閑話 サンゾウ
本日四回目の更新です!
とあるマンションの一室に、二人の男が居た。
昔ながらの畳を使用した和室の中央で、中年と青年が正座で向かい合っているのだ。
親子である二人の間には、緊張感が流れていた。
「父さん、大事な話って何?」
「実はな、我が家は忍者を廃業することにしたんだ」
「ええ!?」
「だからもう修行もしなくていいし、納得のいく主なんかも捜したりしなくていいぞ。これからは好きなように、自由な高校生活を送ってくれ」
先程までの緊張感が嘘だったかのように、父親は軽く言い放った。
驚いている青年に更に畳み掛ける。
青年の名は香取佐助。
現役の高校生である。
代々続く忍者の家系に生まれ、忍者の修行をして育った。
将来は自らが認めた主の下で、影となって働く筈だった。
しかし、今は科学の時代。
VRMMOなどというものが販売されるほどのデジタル技術が発達したこの世界では、忍者などという肉体派スパイは時代遅れのものとなっていた。
その為、父親である香取右衛門は廃業を決意。
先の見えない家業にこれ以上佐助を縛り付けまいとしたのであった。
▽
「はぁぁ……あれだけ修行修行言ってた癖に廃業とか、何考えてるんだよ父さんのやつ……」
佐助は一人、自分の部屋で大きなため息をついた。
畳の上で寝ころんで、見慣れた天井を見上げている。
佐助は、修行が嫌で嫌で仕方が無かった。
みんながパソコンだゲームだと盛り上がっているのに、ひたすら身体を鍛えることは、小学生には苦行でしかなかったのだ。
しかし、それも昔の話。
とある漫画を読んだ佐助は、忍者に対して前向きになった。
それは、姫の存在である。
主である姫の為に命がけで戦う忍者。
物語の主人公に憧れた佐助は、必死で修行に励んだ。
己の認めた姫に仕える。
その夢の為に、青春を捧げてきたのだ。
それが突然の廃業宣言。
右衛門は姫に仕えたい佐助の心を知らず、佐助は未来の無い稼業や辛い修行から解き放ってやりたいと思った右衛門の心を知らない。
佐助は酷く落ち込んでしまっていた。
「これから一体どうしたらいいんだ……」
友達と遊ぶ事すらほとんどなかった佐助は、修行以外の過ごし方を知らない。
その修行をしなくていいと言われてしまうともう畳と一体化することしか出来なかった。
「おうい佐助、いいものが届いたぞ!」
「父さん、ノックくらいしてくれよ」
天井裏から顔を出した右衛門を見て、佐助は呆れたように言う。
このマンションは香取家先祖代々の土地に建っており、その関係で上の部屋も香取家が住むスペースとなっている。
更に、間の空間も好きに使って良いと許可を得て、文字通り忍者屋敷として改造してあるのだ。
父親が天井から顔を覗かせるなど、佐助にとっては日常茶飯事であった。
「まぁそう固いことを言うな。玄関に行ってみろ、いーいものがあるぞ」
「はいはい、分かったよ」
佐助はいやらしく笑う父親に適当に返事をして、玄関へと向かった。
そこにあったのは、段ボール箱。
そこに詰められていたのは、忍者を廃業して自由な時間が増えた佐助への、右衛門からのプレゼント。限定一万人で先行販売された最新ゲーム機だった。
▽
「うわ、すごいなこれ。今頃のゲーム機ってこんなことになってたのか……」
謎の空間で佐助は一人呟く。
他のゲームと比べてもとてつもない技術なのだが、ゲームなどろくに見たことの無い佐助には知り得ないことだった。
『私は皆さんのナビゲートを担当する、管理AIのナインです。よろしくね!』
佐助はナインの案内に従ってキャラメイクを始める。
「やっぱり速さが命だよな。全部≪敏捷≫に振っちゃうか」
そうして出来上がった≪サンゾウ≫の姿で、≪カスタムポジビリティオンライン≫の世界に降り立った。
「身体が重たい? 全然思ったように動かないな……もっと敏捷上げないとダメか?」
身体の動きを確かめていたサンゾウだったが、突然あることを思いついた。
「そうだ。ここってゲームの世界だろ。ってことは、ここでなら俺は忍者を続けられる? そしたら、姫にも会える……?」
その発想は、客観的に見ればとんでも理論でしかなかった。
都合が良すぎて、世間一般では妄想と呼ばれる類のものだ。
それでも、サンゾウにとってはとても素晴らしいアイディアに思えた。
「ならそれらしくしないと……でござるな。うむ、拙者はこれから、立派な忍者を目指すでござる!」
そしてその夢は、この世界で現実のものとなる。
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