ダンジョンマスターvs武技の使徒①
頑丈な鉄格子が、蹴りひとつで破られる。
たとえ身体強化術を使っても、そう簡単に壊れる物ではなかったはずだ。
非現実的な光景を前に、メィアは身動きひとつ出来なかった。
けれど、お付きの騎士たちは違う。咄嗟にメィアの前に立つと、盾役となって鉄格子を蹴り返した。
「メィア様を連れて下がれ! エキュリア様に報せを―――」
騎士の言葉は途切れる。護衛として前に出たのは二名だったが、ほぼ同時に膝を折り、そのままがっくりと倒れ伏した。
何が起こったか分からない。
メィアも、残った一名の騎士も、目を白黒とさせる。
「ははっ、こいつは凄えや。無敵じゃねえか」
倒れた騎士たちを見下ろして、ジュタールは哄笑する。その手にはいつ奪ったのか、騎士の腰にあったはずの剣が握られていた。
何かをして、ジュタールが騎士二名を打ち倒したのは明らかだった。
けれど、その“何か”が分からず、メィアは息を呑んで硬直してしまう。
「さすがは神の力……さて、そっちのお嬢ちゃん騎士を渡してもらおうか」
「ふざけるな! メィア様には指一本―――」
またも言葉は途切れ、騎士は床に転がる。
しかも場面がいきなり飛んだみたいに、メィアから離れた場所で倒れていた。
「安心しな、殺しちゃいない。女の子に血を見せるのは趣味じゃないからな」
優しげな笑みを見せるジュタールは、その胸元から仄かな光を放っていた。
魔力光に似ているが違う。
そこに聖痕があったのは、メィアもエキュリアから聞いて知っていた。
だけど消したはずで―――復活したのか?、と思い至る。
そうであれば相手は使徒で、どれだけメィアが楽観的でも、とても自分一人の力では対処できないと悟る。
「な、何が目的なの!? 暴れたって無駄だよ! この砦には大勢の兵士がいるし、エキュリア様だって……」
「とりあえずは、そのエキュリア様に逆襲だな。いまの俺なら、ここからの脱出だって難しくねえよ。制圧だって出来そうだぜ」
「む、無理に決まってるでしょ! それに……私だって戦えるもん!」
「そっちこそ無理するなよ。そんなに震えて、剣だって握れねえんじゃねえか?」
ジュタールが指摘した通り、メィアの膝はがくがくと震えていた。
満足に後ずさりすることさえ難しい。だから―――。
「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!」
叫んだ。声の限りに。助けを求めるために。
騎士の行為としては誉められないが、有効な“戦い方”なのは確かだ。
「んなっ、ちょ、いきなり……」
「変態ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 誰か来てぇぇぇぇーーーーーー!!」
「誰が変態だ! ああくそっ!」
忌々しげに舌打ちをしながら、メィアの口元を押さえる。
ジュタールの動きは素早かった。けれどすでに絶叫は発せられた後だ。
すぐに見張りの兵士が駆け込んでくる。
牢の外でも異常は察知されて、幾人かの騒ぐ声が聞こえてきた。
「なるべくなら静かに済ませたかったんだがな……まあいい、まとめて蹴散らしてやるぜ」
凶悪な笑みを浮かべると、ジュタールは全身から仄かな光を溢れさせた。
砦中央の広場に人垣が出来上がる。
不敵な笑みを浮かべるジュタールを、大勢の兵士が囲んでいた。全員で掛かれば簡単に取り押さえられそうだが、そうならないのは人質がいるためだ。
メィアは縄で手足を縛られ、地面に転がされている。
大きすぎる甲冑のために起き上がれもしない。
「下手な真似すんなよ。こっちだって余計な犠牲は避けてえんだ」
騎士から奪った剣を構えながら、ジュタールは周囲へ注意を向けていた。
口調は軽いが、油断はしていない。
まとめて蹴散らせると豪語したものの、さすがに何千もの兵を相手にしては体力が続きそうもなかった。
「俺の望みは、ラヴィと一緒に帝国へ戻ることだ。おまえたちが捕らえた魔術師だ。無事なんだろ? さっさと連れてこいよ!」
要求を告げる声は高らかに響く。
けれど四方を囲む兵士たちは、それに応えられる立場にない。ジュタールを逃がさないよう見張っているだけだ。
緊迫した睨み合いは続く。
兵士たちの中には、このまま相手の疲れを待てばよいのでは?、と囁く者もいた。
けれど砦内の兵士を指揮するのはエキュリアだ。
そんな消極的な、メィアを見捨てるような選択はしない。
「帝国騎士は潔いと評価していたのだがな」
包囲の一部が割れて、エキュリアが歩み出る。
「約定を違えるのが帝国の流儀か? 騎士の誇りがあるならば、大人しく投降しろ」
「うるせえ! 俺が戦える限り、勝負はついてねえんだよ!」
なんとも身勝手な理屈だった。
もちろん帝国軍が全員、同じ考えをしている訳ではない。一騎討ちでの敗北を受け入れて撤退したのだから、ジュタールの方が異端だと言える。
そもそも一旦は戦闘不能に追いやられたのだ。
王国側の情けで治療されたのだし、いっそ殺されていてもおかしくなかった。
人質を取って脱走を図るなど、恥知らずと誹られても仕方ないだろう。
「どうやら、まともな話し合いは不可能なようだな」
「こっちは最初から戦いに来てんだよ。話しなんて求めてねえ。それよりもラヴィと、俺から奪った武器を返しやがれ!」
傍若無人な物言いに、エキュリアはそっと溜め息を落とす。
もはや穏便な解決は無理だと判断すると、背後へ合図を送った。
兵士の列から場違い感のある二人が歩み出てくる。
呆れ顔をしているラヴィと、その横には眠たげに目蓋を下げているユニも寄り添っていた。
「おお、ラヴィ! やっぱり無事だったんだな。こっちに来いよ!」
「はぁ……馬鹿だとは思ってたけど、ここまでとはね」
ラヴィは“協力者”として、この場にやってきた。
付き添いのユニは元より王国側だ。そしてもうラヴィにも、ジュタールの味方をする理由はない。
「私は王国に付くわ。だから暴れるなら一人で勝手にやって、ついでに自滅して」
「あぁ? 冗談言ってんなよ! 帝国を裏切るつもりか!?」
「裏切るもなにも、私は忠誠を誓った訳じゃないもの。目的があって協力してただけよ。いまはもう、その目的は達成されたの」
口早にラヴィは告げる。ジュタールの怒りを誘うように。
内心では冷や汗も流していたけれど、語ったのは本心でもあるので演技臭さは消えていた。
「それに、前々から言いたかったけど、貴方のこと嫌いなの!」
「っ、テメエ! あれだけ気に掛けてやったのに―――」
ジュタールの意識が、周囲の兵士や人質から完全に逸れる。
その一瞬を逃がさずに動いた者たちがいた。
離れた物陰から、何本もの矢が放たれる。選抜された兵士たちが放った矢は鋭く、狙いも正確だった。間違いなくジュタールを射抜く軌道を取る。
さらに頭上からは黄金色の塊も襲い掛かる。
ぷるるんと、それに乗ったスピアだ。
「ぷるるんシューーーーート!!」
掛け声よりも早く、圧縮水流が放たれた。
多方向からの同時攻撃。しかも完全な不意打ちだ。
どれだけ熟練の騎士でも避けられはしない。
ジュタールも咄嗟に気づきはしたが、死を悟ったように顔色を変えた。
矢と水流はそのまま貫く。標的が消えた空間を。
なにもない場所を通過すると、地面に突き刺さった。
「え……? なにが、起こったの?」
唖然とした声を漏らしたのはラヴィだ。
包囲にあたっている兵士や、エキュリアも目を見張って事態を掴みかねている。
忽然とジュタールは消えた。そして、数歩ほど離れた場所で息を吐く。
「―――あっぶねえ。ははっ、今のはちょいと肝を冷やしたぜ」
まるで瞬間移動でもしたみたいに、ジュタールの位置がズレていた。
人質であるメィアも一緒に移動している。まだ転がって身動きできないままだが。
不可思議な状況に、誰も彼もが困惑顔をしている。
余裕がある表情をしているのはジュタールと、そしてスピアとぷるるんくらいだ。
まあ、ぷるるんに表情があるかどうかはともかくも―――。
「変な技を使いますね」
ぽよん、と黄金色の塊が揺れて、その上にいたスピアが大きく跳ねる。
空中でくるりと身を翻したスピアは、ジュタールの正面に立った。
呑気な態度だ。
周囲は息を呑む者ばかりだったが、スピアは気に留めない。
「加護っていうやつですか。繋がりは壊したのに、復活したみたいですね」
「……なんだ、おまえ? ここは子供が出てくる場面じゃねえぞ?」
「子供じゃありません!」
やや距離を置き、人質であるメィアを挟んで、二人は対峙する。
まるきり無防備なスピアに対して、ジュタールは怪訝そうに眉根を寄せた。
「スピアです。ひよこ村村長で、親衛隊長と司書見習いと特務なんたらです」
「意味が分かんねえ。だが……」
「いまならまだ、降伏を認めますよ?」
「……只の子供って訳でもなさそうだな。なあ、ひとつ聞きたいんだが……」
肝を冷やしたと言いながらも、これまでジュタールの口調は軽かった。
けれどスピアへ向けた声は一段低くなる。
「おまえ、神様に恨まれるようなことでもやったのか?」
「? まったく身に覚えがありません」
さらりと述べて、スピアは首を傾げる。
当人は大真面目だ。けれど何処か遠くで、英知の女神あたりが文句を言っているかも知れない。
少し離れて様子を見守るエキュリアも頭を抱えて、ツッコミを堪えていた。
「逆恨みじゃないんですか?」
「すげえ物言いだな……まあ、俺も子供相手にどうかとは思うんだけどよ」
億劫そうに、ジュタールは息を落とす。
けれど剣を握る手は緊張を保ったまま。油断無く、スピアを見据えている。
「おまえを殺せってよ。悪いが、神の命令には従うしかねえんだ」
そう告げられた直後、白刃が閃いた。
剣が突き出されて―――その横腹を、スピアはぺちりと叩く。
あっさりと受け流した。
「っ……やっぱり、只の子供じゃねえのか!」
「だから、子供じゃありません」
スピアが片手で払った剣は、そのまま小さな掌に張りついていた。
目を剥いたジュタールが引き戻そうとする。けれど剣はピクリともしない。
「なんだ……? おい、いったい何をしやがった!?」
「このまま戦ってもいいんですけど、ちょっと危ないですね」
スピアは視線を下げる。そこには大きな甲冑が転がっていた。
向き合うスピアとジュタールに挟まれて、身動きできないメィアが顔色を蒼褪めさせている。
「メィアちゃん、合言葉は覚えてるよね?」
「え? あ……そ、そうか!」
帝国軍と戦う前に、数日の準備期間があった。
その間、スピアはだらだらと食っちゃ寝していた訳ではない。自分の稽古に励んだり、エキュリアの武器を揃えたり、ぷるるんと遊んだりしていた。
メィアが着ている甲冑にも興味を引かれた。
複雑に鋼板を重ね、組み合わせ、小柄な装着者を守るために様々な工夫が凝らされた甲冑だ。その工夫と技術を活かしつつ、スピアは魔改造を施した。
以前、アリエットに渡した魔導具のように―――その結果は合言葉で発動される。
「えっと、たしか、ば―――バルバロッサ!」
スピアが一歩退く。
同時に甲冑が輝き、ジュタールを弾き飛ばした。
次の合言葉があるとしたら、バルトロメロイ?
ともあれ、次回は一騎打ちです。




