76話 もう二人一緒に寝れば?
「家の人なんて?」
春人は今日は自分たちの家に泊まることを親に連絡を入れた美玖に声をかける。
「わかったって。特に何も言われなかったよ」
「言われなかったんだ」
「だって琉莉ちゃんの家に泊まるって言ったんだもん。流石に春人君の名前出したら親も何か言ったかもだけど」
確かに女子の友達の家に泊まると言えば親もいろいろ詮索してきたりしないだろう。嘘もついていないし。
「あたしもいいって。これで心置きなく遊べるね!」
「遊ぶのはいいけどあまり近所迷惑にならないようにな」
「わかってるってー」
本当にわかっているのか不安が残る香奈はとりあえず置いといて春人は別の問題に思考を切り替える。
「あとは寝る場所か……予備の布団とかないんだよな」
「私と香奈さんならサイズ的に一緒のベッドでもいいと思う」
「確かに。となると美玖には……俺の部屋……になるか。ベッド使ってもらって俺はここのソファで寝るか」
考えたすえの結論がこれだ。美玖には申し訳ないが春人の部屋を使ってもらうしかない。
「ちょっと待った。流石に春人君をここで寝かせるのは」
「うん、泊めてもらってそれはねー」
春人の中で考えがまとまったが美玖と琉莉が待ったをかける。春人を差し置いて自分たちがベッドを使うのに抵抗があるらしい。
「春人君がここで寝るならむしろ私がここで寝るよ」
「いやそれも流石にな……俺が寝るのが一番いいと思うんだけど」
「春人君のベッドなんだから春人君が使うべきだと思う」
「いや、うーん、でもなー」
「いっそ兄さんと美玖さん一緒に寝れば」
「何言ってんのお前?」
唐突に琉莉が言葉を挟む。自然な流れでとんでもないことを口にするものだから春人じゃなければ聞き逃していたかもしれない。
「だってどっちもベッドは相手に使ってほしいんでしょ?ならもう二人で使えば?」
「使えば?じゃねえよ。ダメだろうが」
「うん、流石に一緒に寝るのは……あ、春人君が嫌ってことじゃないよ」
「……今はむしろ嫌って言ってもらってた方が安心したな」
美玖の好感度を再確認したところで春人は話を戻す。
「えーと、なんだ、俺がソファで寝るのは美玖と香奈が許さないし、美玖がソファに寝るのは俺が許可しない。琉莉は……琉莉の意見はいいとして」
「なかなか由々しき問題だね」
「お前楽しんでないか?」
先ほどから場を引っ掻き回す琉莉を春人はじとーっと睨む。
「でも実際問題だよねー。いっそもうずっと起きとく?」
「それも現実的じゃないな。一晩中起きてやることもないしな」
「あたしずっとゲームでもいけるよ?」
「香奈はいけそうだけど。他が」
春人は美玖に視線を向ける。琉莉はよく一晩中ゲームをやっているので問題ないのは知っている。
「私はずっと起きとくのは辛いかも」
「だよな」
案の定美玖はあまり乗り気ではない。となるとやはり寝る場所の問題は解決しておかなくてはならない。
「私と琉莉ちゃんと香奈で一緒に寝るとか?」
「流石に狭いだろ三人は」
「私が美玖さんにくっ付けばギリ……」
「ギリじゃねえ無理だって。そもそもそんな状況で寝れんだろ」
「むしろずっと美玖さんと一緒にいれるのに寝るとか勿体ない」
「ふふふ、琉莉ちゃんそんなに私とのお泊り楽しんでくれてるんだ」
優しく微笑む美玖に琉莉が幸せそうに顔を緩ませる。絶対美玖が思っているようなことを琉莉が考えているはずがない。
琉莉に呆れながら視線を向けていると突如大きな雷が落ちる音が鳴り響き部屋の電気が落ちる。
「えっ?」
「きゃあ!なになに!?」
「あったい!誰あたしの足踏んだの!?」
「真っ暗、何も見えない」
暗闇で急に騒がしくなるリビングで春人は声を上げる。
「ちょっ、誰だ?動くとあぶなっ!?」
胸に衝撃を受け春人は後ろへ倒れ込む。したたかに背中を打ち春人は痛みで顔を歪める。
「いっつー……なんなんだいったい……」
春人は上体を起こそうとして違和感に気づく。身体が重くて起き上がれない。まるで上から抑えられているかのように。
「え、なんだ?」
胸元が妙に熱い。しかも何か耳元で息づかいのような音が聞こえてくる。
「これって……」
春人は何か思い当たり声を震わすと家の電気も復旧した。明るくなった部屋の中ですぐに答え合わせとなる。
「美玖……あの、もう大丈夫だぞ?」
照明の眩しさに目を細めると目の前に美玖の顔があった。
両目をぎゅっと瞑り、春人に正面から抱き着くような体勢で固まっている。
(そういえば……美玖、怖いの駄目だったな)
以前の幽霊騒動を思い出す。あの時の取り乱しようは春人の記憶にもよく残っている。いきなり電気が消え真っ暗になれば美玖ならこの反応も無理はないかもしれない。
それに今は――。
カシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッカシャッ――。
電気の復旧とほぼ同時にカメラのシャッターを切る電子音がずっと春人の耳に届いていた。
「何してんの君ら?」
「大スクープの瞬間をカメラに抑えてる」
「うん」
香奈と琉莉が春人の質問に素っ気なく答える。目はスマホの画面を見たままだ。カメラもご丁寧に連写モードで動き続けている。
「スクープのタイトルは?」
「“衝撃!学校一可愛いと噂される女の子がついに男の魔の手に!”絶対売れる」
「それ出まわったら俺の人生終わりそうだな」
「悲しい犠牲だよね」
「ふざけんな!撮るの止めろ!」
春人は身動きが取れないので手を限界まで伸ばすが届かない。チャンスとばかりに香奈と琉莉はいろいろな角度から春人たちの姿を写真に収めていく。
「お前ら……その写真マジでどうする気だ」
「え?あたしが見て楽しむんだけど?流石に皆に見せて回ったりしないって」
「私も。美玖さんの可愛い姿がいつでも見れる」
あくまで個人用と言い張る二人。まあ、二人に限って拡散なんてことはしないだろうがそれでもどうなんだか。
「それより春人落ち着いてるね?美玖がこんなにくっ付いてるのに慌てもしないなんて」
「絶賛困惑中だが?平静を保つのに全神経使ってるが?」
「やっぱり春人も男の子だねー。気持ちはわかるよ。あたしだってこんなに密着されたら女子とはいえドキドキはするし」
うんうんと頷き理解を示す香奈。横では琉莉が羨ましそうにこちらを見ている。
「つうかならどうにかしてくれんか、この状況」
「また美玖、腰抜かしちゃったんでしょ?多分恥かしくて顔も見せれないんだよ。ねー美玖?」
「……わかってるなら言わなくていい」
図星だったのか美玖から恥ずかし気にか細い声が聞こえてくる。
「美玖さんってそんなに暗いの苦手なの?」
「暗いのって言うか怖いのが?いやー、この前の幽霊騒動では大変だったからねー」
「あー、例の……兄さんが誘ってくれなかったやつ」
「夜だったんだからあぶねえだろ。兄としては許可できん」
春人の過保護っぷりが顔を覗かせる。この時の話を琉莉にしたときは、それはもうネチネチと文句を言われた。なぜ自分を誘わなかったのかと。だがその理由が怖がる美玖をこの目で見たかったというのだから春人は誘わなく正解だったと思う。
(でも早く離れてもらわないとこっちもいろいろと……)
理性が仕事してくれるのも限界がある。この距離では美玖の身体の柔らかさにいい匂いまで漂ってくるのだ。ただの男子高校生である春人がどこまで理性を保てるか……。
「やっぱり兄さんと美玖さんで一緒に寝れば?もういいでしょ」
「いいわけねえだろ。なんだよもういいって」
「そんなにくっ付いてるならもういいでしょ」
琉莉がジト目で春人たちに視線を向けてくる。わざわざ言わないとわからないかと言いたげだ。
「一緒に寝るのはまた違うだろ。何かあったらどうすんだ」
「何かするの?」
「しねえけど」
「だよね」
ふっと鼻で笑われる。春人にそんな度胸がないことをわかった上で聞いている。
(こいつマジで……)
なめられて春人も腹立たしく口を引きつらせ琉莉に視線を向ける。一度この妹は兄の偉大さをわからせなければいけない。
どうしようかと頭をフルに回転させていると香奈が不意に声を上げる。
「ていうかさあたしと美玖が一緒に寝て、春人と琉莉が一緒に寝れば解決じゃない?」
「……ん?」
「あー……確かに」
春人と琉莉がぽかんと口を開け香奈の案に納得する。
小柄な琉莉と香奈ならベッドを二人で使えると思い話していたが別に多少狭くはなるが美玖と香奈が一緒でも問題ないのだ。
なぜこんな簡単なことが思いつかなかったのか。春人は自分の情けなさに肩を落とす。
「……じゃあそれでいくか」
力なく声を出す春人は少し引きずっているようだ。
「へーい。部屋はどう分ける?」
「そうだな……琉莉のベッドに二人寝てもらうか」
男のベッドに寝るのは流石に抵抗があるだろうと春人は提案する。琉莉もそこに文句は無いようで部屋割りも解決しあとは――。
「美玖さん?いい加減いいのでは?」
いまだに春人に抱き着く美玖に声をかける。ここまでよく自分の理性がもったと褒めてやりたい。
「……うん、そうだね。もう少し待って、ちょっと気持ち切り替えるから」
切り替えるとは?春人が美玖の言葉の言い回しを疑問に思っていると美玖は宣言通り少しだけ時間をおいて春人から離れた。
「うん……ごめんね春人君いきなり抱き着いて」
「抱き着かれるのは別にいいんだけど――」
「いいんだ」
「香奈うっさい。抱き着くのはいいんだが……もう大丈夫なのか?」
「うん、ちょっとびっくりしただけなのに大げさだったね。ごめんね」
美玖は恥ずかしそうに頭を掻いて笑っている。少し頬を染めている彼女からはもう怖がっている様子はない。春人も「そうか」と声をかけほっとする。
「じゃあ寝る方法が決まったことだし、寝るまで遊ぼーっ!」
「本当に元気だなお前」
香奈が元気に声を張り上げ春人が感心したように目を細める。
香奈のおかげで明るい空気のまま寝るまで皆で遊びつくした。




