80話 動画の拡散って怖え
春人は昼休みになって屋上に続く階段で腰を下ろして大きなため息を吐く。
「はぁーーー……」
疲れ切った春人にとって人が来ないこの場所はまさにオアシスだった。
登校してから今まで春人には人が押し寄せ質問攻めのオンパレードだった。
「まさかここまでとは……動画の拡散って怖えな」
世間でたまに問題になる個人情報の拡散がこんな感じなのだろうか。身をもって春人は体験していた。
「はぁーーー……」
ため息と一緒に魂も抜け出るのではないかと心配になるほど深いため息を吐いていると足音が近づいてくるのがわかった。
「あ、やっぱりここにいたね、お兄」
「……琉莉」
ひょこっと顔を覗かせる妹に春人はまたため息を吐く。
「はー……」
「人の顔見てそのため息は失礼じゃない?」
「安心したため息だよ。大目にみてくれ」
「……相当疲れてんね」
琉莉は階段を上り春人の隣に腰を下ろす。
「……なんだよ?」
「なんだとは大層なもの言いだね。折角困り果てているであろうお兄を心配して来てあげたのに」
「心配してくれたのか?」
「そりゃあ当然。コミュ障のお兄じゃ大変だったでしょ」
「もう酷い有様だったよ」
「でしょう?だから私が来たの。さあさあ愚痴でも何でも言ってみ」
「ありがとな……それで本音は?」
「皆の質問攻めに慌てふためいてるお兄を見に行ったら教室にいなかったから、ここに来た」
「ただの野次馬かよ」
興味本位で揶揄いに来たと言ってるようなものだ。実際そうなのだろうが。
今日は質問してくる奴らの他に琉莉みたいな野次馬もたくさんいた。今の春人は動物園のパンダ状態だ。物珍しく檻の外から眺められている。
「それで実際どうなのヒーローになった気分は」
「全然嬉しくねー。地味ーに大人しく教室の隅っこにいた方がどんなに楽だったか」
漫画やアニメのヒーローが正体を隠しているのはこういった理由なのだろうか。確かにこれでは日常生活が危うい。
「おー、陰キャの鑑だね」
「それも嬉しくねーよ。あーもう、美玖にも話があるのに」
「話せてないの?」
「話せてねえよ。そんな暇がない……ってこともないんだけど」
「なに?その意味深な言い方」
「……避けられてんだよ」
「ん?」
「だから……避けられてんだよなんか」
「避けられてるって……美玖さんに?なんで?」
「俺が知りたいわ。ほんとに何なんだよ今日は」
春人は頭を抱え後方へと倒れ込む。制服が汚れそうだが、今はそんなことも気にならない。
今日春人は何回も美玖へ話しかけるチャンスを窺っていた。休み時間は生徒たちの質問攻めがあり難しかったが春人と美玖は幸い席が隣、授業中でも話すチャンスはあった。それなのにことあるごとに美玖から避けられるは、なんか話しかけるなオーラが伝わってきて全く口をきけなかった。
「お兄……なにしたの?」
「だから俺が知りたいっつうの」
「美玖さんがお兄を無視するって相当だよ。早く謝った方がいいよ」
「何したかもわからないのにか?」
「それで謝れるの余計に腹立つね」
「どうしろと」
いったい何をしてしまったのか皆目見当もつかない。
そんな見るもボロボロな春人に琉莉はかける言葉も見つからず困る。
「あ、のさ……元気出して?」
「……まさか琉莉にここまで気を使われるとは。今日は雪かな」
「今は見逃してやるけど、そんなことばかり言ってるとその口縫い付けるぞ」
琉莉のこういった家でするような会話がなんだか今の春人にはとても心が休まる。
なんだかんだ琉莉と話していて調子が戻ってきた。
春人は立ち上がり背中とズボンを軽く叩き埃を落とす。
「もういいの?」
「ああ、なんか少し元気出たわ。ありがとな」
「何もしてないと思うけどね」
「それでもな」
春人は目を細め顔を和らげる。実際楽にはなった。何が解決してくれたかはここにいるのが琉莉しかいないことからそういうことなのだろう。
春人と琉莉は二人揃って教室へ続く廊下を歩きだした。




