45 面影
結衣の豹変の理由とは?
裕一さんを玄関で見送って、私は裕一さんのお部屋を振り返った。
このお部屋は懐かしさと親近感と、不吉な匂いに満ちている。
(お父さんと同じだ)
生活している空間とは別の鍵のかかった扉の向こうにある薄暗い室内には、専門書で占められた本棚が並んでいて、机の上にはパソコンがあって、パソコンとは別の机の上にはカラフルな付箋紙が挟まれた本や資料が平積みされている。壁に掛けられたコルクボードの一面には、織り込みチラシを切ったメモが大量に貼られていた。カレンダーにびっしりと書き込まれた予定、買い置きされたペットボトルの水、屑籠いっぱいのお茶とコーヒーの出し殻、あの薬の瓶。
上京したお父さんの住んでいたアパートのお部屋と、唯先輩に見せてもらった裕一さんの“仕事部屋”には共通点が多すぎた。
生活をしている空間にも僅かだが面影がある。冷蔵庫を開ければ飲んでいるビールの好みがお父さんと一緒だった。私服が少なくて、部屋着は暗い色合いのTシャツが多いのも似ている。ゴミの分別が異常に几帳面なところも、レジ袋を三角折りしてとっておいたり、靴の手入れがマメなところもよく似ている。さすがにブレーカーは驚いたけど、節約・倹約意識が高いところは同じだと思う。
洗濯をする度に、仕事で着ているという白衣やシャツから病院で嗅いだのと同じ消毒の匂いがして、寒気がした。
仕事が忙しくて日に日に痩せてしまい、唯先輩にまで追い込まれて、再会した昨日の夜、その顔はやつれてしまっていて、その目は精気を失っていた。
嫌! 消えちゃ駄目! やっと会えたのに……お父さん!
唯先輩が病院を訪れたあの日、裕一さんも病院にいたらしい。
お父さんの意識はなくて、裕一さんも疲れて眠ってしまって……きっとあの日、お父さんの魂は裕一さんに溶け込んだんだ。
だから、お父さんは目を覚まさなかった。
裕一さんと混ざり合い、唯先輩という悪魔によって導かれ、私のところに帰ってきた。
裕一さんのことは知れば知るほど、恐いくらいお父さんに似ていた。
姿形は似ても似つかないけど、裕一さんの仕事部屋とお父さんの部屋がここまで似ているなんて、本当に偶然だろうか?
同じ病気を持ち、同じ薬を飲み続け、生真面目で無理ばっかりして、お人好しで不器用で……。
どういうわけだか、メガネをかけると雰囲気がそっくりだ。
朝起きてお髭に触った感触が、どこか懐かしい。
裕一さん好みにアレンジしたものの、お母さんに教わったホットサンドを美味しそうに食べていた裕一さんの姿を見ると、小さかった頃の食卓を思い出した。
クローゼットに入っていた裕一さんのシャツをお父さんの着ていたシャツとすり替えて渡してみたら、ぴったりみたいで裕一さんは全く気がついた様子がない。お父さんのスーツを着せたら、きっと似合うに違いない。
ああ……駄目です。ネクタイの結びはこうです。
もう! ちゃんと名前で呼んでください。
夢みたいです。
小さな頃に諦めた夢が叶います。
……お父さんのお嫁さんになれる。
すでに準備は整っていて、あと2カ月もすれば……それまでは、何としても手放せない。
裕一さんに睡眠薬を飲ませた唯先輩は今でも許せないけれど、唯先輩がいなければ裕一さんと出会うことは……お父さんと再会なんてできなかった。
だからあの悪魔のお陰で、ここまで来れたのは確かだ。
裕一さんに触るのは許せないけれど、まだまだ唯先輩には動いてもらった方がいい。
だから私はあの後すぐに落ち着いたいつもの私で、不安そうな声で話しかけてくる唯先輩にいくつかの条件を取り付けて仲直りをして、引き続き協力してもらうことにした。
予定通り、今日は文香さんと聡子さんに会うつもりだ。
唯先輩の作戦では、既に私と裕一さんが“結婚を前提に交際をしている”ことにして、2人に認めていただくのではなく、認めさせることになっている。
ただ交際しているのであれば下手をすると裕一さんが犯罪者になってしまうけれど、お互いの両親の理解があって結婚するのであればいくらか心象が良いものになる。成人と未成年の交際だけど、夫婦になるのであれば話が違ってくる。
それにしても、どうして大人と子供による恋愛や結婚はこんな風にややこしいのだろう? 法律や倫理の知識が全くないわけではないし、裕一さんが危惧している問題も分からないわけではないけれど、そのせいで今私と裕一さんはこんなにも遠回りしている。お母さんと麻衣の状況も変わらない。
でも、しかたがない。
15歳の私と妹である唯先輩には、今のところ根回ししかできない。
ううん、違う。もう一つ、出来ることがある。
裕一さんの中にいるお父さんを少しずつ取り戻そう。
お父さんの服を着せて、お父さんの好きなお料理を作って、お父さんが使っていた小物も持たせよう。
裕一さんには、お父さんにしてあげたかったことを全部しよう。お父さんにして欲しかったことを全部してもらおう。いっぱいお世話をしよう。
そうしたらまた……あのお膝の上で、あの大きな手で、私の頭を撫でてくれるかな?
だからね、裕一さん……
あなたと結婚するので、私にあなたのお世話をさせてください。
大好きな父親の面影を追いかけて……。
作者としても未経験ジャンル、珍しい(?)ファザコンヤンデレに挑戦していきます!
唯・ブラコン、結衣・ファザコンは当初から考えていた構図ですが、どこまで上手くいくだろう……?




