88話 金髪ギャル常盤梨乃亜
更衣室で体操服を着替えて春人は教室に戻る廊下を歩いていた。
体育の最中はまた多くの生徒に囲まれていた。試合を称賛するものや何やら熱のこもった目を向けてくるもの。一番困ったのはテニス部に誘われたことだろうか。以前も生徒会室でテニス部の部長岩村に勧誘されたがそのことを話してやんわりと断った。
本当に夏休み前では考えもしなかったし、もし未来を予言されていても信じなかっただろう。
急激に変わる環境の変化に春人は何ともいえない不思議な気持ちになっていた。
「あ~、おっつ~ももっち」
「うえ……」
春人は口許を大きく歪める。
廊下の先に綺麗な金髪をなびかせながら女子生徒が壁に背を預け佇んでいる。声と口調だけで誰かは判断できた。
「どうした常盤。教室に戻らなくていいのか?」
「ももっちと話したくてね~」
ふふっと口許を緩める梨乃亜は壁から離れ春人の方に歩いてくる。
「すごかったね~テニス。ももっちが運動できるのは知ってたけどまさかここまでなんて」
「運が良かっただけだよ。実際苦戦してたしな」
「苦戦って最初だけでしょ~?後半相手にならなかったみたいじゃん」
楽し気に話かけてくるがその裏は全く楽しんでいないような気がする。目の前に梨乃亜がいるのに本人と話していないようなそんな不可解な感覚を春人は感じていた。
「美玖っちに何言われたの?」
「……なんで美玖の名前が出てくるんだ?」
「ももっちが変わったの美玖っちにラケット借りてからだよね。なにか話してたでしょ?」
探るような視線を春人は向けられる。綺麗な瞳なのだがどこか暗いものがある。春人は警戒心をあらわにして眉根を寄せる。
「別に大したことは話してないが?」
「それでも何か話してたんでしょ。アタシ知りたいな~」
「なんでそんな知りたがるんだよ」
「ただの好奇心だよ。あの場でももっちを変えた美玖っちの言葉アタシも聞きたいな~」
(……本当になんなんだこいつは)
話しているのに梨乃亜の本質が全くわからない。まるで感情の無いしゃべる人形に話しかけているようだ。返ってくる言葉に心を感じない。
「あれは俺と美玖の秘密だ。教えられないな」
「へ~、なんだかいかがわしさを感じる」
「なんでそうなるんだ」
「男女の秘密なんてだいたいそうでしょ~」
「偏見では?」
「経験からそう思ったんだけどね~ほら、アタシって結構経験豊富だし」
何やら意味深な言い方をしてくる。ペロっと唇を舐める動作も拍車をかける。
(マジでわっかんねえこいつ。いったい何がしたいんだ)
春人を揶揄って楽しんでいるのか。はたまた単純に本当に話をしているだけなのか。
「そういえば、ももっちの妹ちゃん、琉莉っち、あの子結構頭切れるね」
また話が変わった。このまま梨乃亜のペースで話を進めていいのか春人は考え始める。
「北浜、事前にテニス部と練習してたんだよね~」
「ああ、そうだろうな。ラケットとかも買い揃えてたし」
「琉莉っちその辺見破ってたよ~。頭いいんだ~」
流石にこれ以上意図が読めない会話を続けるのはまずいと春人は判断する。こちらから違う質問を飛ばす。
「そういうお前は妙に俺たちのこと気に掛けてるみたいだけど何がしたいんだ?」
「そんなの当たり前でしょ~。今一番話題の子たちに興味があるのはしかたないでしょ?」
「その前から俺には絡んできてたが?」
「ももっちはまた別だからね~」
「なんだよそれ」
「う~ん、教えな~い」
にこっと笑みを作ると春人に背を向ける。
「もう行くよ。またおしゃべりしようね~」
右手をひらひら振ってそのまま春人に背を向け歩いていく梨乃亜。その足取りは軽く、鼻歌でも歌い出しそうだ。
結局面と向かって話していたというのに彼女について何もわからなかった。
春人は疲れたように息を吐く。
「不気味……だな」
そんな感想が自然と口から洩れた。




