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91話 女の子同士でもセクハラになるんだよ

 教室を出て行く春人を見送った後、美玖は小さく息を吐いた。


「はー……」


 少しぎこちなかったかと美玖は自分に問いかける。

 美玖も荷物をまとめ始めると香奈が近寄ってきた。


「美玖~一緒に帰ろ~」


 元気いっぱいの香奈に声をかけられ美玖は少し困ったよう視線を逸らせるがすぐに返事を返す。


「うん、帰ろうか」


 至って自然な感じに話したが香奈は何やら不審がる顔を見せる。


「美玖どうかした?」


「えーと……なんで?」


「なんか元気ないよ」


 美玖は、はっと息を呑む。隠そうとしていたがどうも香奈には見抜かれてしまったらしい。

 そんな美玖を見て香奈は口を開く。


「美玖お昼食べてこうよ。どうせ帰っても勉強するだけでしょ?」


「そうだけど……テスト中なんだから勉強するでしょ」


「まあねー。それでどうする?」


「……うん、いいよ。どこ行くの?」


「マック!」


「はいはい」


 香奈はマックが好きだ。大体どっかで小腹が空いて寄り道に誘われるとマックになる。

 二人並んで駅まで向かい駅の建物内に入っているマックに入店する。


「私どうしようかな……」


「あたしはビックマックのセットにてりやきのセットにチキンフィレオのセットに――」


「本当に毎回すごいよね」


「これくらい普通だよ」


「普通ではないよ」


 にひひと笑う香奈に美玖はつっこみを入れ自分の注文を済ませる。

 注文した品を受け取り二人は向かい合って席に座る。


「そんだけでいいの?」


「そんだけって……セット一つならそんだけなんてことない」


 美玖は自分の注文した品を見る。ハンバーガーにポテトにドリンク。おそらく一般的な量だ。


「そんだけしか食べないのに何でそんな大きく育つのか不思議」


「……どこ見てるのかな?」


 香奈がじーっと主張が激しい美玖のある部分を凝視するので美玖がジト目で返す。


「香奈知ってる?女の子同士でもセクハラになるんだよ?」


「あたし何もしてないもん。ただ見てただけだもん」


 視線を外すと香奈はハンバーガーにその小さな口を大きく開きかぶりつく。途端に幸せそうに顔を綻ばすので美玖も怒る気も無くなった。


 二人で静かに淡々と食事を始める。香奈が次のハンバーガーに手をかけたところで香奈は口を開く。


「それで?春人と何があったの?」


「え」


 唐突にそんなことを聞かれ美玖はきょとんと目を丸くする。そんなあからさまな反応に香奈は苦笑する。


「やっぱりそうなんだー」


「まだ何も言ってないけど」


「別に隠さなくてもいいのに。そもそも美玖が元気がないときって大体春人のことだしね」


「そんなこと……」


 ないとは言えなかった。実際あっていた。大体という部分には美玖も抗議したいが。


「そんで。どうしたのさ」


「どうしたって……その……」


 美玖は言い淀む。話していいものなのか美玖の中でまだ判断ができなかった。


「そんなに言いにくいことなの?春人に何かされた?」


「それはないっ」


 自分でも驚くほどに強い否定の言葉が出る。香奈はまたおかしそうに苦笑する。


「なーんだ違うんだ」


「なんだって何なの」


「もしそうなら春人を懲らしめてやったのに」


「……私が悪いって可能性だってあるよ」


「まあそうだけどねー。それでもとりあえず春人を懲らしめる」


「ふふ、なにそれ」


 いつものと変わらない香奈がいつも通りにバカなことを言い出すので気づけば美玖から笑みがこぼれていた。先ほどまでの少し強張ったような表情がやっと和らぐ。

 それを見て香奈もにひっと歯を見せて笑う。


「あはは、笑った笑った」


「笑ったけど……なによ」


「ずっと難しい顔してたからねー。美玖は笑ってないと」


 うんうんと腕を組みながら満足したように頷く香奈。


「気を使ってる?」


「うん使ってるね」


「はっきり言うね」


「だって本当だし。悪いとか思ってるならほらほら早く吐いちゃえよ~」


 琉莉が自分のポテトを美玖に突き出しながら揶揄うようにゆらゆらと揺らす。

 しばらくその不規則に揺れるポテトを見ていた美玖はパクリと口で咥え香奈から奪い去る。


「あぁーっ、あたしのポテト!」


「これ見よがしに目の前に持ってくるから食べていいのかと」


 数回咀嚼しポテトを飲み込む。


「泥棒!返せあたしのポテト!そんなんだからおっぱいばかり大きくなるんだっ――あうっ」


「なぁに~?香奈?」


 美玖は香奈の頬を両手で真横に引っ張る。


「やめほ~~~」


 何度かこねくり回して香奈を開放する。

 ほっぺを労わるように擦る香奈を見て美玖は張りつめていた糸が緩んだ。


「はー。さっきの話。別に春人君に何かされたわけじゃない」


「えぇうん、それは聞いた」


「私が困ってると言うか悩んでいるのは……私の言葉が春人君を苦しめてるんじゃないかって……」


「苦しめてる?美玖が春人を?」


 実際に理由を聞いてもピンとこないのか香奈が首を傾げる。


「なんでそう思ってんのさ?」


「テニスの試合のときね、私言ったでしょ?春人君に勝ってほしいって」


「あー、言ったらしいね」


 香奈も美玖と春人が何やら話してたのは見ていたが内容自体は美玖から聞いただけだ。そんなこともあった程度にしか覚えていない。


「それでね。春人君今もすごい勉強して頑張ってるの。正直見てて無理してるんじゃないかってくらい」


 美玖は視線を落とす。


「あれって私が勝ってなんて言ったからだよね。だから春人君あんなに無理して」


 美玖は罪悪感に押しつぶされそうになった。口にしてしまったら余計にそう感じてしまう。


 美玖の話をしばらく黙って聞いていた香奈がポテトを摘まみながら口を開く。


「違うでしょ」


「へ」


 あまりにも軽く言われたので美玖は素っ頓狂な声を出してしまう。


「だって春人だよ?そんな美玖に言われたからって無理してまで勉強頑張る?基本やる気皆無の人間が。春人自身なんだかんだ楽しんでると思うけどねー」


「え、えー……」


 美玖の考えを真正面から跳ね除けられ困ったように口を開けて固まる。


 香奈はスマホをぽちぽちといじりながら大量のポテトをどんどん消費していく。


「第一美玖は考えすぎだよ。勝ってほしいなんてみんな思ってるよ」


「香奈も?」


「当然」


 何の迷いもなく返答した香奈がスマホを見せてくる。


「ほら、琉莉も言ってる」


 スマホには香奈と琉莉のトーク内容が映っていた。

 今の美玖の話に対して『ないよ』と短く返事が来ていた。


 だがそんなことよりも――。


「琉莉ちゃんに聞いたの!?」


 美玖は椅子から立ち上がる勢いで声を上げる。それを見て香奈は驚いて肩をピクっと跳ねさせる。


「うわぁっ、何いきなり大声出して。琉莉に聞いた方が早いでしょ。どう?あたしが言うよりなんか納得できない?」


「できるけど!そういう問題じゃない!」


 目尻を吊り上げ香奈に詰め寄る美玖。そんなとき香奈のスマホが着信を知らせる。


「あれ?琉莉だ――どした?」


 香奈はスマホの通話をスピーカーに変えてテーブルに置く。


『どうしたじゃないよ。美玖さんなにかあったの?』


「いや、それは……」


 春人の妹である琉莉には少し話づらい。美玖が言い淀んでいると香奈が口を開く。


「なんか春人に余計なこと言っちゃったかもって気にしてるんだって。そんなことないのにね」


「もう香奈ぁっ!」


 美玖が黙っていても香奈の口が勝手に美玖の心境を暴露する。


『………………ちょっと兄さん絞めてくる』


「え、琉莉ちゃん?」


 琉莉の少し低い声音を最後に通話は切れてしまった。美玖は通話が切れたことを知らせるスマホの画面を呆然と眺める。


「あーあ、春人かわいそうに」


「他人事みたいに……絶対琉莉ちゃん春人君に文句言いに行ったよ」


「文句で済んでればいいけどね~」


 おかしそうに笑っている香奈に美玖は呆れたようにため息をつく。


「まあでも少しは気がまぎれたんじゃない?」


「それは……うん、気は晴れたかも」


「そかそか。それはよかった」


 何回目だろうか。にひっといつも通りの笑顔を美玖へ向ける香奈。それを見て美玖は安心しずっと強張らせていた表情を緩める。


「そんな考え込まなくていいんだよ。気楽にいこうよ」


 楽観的な香奈らしい言葉だ。だけどそれが今は美玖にとってとてもありがたい。


「うん、そうだね。ありがとう香奈」


「えへへ、もっと感謝していいよ~」


 いつも通り調子に乗り始めた。でも美玖も今日のところは大目に見ようと思う。


 美玖は少し湿気り始めたポテトを摘まむ。普段は少しがっかりしてしまうポテトにも今だけは気にならない。むしろそれくらいの時間自分に付き合ってくれたのだと嬉しくなる。


 美玖は残ったポテトを口に放り込む。なんだか少し口惜しいが仕方がない。香奈も食べたことだし引き上げようと椅子を引くと――。


「じゃあおかわりしてくるね」


「……まだ食べるの?」


 帰るものだと思っていたので美玖は正気かと真顔で琉莉を見る。


「食べるよー。全然食べれる。美玖も何か食べる?」


「私は……いや、うん。じゃあ私も何か食べようかな」


「おう、いっぱい食べようぜー」


 いつもならいらないと言うところだが今日はもう少しこの時間を楽しみたい気分だった。


 香奈に手を引かれ美玖は席を立つ。そのあとまた香奈の注文数に唖然とすることになった。

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