人しく投降しろ」


「うるせえ! 俺が戦える限り、勝負はついてねえんだよ!」


 なんとも身勝手な理屈だった。

 もちろん帝国軍が全員、同じ考えをしている訳ではない。一騎討ちでの敗北を受け入れて撤退したのだから、ジュタールの方が異端だと言える。


 そもそも一旦は戦闘不能に追いやられたのだ。

 王国側の情けで治療されたのだし、いっそ殺されていてもおかしくなかった。

 人質を取って脱走を図るなど、恥知らずと誹られても仕方ないだろう。


「どうやら、まともな話し合いは不可能なようだな」


「こっちは最初から戦いに来てんだよ。話しなんて求めてねえ。それよりもラヴィと、俺から奪った武器を返しやがれ!」


 傍若無人な物言いに、エキュリアはそっと溜め息を落とす。

 もはや穏便な解決は無理だと判断すると、背後へ合図を送った。


 兵士の列から場違い感のある二人が歩み出てくる。

 呆れ顔をしているラヴィと、その横には眠たげに目蓋を下げているユニも寄り添っていた。


「おお、ラヴィ! やっぱり無事だったんだな。こっちに来いよ!」


「はぁ……馬鹿だとは思ってたけど、ここまでとはね」


 ラヴィは“協力者”として、この場にやってきた。

 付き添いのユニは元より王国側だ。そしてもうラヴィにも、ジュタールの味方をする理由はない。


「私は王国に付くわ。だから暴れるなら一人で勝手にやって、ついでに自滅して」


「あぁ? 冗談言ってんなよ! 帝国を裏切るつもりか!?」


「裏切るもなにも、私は忠誠を誓った訳じゃないもの。目的があって協力してただけよ。いまはもう、その目的は達成されたの」


 口早にラヴィは告げる。ジュタールの怒りを誘うように。

 内心では冷や汗も流していたけれど、語ったのは本心でもあるので演技臭さは消えていた。


「それに、前々から言いたかったけど、貴方のこと嫌いなの!」


「っ、テメエ! あれだけ気に掛けてやったのに―――」


 ジュタールの意識が、周囲の兵士や人質から完全に逸れる。

 その一瞬を逃がさずに動いた者たちがいた。

 離れた物陰から、何本もの矢が放たれる。選抜された兵士たちが放った矢は鋭く、狙いも正確だった。間違いなくジュタールを射抜く軌道を取る。


 さらに頭上からは黄金色の塊も襲い掛かる。

 ぷるるんと、それに乗ったスピアだ。


「ぷるるんシューーーーート!!」


 掛け声よりも早く、圧縮水流が放たれた。

 多方向からの同時攻撃。しかも完全な不意打ちだ。

 どれだけ熟練の騎士でも避けられはしない。

 ジュタールも咄嗟に気づきはしたが、死を悟ったように顔色を変えた。


 矢と水流はそのまま貫く。標的が消えた空間を。

 なにもない場所を通過すると、地面に突き刺さった。


「え……? なにが、起こったの?」


 唖然とした声を漏らしたのはラヴィだ。

 包囲にあたっている兵士や、エキュリアも目を見張って事態を掴みかねている。

 忽然とジュタールは消えた。そして、数歩ほど離れた場所で息を吐く。


「―――あっぶねえ。ははっ、今のはちょいと肝を冷やしたぜ」


 まるで瞬間移動でもしたみたいに、ジュタールの位置がズレていた。

 人質であるメィアも一緒に移動している。まだ転がって身動きできないままだが。


 不可思議な状況に、誰も彼もが困惑顔をしている。

 余裕がある表情をしているのはジュタールと、そしてスピアとぷるるんくらいだ。

 まあ、ぷるるんに表情があるかどうかはともかくも―――。


「変な技を使いますね」


 ぽよん、と黄金色の塊が揺れて、その上にいたスピアが大きく跳ねる。

 空中でくるりと身を翻したスピアは、ジュタールの正面に立った。


 呑気な態度だ。

 周囲は息を呑む者ばかりだったが、スピアは気に留めない。


「加護っていうやつですか。繋がりは壊したのに、復活したみたいですね」


「……なんだ、おまえ? ここは子供が出てくる場面じゃねえぞ?」


「子供じゃありません!」


 やや距離を置き、人質であるメィアを挟んで、二人は対峙する。

 まるきり無防備なスピアに対して、ジュタールは怪訝そうに眉根を寄せた。


「スピアです。ひよこ村村長で、親衛隊長と司書見習いと特務なんたらです」


「意味が分かんねえ。だが……」


「いまならまだ、降伏を認めますよ?」


「……只の子供って訳でもなさそうだな。なあ、ひとつ聞きたいんだが……」


 肝を冷やしたと言いながらも、これまでジュタールの口調は軽かった。

 けれどスピアへ向けた声は一段低くなる。


「おまえ、神様に恨まれるようなことでもやったのか?」


「? まったく身に覚えがありません」


 さらりと述べて、スピアは首を傾げる。

 当人は大真面目だ。けれど何処か遠くで、英知の女神あたりが文句を言っているかも知れない。

 少し離れて様子を見守るエキュリアも頭を抱えて、ツッコミを堪えていた。


「逆恨みじゃないんですか?」


「すげえ物言いだな……まあ、俺も子供相手にどうかとは思うんだけどよ」


 億劫そうに、ジュタールは息を落とす。

 けれど剣を握る手は緊張を保ったまま。油断無く、スピアを見据えている。


「おまえを殺せってよ。悪いが、神の命令には従うしかねえんだ」


 そう告げられた直後、白刃が閃いた。

 剣が突き出されて―――その横腹を、スピアはぺちりと叩く。

 あっさりと受け流した。


「っ……やっぱり、只の子供じゃねえのか!」


「だから、子供じゃありません」


 スピアが片手で払った剣は、そのまま小さな掌に張りついていた。

 目を剥いたジュタールが引き戻そうとする。けれど剣はピクリともしない。


「なんだ……? おい、いったい何をしやがった!?」


「このまま戦ってもいいんですけど、ちょっと危ないですね」


 スピアは視線を下げる。そこには大きな甲冑が転がっていた。

 向き合うスピアとジュタールに挟まれて、身動きできないメィアが顔色を蒼褪めさせている。


「メィアちゃん、合言葉は覚えてるよね?」


「え? あ……そ、そうか!」


 帝国軍と戦う前に、数日の準備期間があった。

 その間、スピアはだらだらと食っちゃ寝していた訳ではない。自分の稽古に励んだり、エキュリアの武器を揃えたり、ぷるるんと遊んだりしていた。


 メィアが着ている甲冑にも興味を引かれた。

 複雑に鋼板を重ね、組み合わせ、小柄な装着者を守るために様々な工夫が凝らされた甲冑だ。その工夫と技術を活かしつつ、スピアは魔改造を施した。

 以前、アリエットに渡した魔導具のように―――その結果は合言葉で発動される。


「えっと、たしか、ば―――バルバロッサ!」


 スピアが一歩退く。

 同時に甲冑が輝き、ジュタールを弾き飛ばした。



次の合言葉があるとしたら、バルトロメロイ?

ともあれ、次回は一騎打ちです。

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