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84話 自分のために怒ってくれるのだからお礼くらい言うよ

「さっきの人何なの?」


 教室に戻って早々、美玖が眉尻を少しつり上げ春人へ声をかける。聞かなくても怒っているのがわかる。


「北浜のことだよな?北浜清仁。名前に聞き覚えぐらいないか?」


「……テストでいつも一位取ってる人だよね。あとスポーツ万能とか」


「ああ、そうだな。なんかいいとこのお坊ちゃんらしくて自分より優れたものは嫌うらしい。自分が一番じゃないと我慢ならない要は完璧主義者だな」


「自分より優れた?なんで兄さんが嫌われてるの?」


「……なんかお前バカにしてね?まあ、気持ちはわかるけど」


 琉莉が不振がるように視線を向けてくるので春人は苦笑する。


「入学してすぐに体力テストあったろ?あれ二種目を除いて全部北浜が一位なんだよ」


「?だから?」


「残りの二種目の一位が俺」


 あーっと琉莉は納得したように声を漏らす。


「つまり逆恨み?」


「まあ、そうだな」


 体力テストの結果が出たあと北浜は春人に接触してきた。結果に不満があったらしい。テストのやり直しを学校にまで申請したみたいだがそんなこと許されるはずもなく結果はそのまま変わらずだ。


 それにまた腹が立ったのか事あるごとに春人に突っかかってくる。自意識過剰もここまで拗らせるとむしろ感心できてしまうからおかしな話だ。


「そんなの春人君なにも悪くないじゃん。それにあの人、春人君のことすっごいバカにした態度で」


「まあ、俺の実際の評価なんてそんなもんだしな。そこは別に気にはしないけど」


「春人君が気にしなくても私は気にする。あんなの絶対おかしいよ」


 美玖にぐいっと身体ごと詰め寄られて春人は目を見張る。


 瞳に強い熱を感じる。春人のために本気で怒っているが伝わる。春人は実際、本当に気にしていない。自分の評価など自分でわかっている。それでも自分のために怒ってくれる美玖には感謝する気持ちが溢れてくる。


 春人は気づけば頬を緩めていた。


「ありがとな。怒ってくれて」


 春人の唐突なお礼に美玖は呆気にとられ顔を見たまま硬直する。でもすぐに今の状況を理解したようで前髪を指でいじりながら落ち着きなく口を開く。


「こ、これくらい当然だよ。友達なんだし」


 そんな照れてるような美玖の反応に春人はまた笑みを零す。


「それと常盤さんだっけ?兄さん知り合いみたいだったけど」


「あー常盤か。あいつは何なんだろうな。部活見学の時たまたま一緒だったってだけなんだけど」


「部活見学ってバスケ部以外で?」


「ああ、ハンドボール部に見学に行ったんだよ」


「……兄さんが部活見学自分で行ったのも驚きだけど、ハンドボールってあの人のイメージと違う」


「はは、わかるぞ。見るからにギャルって感じだもんな。俺はまあ、成り行きで、常盤は友達と来てたかなー」


 梨乃亜の見た目は学校に数人はいそうなギャルの見本のような恰好をしている。部活――しかも運動部に興味があるようには見えない。


「ただ見学一緒だっただけってわりには仲良さそうじゃなかった?」


「え?仲いいように見えるのあれ?」


「見えたけど。というか向こうがなんか興味ありげな?」


 琉莉は自信なさげに首を折る。確かに梨乃亜の態度は少しわかりにくい。こちらに自分の心意を掴ませないようなそんな意図的なものを感じる。


「興味ねー……なんだろうな」


「兄さんまた何かやらかしたんじゃないのハンドボール部で」


「そんな人をいつも問題起こしてるみたいに……言っとくがハンドボール部ではそんな本気でやってないからな。ほんの少し身体を動かしてただけ」


「兄さんのほんの少しってちょっと加減がわからないけど。ならなんで常盤さんは兄さんのこと気にしてるんだろ?」


「さあな。あいつのことなんて俺が知るか」


 考えたって梨乃亜じゃないのだからわからない。こんな答えが出ないことよりも今は考えないといけないことがある。


「常盤のことはとりあえずいいだろ。問題は北浜なんだよな」


「うん……春人君正直勝てると思う?」


「無理だな」


 春人は美玖の質問にきっぱりとはっきり答える。


「そんな自信満々に言われても……」


「実際難しいよ。体力勝負はともかく知力なんてまず勝てない」


 学年一位にどうやって中間くらいの順位の人間が勝てると言うのか。今更勉強を頑張ったところでどうにかなる問題ではない。


「でもそれだと勝負つかないんじゃない?」


「まあ、最悪体力勝負を負けちゃえばそこで終わるんだけどな」


「いいの春人君は?」


「俺としてはこれ以上付きまとわれなければいいからな。勝負自体には興味ないし」


「そうなんだ……」


 なぜか美玖が残念そうに顔を曇らせる。その反応を不審に思ったが後方から聞こえてきた声に春人の思考は遮られる。


「あぁーいたっ!三人ともどうしたの!?なんかすごいことになってるけど!」


 教室に入ってきた香奈が大声で春人たちに声をかけてくる。自然と周りの目が集まる。


「うるさいぞ香奈。周りも見てるだろ」


「そんなこと言ってる場合じゃないよ!春人何したのさ!?」


「え、俺?いったいなんだよ?」


「北浜と勝負するんでしょ?なんか一年生の間で噂になってる」


「はいー?」


 ついさっきのことなのになぜそんな早く話が広がっているのか。春人は間抜けに口を開けて固まる。


「はー、うちの学校噂大好きかよ」


「で?なに?これどんな状況なの?」


 香奈が興味津々といった様子で目を輝かせている。こういったイベントごとは本当に好きみたいだ。


 とりあえず先ほどのことを簡単に説明してやると香奈は、はーっと驚いたように目を丸くする。


「なんか……春人っていつも誰かに勝負挑まれてんね」


「いつもって……加賀美先輩くらいだろ?」


「それでもこんなことって普通なくない?」


「普通は……ないだろうな」


 香奈の言葉に春人は少し考えたが納得してしまった。確かに普通に学校生活を送っていて誰かに勝負を挑まれる展開なんてそうそうない。


「なに百瀬、また北浜に絡まれてんの?」


 香奈が大声を出してたので聞いていたのか小宮が近づいてきた。そこに心許ない足取りで谷川もついてきている。


「ああ、またな」


「はー、あいつもこりねえよな。いい加減百瀬もガツンとやっちゃえばいいだろ」


「物騒なこと言うな……しねえよ」


「俺にはするじゃねえか」


「お前はたまにマジでムカつくから」


「俺への扱いひどくね!?」


 谷川がオーバー気味にリアクションするので皆苦笑を浮かべ多少場の空気が柔らかくなった。


「まあとりあえず俺は気にしてないから皆も気にすんな」


「本当に百瀬自分のことには無関心というか。たまに冷めてるよな」


「ふふ、なんかクールでよくね?」


「本当にクールな人は春人みたいなこと言わないけどね」


「冷静なつっこみどうも」


 香奈のおかげもあり教室に入った当初のような少し殺伐とした空気は払拭された。


 でもこれが二学期の始まりだと思うと春人も気が滅入る。なぜいきなりこんな疲れるイベントが発生してしまったのか。


 とりあえずはなるようになると気楽な姿勢で春人は構えていた。

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