閑話 四宝のダンベル
累計100話達成記念SSです!
無駄に長くなってしまいましたが、喜んでいただけると幸いです!
筋トレに勤しむ二人の男がいた。
一人は、全身青い肌に、メガネをかけている。
後頭部には大きな赤いリボンが、メタリックに雄々しく輝く。
もう一人は、全身赤い肌に、ツリ目がちで鋭い眼光を備えている。
頭の片側には小さな青いリボンが、メタリックに沈着と輝く。
どちらも二メートルはあろうかという身長に、全身を包み込む立派な筋肉。そして筋肉。
もはや骨格すらも筋肉ではないかという程の、ガチガチムチムチのガチムチ筋肉。
それは正に筋肉オブ筋肉。
更なる共通点として、頭には二本の小さな角が生えている。
これは彼らの種族である≪鬼≫の特徴であった。
彼らは所属しているギルドの拠点の裏庭で、日課である筋トレに励んでいた。
この二人の日常は筋肉に始まり筋肉に終わる。このゲームの世界においては。
「――百! ふぅ、少し休憩だな」
「そうですね。五分間のインターバルでしっかり身体を休めるんですよ」
「分かってるって。お前もしっかり休めよ、マフラー」
軽く柔軟を行う二人の足元に、腕が生えている。
二人程ではないが、しっかりと筋肉のついた一対の腕が、地面からにょっきりと伸びている。
これは、≪筋肉花≫というモンスターで、最近二人の仲間になったものだ。
そのビジュアルからギルドの女性陣に受けは良くないが、二人はとても気に入っていた。
「も、無理……です。これで終わりじゃないんですかぁ……?」
そして、一人の少女がボロ雑巾のように横たわっていた。
彼女の名前はランコ。
最近ギルドに加入したメンバーで、偶々この二人に遭遇して筋トレに付き合わされてしまった不幸な少女である。
「まだ半分終わったところですからね。今の内にしっかり休んで、次に備えてくださいね」
「ぐふぇ……ガクリ」
「おっしゃ、柔軟終わったし残り時間全力で休むぜ!」
「ふふん、僕も負けませんよ。この時の為に編み出した、新技を披露して差し上げましょう。秘技、大地の祈り!」
青鬼はおもむろに逆立ちをしたかと思えば、そのまま仰向けに倒れた。
筋肉が奏でるしなやかな着地は全ての衝撃を吸収し、砂粒一つ舞い上がらない見事な五体投地だった。
「そ、そいつは……!?」
「ふっふっふ、この技は己の筋肉全てを大地と一体化することで、疲れや熱を癒すことの出来るという奥義です!」
「こいつぁ、なんて技だ。オレもやるしかねぇな、いくぜ! 大地の祈り!! ――ぐふっ」
赤鬼は勢いよく倒立をし、そのまま勢いよく地面に背中を叩きつけた。
ステータス的にダメージは無かったが、それでも衝撃が赤鬼の筋肉を通り抜けて行った。
「ダリ、貴方の筋肉は荒々し過ぎますね。この技は静の技です。静の筋肉を鍛えないと会得は難しいですよ」
「ててて。確かに着地はしくじっちまったが、この技で一番大事なのは大地と一体化することだろ? それなら、ダイナにだって負けねぇ。そういう台詞はオレの一体化っぷりを見てから言うんだな!」
ダリと呼ばれた赤鬼は、仰向けに倒れたまま手足を大の字に広げた。
そして、目を閉じる。
その静まり返った筋肉は、正に一点の揺らぎもない大地そのもの。
これには、ダイナと呼ばれた青鬼も、唸る他なかった。
「なるほど、やはりやりますね、ダリ。僕も全力で大地となります!」
そして対抗するように、ダイナも両目を閉じた。
▽
「おい、起きろダイナ! ランコも、起きろ! おい!」
「んん……なんですか、筋肉が炎上でもしたんですか……」
「オレの筋肉は常に燃え上がってるけどよ、そうじゃねぇよ!」
「じゃあなんだって……あれ? ここはどこですか?」
「そんなのオレも知らねぇよ。気付いたらここで倒れてたんだ。裏庭で筋トレしてたことは覚えてるんだけどな」
ダリは困ったように肩を竦めた。
それを見たダイナはとりあえず立ち上がり、周囲の様子をしっかりと確認する。
三人が今いるのは、畑だった。
それなりに広いが、近くに植えてあるものは一緒に移動してきたであろう≪筋肉花≫のマフラーと、巨大なイカだけであった。
厳密に言えば、そのイカのものであろう足が地面から二メートル程の高さでいくつもそびえ立っている。
「あれは……イカ、ですか?」
「イカっぽく見えるけど、頭は貝になってるし、しかもその途中からでっけー樹が生えてやがんぞ。とんでもねーな」
「うううん……筋肉が、筋肉が押し寄せてくる……」
「おいランコ、しっかりしろ。筋肉が柔らかくお出迎えしてやるから目ぇ覚ませ」
「ほーら、立派な大胸筋ですよー」
「ううう、なんだか猛烈に嫌な気配がするので目を開けたくないんですが……!」
「そろそろ起きてください。僕達は変なところに迷い込んでしまったっみたいですからね」
「え……?」
ランコは恐る恐る目を開き、そして周囲の光景に愕然とした。
驚きのあまり跳び上がり、筋肉の後ろに隠れながらもマジマジと巨大なイカを観察する。
「あ、あのイカなんですか!? ものすごく大きいし、樹まで生えてるし、しかも足がこんなに沢山地面から……! 太くてテカテカしてて、ものすごく大きいんですけど!」
「オレ達も何がなんだかわかんねぇんだよな。なぁダイナ、どう思う?」
「筋トレのインターバル中に寝落ちしてしまったんでしょうか」
「こりゃあオレの夢だっていうのか?」
「え、私の夢じゃないんですか?」
「僕の夢だと思ったんですが、どうやら皆自我があるような反応ですね。もしかしたら、ゲームの影響を受けて共通の夢を見ているのかもしれません」
「おん?」
「それじゃあ、ゲームしながら寝ちゃったから、私達の夢がゲーム機を通じて繋がっちゃってる、ってことですか?」
「そういうことです」
「なるほどな、よくわかんねぇけど分かったぜ!」
「とりあえずこれからどうしましょう――!?」
「――何だお前!?」
「え――ひぃっ!?」
ダイナが突然飛び退くと、すぐ目の前にそれはいた。
一メートル程はある大きなオレンジのボディ。まるで宝石で出来ているかのように透明で、幾重にも光が屈折してキラキラと光っている。
そしてその丸い身体からは、逞しい脚と腕が生えている。
オレンジ色のその四肢はよく鍛えられており、強大なパワーだけでなく、しなやかさも兼ね備えていることが明らかであった。
『やぁ、僕の名前はムッキーマッスル! 夢の筋肉場へようこそ! 僕が素敵な筋肉の世界へ案内するよ!』
「こいつは、なんつう筋肉だ……!」
「ええ、見ただけで分かります。このオーラは、只者じゃありません!」
「私には巨大なみかんの化け物にしか見えないんですけどぉ……! あ、でも、宝石みたいで綺麗だと思います。手足が生えてなければ……!」
『筋肉の試練を乗り越えることが出来れば、四宝のダンベルの一つを君達にプレゼントするよ! どうする、挑戦してみるかい?』
ムッキーはその立派な両腕を大袈裟に広げた。
その動作はまるで、テーマパークのマスコットキャラのようにコミカルであった。
「おもしれぇ! やろうぜ、ダイナ、ランコ!」
「ええ、もちろんです。僕達は常に筋肉と共にあり、筋肉に挑んでいます。ここがどこであろうと、目の前に立つ筋肉があるのなら、挑むのみです!」
「えええええ、脱出方法とか探しませんか……?」
「その挑戦、受けて立つぜムッキー!」
「試練とやらを始めてもらいましょうか!」
「二人とも聞いてくれません……うぅ……」
こうして、三人の挑戦は始まった。
筋肉が弾け飛び、筋肉が舞う。
まさにそれは筋肉達の輪旋曲。
その筋肉の輝きは、いつ果てるでもなく続いた。
▽
「はぁっ……!? ……夢……?」
飛び起きたランコが辺りを見渡すと、そこはギルドハウスの裏庭だった。
近くにはダイナとダリが仰向けで眠っており、近くにはマフラーもダブルバイセップスのポーズで休んでいた。
「とんでもない夢を見てしまいました……悪夢以外の何物でもない、悪夢を……。なまじ、最後はノリノリで筋トレをしてたのが一番心に来ますね」
ランコはぶつぶつと独り言を呟きながら立ち上がった。
「お二人が寝てる内に工房に戻っちゃいましょう。態々私を筋トレに呼ぶ理由も無いでしょうし」
二人を起こさないよう、ランコはそっとその場を離れた。
しかし、彼女はまだ知らなかった。
目を覚ました二人が、ストレージの中に入っている≪四宝のダンベル≫の一つである≪ダンベルビー≫に気付いて大ハッスルすることを。
そしてクエスト周回の為に筋トレに付き合わされることを。
彼女はまだ知らない。




