69話 桜井美玖の心地②
今日の私はどうかしてる。
ウォータースライダーのあとトイレに行くと嘘をついて春人君たちと一度別れた。
一旦一人になって落ち着くためだ。
飲食ができるお店の物陰に隠れるように入り込み、私は頭を抱えその場にしゃがみ込む。
「う~~~なんであんなにくっ付いちゃったんだろ私~」
思い出すだけで顔が熱くなる。プールにきて早々春人君に抱き着いてしまった。それはもう大胆に胸とか押し付ける感じで。
大丈夫だったかな?ふしだらな女とか思われなかったかな?
周りの視線から逃れるためとはいえやりすぎだった気がする。
お互い水着……春人君は上は裸だからもう直だ。その身体を見てやっぱり男の子なんだと感じた。女の子みたいに柔らかくないゴツゴツとした身体がとてもたくましかった。そんな身体にくっ付いて冷静でいられるはずがない。動揺を悟らせないようにするのは本当に大変だった。
それでもくっ付く言い訳を作ってくれた琉莉ちゃんには感謝だ。
パートナー。振りだが恋人として春人君の近くにいれた。それだけでも嬉しくて嬉しくて心がどうにかなってしまいそうだった。
でもその後腕を組んだのはやりすぎだったかもしれない。別に手を繋ぐだけでもよかったはずなのに……。感情が抑えられなくてほとんど無意識にやってしまった。
大胆過ぎる自分に今更恥ずかしさが込み上がってきた。
「その後も妙に体に触ること多かったなー。波の出るプールなんて……ぅ~~~っ」
顔どころか耳まで熱い。でも仕方ない。春人君にあんなに強く抱きつかれたことなんて初めてだ。今でもあの時の力強い腕の感覚が残っている。肩とお腹。抵抗するなんてとてもじゃないけど無理な力で抱き着かれた。
まあ、状況が状況だったから仕方ないけど。それでも本当にドキドキした。胸が高鳴って私を隠すのも忘れて素の反応を春人君の前で出してしまった。
「う~、あの反応もまずかったよね。琉莉ちゃんには悪いけど少し助かっちゃった。あのままじゃすぐに冷静になるなんて無理だったし」
あそこで気が動転してなければ春人君にバレてたかもしれない。春人君ももうそれどころじゃなったし本当によかった……いや、よかったなんて言っちゃだめだ。琉莉ちゃん怖い思いしたんだから流石にこれはよくない。
私は頭を強く振ってこの考えを否定する。
だめだ。落ち着きに来たのに全然落ち着かない。
考えれば考えるだけ今日の自分のみっともない姿が脳裏に甦る。
ウォータースライダーの時だってそうだ。
春人君の質問に私はなんて答えた?自分に欲情すると言われて男の子ならそういうものと答えたけど……。
「これ私が春人君のそういう気持ち受け入れる気があるって答えてない?すごいふしだらな気が……」
考えてしまっては私の頭の中はピンク色一色に染まっていた。
ほんっと違う!春人君私そんな軽い女じゃないよ!
誰に言うでもないのにそんな言い訳を頭の中で連呼する。もう身体も熱い。
「はー……なにやってんだろ私……どうしよう……嫌われてないかな……」
最後の方は酷く弱々しい声が漏れた。気持ちが大分沈んできた。
何か別の楽しかったことを考えようとしてまた余計なことを思い出してしまった。
「最後ウォータースライダー滑る時も選択間違えたかも……私前にいけばよかった」
前に座ると春人君が後ろから抱き着く体勢になる。波の出るプールのことを思い出すからあえて後ろにしたけど考えがあまかった。
……思いっきり胸押し付けちゃった……う~~~ほんとに恥ずかしい……。
少しでも胸が当たらないように何回も体勢を調整したけどそんなの無理だった。
私は見下ろすと勝手に視線に入ってくる自分でも大きいと思う胸を恨みがましく見る。こいつが元凶だ。
結局胸が当たるのは諦めて、あとはテンションで乗り切った。
「はぁー……」
落ち着きに来たはずなのにどうして落ち込んでいるのか。
本当にもう気分が落ちることを考えるのは止めよう。だって楽しかったこともたくさんあるんだから。
私は頬を二回ほど叩いて気持ちを入れ替える。そもそも恥ずかしかったことのほとんどの反面は嬉しいや楽しいだ。春人君に抱き着かれたら嬉しいし、ウォータースライダーだって実際楽しかった。
そう思えばいくらでも思い浮かぶ。ポジティブに考えればいいんだ。
頭の中を楽しいでいっぱいにして私は立ち上がる。
「よしっ。戻ろう」
来た道を戻る少しの時間でもいろいろな視線を感じる。
慣れてはいるけどやっぱりいいものではないんだよねー。
あまり気にしないようにし、私は歩く速度を上げる。
道を曲がるとベンチが見えてくる。そこにいる二人を見つけ私は少しほっと安心した。
でもなんだろう少し様子がおかしい気が……。
春人君が琉莉ちゃんの頭をすごく愛情込めて撫でてる気がする。
……本当に仲いいなー。
仲のいい二人を見てるといつも幸せになる。
私は自分の顔が少しにやけているのを自覚しながらも二人の元に近づいた。早く声をかけたかった。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
私が声をかけると二人は仲良く肩を弾ませて目を丸くしてこちらを見てくる。そんなに脅かしちゃったかな?
「えーと、ごめんね。びっくりした?」
「あ、いや、すまん。急だったから少しびっくりした」
「そうか、ごめんね」
やっぱり脅かしちゃったみたい。少し反省……。
「琉莉ちゃんもごめんね」
「ううん、大丈夫」
首を振ってくる琉莉ちゃんの目元が少し赤い。
もしかして泣いてた?……そんなにウォータースライダー怖かったのかな。
私はできるだけ落ち着けるように優しく声をかける。
「琉莉ちゃんウォータースライダー大丈夫だった?」
「え?うん、怖かったけど私ももう高校生だから平気」
「そうか、偉いねー」
優しく琉莉ちゃんの頭を撫でてあげる。
そういえばさっきの春人君も頭撫でてたなー。こうして慰めてあげてたのかな。流石お兄ちゃんだね。
春人君のそういう優しいところは本当に大好きだ。つい嬉しさが顔に出てしまう。
「え?え?」
琉莉ちゃんがなぜか困惑してるみたいに目をぱちぱちとしてるけど何だろう?まあ、可愛いからいいけど。
「あ、この後どうしようか?」
私は今後の行動はどうするのか二人に問いかけた。
「そうだな……帰る時間も考えないといけないけどまだ余裕あるし……あ、大きな浮き輪に乗る流れが激しいプール行きたいかも」
「あ、それ私も気になってた。琉莉ちゃんは何か行きたいとこある?」
「私もそのプールでいいよ」
三人の意見があったので私たちは目的のプールへ向かい残り時間を十分に楽しんだ。
空がオレンジ色に染まり始めたころ合いで私たちはプールを出る。
帰り道は少し寂しい。そう思えるくらい今日は楽しかった。
「楽しかったな今日は」
そんなことを考えていると春人君も同じことを考えていたみたいだ。こんな些細なことで幸せで胸がいっぱいになる。
「ねー。本当に楽しかったよ。誘ってくれてありがとね琉莉ちゃん」
「美玖さんが喜んでくれるならまたいくらでも誘う」
目を細めて笑顔を向けてくれる琉莉ちゃんが愛おしくて私も笑みがこぼれる。こんなに幸せだと何に対してかわからないが少し心配になる。この後この幸せの分悪いことでも起きるのではないかと。
そんな現実味の無いことを考えて空を見上げ私は思わず声がこぼれてしまった。
「あ」
何か特別なものが浮いてたり変な雲を見つけたとかではない。ただ昔の空に似ていると思っただけだ。
昔春人君とよく見た透き通るような綺麗な空に。
「どうした美玖?」
空に夢中になっていたので春人君が不思議そうに私が見上げる空へ視線を向ける。
「あ……ちょっと綺麗だなって思って」
誤魔化すとかそんなつもりはなかったけど少しわざとらしかったかもしれない。
「ああ、確かに綺麗な空だな」
春人君もこの空を見て綺麗と言ってくれた。
……でも、この綺麗は“今”だけの綺麗なのか。春人君の中に“過去”の空は残っているのだろうか。
残ってほしいと思うけどそれは私のエゴだ。普通は覚えていないだろう。数年前の空なんて。
駅までたどり着くとここで二人とはお別れだ。本当に名残り惜しい。もっと一緒にいたいと思うがこればかりは仕方がない。
「それじゃ、またな美玖」
「うん、またね美玖さん」
二人がさり気なくつけてくれた“また”という言葉を聞いて少し嬉しくなった。
また会えるのだ。
「うん、また遊ぼうね二人とも」




