50 小姑たち その4
お久しぶりです。
久々に麻衣ちゃんと小夜子さんが登場。
わかりにくいでしょうが、途中で母・智子視点が入ります。
「先輩さん、次は何をしたらいいのかな?」
麻衣ちゃんは私にデジカメを渡しながら、ユッチによく似た大きな瞳をキラキラさせながら聞いてきた。
このデジカメは、所長を脅すための写真を撮るために麻衣ちゃんに渡していたものだ。もう所長を脅す必要はなくなったので回収だ。
元々はお兄ちゃんの写真を撮るために、去年の誕生日にお兄ちゃんに無理を言って買ってもらったものだったけど、こんな風に役に立つなんて夢にも思わなかったよ。
麻衣ちゃんの友達のエリちゃんが、お兄ちゃんの勤めている研究所の所長の娘だと知ったときは運命を感じた。しかも、同じバスケットボールクラブに所属していて、仲の良いクラスメイトだなんて……。あの所長もまさか自分の娘が親友に盗撮されてるなんて思いもしなかっただろう。麻衣ちゃんは嫌っているみたいだけど、神様っているもんなんだなぁ……。
「とりあえず、今は待機かな? あとはユッチ次第だと思うし……ほら」
「うわああぁぁ♪ お姉ちゃん、幸せそう」
私は自分の携帯電話に保存しておいた、ユッチがお兄ちゃんに添い寝している写真を麻衣ちゃんに見せてあげた。写真の中のユッチは、お兄ちゃんの腕に抱きついて幸せそうな寝顔をしている。
まさかユッチがここまでお兄ちゃんのことを好きになってたなんて、私は夢にも思わなかった。
首を絞められて、頬を叩かれて、睨まれて……私は怖くて何も言い返せなかった。
幸い、ユッチとはあの後仲直り出来た……のかな?
私がこれ以上お兄ちゃんには触れないことと、引き続きお兄ちゃんとの仲を取り持つこと、他にも細かい条件を飲んで、またいつものユッチに戻った……と思う。
とりあえず、うまくお兄ちゃんとユッチが結婚してくれたら、私はそれで十分だ。
今頃ユッチは1人でお姉ちゃんたちと会っているはずだけど、大丈夫だろうか?
サト姉ちゃんは暴走しがちだし、フミ姉ちゃんは勘が鋭くて油断できない。
出来れば私も一緒に行ってフォローしたいところだけど、私は私で今重要な場所にいる。
今はユッチを信じて、私は引き続き根回しをしていくしかない。
ユッチと麻衣ちゃんの部屋からそっとドアを開けて覗きこめば、そこには私のお母さんと小夜子さんがいた。
2人が手を結べば、この結婚は決まったようなものだ。
2人の会話に割り込んで何かをするつもりはないのだけど、この結婚に対する2人の認識をしっかりと聞いておきたい気がした。
◆ ◆ ◆ ◆
「最初はいろいろと気が滅入ってしまっていて、後になってからとんでもないことだと思ったのですが……娘が、結衣が裕一さんと会ってから、まるで子供のように元気になってしまいまして。唯ちゃんには感謝しています」
「いえいえ、そんな! こちらこそ、息子なんかには勿体ないほどのお嬢さんをくださるなんて……感謝するのはこちらの方です」
結衣ちゃんのお母さんだけあって、随分と綺麗な女だわ。とても、高校生の娘を持つ母親には見えない。
それにしても、色々な事情を抱えているとはいえ、唯はよく彼女を説得したものだと思う。
「ですが、正直なところ不安もあるんじゃないですか? 結衣ちゃん、まだ子供ですからね」
「ええ、まぁ……。でも、あの子の好きにさせると決めました。反対して、何も変えられずに苦しむのは私ではなくあの子だと思ったので。あの子の選んだ道を、見守ってあげたいと思います」
「大丈夫ですよ。うちの裕一は不器用でカッコ悪いところばかりですけど、真面目で一生懸命でシッカリしてますから、結衣ちゃんを大事にしてくれますよ」
「あの、ところで……」
ここで小夜子さんは何か言葉を選ぶように間を空けてから、ゆっくりとその小さな口を開いた。
「裕一さん自身は、娘を気に入ってくれているのでしょうか?」
◆ ◆ ◆ ◆
「兄ちゃんは、結衣ちゃんのどこが好きって言ってるの?」
「へ?」
アネキの言葉に、私は思わず声を漏らしてしまった。
結衣ちゃんは一瞬だけ眉をひくつかせ、その笑顔が少しずつ凍りついていっている。
「兄ちゃんは本当に、結衣ちゃんのことが好きなの?」
「否、アネキ……何言ってんの? 結衣ちゃん超可愛いし、家事すごい出来るみたいだし、アニキにベタベタみたいじゃん? こんな子、好きにならないはずないじゃん?」
アネキは何を言っているのだろう? こんな美少女に求婚されて断る男なんて、いるわけがない。
アネキはなおも言葉を続けた。
「結衣ちゃんの話を聞く限り、結衣ちゃんが兄ちゃんを好きなことはよーく分かった。でもね、兄ちゃんが結衣ちゃんを好きだとかいう話が、さっきから出てないの。結婚前提の付き合いなのに、同棲とは言わずに押し掛けって言うのも気になるわ。そういうのは、煮え切らない相手にするもんじゃないの?」
結衣ちゃんの目が大きく見開かれる。もう既に、笑っていない。
「そもそも、兄ちゃんが未成年者と付き合うこと自体が考えられない。こんなリスクの高い交際を、あの堅物がするとは思えない」
確かに、アネキの言うことは一理ある。いくら結衣ちゃんが可愛くたって、あの真面目で堅実なアニキがこんな危ない橋を渡るとは思えない。
「ねえ、結衣ちゃん。黙ってないで教えてくれない? 兄ちゃんは結衣ちゃんのどこが好きなの? 結衣ちゃんをどんな風に可愛がってくれているの? なんで結衣ちゃんは、兄ちゃんがいないときに私たちと会うの?」
「ふぅ……クスッ。ふぅ……ふふふ」
ほんの数秒だけ沈黙が流れたかと思えば、結衣ちゃんは口元を押さえて俯きながら小さく笑い始めた。
少し長い前髪が影になって、その表情はよくわからない。だけど、とても可笑しそうに笑っているみたいで、細い肩が小刻みに震えている。
どうしてだろう? ちょっと、怖いんですけど……。
ゆらり……と俯いていた結衣ちゃんの顔が私たちの方を向く。
大きくて透き通ったように綺麗な瞳が、妖しく爛々と輝いている。
頬を染めて夢を見ているかのようにウットリとしていて、白くて細い四指が恥じらうようにそこに添えられている。
何だろう、これ? さっきまで可愛らしかった少女が、まるで別人みたいな……。
「どこが好き、なんて……裕一さんはそういうことを口にする人じゃありませんよ。聞いたら、いつも恥ずかしそうに声を詰まらせるんです」
「可愛い可愛いって言いながら膝の上に乗せてくれて、私の頭を撫でてくれるんですよ」
「文香さんと聡子さんに会う日を決めたのは唯先輩です。裕一さんはお仕事が忙しいのに……」
確かにアニキは気の利いた言葉を言えるようなタイプじゃない。理屈屋でとっさに皮肉を返すくらいのことはあるけど、恋愛面で有効な語彙を普段から持ち合わせていない。でも、婚約者に何かしら甘い言葉の一つでもあっていいと思う。
可愛がるって言ったって、子供相手に下手に手を出したり抱きしめたり出来ないから、頭を撫でるだけで精一杯だろう。でも、膝の上って……殆ど子供扱いじゃん。
アニキの仕事が忙しいのはわかる。でも、婚約者を紹介するという一大行事に予定を合わせないなんて考えられない。
なに? じゃあ、結衣ちゃんは嘘をついているの?
アニキは結衣ちゃんを好きじゃないの?
じゃあ……結衣ちゃんはどうして当然のようにこの部屋にいて、アニキを世話してるの?
訳がわからない。
「アネキ? これってどういう……?」
アネキの中で、今のこの状況に答えは出ているのだろうか? もう私には何もわからないよ。
アネキは結衣ちゃんをただ真っ直ぐに見つめている。何を考えているのかわからないような、無表情でだ。
しばらく無言でそうしていたアネキだったけど、急に口元に笑みが浮かんだ気がした。
釣り目がちな目をやんわりと細めて、急に肩を震わせて笑い始めた。
「ふふふ……兄ちゃんが、ねぇ。くふふっ……いいわ。そういうことにしてあげる」
「ふぅ……クスッ。そうなんです」
結衣ちゃんもまた、可笑しそうに笑い始める。
でも、2人とも目が笑ってないんですけど……。
しばらく室内には噛み殺したような二人の笑いしか聞こえなかったが、アネキはまた結衣ちゃんを見つめておもむろに口を開いた。
「いいわ。結衣ちゃんが兄ちゃんと良い夫婦になれるように、私たちも協力するわ」
アネキがそう言うと、一瞬にして結衣ちゃんの表情が安堵したかのように柔らかくなり、再びあの眩しい笑顔を見せてくれた。
◆ ◆ ◆ ◆
「兄ちゃんは、結衣ちゃんのどこが好きって言ってるの?」
文香さんは何を言っているのかしら?
裕一さんは……裕一さんの中にはお父さんがいるのだから、私のことが大好きに決まっている。
お父さんは恥ずかしがりやで私の事が好きだけど、私のどこが好き? と聞いたら照れて困ったような顔をしてしまう。
私はお父さんの膝の上がお気に入りで、甘える私の頭をそっと優しく撫でてくれた。
日取りは唯先輩が勝手に決めてしまったことです。
もう……そんなこと、どうでもいいじゃないですか。
早く私に裕一さんをください。私の所にお父さんを帰してください。
「結衣ちゃんが兄ちゃんと良い夫婦になれるように、私たちも協力するわ」
文香さんがそう言ってくださって、ホッとした。
ああ……お父さんが帰ってくる。お父さんと結婚できる。
記憶はなくても、身体の姿形は違っても、中身はきっと同じだ。裕一さんという別人になってしまったけど……だけど、だからこそ、結婚することができる。
あとは3人でお茶を飲みながら、裕一さんの帰りを待つことにした。
文香さんは裕一さんに会って話すことがあるらしい。
聡子さんはまだ色々と納得がいかないような顔でブツブツと何か呟いていた気がしましたけど、文香さんに一睨みされては黙って、またブツブツと呟いてを繰り返していた。
「ねぇ。この邪魔者、排除しよっか」
文香さんは私の耳元でヒッソリとそう言って、聡子さんにお酒を飲ませた。
強いお酒だったらしくて、ものの数分で聡子さんは酔いつぶれて眠ってしまった。
それから2時間も経たないうちに、玄関向こうに人の気配を感じた気がして、私はすぐに立ち上がった。
私が玄関に立った時にはドアがちょうど開いて……ほんのりとお酒の匂いを漂わせた裕一さんがいて、急いで帰ってきたのか息を切らしている。
「おかえりなさい、裕一さん♪ お風呂の準備、出来てますよ」
「いや、あの……結衣さん。文香と聡子は?」
「兄ちゃん……そこはまず、奥さんに『ただいま』でしょ?」
気がつくと文香さんが私の後ろに腕を組みながら立っていて、ちょっと不機嫌そうで怒るのを我慢しているような笑顔をしていた。
まったく、文香さんの言う通りです。一人で2人の妹さんを相手して、心細かったんですよ。
でも、認めてもらえました。
文香さんは後ろから私の両肩に手を置いたかと思うと、どこか楽しそうにゆっくりと口を開いた。
「さーて、兄ちゃん。ゆーっくりと、話をしましょうか?」
裕一、帰宅。
麻衣ちゃんの活躍をどこで書いておくべきか迷っておいて、結局こんな中途半端なところで出しました。盗撮してたのが娘の親友って……普通、気づけないよね。どこかで番外編にでもしようかな?
文香姉さんは結局結衣に味方します。その理由は次話にて……あんまり大した理由ではありません。
裕一には結局、味方など一人もいないのです。




