63話 最高のプール日和
今日も変わらず容赦のない日差しが地上に降り注ぐ。人々は鬱陶し気に汗を拭い水などの水分を呷るように飲み干していく。
いつもなら春人もこの日差しにはげんなりとさせられるが今日はかえってありがたかった。
「最高のプール日和だな」
雲一つない青い空を見上げる春人。強い日差しが肌を刺すが今はそれも心地よく思える。
「本当にいい天気だね。晴れてよかった」
「うん、美玖さんとプールで遊ぶの楽しみ」
春人の横で美玖と琉莉も空を見る。眩し気に目を細めながらも春人同様この日差しに受け入れていた。
「急に誘って悪かったな。本当なら皆も誘ってたみたいだけど」
「生徒会の仕事じゃしょうがないよね。私は一緒に遊べて嬉しいから気にしなくていいよ」
美玖だけを誘うというのも皆をハブにしている気がして気が引けたので一応この前の海のメンバーには声をかけていた。それでも生徒会の仕事があって揃ったのは結局ここにいる三人だけだ。
「おい琉莉」
「なんだいお兄」
春人は琉莉に耳打ちする。
「今日生徒会の仕事があるの知ってたんじゃいか?」
「うん、知ってたよ」
「確信犯かよ」
「じゃないと美玖さんの水着じっくり見れないじゃん」
あたかも当然と言い張る琉莉。ここまで周到に計画を練っているとは妹ながら感心する。
「お兄も私に感謝するんだよ。美玖さんと遊ぶ機会を作ってあげたんだから」
「まあ、そこは感謝するけど」
折角の夏休み家でごろごろしているだけでは勿体ない。どうせなら春人だって楽しみたいし、それで美玖と遊べるのなら春人も文句などあるはずがない。
「とりあえずチケット買って中に入ろうぜ。早くプール入りたい」
「そうだね、私も涼みたいよ」
春人と美玖は並んでチケット売り場へと向かって行った。それを琉莉はにやっと悪い笑みを作り見ている。
(やっとだよ。やっとこの時が来た)
琉莉は長らく待ち望んでいたと内心でガッツポーズをとる。
(ずっと気になってたんだよねー。海の時の美玖さんの反応)
琉莉は海の風呂場での出来事を思い出す。顔を真っ赤にして春人のことをどう考えているのか皆に告白した美玖を。
(あの時の顔どう見ても恋する乙女感出てたんだよねー。まあ、恋する乙女がどうなんか知らんけど)
恥ずかし気に頬を染めながら異性について語る顔が恋する乙女なのだったらそうなのだろう。美玖がそんな感じの顔をしていた。
琉莉も遅れながらも春人たちの後を追う。
(さあ、美玖さんあなたの気持ち今日、全て、赤裸々に、余すことなく、暴いちゃうよ!)
きらっきらの誇らしげな顔を作りながら琉莉は胸を躍らせていた。
着替えを済ませた春人は男女の更衣室が合流する廊下で二人を待っていた。壁に背中を預け行き交う人々を何気なく見る。皆もちろん水着を着ている。それを見ていると春人も無意識に想像が膨らむ。
(海で一度見てんのに……どうも気になるな)
春人はそわそわとした様子で無駄に水着の紐などを気にして結び直したりしている。そうでもしないと落ち着かなかった。
(ていうか水着ってあの水着だよな。あの水着着てくるんだよな)
海での記憶が蘇る。白色の水着を着た美玖の魅惑的な姿が。それと同時に思ってしまう。春人は一度視線を上げ周りに視線を向ける。
(なんか……やだな。見ず知らずの奴らに美玖の水着見られんの)
何様かと春人は思うが正直な気持ちなので仕方がない。他人に美玖の水着姿を見られるのがたまらなく嫌だった。
「はーっ。なあに考えてんだいったい」
春人は短く息を吐く。まさか自分がここまで独占欲が強かったのかと。己の小さな心に惨めになる。
「あ、いた!春人君!」
「っ!」
春人は驚きぎょっと目を見開き声の方に視線を向けるが再びぎょっと目を見開く。
そこには淡いピンク色の水着を着こなす美玖がいた。胸元とパンツに大きなフリルが巻き付くように飾り付けられていて海の時ほどの露出度はないがその可愛らしい水着が美玖の可憐さを際立たせている。
「ごめんね待たせて」
「い、や、そんなに待ってないぞ。本当にさっき来たばかりだし」
春人は何とか動揺がバレないように口を動かす。視線を必死に上の方。美玖の顔に固定して。
「水着違う奴なんだな」
「え、わかる?」
「わかるだろ。海の時と全然違うんだし」
「海の時は知り合いしかいなかったからちょっと攻めたのにしちゃったからね。プールは人多い少し落ち着きめ」
「そう、なのか」
美玖は無意識でか胸元のフリルをパタパタと手で揺らす。春人は意志を強く保ち視線が下に動くのを必死に耐えていた。
(わざとか?わざとなのか?そんなに誘惑するように水着揺らすな!)
春人は瞬きも忘れ目に力を入れる。そうでもしないと視線が勝手に下に移動する。
「兄さん目怖いよ?」
「琉莉か……やっぱりお前は落ち着くな」
酷使した目を休ませるためのオアシスがやってきた。琉莉を見ていると徐々に瞳が回復していくのが伝わってくる。
しみじみと温かい視線を向けていると琉莉が真顔で春人に詰め寄る。
「おい、誰が貧乳だって?貧乳舐めんな潰すぞ」
「あ、いや、そういう意味じゃなく……ちょっとマジで怖いぞ」
海でもこんなことがあった。流石にやってしまったと春人も頬を引きつる。
怒りで濁った瞳が春人を突き刺すように凝視する。
「本当にそういうのじゃない。ただ目のやり場に困ってたから助かったってだけで」
「美玖さんのでか乳は目に毒だから私のぺちゃ乳を見ようと」
「言い方に棘があるんだが……でも本当にお前の胸が小さいから落ち着くとかってわけじゃなくてだな」
「小さいってついに認めたな」
「お前も自分で言ってたじゃねえか!」
小声で器用に叫ぶ春人。ドスの効いた声に春人は気圧される。
「えーと……どうかした二人とも?」
春人が琉莉と二人でこそこそと話しているものだから美玖が怪訝な視線を向けている。
これ以上一人放っておくわけにもいかず春人は話を切り上げる。
「何でもないぞ。ちょっと兄妹で話があってな。揃ったし行くか」
春人がさっさとプールの方へ移動する。その姿に美玖は不思議そうに小首をかしげるがすぐに後を追おうとする。
「琉莉ちゃんも行こ」
「……うん」
伸ばされた手を琉莉は掴む。その柔らかですべすべな感触に琉莉の溜飲は多少下がる。
(お兄め……まあいい今に見てろ。目にもの見せてやるからな)




