70 ダイブインザ牢獄!
いつもの時間にログインした俺は、サンゾウのお願いで一緒にクエストに行くことになった。
内容は、とある貴族の娘を、とある場所へ送り届ける手伝い。
この貴族は他の有力貴族と水面下で争っており、それが激化してきた為に娘を避難させたいらしい。
しかもその相手は前々から娘を狙っているからこその措置だという。
俺達は最初、普通の護衛かと思っていた。
馬車に乗る貴族の娘を守り、特定の距離を移動する的な。
しかし、まずは貴族の娘を紹介されて驚いた。
俺とよく似ているのだ。
綺麗な黒髪にやや吊り目がちだけど大きく綺麗な瞳。
頭の上の狐耳まで生えている。
貴族が言うには、数ある応募者の中から見た目の似ている俺達に決めたそうだ。
多分、ゲーム的にそういう設定なんだろう。
他のプレイヤーが受ければ、そのプレイヤーと同じ顔のNPCが現れる筈だ。
そしてその娘さんが着ていた服と同じような服を渡された。
それに着替えて馬車に乗り、移動することが依頼の内容だった。
ようは、貴族の娘の影武者である。
男女ペア限定の依頼というからどういうことかと思ったら、そういうことらしい。
おかげで、やっと条件の意味が理解出来た。
▽
俺とサンゾウを乗せて、馬車が揺れる。
今俺達は、馬車で平原をひた走っていた。
ここはクエスト用マップらしく、窓から覗いてみても他プレイヤーの姿を一切見掛けない。
「しかし姫、影武者になるクエストとは思わなかったでござるな」
「そうですね。てっきり普通の護衛かと思ってました」
「申し訳ないでござる」
「いえいえ、気にしないでください。クエストには変わりないですから」
可愛く上品な黄色いワンピースの袖をパタパタと揺らす。
貴族の娘に成り代わる為、俺は貴族に渡された装備一式を着こんでいる。
見事な装飾の施された腕輪やネックレスまで渡されて、装備枠は全て借り物で埋まってしまった。
サンゾウは申し訳なさそうにしているが、大したことじゃない。
どちらにせよ多少の危険はあるものだし、戦闘になった場合。護衛対象が側に居ない今の方がいっそ楽でいい。
「それにしても、こんな状況で襲ってくる人っているんですかね」
「強そうな護衛がこんなにいるでござるからなぁ。しかし、何も無しでクエストが終わるとも思えないでござる」
「そうですよね。ゲームですし、襲ってきますよね」
馬車の中は、力のある貴族の馬車だけあって豪華で広い。
立派な窓からは外の様子がよく見える。
大きな鳥のような生き物に乗った騎士が八人、馬車を囲うように並走している。
立派な鎧を身に付けている彼らは、貴族がつけてくれた護衛だ。
流石にサンゾウだけでは、あからさますぎて怪しい。
本物の娘と思わせる為にも必要だということでこうなった訳だ。
普通に考えたらこの状況で襲撃して来るとは思えないが、ここはゲームの世界で、今はクエスト中だ。
このまま無事に街について、それでは報酬です、なんてなる訳がない。
もしそんなことになったら、簡単すぎてびっくりするわ。
「となれば、それまではリラックスしているでござる。ずっと気を張り詰めていては――」
「敵襲! 敵襲だー!」
「――来たでござるか!」
サンゾウの台詞の途中で、焦ったような声が外から聞こえてきた。
これは出がけに挨拶したこの馬車の御者のものだ。
サンゾウは素早く反応し、扉を開けて馬車の上へ飛び乗った。
「……前方から十、後方から十、挟み撃ちでござるか。姫、馬車の中で待機しているでござる」
「分かりました。頑張ってください」
「任せておくでござる!」
クエストを受けるにあたって、俺に対していくつかの条件が出された。
装備を変更しないこと。
無事に街に着くまでは、なるべく戦闘に参加しないこと。
この二つだ。
クエストの目的を考えると、俺の正体がばれてしまうと失敗になる可能性が高い。
例えばれるにしても、出来る限りの時間は稼ぎたい。
だからこんな条件が出されたんだろう。
その為、クエストをクリアしようと思うと俺は何も出来ない。
頑張れサンゾウ。
全ては君の肩に掛かっている!
「サンゾウ殿! 私達は正面の右側を突破する。後方の敵は任せても良いか!?」
「分かったでござる!」
「前方の敵は我らで対処する。敵を排除し終えたら、手筈通りこの先の合流ポイントで落ち合おう!」
「了解でござる!」
「健闘を祈る! 行くぞお前達! お嬢様の道を拓け!」
馬車の隣までやってきた護衛隊の隊長が声を張り上げて、サンゾウへ作戦を伝える。
サンゾウが快諾したのを確認して、一声かけてから他の騎士数名と共に突撃して行った。
「それでは姫、拙者も行くでござる!」
サンゾウを見送る為に、空きっぱなしのドアから顔だけ出す。
風が当たるが吹き飛ばされるほどでもない。
「はい、お気をつけて!」
「その言葉だけで百人力でござるううぅぅぅぅぅ……!!」
俺が返事として言葉を掛けると、ご機嫌なハイテンションで後方へ向かって飛んで行った。
楽しそうで何よりだよ。
前方では、騎士達が襲撃者達と接敵。
激しい戦いが始まった。
馬車は少し横に逸れながらも前へ走る。
距離が近くなった頃、前方で煙幕が発生し出した。
誰かが魔法かアイテムを使ったようだ。
煙はすごい勢いで広がって行く。前方が真っ白になってしまいそうだ。
馬車は煙幕を大きく迂回していくようだ。
ふと後ろを見ると、サンゾウが襲撃者相手に奮闘している様子も見えた。
かなり遠いが、空中を跳び回ってるおかげで良く分かる。
あの調子なら、問題なく合流できそうだ。
顔を引っ込めて、扉を閉める。
そうして馬車に揺られること十分少々。
気付けば俺は、怪しい洞窟の中にある牢屋の中に入れられていた。
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