94 オーバーヒートプリンセス
三回戦目が終盤に差し掛かったところで、俺の身体に異変が起きた。
突然身体が重くなり、踊っていられなくなった。それどころか、立ち上がることすら困難な程だった。
だけどここはゲームの世界。
システム上存在しないのに、筋肉が疲れる筈がない。
全く理解の出来ない状況だった。
そんなトラブルは起きたものの、なんとか普通にスキルを使用して勝利を収めることが出来た。
しかし、試合が終了しても立ち上がる事の出来なかった俺は、医務室に運ばれることとなった。
☆
何故か担架によって運ばれてきた俺は、ベッドに寝かされていた。
ゲームの中なのにしっかりこんな場所が用意されているのも謎だし、俺が横たわっているのも謎だ。
ベッドの周りにはギルドメンバーが勢ぞろいしていて、更には管理AIのナインまでいる。
受付で見た時とは違ってナース姿だ。
ロリ体系なのにミニスカとニーソの間の空間がそこはかとなく素晴らしい。
「お姉様は、お姉様は大丈夫なんですか!?」
「今調べてみますから少々待っててくださいね。……あー、これは、脳が疲労しちゃってますね。思考回路がオーバーヒート寸前、的な?」
慌てふためいているリリィに対して、ナインはあっけらかんとしている。
「脳が疲労? どういうことなんですか!?」
「単純に、脳を使い過ぎたんですよ。カオルさん、物凄いことしてたじゃないですか。あれのせいですね、間違いなく」
「つまりあれか? 姫さんが倒れたのは頑張り過ぎたからだってのか?」
「簡単に言うとそうなりますねー」
俺が頑張り過ぎたから?
でも、これまでこのゲームをプレイしてきてこんなのは初めてだ。
なんとなく腑に落ちない。
「ちょっと待ってください、他の人は問題ないのにどうして私だけ――」
「いえいえ、あれは尋常じゃないですよ」
「わりぃ、オレにはよくわかんねぇんだけど、姫さんはそんなにすげーことしてたってのか?」
俺の言葉を遮ったナインの言葉に、再びダリが割って入った。
他のメンバーは何やら考え込んでいるようで、真面目な顔のまま黙り込んでいる。
「素直にすごいと思いますよ! だって、踊りながら歌いながら、更には状況を正しく認識して、適切にスキルを使用するんですよ。それも間髪入れずに」
「おおん? 筋肉でも分かるように言ってもらえるか?」
「いまいちピンと来ませんか。歌って踊るのは分かりますよね?」
「おう」
「周囲の様子を見て、スキルを使用するよう意識するのはどうですか? 戦闘してると、この場面ではこのスキルを使う、なんて思いますよね?」
「おお、思う思う」
「それを同時に行うわけですね! 想像してみてください。歌って踊って、他の人の戦闘を眺めながら、今ならこのスキル、今度はあのスキル、今はそのスキル。これが延々と続くわけです!」
「そう聞くと確かに出来る気がしねぇな。つうかよく考えたら歌って踊るのすらオレには難しい気がしてきたぜ」
「そんな状態でディレイも詠唱も何もかも無い状態で超連打じゃないですか! それは影響も出ますって!」
ダリも納得したらしく、難しい顔をしている。
俺も理屈は理解した。
まさかそんなことになるなんて想像もしてなかった。
どうしても確認しておかないといけない。
「それで、どうしたら治るんですか?」
「そうですねー、一晩寝たら大丈夫だと思いますよ。ちょっと脳が疲れてるだけですから!」
「まだあと二回、試合が残ってるんですけど……」
「おすすめは出来ませんね! 休んでいれば次の試合までに身体もある程度は動くようになると思います。そうすれば状況を把握してスキルを連打するか、歌って踊るか。万全じゃないとしてもどちらか片方くらいは出来ますね」
「どちらか、ですか」
「どちらか、です。決して、歌って踊りながらスキルを発動するのはダメです! 短時間しか休めない以上、連射速度を落としてもダメです! 無理をすればまた動けなくなっちゃいますし、影響も長く残るでしょうねー。最悪リアルの肉体にも影響が出てしまうかもしれませんよ?」
俺がスキルを超速連打出来るのは、ディレイと詠唱をゼロに出来るからだけが理由じゃない。
モーションとスキル名の発声を歌とダンスで誤魔化しているのも大きい。
「姫、決して無理はしないで欲しいでござる。勝利も大切でござるが、何よりも姫の身体が一番にござる」
「そうだね。僕達だって頑張るから。姫ちゃんだけに頑張らせたりしないよ」
「そうだぜ姫さん。オレ達の筋肉に任せとけって!」
「お任せください、僕達の筋肉に!」
皆が口々に俺の身体を気遣ってくれる。
アズやランコも同様だ。
「はい、皆さんありがとうございます。無理はしません……」
スキルの連打を優先しても、歌とダンスが出来なければ連射力は落ちる。
かといって、歌って踊るだけじゃ意味が無い。
そうなるとさっきやったようにモーションと発声は甘んじて従うしかない。
大丈夫、皆やってることだし、それでも俺のスキルの連射速度はトップクラスの筈だ。
勝てなかったとしても、皆の心配を振り切ってまで無理をすべきではない。
すべきではないんだ。
「私は、お姉様の意思を尊重します」
「リリィさん……ありがとうございます」
皆なら、きっと勝てる。
☆
続く第四回戦。
流石に準決勝まで上がって来たギルドは手強かった。
こっちは元々数で負けている上に、非戦闘員も二人いる。
更に俺のスキルの連射速度が落ちたとあって、かなり苦戦した。
やむを得ないと歌って踊ったことで辛くも勝利したが、またしても俺は倒れることとなった。




