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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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撤退戦と重低音


 まるでいきなり夜が訪れたかのようだった。

 光も呑み込むほどの黒々とした力場が、巨大な卵のように膨れ上がる。小山ほどに広がった黒い空間は、膨大な熱を放って大気を焦がし、やがて弾けて凄まじい衝撃波を撒き散らした。


 轟音が響き、悲鳴も掻き消される。城砦全体がビリビリと震えた。

 騎士も兵士も、ほとんどの者が立っていられず膝をつく。


「ひぃぃぃぃぃーーーーー!?」


 メィアも訳が分からず丸まっていた。

 カーディナルに抱き伏せられたまま情けない悲鳴を上げる。

 しばらくして衝撃が治まると、メィアは恐る恐る目を開いた。


「いったい何が……お爺ちゃん、大丈夫?」


「ああ、どうやら無事のようだが……」


 二人は身を起こして、周囲の様子を窺った。

 城壁上にはほとんど被害はない。一部の壁が罅割れたりしていたが、堅牢な造りのために地震に似た揺れにも耐えられたようだ。


 怪我をした者もおらず、城砦全体では無事と言って良いだろう。

 けれど城砦の前では、凄まじい破壊の爪痕が残されていた。


 広範囲に草原が消えている。

 大きく地面が抉られて、その範囲は街ひとつがすっぽり入るほどの規模だ。

 放たれた魔法は、城砦の手前に着弾していた。

 けれど少しでも狙いがズレていたら、オルディアン城砦は丸ごと消し飛んでいただろう。


「あの黒い光と、この破壊の規模……やはり極黒殲滅魔法か」


 焼け焦げ抉られた大地を見つめながら、カーディナルは歯軋りを漏らした。


 極黒殲滅魔法―――それは大規模破壊魔法の頂点とされる。

 術式は広く知られているが、使いこなせる者はもう何百年も現れていない。どれほど強固な城砦も、魔法障壁も、一撃で砕き散らせると言われている。

 語られている破壊力は事実なのだろうと、カーディナルは苦々しげに呻いた。


「……先の一撃でも、魔導障壁が何枚か破られておった。それでも余波だけで衝撃が伝わってきたのだ。もしもこれが直撃だったら……」


 一人残さず消し飛ばされていたのは、容易に想像できた。

 さらに―――帝国軍の陣営から、また巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「なっ……まさか、連発できるというのか!?」


「ええええぇぇぇぇ!? ど、どうするの、お爺ちゃん、に、逃げよう!」


 メィアも慌てふためいた声を上げる。

 ついさっきまで先頭に立って切り込むと言っていたのに、そんな気力は綺麗に消え失せていた。いくら考えなしのメィアでも、今がとても危険な状況なのは察せられた。


 もっとも、その危険にどう対処すべきなのかは分からない。

 歴戦の騎士であるカーディナルも、困惑顔を隠せていなかった。


「と、ともかく障壁を張れ! 全員、防御に専念しろ!」


 焦りながらも、カーディナルは指示を飛ばす。

 けれど兵士たちも混乱しきっている。指示に従えたのは一部の者だけだ。

 そうしている間にも、二発目の殲滅魔法が放たれて―――、


「いやああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!?」


 メィアの悲鳴が響き渡り、次いで、轟音に掻き消された。

 黒々とした破壊の力場が広がり、衝撃が吹き荒れる。最初の一撃よりも大きな震動が襲ってきた。すでに魔導障壁が破損していた影響だろう。


 また城砦の一部で罅割れが起こったり、物が落ちたりする。

 それでも被害が軽微で済んだのは、防御に成功したから、ではない様子だった。


 震動が治まって、メィアはまた恐る恐る顔を上げる。

 すでにカーディナルは立ち上がっていて、東側に広がる被害の爪痕を睨んでいた。


「……わざと外したのか。警告という訳だな」


 大地に残されたのは、円状の破壊痕がふたつ。綺麗に並んでいる。

 最初は狙いが逸れたかと思えたが、こうなると威圧なのだと読み取れた。


 たとえ戦争でも、人間同士ならば多少は手心を加えるのが慣習となっている。魔族や魔物の脅威があるのだから、争うにしても犠牲は少なくしたい。なるべく無傷で土地や戦利品を手に入れたいという心理も働く。

 だから帝国は力を誇示してきた。

 大人しく城を明け渡せ。抵抗しても無駄だ、と。


 つまりは降伏勧告―――そうカーディナルは理解して歯噛みする。

 隣では、メィアがおろおろしていた。


「……至急、部隊長以上の者を集めろ。兵を退避させる」


「え? お、お爺ちゃん?」


 戸惑った顔を向けるメィアだが、カーディナルは構わずに部下へ指示を出す。

 忙しなく兵士たちが動き出す中で、メィアはぽつんと残された。

 やがて指示を出し終えたカーディナルは、深く息を落とす。


「メィアメーア」


「え……あ、はい!」


 愛称でなく呼ばれたのは久しぶりのことだ。

 重苦しい気配を纏った祖父に見つめられて、メィアは背筋を伸ばす。


「おまえは仮にも貴族だ。伯爵家の娘だ。多くの者に支えられ、そしてその者たちを導き、守らねばならん」


「な、なんで急にそんなことを? お爺ちゃん、おかしいよ?」


「儂はこの城砦を守る。おまえは退避する兵を指揮し、守れ」


 僅かな兵力だけを残して時間を稼ぐ。

 王都からの援軍が来て、残った兵力と合流できれば帝国軍を討ち払える可能性はある。

 王国を守れるなれば、たとえ自分が命を落としても―――、

 そう祖父が決意しているのは、メィアにも伝わった。


「イヤだよ……お爺ちゃんも一緒に逃げよう。あんな魔法、どうしようもないよ!」


「思えば、おまえには祖父らしいことなど何もしてやれなかったな。嫁に行く時には盛大に祝ってやりたかったが……メィア、どうか幸せになってくれ」


 無骨な手で、カーディナルはメィアの頭をそっと撫でた。

 メィアはなにも言えない。


 泣きじゃくって、こんなの嫌だと言っても、祖父を困らせるだけだから。

 自分が残ったとしても、何も変わらないのは分かりきっていたから。

 ただ項垂れて、己の無力を噛み締めることしかできなかった。







 東方から迫る帝国軍に背を向ける形で、メィアは城砦を後にした。

 配下の兵、四千も同行する。

 城砦の影に隠れて脱出する形になるので、まず帝国軍からは見つからない。残った一千の兵力で、少しでも長く帝国軍を足止めするように努める。


 祖父を残していくことになるメィアは、涙を零しながら鎧を着込んだ。

 訓練でも着せられていた重甲冑だ。小柄なメィアには合わない作りだが、それでも兜も被って全身を覆えば、一応は見栄えが整う。


 真っ赤になるまで泣き腫らした顔を隠すと、メィアはピンと背筋を伸ばした。

 騎乗し、堂々とした態度を心掛ける。


 もちろんメィアには兵を指揮した経験なんてない。実際に指揮を執るのは、カーディナルから信任を受けた騎士数名が担ってくれる。

 だからメィアが務めるのは旗頭としての役割だ。

 伯爵家の令嬢であり、一時とはいえ城砦の皆と共に過ごしてきた。

 厳しい訓練を積まされていたのを大勢が目にしている。

 敗走する兵士たちの士気を保つためには、メィアの役割は重要だった。


 剣も交えておらず、怪我もしていないとはいえ、劣勢に追い込まれているのは誰の目にも明らかなのだ。下手をすれば脱走する兵が続出しかねない。

 そうなった際に帝国軍から追い討ちを受ければ、戦うまでもなく瓦解してしまう。


「街までは十日くらい掛かるよね。追いつかれないかな?」


「心配いりません。本格的な侵攻までは行わないはずです」


 補佐としてつけられた騎士は馬を並べながら、メィアを安心させるように言う。


「帝国が本気ならば、数万もの軍勢を用意できます。常に物の流れなどに目を配っていますから、その兆候があれば我らも見逃しません」


「今回は五千くらいだったよね……でも、殲滅魔法があるよ?」


「恐らくはその魔術師と、一部の領主のみが侵攻を主張したのでしょう。帝国にはやたらと好戦的な者が多いですからな。中央との連携を待たず、ともかく戦いを求めたのでしょう」


 帝国軍に対する風評は、メィアも耳にしたことがある。

 三度の食事よりも戦いが好きだとか。

 言葉を覚えるよりも先に剣を握るだとか。

 広大な領土を持つようになったのも、ただ戦いを求め続けた結果だとか。


「お爺ちゃんは、そんな帝国軍を相手に少しの兵で……」


「ああいえ、カーディナル様ならば大丈夫です。あの方ほど用兵を心得ている者はおりません。きっと城砦を守り抜いてくれます」


 気休めだというのは、メィアにも分かった。

 帝国軍の狙いはともあれ、いくら堅牢な城砦に篭もっても五倍もの敵に耐えるのは不可能に近い。しかも相手には、一撃で決着をつける殲滅魔法があるのだ。


 巻き起こす衝撃の余波だけで、城砦の壁が罅割れるほどだった。

 吹き飛ばされた土砂だけで、深い堀のほとんどが埋められてしまった。

 相手が城砦を壊さずに手に入れようとしても、精々、数日を耐えるのが限界だろう。


「……いまは、みんなで無事に街まで辿り着かないといけないよね」


 街に着けば、兵の補充と休息も取れる。

 王都へも連絡は届いているはずだから、援軍も来てくれる。

 王国軍が全力で挑むなら、殲滅魔法への対策だって出てくるはず―――、

 そう前向きに考えて、メィアは胸の前で拳を固めた。

 背筋を伸ばし、馬の手綱を握りなおす。


 そうして七日が経った昼過ぎ、高い壁に囲まれた街の影が見えてきた。

 カーディナル伯爵が治める領都だ。まだ領主としての地位は祖父のものだが、実質的にはメィアの父親が街を運営している。


 オルディアン城砦ほど戦いに適した造りにはなっていない。

 それでも魔物を跳ね返せる程度の壁はあるし、殲滅魔法の脅威を考えなければ、充分に帝国軍を迎え撃てる。

 なにより、ここまでは帝国軍も攻めて来ないだろうと思われていた。


「みんな、あと少しだよ。頑張ろう!」


 重甲冑の兜を脱いで、メィアは元気良く声を上げる。

 ここ数日で、随分と鎧姿も似合うようになってきた。小柄な身体に対して大き過ぎるのは変わらないが、愛嬌があるようにも見える。

 強行軍を共にしてきた兵士たちは、自然と笑みを浮かべて応えた。


「メィア殿は、この短い間で見違えるようになりましたな」


「ほんと? いまなら騎士になるって言っても、お爺ちゃんに怒られないかな?」


「そうやって調子に乗るところは相変わらずですが……」


 側付きの騎士が苦笑を零した時だ。

 後方から馬蹄の音が響いてきて、大きな声も届いてきた。


「―――伝令! 帝国軍の騎兵部隊が迫っております!」


 メィアは息を呑む。

 あと少しなのに!、と泣き出したい気持ちを懸命に抑え込んだ。

 補佐役の騎士も表情を引き締めながら、伝令兵に問い返す。


「敵の数は? 編成は? 何処まで迫っている?」


「およそ一千、すべて騎兵です。もう間近まで迫っています」


 騎士と伝令兵は、素早く情報を確認していく。

 けれどメィアには、敵が近づいているということしか分からない。

 どうすればいいのか、判断なんて出来るはずもなかった。だから―――。


「全部任せるよ。お願いします、みんなを守ってください!」


 周囲の騎士に頭を下げて、メィアは助力を願った。

 沈黙が流れる。だけど重苦しいものではなく、やがて一人の騎士が小さく吹き出した。


 メィアが素直なのは承知していたが、ここまで全力で頼られるのは予想外だった。

 しかも自分のことではなく、兵士の皆を守れ、と。

 真っ直ぐな想いは、騎士たちの胸に温かな火を灯した。


「お任せください。伊達にカーディナル様から鍛えられてはおりませぬ」


「帝国騎兵一千……追撃のために一部だけが向かってきたというところか」


「引き連れて街まで逃げる訳にはいかぬな。その間に、どうせ追いつかれる」


「迎え撃つしかあるまい。こちらの騎兵もおよそ一千だ。歩兵部隊だけ街へ向かわせるのはどうだ?」


 手早く話し合いが行われ、部隊へ指示が飛ばされる。

 作戦は、また足止めする部隊を分けることに決まった。帝国軍の騎兵に対して、王国軍も騎兵のみを残して迎え撃つ。その間に歩兵部隊は街へと急ぐ。


 歩兵を含めた四千で迎え撃つ、といった案も出た。

 けれど帝国軍は侮れず、殲滅魔法のような隠し玉を用意しているかも知れない。

 なにより、全力でぶつかれば被害も増えてしまう。


 それならばメィア側も騎兵部隊のみで対応して、一当て二当てして相手を翻弄する。騎兵の機動力を活かして時間を稼ぎ、いざとなれば街へ逃げ込む、という算段になった。


 恐らく帝国軍は、追撃のために馬を急がせてきた。疲労が溜まっているはず。

 歩兵に合わせてきたメィア側の方が有利だろうとも考えられた。

 もっとも相手は強兵を誇る帝国軍。油断はできない。

 それに加えて―――、


「わ、私も残るよ! 馬に乗るのは得意だし、みんなを守るってお爺ちゃんと約束したんだから!」


 指揮官が素人同然というのは、大きな不安要素だった。

 はじめは歩兵と一緒に逃がすつもりだったが、メィアが強情に言い張ったのだ。説得する時間も惜しかった。

 皆で守ればいいという結論に、騎士たちは苦笑を零しながら頷いた。


「メィア殿は、馬を走らせることだけに専念してください。我らからけっして離れぬように」


「う、うん。大丈夫。私だって騎士みたいなものだもん」


 兜を被り直して、メィアはこくこくと何度も頷く。

 意図せず、騎士たちの緊張を取り払っていた。


 そうしている内に、帝国軍が土煙を上げながら迫ってくる。王国軍もメィアを中心にして陣形を組み、どうにか迎撃態勢を整えていた。

 幾許かの距離を置いて、帝国軍が止まる。


「戦わずに逃げた腰抜けどもが、今更抗うつもりか! 大人しく武器を捨てるなら、我ら帝国軍が鍛え直してやってもよいぞ!」


 大柄な帝国騎士が前に出て、声を張り上げた。

 戦いをするだけなら、そのまま突っ込んできた方が有利だったろう。

 しかしまず舌戦を挑んできたのは、それだけ帝国軍に余裕があって、手強い敵を求めているからだ。

 代表に出てきた騎士も、戦意を漲らせているのがありありと窺える。


「うぅ……なんだかとっても強そうだよぅ……」


 城砦に残った祖父はどうなったのか、メィアは問い質したかった。

 だけどそんな余裕はない。ぎゅっと手綱を握り、震えを隠すだけで精一杯だ。

 そんなメィアの代わりに、王国側も一人の騎士が前に出る。


「無法な帝国軍に下る理由はない! 貴様らこそ、我らが領土からさっさと立ち去るがいい!」


「こちらには殲滅魔法があるのだぞ! 恐れぬのか!?」


「やれるものならやってみろ! ベルトゥームの騎士は、けっして屈しはせぬ!」


 舌戦を繰り広げている内に、両者の間に漂う空気が張り詰めていく。

 緊張しきっているメィアにも、それは感じ取れた。


 カタカタと鎧の擦れる音がやけに耳につく。

 自身の呼吸音、心臓の鼓動まで、はっきりと伝わってくる。


「大丈夫。馬を走らせるだけ。みんなが守ってくれる―――」


 小さく呟いた時だ。

 ズズン!、と巨大な衝撃音が響いてきた。

 重低音。両軍の間を割り裂くように。大地全体を揺るがすように。

 突然に現れた、異質すぎるそれは―――、


「…………は? て、鉄球?」


 見上げるほどに巨大な鉄球が、凄まじい勢いで転がってきた。



騎兵vs騎兵vs鉄球。

いったい乱入してきたのは誰なんだー?(棒


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