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99話 正当防衛だ

「え?ちょっと百瀬?」


 谷川が春人へ声をかけるが本人は気づいていないのかゆっくりと美玖たちの方へ向かう。

 生徒たちは息を呑み美玖と男たちの様子を見ていた。


「てかこれお詫びいるよね?一緒に文化祭回ってよ。そしたら許してやるから」


「許すってそもそもそっちが悪いんでしょっ」


「あーそういう態度で来る。まあこっちとしては別いいけど。無理やり連れてくだけだし」


 男の手が再び美玖へと延びる。


「っ!」


 美玖は咄嗟に身体を引くが男の手の方が速い。男の手が美玖の腕を掴もうとするが――。


「あ?」


 その手が横から割り込んだ手によって邪魔される。


「お客様。メイドへの接触はご遠慮ください」


 春人が鋭い視線を男たちに向けながら底冷えするような声で対応する。


「春人君……」


 春人の姿を見て安心したのか美玖は強張っていた顔を少し緩める。


「おい、なにお前、俺はこのメイドと話してるんだけど」


「とてもそうは見えなかったけどな。一方的にそっちの要求飲ませようとしてたように見えたけど」


「こっちは暴力振るわれてんだ。これくらい当然だろ」


「正当防衛って知ってる?彼女が怖がってたのわからなかったのかお前ら」


 頭に相当来てるのか春人の言葉遣いも無意識に荒くなる。

 そんな態度で行けば男たちも次第に春人への敵視を強める。


「……お前なに?なめてんの?」


「まあ、もう客とは思ってないかな。俺たちはさ、皆で一生懸命今日のために準備してきたの。それをお前らみたいなあほ共に邪魔されて頭にきてるわけ。わかる?」


 春人が冷たい視線で男たちを射貫く。


「出っててもらっていいかな?ここはあんたらが来るような場所じゃない」


 その言葉が決め手となったのか男たちは顔色を変える。


「お前まじでムカつくは。喧嘩売ってるってことでいいんだよな?」


「いちいち聞かないとわかんないのか?」


 春人の言葉を聞くと男は歯をむき出しにして殴り掛かった。

 周囲の生徒から悲鳴が漏れだす。


(かかった)


 そんな中、春人は不敵に笑みを浮かべ男の腕を絡めとるとそのまま地面へ組み伏せる。


「正当防衛だ。殴りかかってきたんだから文句ねえよな?」


「はっ!?てめえふざけんな!」


「このまま大人しくしてろよ。じゃないとぽっきり腕折っちまうかも」


 笑顔で物騒なことを口にしだした春人に男は初めて目を見開き怯えの感情を出す。


 そんな春人たちのやり取りを見ていたもう一人の男が春人へ殴りにかかるがその身体がぷらーんと浮き上がる。


「お前らいったい何をしている?」


 いつの間に現れたのか体育教師の田中が男の首根っこを掴み上げる。

 男は抵抗しようと暴れまわるが全くもって田中先生の腕はビクともしなかった。


「おう春人、先生呼んどいたぞー」


 小宮がスマホ片手に近づいてくる。


「ナイス小宮。正直もう一人どうしようかと思ってた」


「いやー間に合ってよかったな。にしても」


 小宮は春人と組み伏せられてる男を交互に見ながら息を漏らす。


「本当にすげえな百瀬。不良撃退するとか」


「昔護身術を習ってたからな。これくらいは」


 春人は大したことじゃないというが小宮は「いやいや」と苦笑する。


 春人に取り押さえられていた男も先生たちに引き渡し騒然としていた教室は静けさを取り戻す。

 それでも困惑はぬぐい切れないのかそわそわと落ち着きがない。


(まあ、無理はないよな。目の前でこんなことが起きたら)


 春人は動揺している生徒や客に落ち着いてもらおうと頭を悩ませるが特にいい案が浮かばない。

 どうしたものかと考えていると美玖が春人の後ろから出てきて皆の目に届く位置に立つ。


「皆さまお騒がせして申し訳ありませんでした。引き続きお菓子とお茶を楽しんでください」


 美玖は優しい声音で謝罪を口にすると折り目正しく礼をする。


 それを見た生徒や客は次第に落ち着きを取り戻し始める。

 クラスメイトたちもそんな美玖の姿に畏敬を感じため息を漏らすものも出ている。春人も皆と変わらず美玖に見惚れていた。


(やっぱこういうことができるところはすごいよな)


 春人じゃ決して真似できないことだ。だからこそ素直に尊敬する。


 しばらくそんな美玖の姿に目を奪われていると美玖と目が合った。

 春人は肩をピクっと反応させるが美玖はこちらへ近づいてくる。


「ありがとね春人君」


 はにかむように笑顔を浮かべ美玖がお礼を口にする。


「やっぱり春人君はヒーローだね」


「だから……それはやめろ」


 照れるように顔を逸らす春人に美玖は楽しそうに笑う。


 何とも甘ったるい空気を漂わせる。

 だがここは教室だ。そんな二人の姿は周りの生徒がしっかり見ている。


「百瀬君照れてる、かわいいっ」


「さっきのギャップも相まっていいよね。あの怒った声私震えたもん」


 周りの冷やかすような声に春人も少しだが頭が冷えてきた。


(すげえ恥ずい。さっさとこの場から離れたい)


 春人は周りの視線を無視して美玖へ声をかける。


「美玖。もう交代まで休んでていいから」


「え、でも……」


「いいから。こんなこともあったし何よりお前は働きすぎだ。誰も文句なんか言わんって」


 そう言って春人が周りへ視線を向ければ。


「そうだよ桜井さん。もう休んでていいよ」


「うん。あとは私たちでも大丈夫だから」


 クラスメイト達からも背中を推す声が上がる。これには美玖も逡巡したあと困ったように笑みを浮かべる。


「うん。皆も言ってるし早めに休むね」


「ああ、厨房の奥の方だけどそこで休んでてくれ」


 美玖と一緒に厨房に戻る。すると客の目がないからだろうか、クラスメイトが集まってくる。


「百瀬すげえよお前!実際見たら迫力半端ないな!」


「桜井さんごめんね助けてあげられなくて。私怖くて……」


「ううん。あんなの怖くて当たり前だよ。心配してくれただけで嬉しいよ」


 一気に騒がしくなった厨房だが一応春人はこの時間帯の管理を任されている。任された以上はしっかり注意する必要がある。


「おーい、気持ちはわかるけどまだ客もいるんだから皆持ち場に戻れ」


 そんな春人の言葉にまだまだ聞きたいことや話したいことがあっただろうが皆素直に「はーい」と従いそれぞれの持ち場へと戻る。


「美玖はそこの椅子に座って休んでてくれ」


「うん、ありがとう」


 美玖を椅子に座らせると春人は仕事に戻る。と言っても注文が入っていないためやることがないが。


「ん?谷川どこ行った?」


 ふと気づき周囲を見渡す。先ほどまでいた谷川がどこにもいない。ホールにも目をやるが姿がない。春人は不思議に思いながら探しているとそれに気づいたメイド服を着た生徒が声をかけてくる。


「百瀬君どうかした?」


「あー、いや、谷川どこ行ったかなって」


 春人の言葉に女子生徒が「あー……」となにか知っているような微妙な反応を返す。


「え、なにその反応」


「あのね……谷川君さっきの不良の人たちと一緒に先生に連れてかれちゃった。その……顔怖いから間違えられたのかな?」


「……そんなことある?」


 まさかの事実に春人はあんぐりと口を開ける。

 顔が怖いのは知っているがまさかこんな誤解を生むとは思いもしないだろう。


「あー……一応倉橋先生に言っとくか?」


「あっ、もう言っといたぞ」


 春人が困ったように口を開けていると小宮が平然と自然な感じにそう教えてくれた。


「やけに手が速いな。お前知ってたんじゃねえのか?」


「知ってたも何も連れてかれるの見てたし」


「お前も大概酷い奴だよな」


 悪びれた様子もない小宮に春人は逆に感心してしまい苦笑いを浮かべる。


「連絡いってんならいいか」


 春人もあまり深く考えないことにする。


 予想だにしない谷川の失踪があったがピークを過ぎた春人たちのクラスの出し物はその後は至って平和に時間が過ぎていった。

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