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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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王宮の片隅で

 こってりとお説教を受けてから部屋を出る。

 だけど、叱られた方であるスピアの足取りは軽い。

 鼻唄混じりに歩みを進めて、白いコートの裾を小気味よく翻している。

 むしろ散々に怒鳴り声を上げたエキュリアの方が、溜め息を吐いて疲れた顔をしていた。


「朝から元気無いですねえ」


「ああ、誰かさんのおかげでな!」


 また睨まれて、スピアはそっと目を逸らす。

 スピアだって反省していない訳ではない。

 次に転移陣を設置する時には、ちゃんとエキュリアにも相談すると約束した。


「まったく、本当におまえは……転移陣は貴重な物だと、これまでだって何度も注意したはずだぞ?」


「大丈夫です。秘密なんですよね?」


「ああ、そうだ。徐々に広めていくにしても、慎重に行わねばならん」


 実のところ、すでにスピアは数組の転移陣を作成している。

 女王代理となったセフィーナへ譲って、城の宝物庫に収めてあった。


 それらを惜しみなく活用すれば、王国は大いに繁栄するだろう。

 物の流れが活発になり、商売は賑わう。商人をはじめとして、他国からも大勢の人々がやってくる。


 軍事面での利点も大きい。必要な場所へ兵力を素早く移動できるようになれば、魔物に対しても他国に対しても有利に戦える。武器や糧食といった補給物資も、確実に送り届けられるようになる。

 貴族間の結束も深められるだろう。遠くの領地を治めている貴族も、簡単に王都を訪れられるようになるのだ。それぞれに積極的な交流を行えば、余計な争いを避けやすくもなる。


 転移陣を自由に使えるようになれば、それは正しく革新となる。

 けれど、良いことばかりでもない。

 便利な力を持てば、間違いなく他国から“やっかみ”を受ける。東の帝国などは、武力をちらつかせて譲れと迫ってくるだろう。


 客観的に見て、王国の軍はあまり強くない。

 もしも強兵を誇る帝国に攻められれば、万全の状態でも国境を守れるかどうかも怪しいほどだ。


 ましてや、いまは国内が不安定な状態になっている。

 他国との争いは避けたい。と言うよりも、絶対に避けなくてはならなかった。

 もっとも、スピアという戦力を計算に入れれば、どうなるか分からないが―――。


「国を治めるって大変ですよねえ」


 そういった事情を、スピアも一通りは承知している。

 だから転移陣もこっそりと使っていた。

 エキュリアに怒鳴られる行動も、一応は配慮を加えた結果なのだ。


「呑気に言うな。仮にも、おまえとて騎士なのだぞ」


「親衛隊長です!」


「胸を張るなら、少しはそれらしく振る舞ってみせろ!」


 またエキュリアが眉を吊り上げて声を荒げる。


「新しく隊に入った者には、おまえの顔すら知らぬ者もいるのだぞ」


「影の隊長ですね。隠れんぼは得意です」


「隠れてどうする!? 矢面に立てとは言わんが、少しはおまえの力を見せてやっても……」


 セフィーナの直属である親衛隊は、新しい騎士を迎えて再編を行っている。

 先のゴーレム騒動の後にまた増員もされていた。

 正式な親衛隊長はスピア、副隊長がエキュリアだ。

 それと、以前は操られて近衛隊に属していたザームが、第二副隊長というややこしい地位に就いている。


 ただし実質的には、エキュリアとザームで隊を動かしていた。

 スピアはまったく仕事をしていない。

 それはもう、完璧に。

 新人騎士との顔合わせすら欠席していた。


 新規隊員の選抜試験には同行したが、そちらは親衛隊の仕事とは言い難い。

 ほとんどスピアが暴れただけだし、正式な命令も受けていなかった。

 セフィーナの所に顔を出すことはあっても、雑談をしたり、おやつをご馳走になったりするばかりだ。


「あまり聞かせたくはないが……お飾り子供隊長などと揶揄する者もいるのだぞ」


「むぅ。子供じゃありません」


「だからだな、一度くらいは鍛錬場にでも顔を出して……」


「そういう人には、罰としてお菓子を奢ってもらいます」


「何故そうなる!?」


 エキュリアが朝から部屋を訪れたのも、スピアを鍛錬に誘うためだ。

 親衛隊としての護衛任務などは退屈だが、鍛錬ならばスピアも乗り気になるのではと、エキュリアなりに気を配っていた。

 だからスピアも、その厚意を無碍にはしない。ただし―――、


「その内に、です」


「ん? どういうことだ?」


「親衛隊の稽古です。今日はちょっと調べ物があります」


 するり、とスピアは通路の角を曲がった。


「あ、おい。待て―――」


 エキュリアが慌てて呼び止める。

 けれどそちらへ顔を向けた時には、もうスピアの姿は忽然と消えていた。







 エキュリアの追跡を振り切ったスピアは、静かな通路を軽い足取りで進んでいった。

 どこの国でもそうだが、王城内にはあちこちに装飾がされている。

 目立つ所では絵画や花が飾られていたり。

 目立たない所でも、壁や柱に彫刻が施されていたりする。


 けれどスピアが足を踏み入れた区画は、無骨な通路が続いていた。

 図書館へと繋がる通路だが、良く言えば、無駄を省いた造りだと言える。

 ほとんど人が立ち入らないので、飾り立てる必要もないのだ。通路の端には薄っすらと埃まで溜まっていた。


「んん~……こっちのはずなんだけど?」


 道を間違えたかな?、とスピアは首を捻る。

 だけど次の角を曲がると、薄暗い通路の奥に大きな扉が見えた。


「よかった。迷子なんて、ちょっと恥ずかしいもんね」


 ほっと息を吐いたスピアは、そのまま扉を押し開けようとした。

 でも手を伸ばしかけて止まる。

 目を細めて、むぅっと口元を歪めた。


「結界が張ってある。そういえば、王宮でもいくつかあったっけ」


 魔法によって作られた透明の壁が、スピアには認識できていた。

 許可なく立ち入ろうとする者を弾く壁だ。

 単純な効果である分、強固なものになっている。

 力尽くで打ち破るのも、スピアならば可能だったが―――、


「すいませーん!」


 訪問先の玄関を叩き割るほど、スピアだって考え無しではない。

 ちゃんと常識的に声を掛けるくらいはできる。

 それに、扉の奥、広い図書館の中にいる人の気配は感じ取れていた。


「本を読みに来ましたー! 入れてくださいー!」


 大声で呼び掛ける。

 ややあって、扉の向こうで人の動く気配があった。

 足音も近づいてきて、両開きの扉がゆっくりと開けられる。そこから姿を見せたのは、スピアよりも幾分か年上に見える少女だった。

 その姿を見て、第一声。


「図書委員さんですね!」


「は……?」


 眼鏡を掛けた少女は、ぱちくりと瞬きを繰り返す。

 そんな様子もスピアは気に留めずに、一人で納得した顔をしていた。


「おさげ髪で、眼鏡で、完璧です。古式ゆかしいってやつですね。あれ? でもその眼鏡、レンズが入ってないんですか?」


「えっと、レンズ……? これは魔導具で……って、そうじゃなくてですね」


 勢いに流されそうになりながらも、少女は頭を振った。

 姿勢を正して、スピアへと向き直る。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか? 私は一応、ここの司書長を務めさせていただいております、アリエットと申します」


 軽く膝を曲げて、アリエットは行儀良く挨拶をする。

 対してスピアは―――、


「スピアです。ひよこ村村長で、親衛隊長です」


 いつも通りだった。

 平坦な胸を張って、得意気な笑みを浮かべてみせる。


「っ……スピア……それじゃあ、やはり貴方が……」


「あれ? わたしのこと知ってるんですか?」


「え? あ、その……城内での話を小耳に挟んだので……」


 躊躇いながら返答するアリエットは、落ち着きなく視線を彷徨わせる。

 まるでなにかを隠しているような態度だ。

 不審な様子を、スピアは小首を傾げて見つめる。


 元より静かだった場に、妙に重々しい沈黙が流れた。

 そして―――、


「そうですか。わたしも有名になったものですね」


 嬉しそうに、まったく疑いなく、スピアは陽気な声で述べた。


「だったら身分証明とか要りませんね。親衛隊長のマントとか貰いましたけど」


「マントですか? たしか王族から直接に手渡されると……」


「はい。とっても派手なんです」


 口元に指を当てて、スピアは少しだけ渋い顔をする。


「わたしより、ぷるるんの方が似合うんですよねえ」


「は? ぷるるん……?」


「最近は、お城の庭が気に入ってるみたいです」


 アリエットは眼鏡に手を当てて、どうにか困惑顔を取り繕おうとする。

 こうして王宮図書館に騒がしい日々が訪れた。



新たな犠牲者?と接触。

エキュリアさんの苦労が、少しは分散されるかも知れません。

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