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79話 新学期、登校したらヒーローになっていた

「久々の学校めんどー……」


 春人は学校の廊下を約一か月ぶりに歩いていた。


 今日は夏休み明け最初の登校だ。来たる新学期に胸が躍る――なんて気持ちは全くなく、ただ九月だというのに全く暑さが引かない気候にうんざりしていた。


 そもそも夏休みとは暑さで勉学が困難なことから採用された長期の休みのはずだ。九月でまだこれだけ暑いのなら休みを伸ばすのを検討してもいいのではないか。


 と言ってもそれは登校までの話。最近では教室にエアコンが設備されている学校がほとんどなので教室さえ入ってしまえばこの暑さともおさらばだ。


 春人の足も自然と早くなる。

 それに今日は気になることもあった。


(あの日……美玖が最後に言った言葉……)


 春人は遠くを見るように目を細め記憶を辿る。


 夏祭りの後、雨のせいで急遽開催された百瀬家でのお泊り会。その帰り際、美玖が残した「はる君」という言葉を春人はずっと気になっていた。


(ただの聞き間違いってわけではないんだよな。琉莉も聞いてたし。なんであそこであだ名で呼んできたんだ。あだ名で呼ばれるなんて初めて……いや、一度だけあるか)


 春人は更に記憶の奥深くへ沈んでいく。昔、小学生の頃。仲の良かった女子から確か同じように呼ばれていた。


 春人の顔から感情が抜け落ちる。思い出したくない記憶を呼び覚ましたような、ひどく頭が痛くなるのを感じた。


(いや別に今は関係ないだろ。美玖に聞いてみればいい話だ)


 美玖の心意がわからない以上考えたって仕方がない。

 春人は教室の扉を開けて足を踏み入れた。


 すぐに美玖の姿を見つけ近づきに行ったのだが――。


「来た!来たぞヒーローが!」


「は?」


 教室に入るなり騒がしくなった生徒たちによって春人は取り囲まれてしまった。何やら

騒いでいる生徒に春人はもみくちゃにされる。


「え、なに?なんだよこれ……」


「何って動画見たぞ百瀬!すげえなお前、あんなガラの悪い男たちに立ち向かうとか!」


「百瀬君、運動できるの知ってたけど喧嘩も強かったんだね。ちょっとカッコいいって思っちゃった」


「あ~、抜け駆け~私もかっこいいと思ったよ~」


 何やら生徒達から羨望や尊敬といった視線が飛んできて春人は只々困惑していた。


(は?は?何だよ本当に……一学期ろくに話したこともない奴らまで……)


 このカオスな状況が理解できず春人は頬を引きつる。


「ちょっと!なんだよこの状況は!?」


 流石に説明が欲しい。春人が助けを求めるように声を上げると後方から小宮に話しかけられる。


「おっす百瀬。なんか大変そうだな」


「そうじゃねえ、大変なんだ。――なんだよこれは?」


「動画知らねえの?」


「動画?」


「夏祭りの時、百瀬が桜井さんを守った動画」


「あっ、あー、あー、あれか」


 小宮に言われて思い出す。美玖のことばかり考えていてすっかり記憶の隅まで追いやられていた。


(そういえばこの問題もあったんだったわ)


 夏祭りの時、美玖たちに絡んできたナンパ男どもを春人が撃退した。それを誰が撮ったのかは知らないが動画で残されておりアプリの経由で広まってしまっていた。


 だとしても――。


「こんな騒ぐことか?」


「そりゃあなかなかできることじゃないからな。誰かが言ってたようにヒーローだよヒーロー」


「うげぇー、俺に、いっっっち番合わねえよその言葉」


「ここまで尊敬されて嫌がるのも珍しいよな」


 春人がほんとーーーに嫌そうに顔を顰めると小宮がおかしそうに笑う。


「ってそんなことはどうでもいいんだ。ちょっと通して――」


「百瀬ぇぇぇっ!」


 また面倒なやつに掴まった。


「なんだよ谷川」


「お前、おまえぇーっ!なに桜井たちと祭りとか行ってんだよぉぉぉっ!」


 恨みを込めた呪言めいた言葉を上げる谷川のうるさい声に耳を押さえる春人。


(あーそうか。そういう目で見てる奴らもそりゃあいるか)


 学校で噂になるほどの美玖と一緒に祭りに行ってれば谷川のような人間から妬まれることもあるだろう。


 次から次へと押し寄せてくる問題に春人はいよいよ目眩を覚えだした。


「人気者だね春人」


 次は何かと思えば当事者の一人、香奈が楽し気に歯を見せながら笑っていた。


「笑ってないで助けてくれんかな?」


「えーいいの?春人がこんなに人に囲まれるのなんて今後一生ないよ?」


「やな言い方するな。まあ、実際なさそうだけど」


「なら今はこの幸せを噛みしめるといいよ」


「幸せなんて可愛い状況じゃないけどな」


 尊敬するような目もあれば谷川を筆頭に恨みつらみを込めた視線も混ざっている。はたしてこの状況は幸せなのだろうか。


「百瀬、話は終わってないぞ!」


「そもそも始まってもないと思うけど」


「いいから!なんで桜井と一緒に祭りに行ってんだよ!」


「ちょっと谷川邪魔!私たち百瀬君にもっと話聞きたいんだけど!」


「あ、いや、それはその……ごめんなさい……」


(よぉぉぉわっ!)


 女子たちに詰め寄られた谷川が声をか細く弱々しいものにし周囲の輪から抜け出ていった。女子と話すことが苦手とはいえあまりにも情けない姿だった。


「ねえねえ、あの動画ってやっぱり百瀬君なんだよね?」


「え、ああそうだな」


「やっぱり!あれってなに?ナンパだったの?桜井さんたち助けてあげたんだよね?」


 ぐいぐい来る女子に春人も尻込みする。少し谷川の気持ちがわかる。


(すんげえ聞いてくるじゃん……そんなに気になるのか?)


 春人は助けを求めるように視線を巡らせる。すると自分の席からこちらの様子を窺っている美玖と目が合った。


(美玖!頼む助けてくれ!)


 ダメもとで念を飛ばしてみるが――。


 ぷいっ――。


(え)


 美玖が春人から視線を外し窓の外に顔を向けてしまった。


(え、今目合ってたよね?わざと外した……?)


 気のせいだと思いたいがあまりにも露骨すぎる。


(えー俺なんかやった?俺何かやっちゃいましたぁ!?)


 心当たりのない美玖の反応に困惑してしまう春人に構わず周囲からの質問は止まらない。


 もやもやとした気持ちを抱きながら春人は担任の先生が教室に入ってくるまで生徒たちの質問攻めにあっていた。

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